戦後70年:雑感抄

【戦後70年を考える(3)】

戦後70年:雑感抄

石田 奈加子


# 1945年8月15日、終戦の詔勅の日、子供でしたから、第二次大戦後70年をすっかり経験して来たことになります。

# 終戦後数年足らずで世界はすでに次の紛争へ踏み出して(東西冷戦、反共、朝鮮戦争、等々)いましたが、混乱/困惑のなかでも新しい学校制度で、ほとんど上からの制約のないかなり自由な雰囲気で義務教育時代を過ごし、何事も言われたままに飲み込むことのない批判精神を養うことができたのは、幸いだったと思います。

# 50年代を通じて、日本の将来の方針を廻ってほとんど絶え間ない闘争がありましたが、60年安保闘争は決定的な分岐点だったとおもわれます。その結果渡米することになり、以後半世紀あまり“アメリカ帝国主義”体制のもとで、“White Man's Privilege”と“Black Lives Matter”の狭間で生活してきました。

# この70年の間、所謂先進国での社会の人間関係観の変化、工業/科学技術の進歩、とくに最近30年あまりの間のコンピューター技術の発展、普及は目覚ましいものですが、その反面、天然資源蓄蔵とその開発の限界と相まって、国々の間の競争、敵対意識があからさまになっています。

# 東西冷戦を通じて第三次世界大戦、核戦争の危険が絶えず問題にされてきましたが、第一次、第二次大戦のパターンの戦争は起こっていませんが(昨年来のウクライナ危機をめぐって第三次大戦、核戦争の声が囁かれていますが)、戦後70年、絶え間ない地域紛争はほぼ世界全体に及び、その原因を作りそれに介入する欧米の“大国/先進国”の有様は、もうこれは世界戦争ではないかと思われてしまいます。核爆弾そのものは使われていないけれど、疑似核兵器、化学兵器、新型爆弾/兵器は絶えず発明され、実験され、不幸な人々の上に降り注いでいます。戦争はどんな戦争でも、いつの時代でも悲惨なものですが、昨今ではもう戦争のルールもモラルもなにもない、破壊と殺戮ばかり。

# 列挙するまでもありませんが、米国は朝鮮戦争以来、自ら戦争をしているか、関与しているか、戦争していない時がないのが現実です。自国の安全のためと称しての年ごとに増大する膨大な軍事費の支出は当然国内政策に影響し、公共の福祉、貧困対策、教育、医療、自然環境、生活環境整備等々への配慮はないがしろにされ、その皺寄せは州政治、地方自治体に顕著に現れています。

# 米国の最大の輸出商品は軍需産業製品だそうで、軍需産業は自国の消費にも他国に売るのにも最も重要な産業になっている。もっとも軍需製品の売り込みにやっきになっているのはアメリカだけではなく西欧の諸国も例外ではありません。最近始まったサウジアラビアのイエーメン紛争への介入などアメリカ始め、西欧諸国が武器を売りたいためではないか、と勘ぐってしまうほどです。爛熟した資本主義の末期的症状でしょうか。

# 安倍政権は「戦後レジームから脱却」するため安保関連法案を成立させ、集団的自衛権行使、自衛隊の海外派遣、武器の輸出等軍備政策を推進して、なし崩しの憲法改正(改悪)を意図している。一体それでなにを証明しようというのでしょうか。米国の軍事優先政策に追従して先進諸国の軍事/軍需競争に参加すれば日本の権威が上がり、世界から重要視されるというのでしょうか。実際にはあまりに拡大しすぎたうえに徐々に貧縮している米国の軍事支出、軍事活動の一部を肩代わりすることでしょう。一体世界の情勢が見えているのでしょうか、分かっているのでしょうか。終戦直後占領軍のマッカーサー将軍が日本人の考えは12歳児童並みだ、と言ったという逸話がありますが、安倍首相の考え方は戦後70年経っても(経ったから?)12歳児並みだと思われます。もっとも外交政策での米国追従は西欧諸国にもみられます。同じ文化/宗教の基盤にのっているのは分かりますが、なぜ自信を持って独自の路線がとれないのだろうかと思います。

