安倍政治で「日米同盟」も亀裂深まる

加速するアメリカの衰退 「時代逆行」する日本政治 ―安倍政治で「日米同盟」も亀裂深まる―


                        久保 孝雄
                 
2013年の秋から冬への数ヶ月は、世界と日本にとってエポック・メーキングな時期となった。アメリカの衰退が一段と顕在化した一方、日本政治が「危険な時代錯誤」(米・NYタイムス)、「新国家主義」(英・ガーディアン)、「軍国主義復活の動き」(中国・人民日報)、「戦後の日本(平和国家)は終わった」(韓国・朝鮮日報)などと言われるような「狂い咲き」とも言える変質を遂げだしたからである。

加速するアメリカの衰退

昨年秋、アメリカでは異例の事態が相次いだ。9月にはオバマ大統領のシリアへの空爆宣言が内外世論の厳しい反発を受けて不発に終わり、ロシア大統領プーチンの調停―シリア政府の化学兵器を国連管理に移し、廃棄させる―で何とか面目を保つことができた。大統領が一旦決断した戦争を、内外世論の反発で取りやめるという前代未聞のことが起きた。

10月には議会で予算が通らず政府機関の2割以上が2週間以上も閉鎖、債務上限枠でも話し合いがつかず、デフォルト(10月17日期限)寸前の危機に見舞われ、世界中に深刻な不安を引き起こした。このためオバマ大統領は10月初旬、インドネシア(バリ島)で開かれたAPEC、ASEAN、TPPの首脳会議という最重要な国際会議に欠席する失態を演じた。APECでオバマに代わって会議を取りまとめたのは中国の習近平国家主席だった。

核開発疑惑をめぐるアメリカ・イスラエルとイランとの永年の敵対関係を話し合い解決に導き、ジュネーブ会議で暫定合意を実現したのもロシア、中国の尽力があった。

国際舞台で迷走するアメリカをロシアと中国が支えるという、これまでは考えられないことが起こった。イギリスのある新聞は「超大国アメリカの時代は終った」と書いていた(デイリー・テレグラフ、東京新聞10.6)。米国の雑誌『フォーブス』の最近号に2013年の「世界のリーダーの影響力ランキング」が出ていたが、1位プーチン、2位オバマ、3位習近平、4位ローマ法王、5位メルケルで、オバマが初めて2位に落ちた。(因みに安倍首相は57位で、韓国朴大統領(52位)、北朝鮮金正恩(46位)より低かった。安倍首相を見る世界の目は厳しいことがわかる)。

11月には元CIA職員スノーデンの告発により、国家安全保障局(NSA)がメルケル・ドイツ首相はじめ世界35カ国のリーダーの携帯電話を含む通信を盗聴していたことが明るみに出て、メルケル首相、オランド仏大統領、ルセフ・ブラジル大統領らが厳しく抗議したほかEUや国連(第3委員会)も非難声明を出すなど、アメリカの威信は大きく傷ついた。

経済不振と財政困難によるアメリカ国内の疲弊も進行しており、内政上の課題も深刻だ。低所得者向けのフードスタンプ(食糧補助券、月額一人100ドル程度)を受給する貧困層が、12年には全人口の3分の1を占める1億100万人に激増し、農務省は1140億ドル(約11兆円)の財政支出を行った(アメリカ農務省資料)が、財源が不足しているばかりか、連邦予算削減でフードスタンプ制度そのものが危機に瀕している。南部の州ではフードスタンプが使えなくなった人たちがスーパーを襲い、商品を強奪する事件が発生している。

「ニューヨーク市飢餓対策連合」によると、市民の16%にあたる130~140万人、子供の22%に当たる40万6000人が十分な食事を取れていない。最悪のブロンクス地区では子供の49%が飢えている(東京新聞、1.8)。

「(世界最強、最裕福な米国で)飢餓が急拡大していることは、多くの人、とくに対米従属一辺倒に慣らされた日本人にとっては信じがたいだろう。だが現実の米国では飢餓がしだいに深刻な社会問題になりつつある」(田中宇「飢餓が広がる米国」国際ニュース解説 23.11.11)

