徴兵制をめぐって(8.2014)

【オルタのこだま】

徴兵制をめぐって

武田 尚子


 オルタ127号の西村氏による『徴兵制をめぐって』は興味深く読ませていただいた。アメリカの徴兵制は1968年に廃止になり、兵役は志願制になったから、1973年生まれの長男と77年生まれの次男は、おそらく徴兵を受ける事はないと思えた。それにも関わらず、戦争を人生最大の危機として体験していた母親は、息子たちに、万一そんなことになったら、軍備を放棄した日本へ、でなければお隣のカナダへ逃げなさい。それができなければ、良心的徴兵忌避者になりなさい。すくなくともアメリカはあなた方を死刑にはしない。生きて世のために尽くす道はいくらでもあります。と幼い子供たちを相手に、何度か話した事があった。

 幸い、ベトナム戦争、イラク、アフガニスタン戦争、を経てなお、徴兵制廃止は続いている。アメリカの歴史を瞥見すると、徴兵制は必ず戦闘人力の不足を補うために現れているので、大きな戦争のない限りこのまま続くのだろうか、と思案して、二つの事に思い当たった。

 その一つは、戦争手段の大変化である。無人爆撃機ドローンや大陸間ミサイルを含む、戦争技術の変化、情報技術の目覚ましい発展によって、戦争は昔ほど人力を必要としないのではないか?
 もう一つは、女性の平等が可成り実現された今、女性の兵士としての参加が、期待される戦力の何ほどかを埋めているのではないだろうかという事である。そして素人の直感にすぎないこうした憶測は、ある程度あたっているらしいと知った。

 ジェンダーの問題にこの数ヶ月とりくんできた筆者にとっては、女性の問題はテクノロジー以上に興味がある。戦争と女性戦力の問題は実はこれまで積極的に探ってみた事がなかったのだが、手近な資料にあたるだけでも、女性だけではなく徴兵制の問題ではいろいろな発見があって驚かされ通しになった。

 先ず驚きの第一は、全米規模の徴兵制が初めて敷かれたのが1861年であり、リンカンの大統領当選の翌年である。南北戦争の従軍兵士は、志願者だけでまかないきれず、南北とも徴兵制が敷かれた。

 徴兵制の歴史をざっと見るだけで、なるほど人間はこれほど戦争が嫌いなのだと実感する。1863年のNYの徴兵反対の反乱は、徴兵制度が議会をパスした事に対して起った大事件であった。
 またアメリカでは徴兵されると、金のあるものは代理人を使うことができ、多数の代理人が使われた。募兵の割当を満たすために、政府の奨励金やボーナスが支払われることもあった。

 徴兵に反対すれば、確かな理由がないかぎり投獄されるし、アメリカでその例があったかどうかはわからないが、例えば現代のイラクのように、脱走兵同様、死刑にする国もある。だから青年たちは、宗教やイデオロギーにもとづく良心的徴兵忌避者になりたがり、あるいは学業のため、あるいは身体障害、あるいは同性愛者である事などを述べて、徴兵を回避した。彼等の申し立ての真実性が納得されなければ、良心的徴兵忌避者とは認められなかったが。

 当代の我々に親しい徴兵忌避者の例ではロンドンの大学へ特別優待生として行ったクリントン、副大統領バイデン、モハメッド・アリなどが居る。ジョージ・W・ブッシュの徴兵逃れには込み入った方法がとられていて、なんとか切り抜けているが、後の大統領立候補のときにはそれガ問題になって危ういときもあった。バイデンの理由は知らないが、モハメッド・アリは信仰上の理由で徴兵を忌避しようとし、投獄を宣告されたが、結局は赦免された。またフォードが大統領になると、それまでの徴兵忌避者は全員赦免された。

 徴兵と徴兵忌避への罰則はそれだけで本を書くような論考になりそうだが、ジェンダーの問題に数ヶ月かかわってきた筆者に興味があったもうひとつの問題は女性と兵役についてだった。

 調べてみると、植民地時代から既に、アメリカの女性は軍務に参加してきたという。女性は男性と同じ服装をし、(男の名前で)別姓を名乗り、男として行動した。中には、負傷したときの発覚を恐れて、自ら大腿部に傷を付けて乗り切った女性もいた。もっと後になると、男性偽装をやめて、夫婦で兵役に入り、ともに戦ったカプルも出てきたのだから、事情は変わってきたのだろう。

 時の流れとともに、女性兵士の数は増えた。男のふりをする必要もなくなった。今日ではアメリカ軍の14%以上を女性が占める.そして、これ迄は女性に対して開かれていなかった軍事上のCOMBAT禁止も撤回された。一つには今日の戦争においてはハイテク戦闘のために最前線がぼやけてきた事があげられるという。徴兵制こそないが、アメリカ女性は、軍事面でも、平等を確実に獲得しつつある。

 世界で、女性に徴兵制を敷いているごく少数の国に、イスラエル、ノルウエイ、エリトリアがある。イスラエルは1948年の独立以前から軍隊に女性を入れた。ノルウエイは2013年に女性の徴兵制を議会がパスさせた。

 『男女同権へのさらに新たな第一歩と受け取られたこの決定によって、ノルウエイはヨーロッパ唯一の、そして平和時のNATOメンバーとしては最初の、ジェンダー平等を実践する国となるでありましょう。』女性の防衛大臣の言葉である。

 イスラエルにしても、ノルウエイにしても、アメリカにしても、徴兵は語り尽くせない大きな問題である。
 西村氏の『徴兵をめぐって』に刺激されて書き始めたが、到底「オルタのこだま」にはおさめきれない。将来、もっと緻密な論考を書けたらと希望している。ここでは、アメリカ人であるわが夫のしたためてくれた走り書きをご披露して、この稿を閉じたい。

 『僕はアメリカ人だ。アメリカ人の男女には性別を問わず、兵役を課すべきだと信じる。全てのアメリカ人は、18歳になったら兵役の登録をしておくべきだ。この登録はいったん緩急あるときには、軍務のために働いてくれる男女を前もって選択しておくことになるだろう。

 こうして登録したアメリカ人が緊急に呼び出されるのは、外国または国内勢力による攻撃、または緊急な切迫した脅威があり、アメリカ政府が戦争状態を宣言して自国を防衛する必要がある時だけに限られる。

 もしアメリカが条約によって他国の防衛を助ける事が求められたら、あるいは米国の利益を守るために現地の米国軍が2年を超える特定の戦闘をしてきたあげく、外国に軍隊を送る事を要求されたら、前述の兵役登録から、人員を招集すべきである。

 全て志願制の軍隊と大統領と全議会のシステムでは、軍隊に子供を持っていない人が多い。にもかかわらず戦争の開始や継続を決めるのが彼等である事は憲法に背く。彼等は息子や娘の死や負傷で苦しむ人々の声を聞くべきではないか。長く続く戦争をさらに継続するかどうかは、政治家ではなく、国民投票によるべきである。』(DAVID YARIN)

 (筆者は米国ニュージャージー州在住・翻訳家)


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