小泉選挙と問題点

■小泉選挙の結果と問題点

                              羽原清雅

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自民296、公明31=与党327
民主113、共産9、社民7=野党129
国民新党4、新党日本1、諸派無所属19=その他24

2005年9月11日の衆院選の結果である。
480議席の3分の2を与党が抑え、大きな権力を握る結果になった。この世論の結果がこれからの日本の方向を左右していくことになる。

この数字が、いかに予想外のものであったかは、各新聞社の世論調査の数字を大きく超えるものであったし、また比例区東京ブロックで自民が名簿搭載の候補者以上の議席を確保した結果、その1議席を対極にある社民にプレゼントするという事態になったことからも示されている。

1978年の自民党総裁選挙で、福田赳夫首相が現職にもかかわらず、大平正芳に負けて下野した際、「天の声にも変な声もある」と迷セリフをもらしたことがあったが、そんな気持ちがわかるような選挙結果であった。

だが、それにしても、どうしてこうなったのか。

なるほどと思える論評にもぶつからないし、しかるべきイメージもわかない。ただ、そのままにしておいては、将来への展望は開けないので、あえて「雪崩」の原因と背景を探ってみた。

(1)まず、問題なく言えるのは小泉純一郎の個性の成功。舞台設定のうまい小泉劇場の展開、ワン・フレーズ・ポリティクスを押し切る強引さ、「人生いろいろ」といった切り返しの巧みさ、などに示されている。

参院での1法案の否決を、衆院の解散という過去に事例のない手口でやってのける。「刺客」候補をぶつける。郵政民営化の是非を国民投票で問う、というシングル・イシューの選挙に持ち込む―――こうした異例、異常を実行してしまう土俵を作りうる、変人奇人的才覚の勝利といえるだろう。

「抜き打ち解散」(1952年)、「バカヤロー解散」(53年)のあと、政局運営に行き詰った吉田茂首相は総辞職か、衆院解散か、に追い込まれて解散の方向に向いたのだが、長老の松野鶴平をはじめ緒方竹虎副総理、北村篤太郎、大達茂雄らの閣僚が止めに入り、結局総辞職を選ばざるを得なくなるということがあった。このように戦後の混迷の時期ですら、解散権の行使の是非が論議された。
こんどの小泉選挙は、平穏、安定のなかでの、反対や説得もほとんどないままの決行であった。可否は別としても、小泉首相の決断が成功したことになる。

二者択一という政治手法も、小泉首相の常套のやり方だが、これにはすでに慣らされてしまったためか、この選挙でも多用された。郵政改革是か非か、改革か守旧か、国民の利益か既得権益の擁護か、正か邪か、善か悪か、といった具合である。「郵政改革を国民に問う」というシングル・イシューの選挙設定もこの延長線上にあるが、郵政改革以外の重要問題にはほとんど触れようとしていない。

年金・福祉問題、靖国問題、そしてアジアや国連などの外交などに論議の及ぶことを避け続けた。過去4年間の政治実績の可否、日本の将来展望などを自ら語ろうともしていない。

このことは、政治に空白をもたらし、説明責任を果たさないことになり、ひいては国民に白紙委任を求めることにもなりかねないのだ。しかし、これもメディアのごく一部の論評で指摘された程度で、世論にアピールしたり、考えさせたりするほどの執拗さは見られなかった。むしろ、小泉首相は自らの土俵の線を引きこの土俵以外での論議や応酬を回避していくことに成功している。

強く出ると、身を引き、なびいてくる。そんな自民党内部の体質を見抜いており、亀井静香や綿貫民輔らの少数派を「反改革派」「既得権益しがみつき集団」と位置づけ、「改革阻害者」のイメージを与えて、改革に向かう自民に盾突くものと印象付けた。徹底的に強く出ることで、攻撃の標的に仕立ててしまったのだ。本来なら、時の政治運営者として責任を追及、論議されるべきところを、一握りの「仮想敵」に責任を転嫁し、国民が非難のターゲットにするようにすり替えてしまった。つまり、権力保持者として攻撃される立場にありながら「非改革者」のレッテルを相手に貼ることによって、逆に攻撃の側に回って急場をしのいだのだった。