自治体の財政状況も深刻で、ビッグ・スリーが本社を置く自動車の街デトロイトは
過去最大規模の財政赤字(180億ドル=1兆8000億円)に陥り、7月18日破産申請を行った。人口減少と企業流出のため失業者増加と税収不足に悩む旧工業地帯の自治体では財政破綻の続出が予想されており、今後50~100の自治体がデフォルトに陥る可能性があるという(産経ニュース、13.7.20など)。

「狂い咲き」する日本政治

一方、日本の政治と社会にも「危険な国家主義への回帰」(NYタイムス社説)とも言える劣化・変質が起こった。検察・マスコミなど体制側(ジャパンハンドラーを含む)挙げての反撃に屈し、日本政治史上画期的だった政権交代を台無しにした菅、野田民主党政権の失政に乗じ、衆参両院で多数を得た自民党は「私を右翼軍国主義者と呼びたければ呼べばいい」と呼号する安倍晋三を総理に据え、右傾化路線を全開させている。

安倍首相は就任(12年12月)いらい憲法「改正」、国防軍創設、集団的自衛権容認、歴史見直し(村山、河野談話継承せず)、侵略定義未定論、国家による教育統制、TPP加盟、原発再稼働、原発輸出、武器輸出3原則見直し、沖縄辺野古への米軍基地建設、中国包囲網構築、靖国参拝強行など、歴代自民党内閣も躊躇してきた右翼路線の全面展開をめざしている。内外世論の抵抗にあい一部手直し(「村山談話は継承する」など)はあるものの、基本線は変わっていない。

昨年秋の臨時国会には「戦争のできる国づくり」「アメリカへの軍事的加担」をめざすとみられる「国家安全保障会議(NSC)設置法案」「特定秘密保護法案」が提出され、国民各層からの激しい抗議や反対運動、「今世紀最悪の法案」との声明を発した米財団(安全保障と情報公開の国際原則=ツワネ原則を定めた「オープンソサエティ財団」)や国連人権高等弁務官、アムネスティ、NYタイムス始め海外有力紙など国際世論の厳しい批判をも押し切って強行採決された。「特定秘密保護法」は国民の「知る権利」や「基本的人権」を侵害するおそれが大きく、憲法違反の疑い濃厚な「悪法」である。

また、安倍内閣は、本年4月からの消費増税はじめ社会保障の負担増、年金、生活保護費の削減など国民に負担増を押し付ける一方、空前の内部留保を蓄積しつつある大企業には法人税減税を約束するなど、露骨な財界優遇、弱者、勤労者冷遇の税制「改革」を目論んでいる。

さらに年末(12.17)の国家安全保障会議で決めた「国家安全保障戦略」や「防衛計画の大綱」、「中期防衛力整備計画」では、中国、北朝鮮を仮想敵と位置づけ、中国の台頭に武力で対抗するため防衛予算を増やし、ステルス戦闘機、オスプレイ、無人偵察機、水陸両用車の導入、「海兵隊」創設など、対中シフトの軍備を増強する一方、集団的自衛権、敵基地攻撃能力、武器輸出3原則見直しを図るなど、平和憲法を逸脱するきわめて「好戦的」(ブレジンスキー元大統領補佐官)な内容を盛り込んでいる。

これらの文書をみる限り、安倍内閣は今後10年間中国敵視を続ける方針であり、日中断絶状態が固定化され、打開への道も閉ざされたかに見える。ロシアの専門家は「日本の安全保障政策において、軍事的要素が他の要素をあからさまに凌駕するようになった・・・(日中関係は)どうにも後戻りが利かない状態になってしまった」(アンドレイ・イワノフ「ロシアの声」13.12.17)と見ている。

安倍首相ら右派勢力は、日本を「戦争のできる国」にしたいようだ(右翼化した一部の新聞、週刊誌、単行本は、中・韓を標的に、戦時中「暴支膺懲」や「鬼畜米英」で戦争を煽ったときのような風潮を作り出している)が、そもそも日本は戦後70年近く、平和憲法のもとで「戦争のできない国」づくりを進めてきたことを無視している。原発を54基も作ったこと、その多くが北朝鮮や中国東北部、ロシア沿海州に近い日本海側にあること、中枢機能の9割近くが東京に一極集中していること、食料自給率が4割を切り、穀物やエネルギーの大半を輸入に頼っていることなど、例証すればキリがない。憲法9条を変え、自衛隊を国防軍にし、外敵を作って戦意を高揚すれば戦争ができるものではない。

