提言・民主党政権の再発足に臨んで

■ 提言・民主党政権の再発足に臨んで       船橋 成幸

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  まことに思いがけない展開であった。昨年9月、民主党の総選挙圧勝による政
権交代からわずか8ヶ月余り。この短時日のうちに、発足当初は国民のおよそ7
割もの厚い支持に支えられていた鳩山内閣への評価が、時を追ってつるべ落とし
に低落、参議院選挙を目前に控えた情勢のもと、たまりかねての退陣となり、驚
きのうちにも比較的平穏な後継争いを経て、菅内閣へのバトンタッチが実現した。

 さいわいなことに、「小鳩体制」のマイナスイメージを拭い取った菅内閣の発足
と民主党指導部の再編は、国民の多数に受け入れられたようである。報道各社の
世論調査では、ほぼ鳩山前内閣の滑り出しに近い支持率に回復している。これで
参議院選挙を乗り切ることができると、民主党の関係者は一様に胸をなでおろし
た様子がうかがえる。

 とはいえ、菅内閣と民主党は、衣替えを済ませたばかりで、まだ最初の決意表
明を行なったに過ぎない。実績を積むのはこれからである。たとえ参議院選挙を
成功裡に乗り切っても、前内閣が積み残した課題、難題がいくつも待ち構えてお
り、それらを国民の期待に応えて正しく解決できるかどうか、そこに新しい政権
の展望がかかっている。

 新政権が前車の轍を踏まず、国民の期待通りに新しい政治の舵取りを誤りなく
進めるには、鳩山内閣がなぜこんなに早く挫折したのか、その軌跡を深く検証し
総括することが必要である。以下、鳩山内閣の躓きを反面教師とする観点から問
題を整理し、後継の菅内閣と、それを支える民主党の課題について考えてみたい。


■鳩山政権はなぜ挫折したのか


  1950年代の半ばからほぼ一貫してきた自民党支配の体制は、昨年8月末の
総選挙の結果ほとんど再起不能と見えるほどに崩落し、民主党を中心とする新政
権が誕生した。これを歓迎した国民の多くが、政治と政策の一新に期待し、社会
のさまざまな歪みが是正される新しい時代の到来を予感していた。ようやく実現
した政権交代を「平成維新」と名づける向きさえ現われたが、当時の高揚した世論
のもとではそれも不自然とは思えなかった。だがその後、急速に支持を失い、民
意から離れた鳩山政治の実態を見れば、「維新」というのは比喩としても極めて不
適切で、一時的な幻想でしかなかったことが明らかだった。

 もともと「維新」と呼ぶにふさわしいのは、政治だけでなく、社会の構造が根底
から変動する事態である。例えばかつての明治維新の場合、政権が徳川幕府から
天皇制官僚の手に移った政変の根底には、「開国・鎖国」両派の対立とは別に、史
上最多といわれる農民一揆の全国的なひろがりがあり、下級武士を中心にした地
方の叛乱があり、町民一般の間でも「ええじゃないか」などの大騒動が続いていた。
そうした時代の鳴動を背景にして、政治と社会の歴史的変革が遂げられたので
ある。

 昨年の政権交代は、一つの時代を画し、国民の求める深い改革の機縁となる可
能性をはらんでいた。そのことは確かである。にもかかわらず、市民社会に言う
ほどの変化・変容の様相も兆候も現われなかったのはなぜだろうか。昨年8月3
0日、いたるところで投票所に長い行列をつくった人びとは、その後、どこでど
のように振舞ってきたのか。
 
「一票の力」を信じ、その力で社会の閉塞状況を打破するのだという意気込みと
希望を抱いて投票所に向かった人びとが、選挙後はみんな観客席に移って、フィ
ールドで下手なパフォーマンスを繰りひろげる政治家たちに不満の声を放ち、野
次を飛ばしてきた。そんな絵柄が、私の脳裏には、どうしようもなく浮かんでい
たのである。

 政治が動いても社会は動かなかった。市民の反応は急速におとろえ、勢いを失
っていった。その原因は、鳩山首相の発言や施策の動揺をあざけり、小沢幹事長
と並べてスキャンダル探しに躍起になっていたマスコミの影響もさることながら、
すべてをそこに転嫁するわけにはいくまい。
 
鳩山首相は、その辞任の弁で「政治とカネ」の問題と、普天間基地移設問題への
対応の拙さを挙げた。この二つが、前政権の致命傷となったと見ることに間違い
はあるまい。ここではまず、それを掘り下げてみよう。


■「クリーンな政治」の実現条件


  「政治とカネ」の問題では、標的とされた鳩山、小沢という二人の政治家が今日
ではそれぞれ法的訴追の圏外に立っているが、世論の納得を得るには、重ねて十
分な説明責任を果たすべきだとも言われている。これは受け止めねばなるまい。
国民の疑念はまだひろく残っているのだから、政権与党の側が、国会で当事者や
関係者の説明を強硬に拒む理由はない。適切な時期と場を選んでその機会を具体
化するよう配慮すべきであろう。
 