しかも、責任を追及する立場にありながら対応不十分の民主について、これを相手に政策論争をするようなことはせず、かみ合うような論争になること自体を避けていた。「敵」が対立野党であるような設定にしないことが、最大野党からの攻撃を避け、議論を「郵政」にとどめ、世論を本筋よりもテレビ好みの劇場型世界に引き止める秘策でもあった。このようなポジションの設定のもとで、「強い、断固とした、ひとりわが信念にまい進するリーダー」として振舞うことが小泉人気を高揚させることに役立った。

政治状況はまさに不平と不安を大きく抱え込んでいる。

このような時、正面から為政者の責任を問われるような局面をつくってはならない。第1次世界大戦のあと、戦乱の後始末や賠償問題などで苦境に追い込まれたドイツ、イタリアでは、連合国側の仕打ちを恨み、不平不満の吐け口を時の政権打倒に向けさせる動きが高まり、そうした旗を振り続けたヒトラー、ムソリーニに政権を委ねた。日本の現状はそれほどの不平や不安を抱えているわけではないにしても、政権担当者としてみればその吐け口をもろにぶつけられてはたまらない。それには、攻める野党をかわし、攻撃対象を別に設定することが望ましい。

そんな教訓を、小泉政治はうまく使いこなしたのだ。

(2)ところで、その野党民主である。このメルマガで以前、民主党の欠陥について触れているので、ここでは簡潔にする。

岡田克也代表の言動、表情云々の論評もあったが、その程度のことではない。岡田代表は2月に、「政権準備党」を打ち出した。そのとき、メディアをはじめ一般的には話題にもせず、冷たい反応だった。だが、選挙中にひたすら「政権交代」を訴えた。世論の覚めた眼に気付かなかったのか、これが大きい戦略を狂わせた。

民主は政権党としての認知を受けるには、経験の蓄積や人材発掘、その主張の安定感や政治的駆け引きのうまさなどが未成熟で、そうした評価はなかった。背伸びが過ぎて、ついてはいけないようなシラケが走っていたのだ。したがって、有権者も燃えようがなかった。なぜか。

まず民主の党内が寄せ集めであることはやむをえない。むしろ、そうであるからこそ党内論議を高めて、オープンな議論を公開し、結論に至るプロセスを見せることで、意見統一を図る一方、世論の理解を拡張肥大化させることが必要なのだ。議論が白熱化する中で、折り合える点を見出す努力も出来る。メディアも、すべてがテレビ好みの仕立てになることはなく、じっくりと本筋を報道するに違いない。このことが国民の理解と信頼を生み、政権獲得につながっていく。

かつての社会党に見られたが、閉鎖的、自己権益達成的な主張や、派閥抗争が先に立つような攻防を展開しない程度のレベルにまで育たなければ、政権などはほど遠いだろう。また、公明、共産のような一枚岩政党では、党の方針が決定されるまでの論議のプロセスを見せることはなく、ただその判断について行くのみ、という政治手法になっている。だが、民主はそうした体質になれることはありえない以上、大いに議論の中身を開放すべきなのだ。

民主党は、選挙に至る前に郵政改革にせよ、憲法や防衛問題にせよ、具体策を国民に示すくらいの対応があるべきにもかかわらず、それが出来ていなかった。ひとことで言えば、議論の欠如ないし論議の公開忌避の体質が原因だった。確かに、マニフェストを作り出したことは評価できる。しかし、大方針をキメ荒く、議論の分かれるところは抽象表現にしており、やはり時間をかけてでも党内にある意見をぶつけあってまとめ上げる過程を見せたほうがいい。解散とは、野党が時の政権担当者を追い込む手法のはずだが、追い込まれたうえに、大敗を喫するという事態は、やはり民主党としての未熟状態を示すものでもあった。

