【自由へのひろば】

きぼうの桜

長谷川 洋一


 岬の高台に歌声が響く。
 歌う子どもたちの前には、たった一本の桜の苗。
 二〇一七年三月十一日。福島県楢葉町の天神岬。
 桜は山梨県北杜市から来た宇宙神代桜。東日本大震災で大きな被害を受けた全ての街に、宇宙を旅した名桜を植えていく「きぼうの桜計画」の幕開けだ。

 この日、楢葉町で行われた復興植樹祭には、宇宙桜を贈呈した北杜市から菊原忍副市長や桜守の三枝基治氏も駆けつけ祝辞を述べたほか、山崎直子宇宙飛行士からのビデオメッセージも流れ、さらに、宇宙桜大使に任命されているサモエド犬ソラまで白い巨体を現して祝辞(?)を述べ新しい故郷のシンボル誕生を祝った。
 大震災の犠牲者の家族を含む多くの住民の手で、苗に土かけと水やり儀式を行ったあと、テーマ曲「きぼうの桜」を作曲した音楽家しゅうさえこ氏が登場し、地元の子どもたちとともに歌声を披露した。

 千年先の未来を夢見て
 あなたはどこまでも
 きっといつか
 はるかな宙で花が咲く
 あなたは桜
 きぼうの桜

 三十一世紀への思いを込めた歌は春の空にとけこんでいき、地元のお母様方がふるまう「マミーすいとん」の湯気がどこか懐かしい。
 宇宙桜はただ微笑むように揺れている。
 孤高のトランペッター近藤等則が朗々と地球音楽を奏でる中、三月十一日の岬は静かに暮れていった。

 二万の命を水底に沈めたあの大津波から六年。インフラの「復旧」は道半ばまできたが、生業の「復興」やコミュニティの「復幸(仮称)」は大きく立ち遅れている。特にコミュニティ再生の問題は、インフラと異なり、資金を投じれば解決するものではなく、『新たな心の拠り所を創成し』、『地域でこれを育て』、そして市町村や県境を超え『広域で力を合わせる』ことのできる仕組み作りが希求されている。
 人々のさまざまな想いを集めながら地域とともに数千年生きる宇宙桜は、この問題のひとつの回答になるだろう。
 宇宙桜は街の復興のシンボルとなるだけでなく、物語を醸し出しながら大震災の記憶と教訓を、千年の永きにわたり伝える役割を担う。三十一世紀の子孫達へ、私たちが残せるモニュメントなのだ。
 東北三県の市町村は次々に、きぼうの桜計画への参加を決めている(二〇一七年三月段階で十八市町村)。

【きぼうの桜事業とは】
 東日本大震災で津波や原発事故の被害を受けた地域(各市町村)の津波到達点以高の場所に、たった一本、数千年生きて超巨大化する遺伝特性を持つ「宇宙桜」を植樹し、復興のシンボルに、避難の目印に、そして観光資源にする事業。

【宇宙桜とは】
 2008年に有人宇宙システム株式会社が行った社会貢献事業「花伝説・宙へ!」によって誕生した桜。日本各地で少年少女らの手によって集められた千年級の名桜(山高神代桜、根尾谷淡墨桜、三春滝桜、醍醐桜、ひょうたん桜、角館武家屋敷枝垂桜など)の種が、若田光一宇宙飛行士とともに国際宇宙ステーション「きぼう」に8ヶ月半(2008.11/15-2009.7/31)滞在し、地球帰還後にそのごく一部が発芽して「宇宙桜」が生まれた。同事業を発案した長谷川洋一が、2015年に一般財団法人ワンアースを設立した。宇宙桜の苗は現在でも稀少な地域の宝物だが、ワンアースの呼びかけに応え、東北復興のためならば、と各地で苗を増やし贈呈準備をしている。

 宇宙桜は、樹齢千年級の、日本三大桜を含む名桜の直系子孫なので、適切に養育すれば、西暦三千年以降(次の大津波が来るとき)まで生き続けると考えられている。また、三〇年で大樹に、百年で雪山のような巨樹(枝張り二十から三十メートル)に成長するため、宇宙ステーションからも十分視認出来る。津波到達点上に植えれば風化しない避難の目印として子孫に遺すことができる。
 壮麗な桜の巨樹を育てる市民活動は、地域の再生、自立に向けた環境保全活動に繋がる。一本有るだけでツーリストが殺到するような宇宙桜が各市町村に育った暁には、津波で被災した沿岸全域を繋ぐスケールの大きな観光資源として、経済的にも貢献するだろう。
 地域の至宝である宇宙桜を共有することにより、被災地各地と苗元各地は永続性のある絆で結ばれるため、これを動機とし、住民が直接参加する交流事業を推進する。相互訪問を含む地域ぐるみの市民交流により、高齢者に新たな生きがいを、子どもたちには精神的刺激をもたらす効果を目指す。さらに、青少年層が主体となって交流事業を企画運営することにより、彼らの視野はグローバルに広がり、将来は地球規模での活躍を志向するにちがいない。
 そして、地域とともに千年生きる宇宙桜は、いずれは物語を帯び、災害の記憶と教訓を恒久的に伝承する文化財的価値をも担うだろう。このような地域の至宝を今、東北に創成し、未来への遺産とする。
 きぼうの桜計画は、まだ始まったばかりである。

 (一般財団法人ワンアース・代表理事)

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  想像図<千年後>洋野まきば天文台

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  2017年春の植樹イベントご案内


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