徴兵のはなし、暴力のはなし

■徴兵のはなし、暴力のはなし            西村 徹

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●セゴレーヌ・ロワイヤルと熊本マリ

 フランス社会党のセゴレーヌ・ロワイヤルは、次期大統領候補とし
て人気急上昇中である。チリにもドイツにも女性の大統領あるいは首
相が誕生した。フランスもというわけでもあるらしい。四児の母であ
る。環境大臣、教育副大臣、児童家庭副大臣を歴任、日本製アニメの
残虐性を鋭く批判する著書を表し、児童虐待ポルノ禁止立法のほか、
いくらか逡巡のすえ同性愛者の結婚法制化の提唱に踏み切っている。
環境、教育、厚生行政に深く留意する弱者重視のソーシャリストであ
る。
 ところが先頃16歳以上の非行少年を再教育するためには軍隊式の学
校に収容すべきだと発言して話題を呼んだ。保守党のサルコジの向こ
うを張る硬派ぶりに社会党は大騒ぎになった。1996年シラク大統領が
1905年以来の兵役義務を廃止したのは間違いであったと、サルコジも
顔負けのようなことまで言った。ロンドンの地下鉄同時多発テロ事件
以来、半狂乱の弾圧を繰り出し移民ばかりを犠牲にしているイギリス
労働党ブレアの同類だと、党内からもメディアからも非難の声が上が
った。セネガルのダカールに生まれた、砲兵大佐の娘であることもま
ったく無関系ではない、ともいわれている。
 
 日本でもピアニストの熊本マリが5月31日TBSの番組で「最近の
日本の若者は軟弱だから、日本も徴兵制にすればいい」と言ったらし
く、人気のブログで叩かれていた。たぶんこのブログの言うとおりだ
と思う。戦争についての無知、女性だから徴兵制を対岸の火事とする
鈍感がありはするだろう。しかしさほど深く考えてのことではなくて、
日本の若者の、少なくとも男の、たしかに軟弱でないとは言いかねる
あたりに触れて、調子に乗って口走ってしまっただけかもしれない。
加えて熊本マリが十歳から長期間マチスモの色濃いスペインに過ごし
たこともまったく無関係ではないかもしれぬ。
 
 家庭の意義をきわめて重視する53歳の政治家の、政治生命を賭して
の発言と、40歳のピアニストによる、茶の間の受けを狙って時流に悪
乗りしただけのワンフレーズと。二つを一つに並べるのは当たらぬよ
うでも、若者の一般的現状に否定的である点では共通している。その
対策として徴兵制のような厳格な規律を切実の度合いは別として、考
えてしまう点でも共通している。両者いずれも、男についてのみ言っ
ているらしい点でも共通している。
 
 両者のちがいは若者の一般的現状についての認識がまったく正反対
だという点にある。セゴレーヌ・ロワイヤルは若者一般を軟弱とはと
らえていない。軟弱だから軍隊式にというのでない。むしろ軟弱でな
いから軍隊式統制が必要というに近い。軟弱であっても、あるいはな
くても、柔和で節度があれば、粗野で傍若無人の乱暴狼藉をはたらく
よりよい。ほとんど絶対的によい。フランスの若者の一部が軟弱で柔
和でなくて粗野で乱暴であり、それが市民倫理と社会秩序を破壊する
ものととらえての軍隊式教育要求である。
 セゴレーヌ・ロワイヤルの論、熊本マリの論。その深浅厚薄の差は
問題外として、なおかつ両者に共通するところ、若者の現状を嘆いて、
その打開策として提起する徴兵の利害得失について考える。

●徴兵による平準化効果

 まず過去の日本の徴兵あるいは兵制をふりかえる。
 第一に徴兵制度は、社会の全体が格差と不平等を温存させたままだ
から所詮擬似的ではあるが、原則として一定期間例外なき平等の強制
である。選挙権のように棄権は許されない点で強制である。ただし一
網打尽というわけでなく強制される前に志願も許されるし、むしろ督
励される。法務将校や技術将校は安全だし、主計も軍医も戦闘員より
安全度は高い。だから軍学校の中で経理学校がもっとも難関であった。
 
 また高校や専門学校では、戦争末期じつは負けと決まってからの無
茶苦茶のヤケクソになるまでは、理科は実質上の徴兵延期も続いてい
た。だから理科に入っておいて戦後になって、ほとんど空っぽの文科
に引越してくる利口な人も少なくなかった。その種の消極的迂回路は
あったが、あくまで兵役の中でのことであり、裏口から兵役の外に脱
出することはできなかった。
 