政権担当に値するとか、その魅力が備わってきたとか、そのような「気配」が醸成されてこなければ、口先の「政権準備党」でだませるものではない。だが民主党は、政権担当を意識するばかりに、政府・自民政策に対決しうる案を示すことよりも、政権移譲の事態になったときにつじつまが合うようにと、現実容認主義に陥っている。

これは一方で、自民政権や官僚システムの追及を甘くさせることにもなっている。

だが、この現実対応の姿勢が、野党としてのチェック機能を弱めているという自覚がない。2大政党下の野党にはとくに、権力監視の役割をきちんと果たすことが求められる。これまでの民主党は、財政の大きなゆがみ、行政の無駄、税金の無法な使用、一億円という巨額政治資金の使途など、長期政権と官僚システムの問題追及、国民の納得のいく解明、責任ある措置の実行といった成果を、国民の前に明らかにしてきたといえるだろうか。

「敵失」による政権獲得、ということもあるが、野党は野党として隠された実態を摘発して世論に問う、という役割も果たさなければ、期待をつなぎとめることは出来ない。しかも、ほかの小野党には果たせない分の責任も問われざるを得ないのだ。

こうしたもろもろの非力の集積が、惨敗を招いてしまった。

(3)ところで、今回の選挙の特徴として、都市部での自民復活と民主の後退がいわれた。議席の配分や、新聞各社の出口調査の数字がこの傾向を裏付けている。

このことは、無党派層や若い世代が必ずしも自民嫌い、新しいもの好みではなくなったことを示している。選挙はその時点での空気を敏感に反映するもので、その折々によって変わってくるものだ。今回も、もし自民腐敗が印象づけられているようだったら、もし民主に期待や魅力の要素が強まっていたら、もちろん結果は変わっていただろう。

しかし、これまでとは違って、自民のほうを選ぶ傾向が出たというのは、かつてのような自民特有の派閥、後援会、地縁血縁、業界組織ぐるみといった集票マシーンが弱まって、ないしは国民との接点がなくなってきて、どの党でも自由に選択できるようになった結果と見ることができる。いわゆる「しがらみ選挙」の風土が薄められて、自民に対する「ノー」感覚が弱まってきた。

これが今回、都市部の無党派層や若者層が自民への傾斜を強めることになった一因だろう。若年層の保守化が進んだというよりも、自民がその体質を変化させたことによって、選択の対象に入り込めた、ということのように思える。

この「しがらみ」離れは、「刺客」として突然無関係の地に落下した候補者が各地で、それなりの奮闘を見せたことからもいえるだろう。かつての保守層なら、あのような短期間での大集票はありえなかった。もちろん、テレビの効果抜きにはありえないことではあるが、情やカネによる締め付けが効かなくなった選挙事情を物語っている。

画像世界の人物が突然目の前に登場し、それに幻惑されてしまうといったミーハー現象を割り引いても、しがらみの弱まりは感じられよう。

これは、世情の変化と同時に、派閥解体を促進した小泉的改革の副産物でもあり、自民圧勝の一因ととして認めざるを得ないだろう。しがらみ選挙の体質は決して消えていくことはないが、この変化は無視できない。

しがらみ依拠の自民とするなら、民主のほうは「風」依存の体質が特徴だ。自民政権の失政や腐敗に対するような攻撃目標が出来て、「風」やムードが生まれれば、野党は強い立場に立てる。しかし、「風」待ちだけで、どこまでやっていけるのだろうか。

組織依存の社会党では、各地元で選挙の手足になる労組や支持団体の力が強く、それが派閥抗争につながった。そして、労組の力量が衰える中で、社会党は消えていった。旧社民系にはこの反省があり、また保守勢力には労組への抵抗感が消えず、いきおい民主党には、連合の支援を素直には受け入れられないものがある。他方、新党結成が相次ぎはしたものの、いずれも組織育成にまでは手が届かないといった事情があり、さらに組織維持の資金源がないこともあって、体制が整えられないでいる。