さらに、「抑止力」と喧伝されている「核の傘」だが、中国が米国本土を直接攻撃できる大陸間弾道弾ミサイル(ICBM・東風41)や潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM・巨浪2)を保有している今、アメリカが日本を守るために核兵器を使うことはない。「抑止力」の要である在日米軍基地も「(中国の)80の中・短弾道弾、350の巡航ミサイル」の射程距離にある(ワシントン・タイムス 10.11.4 孫崎享『不愉快な現実』)のが現実だ。

このため米側には沖縄の米軍をグアム、サイパンの線まで引かせる計画がある(米上院は年末19日、在沖縄海兵隊のグアム移転関連費8600万ドル(約90億円)の予算を可決したので、移転作業が具体化する)。とても米国の支援を当てに中国と戦争ができる態勢ではない。安倍の対中強硬論は内政上の矛盾を隠し、政治を右傾化させるため「中国脅威」を煽っているとしか思えない。

アメリカ・タカ派が狙っているのは、財政危機で削減を余儀なくされる米軍を、自衛隊を活用して補強すること(傭兵化)であって、日本を独自に「戦争のできる国」にすることではない。オバマら米政府中枢が日本の「敵基地攻撃論」や過度な中国敵視に冷ややかなのは、アジアの平和と信頼を乱暴に壊しつつある安倍首相への不信のほか、日本の軍事戦略的弱点を熟知しているからだ。   

かつて小泉内閣の5年間(01~06年)の「構造改革」で「日本型福祉国家」が解体され、中間層が激減し、苛酷な格差社会が現出しているが、いままた「戦後レジームからの脱却」を呼号する安倍内閣の「右翼反革命」によって「戦後民主主義」が解体されようとしている。このまま安倍首相の独断専行を許していたら、戦後の焼け野原から60余年、保守(右翼ではない)、革新、中道・リベラルの諸勢力が切磋琢磨しながら築きあげてきた「平和と民主主義の日本」「福祉と環境重視の日本」が崩壊し、平和と民主主義が窒息し、人権や福祉や環境が軽視され、国防や軍事が優先される戦前型の「国家主義・軍国主義の日本」に回帰していくことになる。

瀬戸内寂聴さんが「90年生きてきて、こんなひどい世の中は初めてだ」(12年、首相官邸前の反原発座り込みに参加した際のコメント)と嘆じ、昭和史研究の碩学、半藤一利、保坂正康さんに「(これ以上日本が悪くなるのを見たくないから)早く逝きたい」(『そして、メディアは日本を戦争に導いた』東洋経済)と言わしめるほど、日本の政治と社会の劣化、変質が進みつつある。

安倍の「右翼政治」を嫌うオバマのアメリカ

こうした安倍政治の根底には、侵略戦争への反省を「自虐史観」とみなし、戦争責任を曖昧化または否定しようとする右翼特有の歴史認識がある。しかし、それは第2次大戦後国際社会に定着してきた歴史認識の国際規範(コロンビア大教授キャロル・グラック、朝日新聞、13.8.20)とも言うべきものを、真っ向から否定することになり、国際社会には全く受け入れられないものだ。極めつきは麻生副総理の「ナチスの手口に学べ」発言(13.7.30)である。NYタイムスはこれについて「(安倍政権は戦前)ナチス・ドイツと結んだ大日本帝国の歴史をより肯定的に捉えたいと願っているとの懸念を裏付けた」(日刊ゲンダイ13.8.6)とまで書いている。

NYタイムスが社説で「時代錯誤で危険な思想」(13.12.16)と批判していたように、安倍・麻生ら政権首脳の歴史認識を突き詰めると、アジア・太平洋戦争は自存自衛の正義の戦争だったとの考えにつながり、東京裁判の否定、アメリカ対日占領政策の否定にまで行き着くことを、アメリカは敏感に感じ取っている。