 漱石のように北海道に本籍地を移して逃れた例もあるが、やがて無
効になった。三島由紀夫は、田舎なら屈強の壮丁が多いから東京の青
ビョータンがまぎれ込めば目こぼしされると思って、加古川で徴兵検
査を受けたが第二乙種で合格してしまった。そしてなぜか偶然即日帰
郷になり間一髪のところを助かって、営門を出るや、ぐずぐずして呼
び戻されるのを恐れて父親と手に手をとって一目散に走った。
 跡継ぎは助かるというので分家することが流行った。同じ村の同じ
字に同じ苗字がやたらと多いのはそのせいもあると言われるが、それ
も無効になった。日本人は最初から決して好きで兵隊になりたがりは
しなかった。むしろいやがった。兵隊は危険とかきついとかだけでは
ない。とられる本人よりも、その家族にとって、特に農家などでは、
いちばん働き盛りの労働力を奪われるのだから当然である。
 
 結局はどうしてもだめ。刑務所の中にいても普通の囚人ではだめ。
唯一の例外は共産党員になって特高に捕まって拷問されても転向しな
いで政治犯として投獄されている場合だけになった。実際に、あるい
は偽装して、病人になるより逃げ道はなく、学生はしばしば近眼にな
ったが、やがて通用しなくなった。心臓脚気とか、いろんな仮病も、
醤油を飲んで熱を出すなども、なかなか首尾よく行かなかったらしい。
淋病だと半殺しにされた。

●二宮尊徳の孫

 二宮尊徳の孫の二宮尊道という英文学者がいた。尊徳のように勤倹
ではなく貯蓄もなかったが、総評の講師団にも入っていて、ラグビー
の選手だったからデモのスクラムなどにも気軽に加わる社会主義者で
あった。真っ当な日本人がほぼ一様に貧しかった時代に、タバコとコ
ーヒー、B級レストランとおしゃべりを愛する、品性爽やかな知の享
楽主義者であり、屈託ない自由人であった。戦時中は海軍経理学校で
教えていたが、「尊徳の子孫が絶えては困る」というので兵役を免除さ
れたと、自分で言っていた。「そういうこともあったのか、あの狂った
時代に。いや狂った時代だったからか」と、いささか複雑な思いとと
もに興味あることとして聞いた。部分的善が基本的悪とないまぜにな
る権力の滑稽がそこにはあった。しかしこの際、その滑稽が個人的に
は良い結果を生んだと思える救いもあった。
 
 他にも兵学校や機関学校で教えていた英語の教師は、いったん陸軍
から召集令状が来て、海軍ががんばって取り戻して無事だった、など
という話も当の本人から聞いた。海軍もずいぶん陸軍の下風に立った
ものだと思うが、辛うじてこの程度の達引きはありえたということか。
さらに興ざめる話になるが、今次戦争の末期、酒屋の息子で徴兵検査
官に酒を贈って逃れた話を戦後に本人の口から聞いた。しかし徴兵逃
れは、東条インサイダーならいざ知らず一般には、村上ファンドに一
千万円を預けて二千四百万円に膨らませることぐらい難しかった。

●徴兵と知識階級

 いったん徴兵されれば幹部候補生になろうとなるまいと一定期間ま
ったくの初年兵になった。というより、学卒者はこの際古参兵から、
ここぞとばかり報復された。これは他の先進諸国には例を見ない徹底
した平準化で、おそらく共産主義国家にもこれほど徹底した常備軍の
平準化はなかったろう。中国文化大革命の「下放」がそれに近いかも
しれない。石原慎太郎などには適用してみたくなるほど水際立った平
準化であった。
 
 諸先輩知識人を見るとき、とりわけ文系の人を見るとき、この試練
をくぐった人か、すり抜けた人か、すり抜けたのはどうやってすり抜
けたのか、まず疑ってしまうこだわりが私にはいまだに抜けない。関
東軍で6年だったかを平の兵隊として過ごした仏文学者は、「兵隊にな
ってやっと落とし前をつけた、やっと肩の荷がおりた」感じを語った。
多かれ少なかれ知識人の兵隊にはそのような贖罪の意識があった。高
等文官試験を通って鉄道省に入っても便所掃除から始めるという、薩
長下級武士つまり平の兵隊が集まって為し遂げた明治維新政府自然の
知恵であった。これは大日本帝国が西欧列強より一歩も二歩も先に出
た、誇り得る唯一の長所といえる。
 
 職業軍人もプロシャ貴族とかイギリス貴族とかロシア貴族とかいう
ような19世紀小説に出てくる舞踏会の綺羅星ではなく、頭脳は優秀な、
しかし高校に行くには学費負担が苦しい階層、概ね現金収入の少ない
中農出身者が多かった。経済負担を均すため兄弟のうちどちらかが高
校、もうひとりが陸士や海兵という場合(久野収の兄は海軍大佐)も
よく見られた。私の周辺では、中学進学も不如意な人がまだまだいた
(それが日本の優秀な兵隊の供給源にもなった)。さらに上級の進学は
さらに不如意の人が多かった。彼らが軍人への道を選んだのは経済的
理由が大きく、「自分自身の生理が選び取った」(丸谷才一)と酷薄に
突き放してはしまえぬ場合が多かった気がする。

