戦後70年 止めよう辺野古新基地建設! 沖縄県民大会

【沖縄の地鳴り】

戦後70年 止めよう辺野古新基地建設! 沖縄県民大会
セルラー・スタジアムに3万5千人~現場からの速報

報告:河野 道夫


 同じ場所で開かれた知事選のときの翁長集会でのサプライズは、菅原文太氏の名演説だった。今回のそれは、司会者がなんと普天間高校一年の女子高生だったことに、冒頭からド肝を抜かれた。また、最後の翁長知事の挨拶で「安倍総理は、アメリカに日本の独立は神話だといわれないように」と「独立」を口にしたため、「沖縄の自立・独立」を求めている観衆から、熱狂的な歓声と拍手が起こったことだろう。

 他の発言の中から、もっとも心に響いた部分を抜粋する。

・宮城 りな(司会・普天間高校一年生):辺野古新基地建設の反対運動は、私の生まれる前から始まっていた。
・平良 朝敬(島ぐるみ会議共同代表):歴史に学び現在と未来を考えるのが筋道なのに、安倍内閣は思考停止の状態で、戦争のできる国にしようとしている。
・呉屋 守将(辺野古基金共同代表):基金は2億1千万を超えた。7割近くが本土からの送金である。心から感謝したい。
・稲嶺 進(名護市長):辺野古新基地建設は、市長権限と知事権限で必ず止めてみせる。
・安次富 浩(ヘリ基地反対協代表):新基地建設反対運動は1997年名護市住民投票から18年間続いている。普天間基地をこの間、放置した歴代政府は「放置主義」である。
・佐藤 優(作家・元外務省主任分析官):もはや保守対革新でもなければ労組対使用者でもない。いまや沖縄人のアイデンティティーで沖縄差別と闘うことだ。
・鳥越 俊太郎(ジャーナリスト):安倍首相をアベドルフ・ヒットラーと呼ぶべきだ。基金は100億円を目標とし、キャンプ・シュワーブを囲む100万人集会に投入したい。
・翁長知事:安倍政権は沖縄を再び捨石にする。基地問題の原点は、銃剣とブルドーザーで土地を強制接収したことで、沖縄が基地を提供したことはない。前知事の埋立承認は、総理・官房長官による普天間基地5年以内運用停止の約束が条件だった。

●縄県民大会:翁長雄志知事あいさつ全文 沖縄タイムス号外2015年5月17日

 那覇市内の沖縄セルラースタジアム那覇で17日に開かれた「戦後70年 止めよう辺野古新基地建設! 沖縄県民大会」での翁長雄志知事のあいさつ全文を掲載する。

 ハイサーイ、ぐすーよーちゅーうがなびら。うちなー県知事ぬ翁長雄志やいびん、ゆたさるぐとぅうにげーさびら。新辺野古基地を造らせないということで、ご結集いただいた皆さん、外野席もいっぱいであります。3万人を超えて、4万、5万と多くの県民が集まっていると思っております。うんぐとぅあちさぬなか、うっさきなーあちまてぃくみそーち、いっぺーにへーでーびる。まじゅんさーに、ちばらなやーさい。私は多くの県民の負託を受けた知事として、県の有するあらゆる手法を用いて辺野古に新基地は造らせない。この公約実現に向けて全力で取り組んでいくことを、今皆様方に改めて決意をいたします。

 先月、私は安倍晋三首相、菅官房長官と会談させていただきました。お二人との会談内容を国民の皆さまが注目することになり、ほとんどの中央メディアの世論調査で、国民は平均して(反対が)10%ほど上回る意思を表示していただきました。本土と沖縄の理解が深まったことに、大変意を強くいたしております。さらに、辺野古基金においても本土からの支援が多く寄せられていると聞いており、心強い限りで、ともどもにこの沖縄から日本を変えていきたい、こう決意をしているところであります。
 しかし私が、沖縄の民意を伝えたにもかかわらず、日米首脳会談の共同会見において、安倍首相が「普天間飛行場の危険性を辺野古建設によって一日も早く除去する」と発言されました。私は強い憤りを感じております。安倍首相は「日本を取り戻す」と言っておりますが、私からするとこの「日本を取り戻す」の中に、沖縄が入っているのかと強く申し上げたいと思います。「戦後レジームからの脱却」とよく言っておりますが、沖縄に関しては「戦後レジームの死守」をしていると、私はこう思っております。沖縄の基地問題無くして、日本を取り戻すことはできません。

