小日本主義に徹することが明るい未来につながる

≪2011年私の視点≫
■ 小日本主義に徹することが明るい未来につながる 初岡 昌一郎
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 現状分析を基に政策を考えるだけでは、現状から脱出する方向は見つからない。現状分析からの出発は、ヘーゲルではないが、存在するものには意味があるという思考に囚われ、現状肯定ないしその延長線上の安易な対応に陥りやすい。
今の民主党政権の物足りなさと閉塞感は、このような思考と継続性の重視による政権運営が生んでいると思う。

 現状改革意欲は、常に理想主義、言葉を変えれば一定のユートピア的理念より生まれる。あらゆる改革主義とその理論は、現状の分析ではなく、意欲と価値観から生まれるので、往々にして現状肯定派からは空論ないし夢と批判、嘲笑されがちだ。改革派はそれを乗り越え、理想か現実かの二者択一ではなく、理想と現実の対話を深めるなかで漸進的解決を探らざるをえない。

 年末に、ジャック・アタリの『21世紀の歴史』を読んだ。彼は若くしてミッテラン大統領の特別補佐官を勤め、後に欧州復興銀行総裁になったが、銀行マンやエコノミストではない。その著書は、歴史に名を借りた未来論である。それは予測というよりも、あるべき未来を論じたものである。それに触発されて、われわれにとっての中期的な進路を考えるために幾つかの提起を行なってみる。

●(1).小日本主義 石橋湛山が戦前に提唱した、植民地と勢力圏獲得のない「小日本主義」や、篠原孝が20年前に書いた「農的小日本主義」を再評価し、日本の将来を考えたい。"元気な日本"という掛け声が、武器の海外輸出や自衛隊の海外派兵を志向し、国連安保理事会常任理事国入りなどの大国主義に通じるのをいささか懸念している。隣国との関係改善の入り口を"島"でふさぎ、ナショナリズムを煽るのは責任ある指導者のとる道ではない。

 公共財政の巨額な赤字、低成長、人口の減少と高齢化という、"三悪"が, 日本を含む先進富裕国でかなり長期につづく可能性が非常に高い。これは、"元気な日本"を求めるかけ声や、"無気力な若者"批判によって克服されるような性格のものではない。客観的な世界の構造と環境や資源の限界と深く結びついている。

 このマイナスと思われている現状をプラスに転化する発想の転換が求められている。低成長と人口の減少は、消費の拡大による資源浪費と環境の悪化を防ぐ肯定的側面がある。日本が国際競争に独り勝ちするような状況はもはや望めないにもかかわらず、誤った拡大指向を助成する政策は、効果がないだけでなく、もし成功すれば世界の不均衡を一層拡大し、国際社会を不安定化させる。

 そのことによって、貴重な資金と資源をドブに捨て、そのプロセスの中で一部のものをさらに富ますだけに終わる。企業減税はその雇用上の効果が疑問であるだけでなく、海外進出への餞別となるだけだ。アメリカでさえ、これまでの日本と同率の税が企業に課されている。日本の企業減税は、国際競争力という名目のもと世界的な競争スパイラルを激化させる。

 過度な競争と競争意識を抑制し、軽軍備による善隣政策をとる事が、東アジアの平和と統合を目指す協力を漸進させる。小日本主義を国是にすれば、近隣のアジア諸国は安心し、域内の安定的平和と軍備縮小を進める条件が生まれる。このような外交政策は、国際貢献という詐欺的な名目による対外進出に伴う浪費を抑制し、人間安全保障の見地からの国際協力に資源を振り向けるのを可能にする。

●(2)若者に希望を与えうる社会 - 過度な競争の抑制 地方の大学教員をしていて一番辛かった事は、大都市の一流大学に入れなかったことにより、多くの学生が既に人生において負け犬的な意識を持っており、前途にあまり希望を持っていない事であった。

 激烈な競争は、少数の勝者と多数の敗者を生み、それが時とともに継承され、次第に階層的に固定化し、格差を拡大する。これが、現在の日本社会を歪め、若者の意欲と展望を阻害している。競争自体を真っ向から否定するものではないが、社会的に公正な枠組みの中でモデレートに行なわれるべきだ。若者と社会全体の関係をより人間的なものにするために、競争至上主義の神話を徹底的に批判すべきだ。

 競争を抑制するためには、より平等的で社会的に公正な所得再分配政策と社会保障制度の充実が不可欠だ。所得格差の拡大を抑制する公平な税制(特に所得と資産相続の面で)、在職時代の所得格差や転職が年金や医療保障に不利に反映されない社会的保障制度の一元化、最低賃金の大幅引き上げや社会的給付水準の改善などを柱とすることが必要な政策である。

 固定的な勝者と敗者が生まれない社会、格差が少なく、あらゆる人がスタートラインで基本的に平等な社会の実現が政治の基本的な目標である。公正な所得配分と社会保障の確立は、余剰マネーによる投機を排除し、社会経済生活の安定的な長期的設計を可能にする。若者と高齢者が疎外感を持たない社会は、日本が既に持つ豊かな資源を適正かつバランスの取れた配分する事で十分実現可能だ。

●(3)実労働時間の短縮と超勤の規制 労働時間に関する國際労働条約は十指を越えるが、日本はどれ一つとして批准していない。日本の批准を妨げているのは、ILO条約が義務付けている超過勤務に対する公的な規制がないからである。
労働基準法は、「従業員の過半数を代表するものとの合意」を規定するだけで、これは大多数の労働者にとって空文となっている。

 正規従業員が過労死するほど働かなければならず、その一方で、多数の労働者が雇用の保障を持たず、また労働の機会が保障されていない社会は正常なものではない。所得と同じように、労働時間と機会の配分にも公平と公正でなければならない。

 労働時間の短縮は、家庭生活と特に育児のために大きな可能性をもたらす。また、生活全体の質を向上させる梃子となる。働きたい人と機会をシェアすることで完全雇用に近い状態を実現させるためにも、労働時間の思い切った削減が雇用拡大に役立つ。労働時間の短縮は、働く人がボランティア活動や社会活動に参加するのを容易にし、社会の質の向上に資する。資源の有効活用と環境保護にたいする労働時間削減による可処分時間の効果は、経済的価値だけでは測れない大きなものがある。

                   (ソーシャルアジア研究会代表)

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