●徴兵と農民労働者

 低学歴の、さらに貧しい大多数はどうだったか。人口構成比から当
然であるが、昭和の初期には兵農一致が叫ばれるほど兵隊のほとんど
は農民であった。農民はほとんどが甲種合格であり、農民の過酷な重
労働に比して軍務はむしろ軽労働で、農繁期の不眠不休に比べて睡眠
時間も通常十分であり、なにより栄養が西洋基準による軍隊食は、「米
は作るもので食うものではない」農民の日常を、はるかに超える充実
したものであった。日常あまり拝むことのない肉、魚まで割と頻繁に
食えた。すべての農民の条件からすれば夜毎に頬桁を打たれるぐらい
は支払うべき代償としては小さかった。打つ方はくたびれるが、打た
れる方のエネルギー消費は少ない。刑務所よりは多少きついが、一年
経てば大学出の新兵を奴隷のようにこき使ったり殴ったりする牢名主
の「楽しみ」もあった。
 
 農民以外の日本の下層階級も、飯場、たこ部屋、相撲部屋などで、
徒弟の時代に先輩から殴られるのは、そしてやがて後輩を殴るのは、
少なくとも現象的には、ほとんど日本に固有の文化のようなものであ
った(司馬遼太郎『菜の花の沖』参照)から軍隊内の暴力もその延長
上にとらえられ、まさに「軟弱」な都市小市民の受け取り方とは違っ
ていたらしい。吉田松陰の師であり叔父である玉木文之進など、受講
中の松蔭が蚊に食われた顔の痒みを掻こうとしただけで、痒いのは私
心があるからだと叩きのめして溝に蹴落としたというから、体罰の伝
統は日本人の遺伝子に救いがたく組み込まれているものかもしれぬ。
甲子園野球など体育会系のシゴキが連綿とその伝統を伝えてている。
 
 それよりも、軍隊に入って「初めて米のメシを食った」という人が
間々あったということが大きい。兵隊でいるかぎり衣食住の心配はな
く、しかも腹いっぱい食えるのは絶対的窮乏に常におびやかされてい
る貧困層には見返りとして小さくなかった。人権はないが家畜として
屠殺までの飼育は保障された。二年の兵役が終わって除隊になるとき
下士官を志願して現役に留まる者が「概ね百姓の次男三男」であった
ことも、その方が部屋住みの半失業状態に戻るよりも口減らしになる
だけよい選択であったからであろう。

●海兵団のリンチ

 ただし海兵団のリンチは、たぶん火夫水夫ともに艦内の重労務を囚
人や奴隷に依っていた海賊あらためイギリス王立海軍の蛮風を真似て
のことと思う。平手や上靴で顔を殴る陸軍には定番の生易しい程度の
ものではなくて、足腰も立たなくなるほどの、まれには死に至ること
もあるほどの、あるいは特高の拷問なみの、想像を絶する凄惨なもの
であったらしい。日本の軍艦に爆発沈没の例が異常に多いのは、リン
チに堪りかねて自殺するときの道連れにしたからだと、そして今の自
衛隊もあまり変わっていないと、二月ごろの「朝日新聞」に丸谷才一
が「袖のボタン」というコラムに書いていた。『きけわだつみのこえ』
の中で、外出から横須賀に帰団して衛兵所で、どんな不都合があった
のか叩きのめされてくず折れている水兵を見た、との記述があった。
 
 制裁に用いる暴力手段も海兵と予科練では違っていた。士官教育に
は用いない軍人精神注入棒なる樫の棍棒を下士官以下には用いた。尻
を打ったロープの束が腰に巻き付いて先端が睾丸に当たって死んだ例
を、土浦の予科練から帰った人から聞いた。制裁方法まで階級によっ
て区別するのはイギリス流階級差別の模倣もあろう。ついでながらイ
ギリス海軍は水兵に水泳を教えない。沈没したとき早く沈む方が始末
がいいからだと、日本に来て泳げるようになったイギリス人から聞い
た。どこまで真実かはともかく、イギリス階級社会の本質を射当てる
話ではある。
 
 むろん陸軍でも厠で首を吊るとか、脱走する例はあった。また、野
戦に出てから、憎まれ古参兵の背中にうしろから恨みの一発を撃つな
どの話には事欠かない。陸軍のは平手だからまだしもとは言ったが、
力任せに打たれて忽ち頬が一面に血を噴くのを目の前で見た。むろん
口の内側も裂けて出血する。口腔の血が飛び散って附いた上衣の汚れ
を、広島から佐賀まで面会に来る母親に見せまいと、洗っても洗って
も落ちなくて弱ったと、学友Sは私家版の回想記に記している。

