【オルタの視点】

強まる安倍政権への拒否感

坂上 克樹

 9月下旬から10月初めにかけて重要な政治日程が続いた。自民党総裁選、沖縄県知事選、内閣改造・自民党役員人事に至る一連の過程で浮き彫りになったのは、安倍晋三首相に対する国民の「拒否感」の広がりと、それに対する有効な手だてを失い、内向き指向を強める安倍政権の姿である。

 来年の統一地方選と参院選に向けて、安倍政権を取り巻く環境が厳しさを増しているのは確かだ。ただし、それでも4割超の支持率を安定的に維持しており、選挙となれば地域地盤の強さを発揮するのが自民党である。対抗する野党は最低でも参院選改選1人区の候補者を一本化し、自民党を大幅議席減に追い込む戦略を立てなければならない。2012年12月から5年10カ月続く安倍政権を追い詰める絶好の機会ではあるが、野党側に好機を生かす戦略はあるか。安倍・自民党の現状の分析と野党の課題を整理した。

◆◇ 自民党総裁選

 9月20日に実施された自民党総裁選は、外形的には安倍総裁の圧勝による連続3選である。ただし誰もが分かっているように、党員・党友票の約55%しか獲得できず、石破茂元幹事長に約45%の得票を許したのは安倍政権の基盤の弱さをさらけ出したものだ。安倍首相は国会議員票と合わせて「全体の7割の票を得た」と語ったが、強弁にすぎない。
 選挙前から陣営の読みは次第に弱気に変化していった。陣営幹部は当初、「党員・党友票の7割は取る」と豪語していた。だが二階派幹部は約1カ月前に「実は6割程度」と厳しい見方に転じた。さらに総裁選直前になると、甘利明・陣営事務総長は12年総裁選で石破氏が獲得した「55%」まで目標ラインを下げ、その通りになった。

 これに対して石破陣営は、地方票では逆転もあり得ると強気の読みをしていた。その根拠は「党員・党友は安倍支持が3割、石破支持が2割。残りの5割は『安倍嫌い』」という分析だ。
 実際の党員・党友投票で石破氏は山形、茨城、群馬、富山、三重、鳥取、島根、徳島、高知、宮崎の10県で安倍首相を上回った。安倍首相との得票率の差が10ポイント未満という接戦に持ち込んだのも12道県に上る。その中には石破系の有力国会議員がいる県もあるが、そうでない県もある。ただほとんどが人口減少に直面する農業中心の地域である。

 安倍首相は総裁選で「全ての都道府県で有効求人倍率1倍超え」「国民総所得の65兆円増」「生産農業所得の18年ぶりの高水準」などと数字を上げて「実績」を列挙してみせた。しかし、その実態は数字の操作によるまやかしもあり、首相が主張するアベノミクスの効果は地方に届いていない。石破氏は総裁選で「大企業や富裕層だけが儲かる現状でいいのか」と批判したが、その実感が党員・党友票に表れたと言える。
 石破陣営は「総裁選がもう1週間あれば逆転できた」と振り返っている。首相サイドは、北海道地震による両陣営の活動自粛、極東外遊日程などで選挙期間を実質的に短縮した。逆に言えば、石破氏との討論を逃げた安倍首相の「作戦勝ち」である。

 一般有権者を対象とする世論調査では、自民党支持層では、次期総裁に安倍首相を支持する声が石破氏にダブルスコアの差を付けていた。しかし党員・党友は、国会議員や地方議員の後援会に所属し、選挙の際は実動部隊となる人たちだ。日頃、一般有権者と接する機会の多い党員らが「安倍ノー」という空気を皮膚感覚で受け止めていることが、今回の投票結果に表れている。
 石破氏が善戦した県には、2013年参院選で野党統一候補が議席を得た改選1人区も含まれる。今回の総裁選結果は、来年の参院選で野党に勝機があることを示す。ただし、自民党の地方基盤を甘く見ない方がいい。今回石破氏を支持した党員らは、来年の統一地方選や参院選では安倍首相の名前や顔写真の入ったポスターは一切使わず、「安倍隠し」の選挙戦術に徹する。それができることこそが自民党の強さでもある。