したがって、公明、共産といった政党以外は組織化の難しい状況にある。自民には、個人後援会と党組織という重なり合った二枚看板の組織があるが、強固さにはバラツキがある。民主には他党のような足場のないことが、今度のような突然の選挙時には、大きく響いてくる。連合の動きも鈍く、「風」やムードに甘えるだけではやっていけない、という反省がいずれ出てくるに違いない。

ムードも必要だが、政党である以上、組織整備の努力がなければ、立ち行かなくなる。動きやすい無党派層が増えていく社会状況のもとで、日常的に政治的アピールをし、政策浸透を図る地道な装置がどうしても必要になるだろう。

(4)こんどの選挙結果は、小選挙区制度の特徴を典型的に示したものといえよう。今回4度目の小選挙区選挙だが、これまでに小党を追いやる形で2大政党化を進めてきた。今回は、大きな強い政党がさらに肥大化して、権力を拡充していく現実をもたらした。

小選挙区制は大きい政党に有利であり、そのために2大政党の対立になる。異論を持つ小政党の生き延びる余地は狭まらざるを得ない。問題の点を列挙してみたい。

◇A)教育水準の高い日本では、すでに価値観が多様化している。いろいろな考え方があり、批判や反論が生まれてくる。その論議の中で、それぞれに新しい視点が開けたり、従来の見方を修正補強したりして、みずからの意見、判断を固め直す。これは、民主主義の発展を促す重要な作業である。国政の場でも、いろいろな見解が示され、その是非や可否を比較検討することが民主社会では望ましい。

しかし、そういう状況にもかかわらず、大政党が有利になる小選挙区制が導入された。中選挙区制の問題点も確かにあるが、政権交代を可能にし、政局の安定的な発展を確保しようという建前のもとに、複数政党の存立を妨げる制度は望ましいとはいえない。現に、連立政治が継続している政情は2大政党の狙いから外れているといえよう。連立政権をよしとするなら、もっと多くの政党が議席を持ち、それぞれの責任ある発言を交わせるようなシステムのほうがより理想的だ。

その意味で、小選挙制の見直しが必要である。

◇B)この選挙制度は1選挙区1人の議員を出すもので、仮に2大政党の2人対決とすると51%以上の得票で当選、3人が立候補したとすると34%以上で議席を得ることになる。ということは、数字上でいえば2人だと落選の49%分、3人競合では落ちた2人分の66%が「死に票」になって、民意を反映しないことになる。中選挙区制のように複数当選の場合には、いろいろな政党が登場できたが、今の制度では強い政党が各区でひとり勝ちすることになりがちで、いきおい政局安定の名のもとに多様な意見がぶつかり合う状況にふたをしてしまうことになる。

当選1人となれば、勝ち目の薄い候補者は出てこない。比例区に重複立候補したとしても、小さい政党では救済されて当選することはまず難しいので、ますます候補者は出なくなる。小党、無所属などの発言の場はもっと大切にされなければなるまい。

今度の選挙で、小泉VS岡田の印象が強かったのも、二つの政党の対決にならざるを得ないことから、政党の政策よりも「顔」の闘いになったもので、この傾向はさらに強まるだろう。そして、党首選びの段階から「テレビの受ける顔」が条件になって、政治の進路が二の次になることがあってもおかしくはない。

◇C)当選が1人、ということになると、過半数の得票が必要になる。個性の強い主張を続ければ、固定票以外の票は取り付けにくい。そこで、発言が当たり障りのない抽象的なものになりがちだ。はっきりした論調で有権者に臨まないことは、在任中の政治行動に責任を持たなくなる余地がある。中選挙区選挙の場合、政党との関係はあるが、自らの思いや主張を思い通りに展開しても、複数当選なので、ある程度強い個性を示すことができた。