●徴兵の長所

 このように見てくると負の面の方が圧倒的だが、あえて正の面とし
て、ちょうど消費税のような、より厳密には人頭税のような、脱税す
る人間はかならずいるから所詮は名目上だが男子国民負担の全員平等
がある。もうひとつ、貧困層における絶対的窮乏からの解放、すなわ
ち奴隷の自由がある。この二つの他に、もっと積極的な長所もないわ
けではない。
 
 平時においては、といっても私が物心ついて徴兵されるに至るまで
の間、ほとんど平時はなく慢性的に非常時ではあったが、それでも満
期除隊で復員した男子は、高学歴者は別として、兵役を逃れた人にく
らべて独立性の高い人間になっていたように子供の目にもおもわれた。
たまたま中学へ行ったので一年志願の将校になった小父さんより伍長
勤務上等兵(兵長)の小父さんの方がはっきり人物上等に見えること
もあって子供ながらに変な気がすることもあった。
 
 ある種の教育ないし試練、禅の修業のようなものをくぐり抜けたか、
抜けなかったかの差のような、「一人前」の大の男という、ずしっと重
心の下に降りた風韻がそこには漂うもののようだった。矢でも鉄砲で
も弾いてしまうような頼もしさ、貫禄といえばよかろうか。それは、
ほとんど人格破壊と言えるほどに激烈な試練によって濾過され練り上
げられた、新たな人格とも呼びうるもので、この刻印を彼らは容易に
失うことはありえなかった。
 
 試練と言ったが客観的には虐待であって、狡智,頓智とり混ぜてさ
まざまな危機管理の知恵(軍隊では要領というが、外交のミニマムで
もあろう)を動員することによって被害を最小化し、意志力によって
虐待という受動態の悪を、少し誇張すると能動態の善に止揚あるいは
昇華した、つまりは虐待の苦難を克服し勝利したという意味で、虐待
より試練と呼ぶのが、職業軍人を除いてすべての軍歴保持者に対する
せめてもの礼儀ということになろう。
 
 彼らは予備役の在郷軍人になっても時折の点呼もあり、また復習で
短期間原隊に戻った。戦雲急を告げるようになると、ありうべき召集
に恒常的に緊張していた。その沈痛な緊張感が彼らの克己心と平常心
を静かに支えていたのではなかろうかと私は考える。
 
 軍歴のあるなしの差は中学の教師を見るとよくわかった。軍歴のあ
る人が復員して乱暴なことは決してなかった。中学教師の暴力もひど
いものだったが、軍歴のない教師の振るう暴力は逆上してしまうとヒ
ステリックで歯止めがなくて、異常としか考えられないのもいた。軍
歴保持者はみな陸軍中尉だったが、暴力を振るう場面を私は見なかっ
たように思う。みなといっても三人だから偶然かもしれないが、桁外
れの異常暴漢が三四人いたのに対して、とにかく三人の中尉はみな揃
って暴漢ではなかった。むしろ度量が大きかったように思う。
 
 実はこれは、これを書いていて、たった今気づいた事実である。書
くことの冥利はこういうところにもある。理不尽な暴力の醜さを味わ
い尽くして嫌気がさしていたからだろうか。そう私は少し無理にも浪
漫主義的に解釈することにしている。家庭の場合でも兵隊に行かず、
他人の釜の飯を食ったことのないオヤジの方が声の黄色い癇癪持ちだ
ったりすることが多かったように思う。
 
 当節えらく好戦的な、まるで引きつけでも起こしそうに武張ったこ
とを言う手合いは、みな戦争体験を欠いているらしいことがその反証
になるかもしれない。イラク侵略のテロを推進したブッシュもチェイ
ニーも、ほかいろいろネオコンは大抵、ヴェトナム戦争時に徴兵を逃
げた連中であるらしいことも、おなじく強力な反証になるだろう。つ
ねに「戦争は戦争を知らない者には甘美」である。

●軍隊は庶民の上級学校であった

 むかし若衆宿などという、そこを通らないと一人前になれない、い
わば伝統教育システムがあった。成人になるための、いくつかの通過
儀礼があった。二年の兵役は、それにくらべると苦労は比較にならな
いほど辛く厳しいが、それだけになおさら通過儀礼として、教育シス
テムとして、有効に機能したのではないかと思う。
 
 義務教育の小学校六年に加えて高等小学校二年を終わると、徒弟と
して他所の地に出るものを除いて大多数は家業を手伝った。今と違い
移動性のきわめて低い時代、二十歳になって初めて家を出、各地の出
身者と共同生活をするのは遊学、時には外地留学に匹敵する教育的意
味を持った。確実に世間が広くなったし、見聞もまた広まったといえ
る。それらを伝え聞くうちに、こわいもの見たさに似た一種の期待が
膨らんで、脱出願望を持つ青年の間には、比較的の平時においては徴
兵をむしろ待望する傾きさえ見られた。授業料の要らない学校の側面
もなかったわけではない。
 