 日本の安全保障は、日本国民全体で負担する気構えがなければ、沖縄のほとんどの県民に負担をさせておいて、日本の国を守ると言っても、仮想敵国から日本の覚悟のほどが見透かされ、抑止力から言っても、私は、どうだろうかなと思っているわけであります。
 特に沖縄から見ると、日本が独立し、沖縄が切り離されたサンフランシスコ講和条約の祝賀式典で万歳三唱する姿を見ると「また同じ歴史が同じ歴史が繰り返されることはないだろうか」あるいは「ミサイル数発で沖縄が沈むことはないだろうか」「将来の子や孫が捨て石として犠牲とならないか」。沖縄に責任を持つべき責任世代としてしっかりと見極めていかなければなりません。そして、これは強調しておかなければなりません。政府は普天間基地の危険性の除去はこの問題の原点だと言っておりますが、沖縄から言わせると、さらなる原点は普天間基地が戦後米軍に強制接収されたことにあります。

 何回も確認を致します。沖縄は自ら基地を提供したことは一度もございません。普天間飛行場もそれ以外の基地も、戦後、県民が収容所に収容されている間に接収され、また居住所等をはじめ、強制接収されて、基地建設がなされたのであります。自ら土地を奪っておきながら、「普天間飛行場が老朽化したから」「世界一危険だから」「辺野古が唯一の解決策だ」「沖縄を負担しろ、嫌なら沖縄が代替案を出せ」こういう風に言っておりますが、こんなことが許されるでしょうか。私はこのことを日本の政治の堕落だと言っているわけであります。

 自国民に自由と人権、民主主義という価値観を保障できない国が、世界の国々とその価値観を共有できるでしょうか。日米安保体制、日米同盟というものは、私はもっと品格のある、世界に冠たる誇れるものであってほしいと思っています。一方、(外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会の)2プラス2共同発表には、世界一危険だと指摘されている普天間飛行場の5年以内の運用停止が明示されていません。普天間飛行場の5年以内の運用停止について、前知事は県民に対し「一国の総理および官房長官を含め、しっかりと言っている。それが最高の担保」だと説明しています。5年以内運用停止は前知事が埋め立て承認に至った大きな柱であります。しかし、米国側からは日米首脳会談でも言及することはありませんでした。5年以内運用停止は辺野古埋め立て承認を得るための話のごちそう、話くゎっちー、空手形だったのではないかと私は危惧しております。今日までの70年間の歴史、いつも困難の壁があるときは、必ず、話のごちそう、「話くゎっちー」をウチナー県民にも、国民にも聞かせて、それを乗り越えたら知らんぷりと。これが70年の沖縄基地問題の実態です。

 私は安倍首相にお聞きしました。ラムズフェルド元国防長官が13年前、普天間基地は世界一危険な基地だと発言し、菅官房長官もそのことを再三再四言うなかで、辺野古が唯一の解決策だといっている。辺野古基地ができない場合、本当に世界一危険な普天間基地は固定されるのか、首相に聞きましたら返事はありませんでした。しかし私は自由と人権と民主主義の価値観を、共有する国々との連帯を目指す日米同盟がそんなことはできないと思っています。
 新辺野古基地の建設を阻止することが普天間飛行場を唯一解決する政策です。中谷防衛相との対談では、今日の中国の脅威を説明し、数字を挙げ、新辺野古基地が唯一の解決策だと話をした。「いかに現在が危機的な状況であるか」「自衛隊の増強も必要だ」「沖縄がいかに安全保障にとって重要か」と、得々と説明しております。しかし考えてみると沖縄のこの70年間、冷戦構造時代のときも大変でした。今も危機があるといっているが、私たちは積極的平和主義の名の下に、中東まで視野に入れながら、これから日米同盟が動くことを考えると、沖縄はいつまで世界の情勢に自らを投げ捨てなければいけないのか。私はこれについてしっかりと対処していきたい。