野放図では困るが、本音に近い弁論があることは望ましい。

◇D)小選挙区制では当然選挙区の地域が狭くなる。格別の落下傘候補が出たり、トラブルを起こしたりすれば別だが、いったん議席を持つと次第に定着して連続当選することが多くなりがちだ。そこに、世襲しやすい土壌ができ、2代、3代の世襲議員が増えて、政界のマンネリ化や沈滞を招くことにもなりかねない。

――このように小選挙区選挙には、基本的な矛盾や問題点がある。すでに4回の衆院選をへているが、その都度問題が浮き彫りになってきている。しかし、一度決められた制度を変えることはきわめて難しく、しかも国会で多数を占める自民に存続の意見が強いから、改革が論議の対象になる可能性は少ない。

だが、民主主義のあるべき姿という観点からすれば、検討の必要をいい続けなければならない。

(5)圧勝した小泉・自民政権はどのような政治運営に取り組むのだろうか。

すでに、来年9月の自民党総裁の任期を1年延長しようとの動きが出ている。これは中曽根首相圧勝の時の前例もあり、あってもおかしくはない。この背景には、2007年夏の参院選を小泉人気のもとで闘うことが有利という計算と、参院でも3分の2の議席を固めることでこんどの衆院とともに両院で総議員の3分の2のシェアを握り、憲法改正の発議権をおさえようとの目論見がある。この11月の結党50年を期して憲法草案を準備中の自民にとって、大きな戦略を描くのは当然だろう。

首相自身は、この延長論に乗らず、予定通りに退陣することを言明しているが、どちらに進むにしても先行きの政治状況次第だろう。

というのは、小泉首相の前には多くの問題が差し迫っているばかりでなく、その中には国民負担を増したり、従来のサービスを後退せざるを得なかったりする

課題が多いのだ。任期内には手をつけない方針だった消費税引き上げも、もし首相を継続すれば、自ら泥をかぶることにもなる。

来年度の予算編成がらみでは、三位一体改革、医療制度改革、所得税・住民税の定率減税廃止問題、社会保障関係費圧縮などが待ち受けている。ただ、これらは、従来のワン・フレーズ・ポリティックスの手法で逃げおおせるだろう。

イラクへの自衛隊派遣時期が12月に期限切れになる問題は、対米関係重視の立場から当然延長されよう。インド洋での給油等に出ている自衛隊についても、根拠になるテロ対策特措法が11月に切れるが、まず延長される。

問題は外交課題である。まず懸案の靖国参拝。なだれ的な大勝は年内に出かける可能性を高めたといえよう。だが、参拝することは中国や韓国との関係をさらに悪化させ、国民のあいだに不信感を広げる。本来、外交配慮などで行く行かないを判断する問題ではなく、戦後60年に戦争責任をわびた首相としては一般兵士とA級戦犯とを同じ扱いにして「日本の風習」などと強弁して参拝すること自体がおかしい。侵略された国の被害者意識はまだ消えるだけの歳月を経ていな

い。

このため、中止を表明しなければ従来の関係悪化が続き、参拝すれば当面以上に不穏な状況を招くだろう。これに伴って、6カ国協議にも影響が出てこよう。

これは、北朝鮮の攻勢を強め、韓国、中国の知日派をシュリンクさせることにもなって、アジア全般に微妙な変化をもたらすと思われる。

国連安保理の常任理事国入りの対応にしても、近隣諸国の理解すら得られていない。この問題自体、そのメリット、デメリットがメディアも含めて、十分な論議もなく進められているところに不可解なものがあるのだが、そのことは別にしても、現政権の国際認識の甘さが示されている。

関心のある問題にのみに取り組む小泉政治は、こうした面で苦境に立つのではないか。しかし、首相の姿勢に大きな変化がないとすれば、国内世論は黙視しなくなるだろう。

2007年度以降の課題として、消費税の引き上げがある。政府税調のサラリーマン課税の強化も具体化してくる。こうした負担増の動きは、すんなり受け入れられるだろうか。巨額の赤字財政に上乗せするばかりの国債依存体質から脱出する気配が乏しく、財政切りつめや出費抑制策などの措置すら十分とられない中で、負担だけを強化していくことで、納得が得られるだろうか。