 集団として二年兵と初年兵は加害者と被害者であるが、一人づつ二
年兵と初年兵が戦友として組み合わされ、戦友は戦友を庇う関係にな
った。戦友同士の親密は生涯続く場合もあった。どんなに過酷な状況
下でも教練の間の小休止もあれば、演習中の大休止もある。自ずから
同年兵の間の交友関係は生じる。野戦に出ればなおさらであろう。
 
 老いて靖国に同年兵が集い、遊就館売店に戦闘帽が売られていても
格別の不思議はない。旧制高校出身者も似たり寄ったり。寮歌祭で白
線帽をかぶり紋付袴でしわがれ声を張り上げる。大差はなかろう。苦
い過去は心の底に沈めて,時の砥石にかけられて滑らかになった追憶
の表層だけを撫でるのであろう。彼らはいずれも昔の話と病気の話ば
かりするだろう。

●徴兵の長所を再点検

 過去において徴兵が持ったとされ得る以上三つの長所を吟味する。
 第一の平準化効果。最初に不公平を作り出しておいて徴兵制度で落
とし前をつけるような二度手間はしなくてもすむ。それ以前に富の再
配分によってはるかに無駄なく、誤魔化しなく、その目的は達成でき
る。ゆえに、もはや問題にならない。第二の絶対的窮乏からの解放。
絶対的窮乏そのものがこの国から消えた今日では、もはや問題になら
ない。二つともに賞味期限は切れている。
 
 平準化も絶対的窮乏の解消も、それが本来の目的ではなくて、皮肉
にも生じた見掛け倒しの徒花的効果にすぎない。むしろ富国強兵によ
って逆に民生は貧窮し格差も拡がった。「英米独仏その他の諸邦、国は
著しく富めるも、民は甚だしく貧し」(河上肇)かったのに、まして後
発の日本はなおさらであった。
 
 息子は兵隊にとられる。米は不作で娘を売ったが借金年貢には追い
つかない。息子を早く戦死させてくれと隊長に手紙を書いた。息子は
戦死し、隊長に礼状が届いた。
 そんな東北農村の実情が背景にあっての二二六事件でもあった。実
態を隠蔽して結局いたちごっこになるしかない、所詮は偽わりの効果
を理由として、徴兵制度という生命自然の莫大な浪費と悲劇の再生産
装置を合理化することは到底できない。ただ、そういう副産物も生じ
たという側面は歴史の認識の上で、かえって歴史に裏切られないため
にも、切り捨てるべきでなかろうと言うにとどまる。
 
 第三の、教育システムとしての効用が、考慮に値するものとして残
る。
 順序として逆になるが、熊本マリの「軟弱だから」は個人の選好な
いし偏向を普遍化しようとする独善排他のセクシズムである。その強
制手段として徴兵を持ち出すのはファシズムである。まさに男女は千
差万別、性差という目まいがするほど微妙な問題を乱暴に扱うと傷つ
く男女は多かろう。そもそも軟弱それ自体は社会的に有害ではない。
のみならず、王朝以来の公家文化とともに上方には、江戸の荒事に対
する、和事の伝統がある。「突っ転ばし」の異名があるほど軟弱な男子
をヒーローとする文化の伝統がある。軟弱は平和の果実でもあり都市
の洗練と密接である。一概に軟弱を否定すれば文化を破壊することに
なるだろう。粗雑で野蛮なはなしである。
 
 セゴレーヌ・ロワイヤルのいう「16歳以上の非行少年を再教育する
ため」の学校としては有効であろう。有効無効を問われれば有効と答
えるしかない。それが単純に非行であるならば単純に即効性はあるだ
ろう。しかし問題になっている少年の非行は主として郊外の移民によ
る不満の暴発である。異議申し立ての叛乱であり、革命の暴力である。
もとをただせば旧植民地支配のツケが回ってきたもので、その落とし
前のつけ方として懲罰的教育は教育としてでなく弾圧としてしか機能
しないだろう。さらに火種を大きくし、たぶん学校は移民の少年を逆
に筋金入りの反フランスの闘士に鍛え上げるだけだろう。
 
 そんなことの分からぬはずもないセゴレーヌが本気でそんなことを
言うはずはない。「フランスに言論の自由が生きていることを確認でき
た」などと言っているから、こう言えばこうなることを承知のうえで
の、むしろ問題提起の挑発だったのだろう。ときどき揺さぶりをかけ
ないと淀む。言論の自由を確認するためにも、わが国でも徴兵をただ
タブー視していないで、問題提起として論じてよい時期に来ていると
は思う。臭いものの蓋はとった方がよい。とった上でまた蓋をするな
ら、それでもよい。

