憲法調査会でボロが出た安保法制

憲法調査会でボロが出た安保法制

— 安倍首相の独善は許されず —

篠原 孝


<姑息な安倍首相を追及>

 私は13年10月21日の予算委員会で安倍総理に対して嫌味を込めた質問を行なっている。
 憲法改正という考え方があっても良い、ただしそれは憲法に書いてある手続きに則って改正するものでなければならない。国民投票法もできたし、正々堂々と国民に問えばよい。それを安倍首相は、まず憲法96条の衆参両院とも3分の2以上の賛成がなければ発議できないという規定を2分の1に変えようとしている。それがあえなく失敗すると、解釈改憲という変なことをやりだす。「いつも正攻法、強引に正面突破を図る安倍首相にしては珍しく、姑息ではないか」「安倍首相らしくない」と、よくやるほめ殺しスタイルで矛盾を突いた。
 しかし、改めることなく、14年7月1日に閣議決定をし、解釈改憲の道を突き進んだ。

<3人の憲法学者が安保法制は違憲と断ずる>

 この矛盾が一挙に噴き出たのが憲法調査会の参考人意見聴取である。
 私は既に憲法調査会に2年メンバーとなり、さんざん議論をしている。憲法調査会は変わった委員会で、答弁者なしでそれぞれの議員が自分の名札を立てて勝手に意見を言い合う場である。先の6月4日、その場に珍しく3人の憲法学者が参考人として呼ばれた。そのうちの一人の民主党の推薦の小林節慶応大学(名誉)教授は憲法改正論者の筆頭格であるが、安倍首相の拙速なやり方はまかりならんという意見であった。問題は自民・公明・次世代が推薦した長谷部恭男早大教授までもが憲法違反と言い切ったことである。維新の推薦の笹田栄司早大教授も違憲とし、3人全員が安倍政権のやり方は憲法違反だと意見が完全に一致した。珍しいことである。今まで3回委員となり、正直歯痒い思いばかりであったが、ここで思わぬクリーンヒットが飛びだした。

<自民党の内紛は当然のこと>

 そもそも自民党が自分の党の方針に反対する学者を選んで国会に送り出すというのはおかしいのだが、今はどこで手続きが間違ったのか、どうしてあんな学者を選んだのか等と党内でもめているようである。野党の参考人が違憲と言うのは当たり前だが、問題は与党自民党の参考人が政府与党の政策にケチをつけたのであり、大問題と言わねばなるまい。大事な時にこのような重大な発言が出ては混乱するのも当然である。憲法学者に“後方支援”をしてもらおうと思っていたのに、後ろから鉄砲を撃たれてしまったのだ。皮肉を言わせてもらえば、政府が言う「現に戦闘が行われている現場」以外の後方支援も敵側から見れば一緒であり、危険極まりないことを暗示しているのではないか。

<憲法学者は見事>

 この件を推測するに、やはり自民党寄りの学者も公開の場で憲法に違反していないとは、とても言えないので拒否したのだろう。菅官房長官は「違憲ではないという著名な憲法学者もたくさんいる」と強がりを言っているが、それならば、その学者を表座敷に出してきたらよい。学者の良心からしてとても恥ずかしくて出られないに違いない。それで止むに止まれぬ状況になって長谷部教授しかなくなったのではないか。
 つまり、真面目な学者先生は政治家のように三百代言は言えなかったのである。6月3日には憲法学者等171人が安保法制の廃案を求めて記者会見を行なっている。憲法学会には、原子力学会や経済学会のように政府見解に尾っぽを振って近寄る御用学者はほとんどいないようである。憲法学者は理屈で考え、正論を曲げない学者中の学者なのかもしれない。そう云えば、憲法学者は、〇〇審議会もそう多くなく御用学者になる機会が少ない。これが幸いしたのかもしれない。