 安倍首相が、二つのことが前に進んでいると私に話しました。一つは嘉手納以南の(返還の)着実とした進展、もう一つはオスプレイは全国に配備し、少しずつよくなっていますよと話ました。こういう話を聞くと本土の方々はなかなかやるじゃないか、少し前に進んだんだなあと思っていると思います。
 しかし、私は首相に申し上げました。首相がおっしゃるように普天間飛行場が新辺野古基地に移り、そして嘉手納以南が返された場合、一体全体、何%基地が減るんですか。これは、73.8%が73.1%。たったの0.7%しか減らないんですよ、みなさん。何でかというと、全部県内移設だからです。外に持って行く話ではまったくないんです。これが本土の方々には分かっていない。嘉手納以南をみんな返すぞと、こういうことで分かっていない。
 それから、オスプレイ。あれは森本敏元防衛相の5年前の著書の中で沖縄にオスプレイが配備されるだろうと書いてあります。見事に的中しております。そして、その中に何が書いてあったかといいますと、あの新辺野古基地はオスプレイを100機以上もってくるために設計されて、これからすべて、オスプレイが向こうに置かれるんだということが、あの森本さんの著書の中に書いてあるんです。ですから、今本土で飛んでいるオスプレイは一定程度が過ぎたら、みんな沖縄に戻ってくるんです。これを日本の政治の堕落だということを申し上げているんです。
 どうか日本の国が独立は神話だと言われないように、安倍首相、頑張ってください。ウチナーンチュ、ウシェーティナイビランドー(沖縄の人をないがしろにしていけない)。

●沖縄の誇りと自立を愛するみなさまへ 国際法市民研究会(安藤博・河野道夫)
 沖縄からみた東アジア 問われる日本の「決意と誠意」

・翁長知事の選挙公約

 2014年秋の県知事選で「誇りある豊かさ」を掲げた翁長雄志さんの公約には、「成長著しい東アジア経済とのネットワークとなる『アジア経済戦略構想』の策定」が謳われています。アジア経済との連携による沖縄の自立こそ、“基地はいらない沖縄”の裏づけと考えられているのです。
 東南アジアは沖縄にとって、地理的な近さに加えて文化的親和性があるため「ネットワーク」のベースとなるでしょう。たとえば、金融・流通ビジネスの世界的センターであるシンガポールは、英国植民地時代の西欧文化に中国・イスラム・ヒンドゥーの文化が混じり合っています。歩いてみて感じるくったくのなさは、那覇の街で感じる「万国津梁」と“チャンプルー文化”のおおらかさに通じていることを痛感しました。
 今回は、知事選の公約実現にプラスとなる事実をいくつかご紹介します。

・外国基地存続を拒否したASEAN

 インドネシア・マレーシア・フィリピン・シンガポール・タイの東南アジア5ヵ国が結成したASEAN(東南アジア諸国連合)は、1967年の設立宣言で「すべての外国基地は暫定的なものであり…諸国の秩序ある発展を阻害する目的で用いられるべきではない」としました(前文)。その後、ブルネイ(1984年)、ベトナム(95年)、ラオス(97年)、ミャンマー(同)、カンボジア(99年)が加盟したため、ASEANはいま10ヵ国です。
 イギリスは、外国基地に関するASEANの方針を受け入れた形で1967年、英国軍の「スエズ以東撤退」を開始。またアメリカは1991年、フィリピンの米軍基地を全面返還しました。クラーク空軍基地はピナツボ火山噴火で使用困難となり、スービック海軍基地はフィリピン側が存続を拒否したのです。