安倍の歴史修正主義は、国際的に「反ファシズム・反軍国主義の戦争」と位置づけられている第2次世界大戦の意義、その結果作られた戦後の世界秩序を否定することになり、この世界秩序を作ってきた米英仏中露などの旧連合国(戦勝国)の対日結束を促すことになる。まさに1930年代の悪夢(「満州国」建国を国際連盟から否定されて脱退し、日中全面戦争にのめりこんで破滅した)がよみがえる。

アメリカで日本研究の第1人者と言われるウイリアム・グライムス氏(ボストン大学教授)は「もし安倍氏が村山談話の撤回をもくろみ、第2次大戦当時の侵略や人権侵害を否定すれば、米国は(安倍氏に対し入国禁止の)措置を講じざるを得なくなる。そうなれば、安倍氏は米国の大統領にも国務長官にも接触できなくなるだろう」との厳しい見方を示している(「村山談話撤回なら米国出入り禁止も」週刊東洋経済、13.6.29)。

最近の日独フォーラムで、ドイツ代表は「日本は自らを価値観を共有する西側の一員と言っているが、最近の日本は西側とは異質の国になりつつある」と述べていた(人民網 13.11.4 東京開催なのに日本では報道されなかった)。

また元米国国務副長官でタカ派のアミテージでさえ、最近の自民党幹部との会談で「(安倍首相が靖国参拝をすれば、日米間で)これまで積み上げたもの全てを壊すインパクトがある」「(慰安婦問題について)日本が強硬姿勢を続ければ米議会は(日本に)背を向ける」との米側の意向を伝えている(毎日新聞、13.11.1)。安倍政治に対する米国の見方はきわめて厳しい。

(靖国問題については、アミテージの警告のほか、昨年10月に来日したケリー国務長官、ヘーゲル国防長官がそろって靖国を避け、千鳥が淵の戦没者墓苑に献花することで強烈なメッセージを送ったにもかかわらず、安倍首相は年末26日に靖国参拝を強行した。中韓から強烈な抗議があったのは当然だが、米国政府も異例の強い調子で「近隣諸国との緊張を高める行為」に「失望(disappointed)」を表明した。さらにEU、英、露も安倍批判に加わったので、安倍首相は旧連合国(戦勝国)に包囲される形になった)。

オバマの「安倍嫌い」は、今や公然の秘密だ。安倍サイドの再三の要請でようやく実現した昨年2月の日米首脳会談を前に、オバマは「安倍は保守なのか、右翼なのか」を気にしていたという。安倍サイドが望んだ集団的自衛権や尖閣問題も議題からは外された。首脳会談は昼食を交えて90分と短く、共同記者会見も晩餐会もない素っ気ない応対だった(5月の米韓首脳会談でのオバマの応対、とくに上下両院合同会議で朴大統領に演説の機会を与えたことで、日韓に大きな差がついた)。

確かに「双方とも政府は公式には否定するが、日米同盟はいま再び漂流状態にある。安倍、オバマ両首脳同士に心の交流はない。支える事務方同士の意思疎通も以前とは違う」(伊奈久喜特別編集委員、日経新聞、9月29日)ようだ。安倍首相の歴史認識と右翼体質は日米同盟に心理的、政治的に深い亀裂を生じさせつつある。

世界認識、時代認識の日米落差

日米間にはもう一つ大きな問題―国家戦略に関わる問題が横たわっている。それは時代認識、世界認識における大きな落差だ。対中国戦略にも当然深刻な溝が生じており、この面からも日米同盟に微妙な亀裂が走り始めている。

アメリカ中央情報局(CIA)傘下の国家情報会議(NIC)は、大統領が国家戦略を構築する際の基礎資料として、10~20年先の世界を展望する「グローバル・トレンド報告書」を4年ごとに作成しているが、この報告書はアメリカの中・長期の世界認識、時代認識を知り、国家戦略の骨格を把握する上で貴重な資料だ。そこで、5年前の「グローバル・トレンド 2020」と、昨年発表の「グローバル・トレンド 2030」から、最も重要なポイントを要約して取り出すと、次のようになる。

「2020」―「21世紀は、中国とインドに率いられるアジアの世紀になる。中国の台頭は、 19世紀のイギリス、 20世紀のアメリカの台頭に匹敵するインパクトを世界にもたらす。21世紀前半の国際関係の中心課題は、中国の台頭に伴う国際的な摩擦をいかにコントロールしていくかにある」。