<苦しい政府見解に国民は納得せず>

 菅官房長官は「憲法解釈として法的安定性は確保されている」とし、中谷防衛相は「政府による憲法解釈の裁量の範囲内だ」として違憲ではないと強弁しているが、憲法学者のみならず国民も認めないだろう。やはり、解釈改憲は無理なのだ。そもそも日本の憲法は海外での軍事活動を認めていない。それを後方支援ならよいとか戦闘現場でなければよいと言うのは詭弁でしかない。素直に諦めて法律を引っ込めて、一から出直した方がよい。
 私が冒頭で述べたとおり、自衛隊の活動を広げたいなら正々堂々と憲法改正するべきなのだ。ただ、これも国民はとても認めないだろう。国民は70年の平和に自信を持っており、拙速に軍事国化することについては強い懸念を抱いているからだ。何よりも世論の大半は、今国会での成立は急ぐ必要がないと考えている。アメリカ議会で格好よく「今夏までの法案成立」約束したため、今国会中と急いでいるのは、安倍官邸だけなのだ。

<苦しい自民党の言訳>

 これに対して自民党からは「憲法学者はどうしても憲法9条2項の字面に拘泥する」「現実政治はそれだけではすまない」といった言訳が聞かれる。かつて単独講和か全面講和かという時に、時の吉田茂首相は全面講和にこだわる南原繁東大総長に対して「曲学阿世の徒」という難しい言葉を遣って、学者に何がわかるという態度をとった。安倍首相は、多分頭に湯気が上がるほど怒っているだろうが、憲法学者に向かって、また同じ言葉を浴びせるのだろうか。

<恐ろしい政治家の独善>

 政治家は長く権力を握ると独りよがりになり独善に陥っていく。つまり「反対される政策や難しい課題を俺がやっているのだ」という自惚れが出てくる。吉田首相のようにきちんとした信念があってやるのであればいいが、そうではなくて、ただ格好いいことをしてやろうと邪念を持ち、権力を笠に着て暴走し出す。
 民主党政権が、マニフェストにない消費増税を言い出して意気揚々となり、ついに党を割ってしまったのが一例である。国民の声も何もなく、自分の業績を上げ、後世に名を残さんという見え透いた魂胆だけである。そして、マニフェスト案に日米FTAを推進と書かれていたのを刷り直して修正したというのに、FTAよりひどいTPPにまで手を出したのには唖然茫然である。そして、せっかくの政権を3年3ヶ月で自民党に奪われてしまっている。

<民主党的総理の意味>

 安倍首相にも就任当初からそうした臭いがプンプンしていた。だから、前述の質問の最後に私が「民主党的総理になられないように気をつけて」と警告したのだ。安倍首相は誰もしなかった憲法改正を自分がやってみせると飛びついた。日本をどういう国にするのかなどほったらかしである。これで国政を動かされたらたまったものではない。少なくとも三角大福中の頃の自民党総理にはこんなタイプのトップはいなかった。
 わかりにくいという人には、橋下徹大阪市長の都構想もそうだと言えばわかっていただけるかもしれない。つまり、今は自分の趣味を見栄で政治をする政治家が跋扈しているのだ。

<安倍首相に日本の舵取りは任せられず>

 こういった中でもう一つできてきたのは、安倍首相の「質問を早くしろよ」という辻元清美議員に対する野次である。安倍首相は近くで見ていると好き嫌いが激しい単純な人である。
 つまり、簡単に言うと安倍首相は辻元議員が嫌いなのである。前国会でも応援に来た辻元議員がちょっと野次を飛ばしただけで、野次がうるさいから黙ってとつっかかっていた。それが今度は委員になって質問しているのだから、最初からカリカリし抑えがきかなくなったのだ。大人気ないし、品位に欠けることは明らかである。
 民主党の驕った首相は、政権交代による政治の活性化の芽を摘み、民主党を壊しただけのことだが、安倍首相は日本そのものを壊しかねない。こういう荒っぽくて危うい首相に我が国の将来はとても託せない。
 他の重要広範議案(農協法、労働者派遣法)とともに、今国会での成立は止めないとならない。

 (筆者は民主党・衆議院議員)

※ この記事は篠原孝メールマガジン419号から著者の了承を得て転載したものです。


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