● 徴兵のとらえ方――軍事的と教育的

 徴兵は二つの角度から接近することができる。ひとつは純粋に軍事
的角度、もうひとつは教育的角度である。
 軍事的には徴兵は時代遅れで、高度化した軍事技術には専門の軍隊
でないと役に立たない、徴兵は足手まといになるだけだともいわれる。
しかしイラクを完全に制するには歩兵の大軍が必要であったともいわ
れる。すると外国を侵略することのない、専守防衛の日本の場合は徴
兵は不必要か、あるいは邪魔になるということになる。徴兵は予想以
上にカネを食ううえに、その期間学問研究の空白が生じ、実際ドイツ
のように遅れが出てきている例もある。費用対効果からは採るべき道
ではない。それでもありうる徴兵のメリットは項目を改めて後述する。
 
 では非武装を唱える人たちの場合、徴兵はまったく論外ということ
になるだろうか。もはやガンジー的な非暴力の抵抗が多少なりとも効
力を持ちうるような古典的な戦争の時代ではない。敵がせめて悪魔で
あれば、顔があって、人間の精神になんらかの反応もしようが、悪魔
でさえない、顔のないロボット操縦のデジタル軍団には、人間の顔も
精神も、それと識別されることすらない。少なくとも緒戦はそうなる。
これでは抵抗といっても、なにもしないで降伏するのと変わらない。
それも悪くないと思う。それがいちばん安上がりで、いちばん少ない
犠牲ですむかもしれない。負けるが勝ちともいう。   
 
 攻められない工夫はいっぱいある。わざとその工夫をしない口実に、
攻められる心配ばかり言い立てる連中が実は多い。わざと火事になら
ない用心をしないで火事の心配ばかり言い立てて火災保険をいっぱい
かけたがる連中がいっぱいいる。反戦平和を口にすると羹に懲りて膾
を吹くものだと嘲笑しながら、天が落ちてくると騒ぐ連中がいっぱい
いる。
 しかし、それでも万一攻められたら、竹やりでもなんでも、そこい
らにあるものを得物にしてレジスタンスに立ち上がるのだと言う人も
いる。平和主義といっても最初に言った徹底非暴力の人よりこっちの
方が多くなっている。徹底非暴力平和主義というのは理念としては高
潔だが絶対多数の凡人には不可能なものだから無理もない。「目の前で
家族が殺されそうになったらどうする?」などと言われると、たいて
いはたじたじとなる。だから修正主義的にレジスタンスを言うなら言
うで中途半端でなく、どんなレジスタンスを組み立てるかまで考えた
うえで言うべきだろう。それならば被害を最小化するためにはスイス
のような国民皆兵がよいことになる。それをまったく論じないのは怠
慢だろう。竹やりで抵抗するなら国民が均しく兵隊になるのがいちば
んのはずだ。徴兵でみんな兵隊経験があるのでないと、いざというと
き役に立たない。そのためには進んで自衛隊に入って学ぶべきを学ん
で、せめて接点を作っておくぐらいの、隊内にも同伴者を作るぐらい
の心組みがあってもよかろうと思う。
 
 だから修正主義的平和主義者こそが徴兵のことをもっと本気で考え
ていいはずだ。本気で考えないのは、たぶん、こっそり本心では自衛
隊にお預けでよいと思っているからだろう。自分は兵隊になりたくな
い、自分は手を汚さずにいたいという、のほほんとした自己満足平和
主義では、米軍再編で日本自衛隊が(三島由紀夫が死の直前に予言し
た如く)どんどんアメリカの傭兵化して行くのを、列島全体の沖縄化
を、まるで止めようもない。そういう竹やり怠慢派の曖昧な念仏平和
主義よりは、前者の「無為にして化す」を貫く本物の丸腰敗北主義の
方が筋が通っているし、むしろ現実的でさえあるだろう。
 
 私は臆病だから、羹に懲りて膾を吹くと同時に天が落ちてくる心配
もする。人類がもう少し賢くなるまでは、戦争だの国家だのがバカバ
カしいと分かるようになるまでは、しばらく今のまま、鎧を憲法の衣
の下につつましく隠して置くがよい、衣を陣羽織に替えるような露骨
なまねはしないで鎧が不要になる日を待つがよいと思うだけである。

● 徴兵の教育的効用

 どうやら実用的には徴兵制度に勝算はなさそうだ。アナクロニズム
であるらしい。「改憲なら徴兵も」という、開きなおり的、いやがらせ
的戦術としての意味しかなさそうだ。しかし、もう兵隊はまっぴらと
いう気持ちもあるにかかわらず、折に触れて「もし徴兵があったら」
と思いたくなる誘惑に駆られることが間々ある。それはどういう時か。