「2030」―「世界一の経済大国は中国に移る。先進国対途上国の力関係も途上国優位に逆転する。軍事力を含むアメリカのパワーはいぜん世界一だが、新興国の台頭により1945年いらいのパックス・アメリカーナ(アメリカ優位の時代)は終わる」。

2030年にはアメリカ一極支配も、先進国優位の時代も終焉し、途上国の力が大きくなり、世界が多極化していることをアメリカ自身が予見しているのだ。オバマ大統領はこうしたトレンド分析を踏まえてアメリカの舵取りをしているはずだ。

しかし、日本の支配層は事あるごとに「日米同盟」を強調するが、アメリカが中長期の国家戦略の基礎に据えている、こうした世界認識、時代認識を共有しているとは思えない。おそらく、アメリカの衰退、中国の台頭による覇権の交代など起きるはずがないし、起こしてはならないと考えているに違いない。

なぜなら、世界最強、最裕福、最先進のアメリカとの「同盟」を日本の安全保障と国家存立の基本(国体)にしてきたからだ。アメリカの覇権が崩壊することは、日本の「国体」が崩れることであって、絶対にあってはならないことなのだ。アメリカの衰退を防ぐためには、日本の国力が許す限りの対米協力=従属もやむを得ないと考え、進んで従属を深めているとしか思えない。しかし、世界は激しく動いており、願望で世界の趨勢(トレンド)を止めることはできない。

地殻変動進む現代世界

「グローバル・トレンド」の分析からもわかるように、いま世界では壮大な地殻変動が進行している。私たちは現在200年ぶりに起きている世界構造の大変革期という稀有な時代に巡り合わせている。

いま、進行している世界構造の変化とは第一に、アメリカの時代の終わりが始まり、中国の時代の始まりが始まりつつあるということだ。アメリカの冒険的投資家として有名なジム・ロジャーズ(かつてソロスと仕事した)は、世界の新しい動向を肌で感じ取るため、バイクに乗って世界を2周した後、「19世紀はイギリスの時代、 20世紀はアメリカの時代だったが、21世紀は中国の時代になる。中国には無限のビジネスチャンスがある。「中国脅威論」を煽って日銭を稼いでいる評論家の意見など聞く必要はない。これからもっとも重要な言語は中国語だ」(要旨)と断言している(『中国の時代』日本経済新聞社 08年)。

第二は、欧州中心の時代(ユーロセントリズム)の終わりが始まり、アジアの時代が始まりつつあることだ。一昨年、オバマ大統領が提唱した「アジア・太平洋最重視宣言」は、日本では中国封じ込めといった政治的、軍事的側面からのみ注目されているが、実体的に見ると「アメリカの欧州離れ」であり、経済再建のためには世界の成長センターであるアジアとの結びつきを強めることが不可欠で、そうしない限りアメリカ経済は立ち直れない、という国家戦略転換への切迫した意志表示だと見ることができる。

第三に、それを裏付けるように、リーマン・ショック(08年)を契機に世界経済の中心はG7からG20に移っている。サルコジ・フランス前大統領は「1975年、主要7か国(G7)首脳会議が創立されたときに米欧だけで世界のGDPの3分の2を占めていた。90年代以降、このバランスが激変し・・中国が日本を抜き世界第2の経済大国になった。全世界のGDPの85%を占めるG20が創設された理由もそこにある」と語っていたし、FRBの元議長グリーンスパンも「アメリカが世界経済を動かすことができる時代は永遠に過ぎ、今や世界経済を動かす力は、BRICSやASEANなど新興国に移りつつある」と述懐していた(『波乱の時代』上下、
日経新聞社)。

第四は、2010年にGDPアジア第一、世界第2の地位が日本から中国に移って、アジアにおける政治的、経済的力関係に150年ぶりに構造変化が起きたことだ。日中間の様々な摩擦や軋轢の基本的要因がここに根ざしていることは言うまでもない。