 沖縄への米軍基地の集中は、日米両国による沖縄差別を意味するため、日本と沖縄の「秩序ある発展を阻害」するばかりか、日米関係の健全な発展にもマイナスです。そもそも、米軍基地は「暫定的なもの」と考えるべきです。実際、1970年以降は「条約を終了させる意思を通告」すると、1年後に効力を失うことになっています(1960年日米安保条約第10条)。当時の岸内閣は、これほど長期にわたる米軍駐留を想定していなかったのかもしれません。

・類例のない東アジア平和のテーブル

 上記ASEAN5ヵ国は1976年、東南アジア友好協力条約を締結しました。加盟国は「武力による威嚇または武力の行使の放棄」(第2条)を基本とし、紛争防止と平和的解決に向けた「決意と誠意」(第13条)を誓約させられます。 
 東南アジア友好協力条約の注目すべき点は、ASEAN諸国すべてが同意すれば、東南アジア域外からの加盟が可能―という独特のシステムを持っていること(第18条)。その結果21世紀になって、東アジアにおける国際紛争の当事国すべてが参加するという、他に類例のない態勢ができあがりました。つまり中国(2003年加盟)、日本(04年)、韓国(同)、ロシア(同)、北朝鮮(08年)、アメリカ(09年)が加盟したのです。
 さらに東アジアをはるかに超えて、グローバルなシステムになりました。なぜなら、インド(03年)、パキスタン(04年)、ニュージーランド(05年)、オーストラリア(同)、モンゴル(同)、フランス(06年)、東チモール(07年)、バングラディシュ(同)、スリランカ(同)、ブラジル(2011年)など、合わせて28ヵ国とEU(09年)が参加する態勢になったからです。
 日米両国は、この21世紀型「平和のテーブル」を活用するのか、それとも日米・韓米の20世紀型軍事同盟にものをいわせるのか―世界が注目しているといえるでしょう。日韓米三国にとって中国と北朝鮮は、紛争防止と平和的解決を誓う同じ条約の締約国になったため、もはや“脅威”とみなすわけにはゆかない時代なのです。

・ムスリム諸国との信頼関係も

 ムスリム人口のベスト5は、(1)インドネシアに約2億人(2)パキスタンに約1.7億人(3)インドに約1.6億人(4)バングラディシュに約1.5億人(以上は東南アジア友好協力条約加盟国)(5)イランとトルコにそれぞれ約7千万人。したがって、もし日本が東南アジア友好協力条約の「紛争防止と平和的解決に向けた決意と誠意」のモデルになれば、ムスリム世界の信頼が高まり、人質が殺されるようなことには決してならないでしょう。

 文責:国際法市民研究会(安藤 博・河野 道夫)
 ★電話:080-4343-4335 ★メール:international_law_2013@yahoo.co.jp

●砂川闘争60年・敗戦70年 砂川からのアピール 砂川平和ひろば 福島京子

 今年この5月に、砂川闘争は60年を迎えます。60年前の5月6日、立川基地の拡張が発表され、初めて拡張予定地に住む人々が、砂川5番の公会堂に集まり、その場で「砂川町基地拡張反対同盟」が結成されました。
 そこで、5番組の青木市五郎さんが行動隊長に、4番組の宮岡政雄が副行動隊長となり、「砂川町基地拡張反対同盟」の闘いが始まりました。副行動隊長の父宮岡政雄がなくなり、今年でまる33年、そしてその後を守り続けた母宮岡キヌ子も、砂川闘争60年を迎えることなく昨年12月17日に94歳の生涯を終えました。

 砂川闘争から60年、その当時闘った人々は、殆どいなくなってしまいました。砂川闘争は土地を守るだけの闘いに止まらず、新憲法のもとに、伊達判決をはじめ様々な法廷闘争を繰り広げ、当初130戸余りの地権者が最後は23戸となり、基地の拡張を阻止し、基地闘争で唯一勝利した闘いとなったのです。
 砂川闘争においては、伊達判決をはじめとする法廷闘争の中で、安保条約や、憲法9条が問われる闘いとなりました。1957年7月8日、立川基地内の測量阻止行動において、地元反対同盟の支援労働者・学生が柵を倒し基地内に立ち入りました。そして2か月後日米安保条約に基づく刑事特別法違反の容疑で23名が逮捕され、そのうち7名が起訴され裁判となりました。