また、憲法改正の動きにしても、もともと国民サイドの高まりから生まれたものではなく、国会議員や政党の主導によるものなので、はたしてなめらかに国民運動化していくだろうか。

3分の2の議席をもたらした世論ではあったが、この期待が裏切られたという思いに変わってくることにでもなれば、かえってそのリアクションは大きく反転する。そうした世論の動きは今後、かなり流動的になるのではないだろうか。

(6)最後に、今後の不安材料が自公連立政権によってのみもたらされるのではなく、野党たる民主党自体からも大きな懸念が出てくる気配なのだ。共産、社民という小野党が頼むに足りない存在となった今、自民の圧勝どころか、大野党そのものに警戒心を抱かざるを得なくなっていることに気付いていなければなるまい。

朝毎読3紙による新議員の政治志向調査を見ると、その危惧ははっきりする。憲法改正については、悲願でもあった自民の賛成91~96%はわかるにしても、民主のほうも68~73%の議員が賛成なのである。衆院の81~87%が改憲に向いているのだ。改憲はいいとしても、その前に国民に対して「なぜ」「どういう点を」といった説明責任を果たし、論議を起さなければフェアではない。

姑息で、憲法の制定時の理念なり、歴史の教訓をないがしろにしている。内容は別としても、その取り組みという点では、自民のほうが一貫して、努力がある。

民主サイドの論議を、どれだけの国民が承知しているだろうか。

日本の核武装についても、北朝鮮との関係をテコに「すぐに」「国際情勢によっては」検討すべきだとする意見が、自民で60人(党内の19%)、民主に10人(同8%)いる(毎日)。ヒロシマ、ナガサキは何だったのだろうか。北朝鮮の拉致問題は深刻であり、早急な打開が必要だが、外交交渉が試みられ、制裁の是非が問われている中で、武力、それも核の対抗策を考えることが「政治」なのだろうか。

消費税引き上げについても、「理解できる」が自民61%、公明32%に対して、民主も55%の議員が同調している。「理解できない」は各党内で自民5%、公明6%、民主5%と同じように極めて少数である(毎日)。消費税に社会保障の財源を求めるにしても、貧富各層の負担のありよう、引き上げ以前の財政健全化策などへの言及があるべきではないか。こうした対応のないままに、野党とか、政権準備党とか言ってほしくないのだ。自民との違い、政治本来のありようをまず示してほしい。結論は同じでも、その手法にきちんとした個性がなければなるまい。

このように、自民と民主との距離は見かけ以上に近い。両党のいずれにも公募して当選のチャンスをつかもうとする候補者も少なくなく、自民の強固な地盤や世襲選挙区に阻まれて民主入りする候補者もあって、同質の2大政党が登場してくる。そのからくりを黙認した結果、どのような日本がつくられていくのだろうか。

                           ◇◇◇

2003年の前回選挙を「分岐点選挙」と名づけてきたが、今回は一歩進んで「転換点選挙」という印象である。憲法、年金福祉、少子高齢化、悪性財政、対アジア関係など、重い課題にどう対処したらいいのか。

政権の責任も重いが、国民の将来的影響もかつてないほどに大きくなる。一方で、期待された能力を持った官僚群の衰退が目に付き、付和雷同議員の横行も目にあまり、加えて野党の監視も衰え、政権は「強さ」発揮のまま、となると、やはり戦争を経て民主主義になじんできた日本の、大きな「転換」を目前にし始めた、といわざるを得ないのである。

戦後60年、歴史から何を学び、若い世代にどう伝えてきたか。これまでにないほど「落差」の大きい時代がまもなく台頭してこようとしている今、少数化してきた層の人たちが改めて大切になってきている。

以上(2005.9.14)

(筆者は帝京大学教授・元朝日新聞政治部長)