昔だったら、これだけの構造変化が起き、主要国間の力関係が大きく変動するには、覇権争奪をめぐる大規模な武力衝突が起きてもおかしくない状況だが、いま起きている局地的な紛争や衝突は、イスラム原理主義者の反米テロと、これに対する米国の軍事介入、独裁政権への民衆の反乱や宗派対立などが大半で、大国同士の戦争は起きていない。20世紀はドイツと日本が覇権を求めて2度の世界大戦を起こし、数千万人の人命が失われたが、現代は核兵器という最終兵器の出現もあり、大国同士の戦争や世界大戦はほぼ不可能になっている。

しかし世界構造のこれだけの地殻変動が全く平穏に進むはずはない。例えば、世界の至るところで、あらゆる分野で、中国の存在感が増すにつれて「中国脅威論」が叫ばれ、摩擦や軋轢や「中国叩き」が増えている。米中間でもサイバー戦争、情報戦争、貿易・経済摩擦、人権問題、民主化問題、チベット、ウイグル問題などで、政治、外交分野で激しい攻めぎ合いが起きている。とくにサイバー戦争、情報戦争は、現代における大国間戦争の一形態と言えるかもしれない。しかし反面、両国間には首脳会談はじめ「経済、戦略対話」が定例化されるなど閣僚級の交流が盛んである。軍事交流も積極的に行われており、ホットラインも設定されているなど、決定的な衝突を避けるシステムが周到に作られている。

対中国戦略の日米落差

世界認識、時代認識における日米間の落差は、両国の対中戦略の落差としても現れている。確かに、アメリカ議会では、軍産複合体が強い影響力を持つ共和党や民主党右派など、中国の急速な台頭によってアメリカの 一極支配が崩されつつあることに強い危機感を持つ勢力が多数を占めており、アメリカにおける中国バッシングの中心になっている。オバマの対中政策を「弱腰だ」と批判しているのも議会勢力であり、オバマが中国政策で必ずしも煮え切らないところがあるのはこのためである。これはアメリカの一つの顔だ。

しかし、アメリカにはもう一つの顔がある。金融資本、産業資本の大半は中国市場を重視しており、中国との敵対関係を望んでいない。因みに、12年の米中貿易額は4845億ドルで、日中の1726億ドルの3倍近い。米国債の保有高世界一も中国、米国の自動車や旅客機を一番多く買っているのも中国であり、アメリカ経済は中国市場なしには回らなくなりつつあるのが実態だ。ゴールドマン・サックスの会長で、ブッシュ政権の財務長官を務めたポールソンは長官の時「中国と戦争したい人に聞きたい。戦費はどうするんだ。そうだ、いい考えがある。中国から借りればいい」とジョークにしてしまった話は有名である。

タカ派とみられるアメリカ軍部の動きも単純ではない。一昨年9月、パネッタ米国防長官(当時)が中国を訪問し、梁光烈国防相(当時)と会談した際、環太平洋合同軍事演習(リムパック2014)に中国を招待したのだ(産経ビズ 12.9.12)。リムパックはもともと中露朝を仮想敵とする米英豪加などを主力とする合同軍事演習だが、80年から日本、90年から韓国も参加している。ところが、一昨年からロシアが参加しており、今年、中国が参加すれば、中露は「仮想敵」から外れることになり、リムパックの性格が一変する。

かつて米軍のトップ(統合参謀本部議長)やブッシュ政権の国務長官(このときイラクに大量破壊兵器があると主張してイラク戦争を発動し、のちに誤りを懺悔した)を務め、最近は核兵器不要論を唱えているコリン・パウエルも「米国は中国と敵対関係にはない・・・米国と中国の間で、核兵器であれ通常兵器であれ、紛争が起きると真剣に考えたことはない」と述べている(朝日新聞、13.7・11)。

最近、日米、日露の間で「2+2」(両国の外務、防衛大臣の会談)が相次いで開かれたが、日本側が共同声明で中国を名指しで非難、牽制しようとしたのに対し、米国は強く難色を示し、ロシアは強く反対し、日本の目論見は空振りに終わった。とくにロシアのモルグロフ外務次官は「ロシアを中国へのカードに使うことは許さない」と厳しい口調で外務省とマスコミを牽制していた(露、ノーボスチ、13.10.30)。