◆◇ 沖縄県知事選

 9月30日に投開票された沖縄県知事選は、急逝した翁長雄志前知事の遺志を継いで名護市辺野古への新基地建設反対を訴え、野党各党が支援した玉城デニー・前自由党衆院議員が、自民、公明、日本維新の会が推薦した佐喜真淳・前宜野湾市長に約8万票の大差をつけて勝利した。政権側は、二階俊博自民党幹事長や菅義偉官房長官ら幹部が何度も沖縄入りして、企業・団体を締め付けた。公明党と支持母体の創価学会は5千人とも6千人ともされる運動員を全国から動員して、佐喜真氏への投票を呼び掛けた。

 徹底的な組織選挙に対抗して、玉城氏が勝利した意義は大きい。ただし、肝心なのは、その勝因を読み誤らないことだ。野党各党は玉城氏を支援しながらも、各党首が表舞台でそろい踏みすることを避けた。「革新色」が前面に出るのを薄め、保革を越えた「オール沖縄」の枠組みを強調するためだ。その戦術は一応は当たったと言える。だが、これは沖縄という地域の事情によるもので、全国的に通用するものではない。参院選では地域の事情、歴史的経緯に応じた体制を組む柔軟性が必要となる。

 今回の勝因分析では、二つの指標に注目すべきだ。一つは、沖縄での安倍内閣の支持率の低さ、もう一つは投票率の高さである。
 あるメディアの調査では、沖縄県内での安倍内閣の支持率は25%にとどまり、不支持率が60%に上っている。翁長氏は菅官房長官を、米占領時代に「沖縄住民による自治は神話だ」と言い放ったキャラウエイ高等弁務官に重ね合わせて、その傲慢ぶりを批判したことがある。安倍政権は「沖縄に寄り添う」と言いながら、翁長氏がこだわった「沖縄の尊厳」を侵し続けているのだ。翁長氏が火を付けた「政治の堕落」に対する怒りが、今回の選挙戦で呼び起こされ、玉城氏を押し上げた。政権側がいかに組織を締め付けようが、その広がりには限界があった。

 最も注目すべき指標は、投票率である。選挙戦最終盤に台風の直撃を受けながら、投票率は63.24%とほぼ前回並みとなった。今回は新人2人の事実上の一騎打ちである。現職知事に自民党重鎮であった翁長氏が挑み、下地幹郎、喜納昌吉という知名度のある2人も参戦した前回知事選とほぼ同水準の投票率となったのは、自公型の組織選挙では手の届かない有権者層が投票に足を運んだということだ。玉城氏は同県知事選では過去最多の約39万6千票を獲得した。ただ佐喜真氏も約31万6千票を獲得している。佐喜真陣営の基礎票は約30万票と見込まれていた。自公は組織票はまとめ上げていることになる。

 つまり玉城氏の勝因は、組織には手の届かない無党派層への浸透ということになる。報道各社の期日前と当日の出口調査でも、その傾向は裏付けられている。安倍政権の固い支持層は崩せない。しかし、政権への拒否感を持つ無党派層に支持を広げれば勝機があることを沖縄県知事選は証明した。

◆◇ 内閣改造・自民党役員人事

 安倍首相が10月2日に行った内閣改造と自民党役員人事を総括すれば「内向き」である。財務省改ざん事件の責任を取っていない麻生太郎副総理兼財務相らを残留させ、過去に傷を持つ議員を内閣や自民党役員で復権させた。また、12人の初入閣組は派閥均衡の順送りではあるが、その中でも首相の政治信条に近い日本会議系の議員を選んでいる。柴山昌彦文部科学相が早速、教育勅語を巡る不見識を露わにしたように、今後も失言、不適切発言が相次ぐと予想される面子だ。