 1959年3月30日、伊達秋雄裁判長は『「米軍が日本に駐留するのは、我が国の要請と基地の提供、費用の分担などの協力があるもので、これは憲法第9条が禁止する陸海空軍その他の戦力に該当するものであり、憲法上その存在を許すべからざるものである」として、駐留米軍を特別保護する刑事特別法は憲法違反であり、米軍基地に立ち入ったことは、罪にならない』として被告全員に無罪判決を言い渡しました。これが伊達判決です。
 この事件の発端となった年の1957年6月20日に岸信介首相は、米連邦議会の本会議場の下院議員に演説しました。この訪米こそ60年安保条約締結に向けた事前調整だったのです。この条約においては、同時に日米地位協定が締結され、細目が定められています。日米地位協定では、日本がアメリカ軍に施設や地域を提供する具体的な方法を定めるほかに、その施設内での特権や税金の免除、兵士・軍属などへの裁判権などを定めています。この安保条約そして日米地位協定が、今なお沖縄を最大限に苦しめ続けているのです。

 砂川闘争から60年・敗戦から70年の2015年、4月29日安倍晋三首相が訪米し、下両院合同会議では初めて、米連邦議会で演説しました。そこで、安倍首相は安全保障法制について「世界の平和と安定のため、これまで以上に責任を果たす。そのために必要な法案の成立を、この夏までに必ず実現します」と自衛隊が米軍の戦争に地球規模で参戦する法案について表明しましたが、この法案は国会審議はもとより、提出さえされていないのです。
 安倍首相は今回の訪米により、日米同盟の更なる強化と「積極的平和主義」推進の足固めをしたのです。60年安保の事前調整に訪米した岸首相は安倍首相の祖父であり、祖父の願いが今孫の安倍首相により実現しようとしているのです。日本の憲法を、安保条約が超え、安保条約を日米ガイドラインが超え日本の戦争への歯止めが失われようとしています。
 砂川闘争60年、敗戦70年の年に国会を無視し、国民をないがしろにし、憲法を無視し、戦争をする国へと向かう流れを何としても止めなければなりません。私たちは今こそもう一度、砂川闘争から、あの大戦から学ばなければならないのです。

 ★砂川平和ひろば 連絡先:〒190‐0031 立川市砂川町1-55-2 福島京子
 ★電話:042-536-3167 ★メール:sunagawa.heiwa@gmail.com

◆『砂川闘争の記録』(お茶の水書房刊)と福島京子の沖縄  仲井 富

 砂川闘争60年 宮岡政雄『砂川闘争の記録』を読もう。
 1969年11月30日、米軍、立川基地からの飛行部隊撤退を発表。砂川米軍基地拡張反対闘争は完全勝利をかちとった。その闘争の全記録が、反対同盟副行動隊長の宮岡政雄さんが心血を注いだ「砂川闘争の記録』である。この中で宮岡さんは、1955年5月の闘争開始以来、1969年11月30日、米軍立川基地撤退発表までの14年間の苦闘を詳細に報告している。初刊本は1970年に三一書房から刊行されたが、絶版となっていた。これを再刊したのが、宮岡さんの次女福島京子さんだ。彼女は1955年砂川闘争が始まった時は、小学校の1年生だった。父親の死後、遺志を継いでたたかう母親キヌ子さんとともに、父の反戦反基地闘争を引き継ぐことを決意する。そして2005年『砂川闘争の記録』の再刊に踏み切った。
 京子さんはその後、体が不自由になった母親キヌ子さんの介護をつづけながら、かつての米軍による強制収用の予定地に立つ、「平和之礎」のかたわらに「砂川平和ひろば」をつくった。ここに砂川闘争の写真や、反対同盟の旗、資料などを揃えて公開している。60年前の砂川闘争を再現するひろばだ。ここでかつての砂川闘争の映画「流血の記録・砂川」をDVDで観ることもできる。彼女の沖縄への思い入れは深い。再刊された『砂川闘争の記録』のなかで以下のように述べている。
 ――私は、2002年8月に初めて沖縄を訪れ、「安保の見える丘」に立ちました。そこは、私が子供の頃、砂川の滑走路脇に立った時と同じにおいがしました。しかし大型ジェット機から出る爆音は、子どもの頃のそれとは、比べものにならない酷いものでした。もう10年になりますが、沖縄8万人集会で、沖縄の女子高生の「いつまでも米兵におびえ、事故におびえ、危険にさらされながら生活をつづけていくことは、私は嫌いです。私たちに静かな沖縄を返して下さい。軍隊のない、悲劇のない平和な島を返してください」という訴えは、日本の軍事基地の75%を抱える沖縄は申すまでもなく全国の基地を持つ町々の生き難さの悲痛な叫びです。そしてそれは、まっすぐ私の心に繋がります。――