 凶悪犯罪や非行は徴兵があってもなくても、いつの時代にもあるだ
ろう。もっと日常のことで、たまに新聞に載るが、たいていは新聞に
も載らない日常のことで、唖然とするような若者のしまりのなさ加減
に接するときである。例をあげればきりがないので心配なこと一つだ
け。性について大らかなのは、それもよかろう。もともと日本の文化
には性の禁忌はない。しかしエイズに対してこんなに非武装平和ボケ
でいいのか。徴兵検査があればかなり防げる。薬物中毒も防げる。大
学が遊園地でなくなる。とにかくマナーがよくなる。民族劣化の抑止
にはなる。成人式のかわりに・・などと考えてしまうことが間々ある。
一つだけと言っていくつも書いた。いくらでもある。
 
 セゴレーヌもマリも同じように感じるからの、あのような発言にな
るのだろう。だから徴兵には軍事目的以外に教育目的にも適用できる
積極的要素があることは明白だ。軍事目的から出発したものにもそれ
以外の目的に転用できる要素は多々ある。ベトナム戦争は外科医学を
進歩させたし、インターネットは軍事が目的で始まったものだ。軍事
訓練から軍事の側面を取り払っても社会訓練や団体行動の規律などに
きわめて有効なものを吸収できるはずだ。坊主憎けりゃで丸ごと捨て
去る愚は避けるべきだろう。
 
 復員で持ち帰った衣類も靴も雑嚢も兵隊ものは戦後の苦しい闇市時
代にずいぶん役立ったものだ。コンピュータ制御かと思うような一糸
乱れぬ団体運動、鋭利な刃物で削ぎ落としたような幾何学的行動様式、
緩急自在の応用動作などは若者の精神と肉体にめりはりとリズムを与
え、出処進退に一定の統一性と合理性を与ることになるだろう。優先
席を占拠したり、むかついて老人をホームから突き落としたり、同伴
の老人のために席を一人分だけ空けてくれと言った中年女性が二人分
の席を独占していた青年にいきなり殴られたりという没義道はなくな
るだろう。青年は、混乱の中では群集を沈着に誘導するだろう。狼藉
者には立ち向かって制圧するだろう。災害救助その他、海外で働く
NGOのためにも頼もしいファームとして期待されるだろう。
 
 最近友人の孫がソウル留学中に知り合った韓国の青年と結婚した。
その青年は兵役を終えて今は休学中。日本で働きながら日本語を学ぶ
という。やがて出産であるが、男の子なら厳しく育てると、その青年
は言い切るそうだ。やはり日本の青年より、とにかく声が大きいそう
だ。さもあろう。兵隊は声が大きい。片や日本の青年は、いつまでも
幼児のように、秋葉原の萌えカフェで自ら慰めていると言うから皮肉
なはなしだ。

● テンノーヘーカバンザイとバカヤロそしてビンタ

 ただし軍事を取り払っても暴力も一緒に取り払わなければ意味はな
い。残念なことに韓国の軍隊には旧日本軍のようなリンチがあるそう
だ。学生があれだけ逞しくデモをやる民主主義の確立した韓国で、人
権派弁護士が大統領になっている韓国で、まだそんなことがあろうと
は想像外だった。軍事政権の時代にはありえただろう。朴大統領は士
官学校出の岡本大尉だったのだから日本式を採用したのかもしれない。
国府軍も同様に日本から学んでビンタがあるという話は昔聞いた。し
かし、もはや李登輝総統以後の台湾にも今の韓国にも、そんなことは
あるはずがないと思っていたが、あるらしい。
 
 どうやら帝国皇軍はテンノーヘーカバンザイとバカヤロという日本
語のほかに、ビンタもアジアの広範囲に亘ってばら撒いてしまったら
しい。その後遺症がまだ残っているところがあるらしい。恥さらしの
かぎりである。「自虐史観」の教科書も書いていないようだから「新し
い教科書」の方では是非にも書いて面目を施してもらいたいものだ。
 
 わが自衛隊は志願だし、そんなことをしたらさっさと辞めてしまう
だろう、すぐ告訴するだろう、国会もメディアも大騒ぎするだろう、
帝国陸海軍とともに当然暴力も消滅したにちがいないと私は考えてい
た。ところがどうもそうではないらしい。丸谷才一が前掲「袖のボタ
ン」で日本海軍に自爆沈没鑑が多いとした記述に続いて、一昨年暮れ
から昨年にかけて海自の護衛艦(たちかぜ)で起こった二等海曹の犯
行について書いている。おそろしく手がこんでいて、昔の単純暴力よ
り悪質で退廃したもののようだ。防衛庁は隠蔽しようとし、国会で追
及したのは社民党だけだったとも書いている。自衛官の自殺者数も04
年度94人と漸増傾向にあるところなどからも明るみに出ないいじめは
数え切れまいとし、「近代日本人は軍隊という厄介な組織を持つのには
向いていないらしい」と言う。
 