 自民党役員人事では、総務会長に加藤勝信前厚生労働相、党憲法改正推進本部長に下村博文元文科相という最側近を起用した。これは憲法改正に向けて、他党との話し合い路線ではなく、単独強行路線を取ることを意味する。改憲では単独強行は不可能であり、実は改憲実現が逆に遠ざかることになる布陣なのだが、安倍首相は「それで結構」と開き直ったのではないか。むしろ2006年の第1次政権に戻った感がある。

 今回の人事は、総裁選と沖縄県知事選の「教訓」に学んだものと見るべきだ。教訓とは何か。政権への国民の拒否感が強いことを踏まえ、何があっても動かない固定支持層を満足させ、その支持を固めることである。失言とは右翼層が賛同する発言である。その層が満足すればいいのだ。
 まるで憲法改正に向かって前進しているかのようにアピールし、首相に近いメディアが、首相が主導権を発揮しているかのように報道する。固定支持層に向けた求心力維持の仕掛けである。

 報道各社の世論調査では、安倍内閣の支持率は40~50%台にあるが、その一部は「政権は安定している方が安心」という層だ。安倍首相を強く支持する層は25%程度ではないか。これは過去の国政選挙での、自民党の「絶対得票率」と一致する。投票率が50%前後と低ければ、全有権者の25%程度の得票があれば、現行の選挙制度では衆参両院ともに大勝が可能である。安倍政権は参院選に向けて、支持の幅を広げることはもはや困難と割り切り、固い支持層を固める守りの戦略に徹することにしたと言える。

◆◇ 野党の課題

 安倍政権の方向性が明確ならば、野党の取り得る戦略は自ずと決まってくる。保守・右翼層から票を取るのではなく、投票率を上げて、最も厚い層である無党派層に支持を広げることである。無党派層は政治的無関心層ではなく、政治に関心がありながら、選挙の度に投票行動を決める人たちであり、緩い保守層も含むその層に今、安倍政権に対する拒否感が広がっている。その「受け皿」となることだ。昨年の衆院選で小池百合子東京都知事になびいた民進党は「安倍支持層(右翼層)から票が取れる」と思い込んだ。これは誤りである。

 参院選での野党候補一本化の中心となるのは、一時よりも低下したとは言え、一定の支持率を維持する立憲民主党しかない。国民民主党は安倍支持層からも理解を得ようとする傾向がある。支持率が一向に上がらないのはそのためだ。はっきり言えば、国民民主党から立候補しても参院選での勝算はない。共産党も改選1人区では当選は見込めない。立憲民主党を中心にして、広がりを失った安倍支持の固定・右翼層の外側にいる幅広い市民層の支持を集める選挙態勢を築きあげるべきだ。安全保障関連法への反対運動が基盤となった「市民連合」に各党をつなぐ役割も期待したい。

 そのためには対抗政策と次の政権像の明確化が必要だろう。安倍政権は個人の尊厳をないがしろにする改憲・右翼、新自由主義路線を鮮明にしている。それに対抗する政策を国民に分かりやすく示さなければならない。立憲民主党の目指す政策の方向性は間違ってはいない。いかに肉付けするのかという課題だ。

 もう一つは、政権像だ。参院選と3年以内に行われる衆院選(あるいは同日選挙)をにらんで、次の政権像を示すことだ。立憲民主党の枝野幸男代表は、結党1年の「立憲フェス」で「ポスト安倍は野党第1党の党首である私だ」と述べた。今、その言葉がどれほど現実味を持って国民に受け止められているだろうか。
 無所属の会の幹部は、野党結集の条件として「枝野氏が首相を目指す本気度を示すことだ」と指摘する。「枝野首相」に野党各党が納得すれば、候補者調整は進むという見方だ。立憲民主党が国民に浸透する政策と政権像を示すことができれば、政治状況は大きく動く。

 (ジャーナリスト)

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