画像の説明

◆県外辺野古反対多数 全国紙世論調査 政府姿勢に批判
  琉球新報2015年5月4日

 米軍普天間飛行場移設問題に関する全国紙の4月の世論調査で、名護市辺野古への移設を進める政府の姿勢を「評価しない」とする声が多数を占める傾向が出ている。辺野古移設への反対が県内だけでなく、全国的にも広がっていることが鮮明になっている。
 4月中旬に実施した朝日の調査では安倍政権の対応を「評価しない」が55%となり「評価する」の25%を大きく上回った。毎日の調査は政府の進め方への賛否を聞き、「反対」が53%で「賛成」は34%だった。読売は翁長雄志知事と菅義偉官房長官の初会談が行われた5日までの3日間で実施し「評価しない」と「評価する」が41%と拮抗(きっこう)した。翁長知事と安倍晋三首相が会談した17日からの3日間で行われた日経調査は、辺野古移設計画を「見直すべきだ」が47%で「計画通り移設すべきだ」は36%。4月下旬に実施された産経調査は辺野古移設に「反対」が44.7%で「賛成」の39.9%を上回った。翁長知事が菅氏や首相との会談で、沖縄が辺野古移設に反対する理由などを直接説明したことなどが報道されたこともあり、政権の進め方に批判的な意見や辺野古移設そのものへの反対が広がり始めているとみられる。

◆「辺野古基金」寄付1億2000万円に 県外7割、関心広がる
  球新報2015年5月2日

 米軍普天間飛行場移設に伴う新基地建設阻止を目的とした「辺野古基金」の準備委員会は1日、那覇市内で記者会見し、4月30日時点の寄付金が1億1915万698円となったと発表した。一方、寄付が寄せられた4577件のうち、約7割が県外から寄せられたといい、新基地建設問題に対する関心が全国的な広がりを見せていることをうかがわせた。基金の準備委員会は今月13日に結成総会を開き、基金の運用方法などを決める予定。経済界や労働組合、県議会会派、市民団体など10団体が軸となる「基金運営委員会」を設置する。委員会には県民から「街頭募金をするのなら、ボランティアで手伝いたい」などの申し出もあるという。準備委員会の新里米吉代表は「対応しきれないほど問い合わせが続き、関心の高さを感じる。沖縄以外の人も何らかの形で辺野古の問題に関わりたいという意思表示でもある。心強い連帯の証しだ」と述べた。

◆辺野古基金の振込先は次の通り(店番号-口座番号)。
 送金先はいずれも「辺野古基金」
▽沖縄県労働金庫県庁出張所 953-3406481
▽琉球銀行県庁出張所 251-185920
▽沖縄銀行県庁出張所 012-1292772
▽沖縄海邦銀行県庁内出張所 102-0082175
 問い合わせは、基金事務局の金秀本社=電話:098(868)6611

 (報告者は沖縄県読谷村在住)


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