防空識別圏問題でも日米間に対応のズレが生じている。安倍首相は「力による現状変更は認めない。断固として撤回を要求する。民間機のフライトプランの提出にも応じない」と強硬姿勢を示しているが、アメリカは「(識別圏は)新しいことでも珍しいことでもない。問題は運用だ」(ヘーゲル国防長官)と冷静に受け止め、民間機にフライトプランの提出を促している。12月、来日して安倍首相と会談したバイデン副大統領も、安倍が共同声明に識別圏撤回要求を入れようとしたのを断っている。

防空識別圏は戦後の冷戦時代、アメリカが始めたもので現在20カ国が設定している(国際法の規定もなく任意のもの)。日本も占領期アメリカが設定したものを1969年に引き継ぎ、中国の領空近くまで張り出した識別圏を持っている。中国が「撤回を要求するなら、日本が先に撤回すべきだ」と反論するのも当然と言える。

安倍首相はASEANを味方につけようと、10カ国全部を歴訪し、総仕上げとして「日本・ASEAN特別首脳会議」を東京で開催(12月)し、最上級のおもてなしと5年間で2兆円という経済援助の大盤振る舞いをして、中国包囲網や防空識別圏での日本への同調を求めたが不発に終わり、「日本外交の敗北」を印象づけてしまった。

中国包囲をめざす安倍外交がいかに時代錯誤かは、昨年6月の米中首脳会談で両首脳が2日間にわたり延べ8時間も話し合った事実を見ただけでも明らかだ。2月の安倍首相との会談よりはるかに長時間、濃密な対話が行われたのだ(バイデン副大統領も、東京の次に訪問した北京では習近平国家主席と5時間かけて米中間の諸課題を話し合っている)。

日本のマスコミはオバマ・習会談について、例によって「具体的成果なし。米中の深い溝を露呈」などといった評価が多かったが、中米訪問に出た習近平主席をアメリカに招いたのはオバマ大統領であり、この会談で「中国の平和的台頭を歓迎する」との基本的立場を述べ、習近平主席も「中国はいかなる覇権も求めず、平和的発展の道を歩み続ける」と明言している。

両首脳は冷戦時代の米ソのような「対決」型の大国間関係ではなく、協力と協調を基調とする「不衝突、不対抗の新しい大国間関係」(習近平)を築くことで合意したとみられる。この意味で、今回の首脳会談は米中和解をもたらした1972年のニクソン・毛沢東会談、冷戦終結をもたらした1989年のレーガン・ゴルバチョフ会談に匹敵する歴史的意義を持っている。今や、「ワシントン」により近いのは「東京」ではなく「北京」であることが明白になりつつある。

むすび

以上で見てきたように、安倍政治は歴史認識では中国、韓国のみならずアメリカ、欧州、ロシア、東南アジア、さらに国連など多くの国際組織からも忌避されており、世界認識、時代認識ではアメリカと認識を共有できず、対中戦略でもしだいに落差が目立ってきた。日本と中国に対するオバマの政策スタンスは、「戦術的重視の日本」と「戦略的重視の中国」に徐々に整序されつつあるようだ(凌星光、インテリジェンス・レポート、14年1月号参照)。当然のことながら、戦略的判断は戦術的判断に優先する。

フクイチの危機が続いているのに原発セールスに励む安倍、世界を行脚して「反中」を説き回る安倍、貿易赤字急増などリスク大きいアベノミクスを自慢する安倍を、世界は奇異な目で見ている。安倍首相もマスコミに洗脳されている多くの国民も気づいていないだろうが、国際社会における日本の「政治的孤児」化は深刻であり、日米同盟にも深い亀裂が走り始めている。世界は第3の経済大国・日本の時代錯誤な「戦後秩序への挑戦」を許容するほど寛容ではない。

200年ぶりにアジアの時代が開けつつある今、その主役である中国―14億人の統一国家のガバナンスという空前の難題に取り組み難問山積の中国―と連携・協同・協力し、アジアと世界の平和と安定に共に貢献するのが日本の生きる道なのに、反対に、武力で対抗しようとして戦前、戦中の日本に「先祖返り」しつつある日本を、「世界はため息しながら見ている」(寺島実郎、NHKビジネス展望、13.12.20)。今や、安倍政治を一日も早く終わらせることが、国際社会への日本国民の責務になりつつある。
(2014・01・15)
(筆者は元神奈川県副知事・アジアサイエンスパーク協会名誉会長)


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