# 昭和二桁はじめの私の世代は、戦中/戦後を経験し覚えている最後の世代ではないかと思います。この五月に、欧州戦線でナチドイツに勝利した戦勝記念行事が諸国で行われTVで連日報道されましたが、殊に印象的だったのはモスクワのクレムリン広場での何十万もの市民が参加した戦勝記念パレードでした。ナチに対する戦勝記念日はロシアの人々の殊に大切な家族ぐるみのお祭りなのだそうで、それは対戦中ロシアのほとんどの人々が何らかの形で被害を被り影響を受けたので忘れることの出来ないことだからだそうです。日本の人々は戦中/戦後の体験、歴史をどのように語り伝え継承しているのでしょうか。戦争に直接参加した人たちはもうあまり残っていないと思いますが、その子孫の人たち、銃後を守ったひとたち、戦災で被害を受けた人たち(原爆を被った人たちは言うまでもありません)の子孫は沢山いるはずです。沖縄の人々には「戦後脱却」どころか、まだ占領も終わっていない状態でしょう。

# 戦勝記念ならぬ敗戦記念パレードをするわけにはいきませんが、戦争の悲惨、醜悪、無駄、無意味を語り続けるのは、敗戦国だからこそ、あらゆる意味で戦争の犠牲になった人々と後から来る人々に対する私達の責任です。戦争は物質的な人間社会を破壊するばかりでなく人々の心/精神を荒廃させます。戦争の一時的終結は問題の解決にならず必ず繰り返すことになり、ただでさえ際限のある天然資源を浪費し人類の福祉/建設に導きません。大戦中やその直後には誰の頭にも浮かばなかったことでしょうが、破壊は単に人間の国々だけでなく今や地球、自然、宇宙にまで及びます。今、日本政府の軍事政策の動きをまえにして、二度と再び加害者にも被害者にもならないように、卑怯で暗愚な政治家のいいなりにならないように声を上げるのは私達の責任です。それは単に他国を侵略し残虐行為を働いたからと言う謝罪の意味ではなく、第二次大戦を加害者としても、被害者としても経験し、この70年の間世界のあらゆるところで行われている破壊、殺戮、残虐を目撃してきているからです。日本が世界に誇るものがあるとすれば、その第一は70年の間日本を庇護してきた「平和憲法」です。国防/軍事力を盾にして国家主義/愛国心を煽らなくても、軍需産業に依存しないでも(戦争をしない、人を殺さない、武器を作らない、売らないでも)充実した国家、社会を建設して行けることを世界に示さねば成りません。

# 近頃ローレンス・ダレルの「アレキサンドリア四重奏」の第一冊「ジュスチーヌ」を読んでいましたら(60年近く前日本語訳が出た時に読んだはずなのですがイメージの一片も残っていませんでした)、第二次大戦直前の話らしいのですが、一人称の物語の語り手が病気のガールフレンドをパレスチナの療養所に送る。パレスチナに結核の療養所だって? このパレスチナ、現在のイスラエル占領下の西岸やガザではなくてイギリス委任統治下のパレスチナ。また、登場人物の一人が騎馬でアレキサンドリアから遠出をして、ベンガジの近郊のオアシスを見てそんなオアシスを自分の領地に作りたいと思う。えッ!ベンガジ? たちまちNATOの爆撃でめちゃめちゃに破壊されたリビア、アメリカ大使館の襲撃、ひいてはこの数週間に亘るアフリカや中近東からの避難民たちの地中海での遭難、避難民問題で右往左往する西欧諸国のことが頭に浮かびます。日本の読者達も小説や随筆などで中国、朝鮮、韓国、そして東南アジア諸国の地名等に出会われたら、ただの地名だと読み捨てにしないで歴史と現在の交錯を噛み締めていただきたいものと思うことです。

 (筆者はアメリカ・ウィスコンシン州・マジソン在住)


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