 じつは私もその危惧を抱いていた。すでにその危惧を『菜の花の沖』
に描かれている北前船での徒弟いじめや玉木文之進の体罰に触れて述
べた。最近も四谷のフランス料理店でシェフが四十何歳かの従業員を
殴ったなどという記事があった。日本のよいもの悪いものが薩長とア
メリカにずいぶん破壊された。それでもまだまだ日本にはよいものも
残っているが体罰やいじめは残らない方がよい。てっきりアメリカが
破壊してくれたと思っていたが、これは残ってしまった。ため息が出
る。しかし待てよと思う。
 
 別なところで、自殺は海自が多いと聞いた。旧海軍は海保になって
いて、海自はアメリカ海軍直系の子分だから海保とは犬猿の仲とも聞
く(たとえば北朝鮮ミサイル7発連続発射を防衛庁は事前に察知しな
がら、騒ぐに当らずとしてではあるが海保には知らせなかった)。そう
いえば二等海曹の犯行の手口も、エアガンとかガス銃とかサバイバル
ゲームとか、CD-ROMを17万円で押し売りとか、いやにヤンキー臭
くてアメリカのマフィア映画のようだ。純国産ではないらしい。メー
ドインUSAかもしれぬ。 
 
 34歳にもなったオッサン軍曹が十も十五も年下の兵隊を日常的にい
じめるなども病的だ。アブグレイブやグアンタナモでのアメリカのや
ることを見ていると、またロシア軍内部の新兵いじめのことを聞くと
「軍隊という厄介な組織を持つのには向いていない」のは近代日本人
だけではなさそうにも見える。軍隊というのは人間の歴史とともにあ
る、人間本来にとっての必要悪のようにいわれるが、ことによると、
人間本来のあるべき自然にもっとも反するものかもしれない。

●徴兵による自衛隊の民主化

 こうなると、いよいよ徴兵の出る幕はなさそうに見える。しかし待
てよと、ここでも思う。丸谷才一はこのコラムの文章を「近頃は改憲
とか再軍備とかを主張する論者が多いけれど、その種の議論をする際、
このような国民全体の幼さを考慮に入れる視点も必要だろう」と結ん
でいる。再軍備を主張する必要はもうなかろう。常任理事国にくらべ
て劣るのは核を持たない点だけで、通常兵器だけなら陸海空とも、ア
メリカを除けば一二を争う強大な軍備をすでに持っている。GDPから
言えば不思議でない。その軍備をどうするのか、維持するとすればど
んな形で維持するのかが議論の種になるだろう。
 
 軍事を取り払って軍に類似の教育システムを創っても暴力も取り払
うのでなければなにもならないことは繰り返し述べた。では軍を維持
するとして軍から暴力を駆除するにはどうすればよいか。今のまま自
衛隊を自衛隊のままで維持する場合、今でも暴力事件が「数え切れな
い」そうだし、防衛庁は隠そうとするし、社民がひとり奮闘しただけ
で自民、民主、共産は冷淡だし、公明はたぶん与党だから自民に倣っ
たのだろうとすると、ちょっと望みはなさそうだ。
 
 そこで、突飛に聞こえるかもしれないが、ここで徴兵の出番がある
のでないかという気がする。自衛隊は徴兵によって国民全体の監視下
に置かれる。自衛隊の持つ陰湿な体質を国民的に改善するわけだ。早
い話が知的レベルが向上してそれだけ非暴力化する。「軟弱」化かもし
れない。知的になれば理性的にはなるだろう。いきおい批判的にもな
る。その批判を積極的にフィードバックするシステムも作らねばなる
まい。内部告発を制度化して二等海曹の出現は阻止される。つまり自
衛隊は民主化される。おそらく米軍も現在徴兵であったならアブグレ
イブはなかったかもしれない。そしてもっと軍内部からの反戦の声は
高まっていたであろう。
 
 さらには、軍について詳しくなるほどに戦争について慎重になる。
反対に、無知な人ほど勇ましいことを言う。アメリカの政治指導者と
軍人とを見ているとわかる。今でも防衛庁の武官のほうが民主党の前
原なんかよりハト派だそうだ。そして前原のことをアレはタカ派でな
くてバカ派だと言うそうだ。軍事評論家の田岡俊次という人の説だ。
すると徴兵は国民の軍事知識の普及には有効で、すると国民は戦争に
慎重になるだろう。隊内の暴力も抑止できる。
 
 費用対効果からは大きな損になるが、徴兵やむなしということか。
教育システムとしても、これ一本しかないか。
 私は、明治政府が朝鮮に多大の迷惑を我慢してもらって近代化を果
たしたように、自衛隊に多少の不都合を我慢してもらって平和憲法を
護るのが得策だし、近隣諸国との友好上もよいと思ってはいるが。
              (筆者は大阪女子大学名誉教授)

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