ただ当事者は二人ともこれまでの地位を離れており、(小沢氏の不起訴も最終
的に確定すれば)今後この問題の扱いは、政治家個人としての判断を重視するこ
とになろう。それでも自民党などがこれを政争の具とし、わが身をかえりみるこ
となく、もっぱら民主党攻撃に利用するのは、いささか筋違いと言うべきである。

 他方、それとは別次元で、民主党が「クリーンな政治」をめざすのは当然であり、
そのためには、すでに公表している「企業・団体献金の全面禁止」を遅滞なく法
制化し、即時施行しなければならない。また、「カネのかかる選挙」を是正する
ため選挙の公営化を拡充すると共に、情報化時代に対応したネットの公正な活用
の方式も検討すべきであろう。
 


■鳩山首相の苦悩と退陣


 つぎに、普天間基地の移設問題は、鳩山内閣が残した最大の重荷である。これ
を解決するには「政治とカネ」よりもはるかに困難な、厳しい取り組みが求められ
ることになる。前内閣が退陣直前に日米共同声明という国家間の約束を結び、そ
の中で「辺野古岬と隣接水域」への移設を明示したことが、菅内閣の手をきつく
縛っているからである。
後継の菅首相には、この共同声明を「踏まえる」と言明する以外の選択肢を選ぶ
ことは至難だったはずで、その事情は理解できぬわけでもない。

 しかし、この共同声明を「踏まえる」という条件のもと、菅内閣には具体的にど
んな取り組みが可能だろうか。いまや沖縄県民は、共同声明を前提とする限り、
いかなる説得も、妥協策も絶対に受け入れないと固く結束している。その憤激の
高まりのもとでは、8月末までに「施設の位置、配置、工法などの検討を完了」
させることも覚束なく、実際に着手しようとすれば、県民ぐるみの抗議運動がい
っそう激しく燃え上がるに違いない。
 
その際、中途半端な妥協策を示しても抵抗の壁を越えることは至難であり、万
一にも、力で踏み潰すような態度をとれば、沖縄県民の怒りと運動が本土にも波
及し、その展開の中で政権の命取りになることも決してありえないことではない。
民主党の政権に、最悪のそういう局面をも乗り切る覚悟と用意があるだろうか。・

 ともあれ、これだけ重大な事柄を前内閣が退き際の置き土産にしてしまった。
まったく無責任な話である。それでも鳩山前首相が、主観的には、沖縄面民の願
いに報いようと真剣に考え、苦慮していたことは認めてもいいだろう。にもかか
わらず政権内部で「海外、最低でも県外」という首相の思いを真剣に受け止め、支
えようとする動きはほとんど見られなかった。閣僚たちは、それぞれの思い込み
でばらばらに動いていたし、手遅れでもあった。
 
鳩山首相は孤立を余儀なくされた。その結果、首相の言葉を忠実に貫こうと最
後まで頑張った社民党を切り捨て、沖縄県民からは背信のそしりを受けるという
深刻なジレンマに堕ちこみ、失意のうちに退陣せざるを得なくなったのである。


■国民運動につながらなかった普天間問題


 しかも問題はそれだけではない。振り返ってみると、戦後史の過程で国民的な
争点が大きく浮かんだとき、社会にはかならず呼応する動きが現われていた。6
0年、70年の安保闘争をはじめ、その前後の反基地闘争、警職法闘争、原水禁
運動、沖縄返還闘争、ベトナム反戦運動などなど、多様な課題で湧き起こった国
民的大衆運動の経験がそれであった。  
  ところが、これまでのところ普天間基地移設の案件は、沖縄や徳之島など地方
・地域に局限された問題とみなされ、県民あげての声と運動が本土にはなかなか
拡がらなかった。

 こうした事情は、戦後長いあいだ国民運動の中核となっていた労働組合の変身
と凋落に大きく起因していたとも言えるだろう。だが、そのことじたい、政権と
与党の政治的リーダーシップの弱さ、欠落と決して無関係ではないのである。
 
民主党は現在、衆参合わせて430人の国会議員、2100人を超える地方議
員を抱え、その周りに35万人の党員・サポーターが登録されているという。も
しもこの政治的先進性を自覚しているはずの人びとが、鳩山首相の当初の発言を
重く受け止め、全国各地で沖縄と連帯する諸活動〈集会やデモや署名運動、プロ
パガンダなど〉を展開し、呼びかけ、組織することができたならば、普天間基地
の移設にからむ沖縄県民の運動は、全国的な基地の見直し、撤去を求める国民運
動をよびおこし、発展する道が拓かれたに違いない。

 しかし、寄り合い所帯で日米同盟や基地問題に対する認識も構え方もばらばら
な民主党の実態からすれば、そんなことは所詮、夢のような高望みでしかなかっ
た。鳩山首相は、その「夢」に固執するドン・キホーテとされる前に、そして「友
愛」という心情レベルの発想で沖縄県民に同情し、その苦しみを救おうと心がけ
る前に、日米同盟と基地問題がグローバリズムの時代にいかなる意味をもつのか
を反省的に捉え直し、平和と安定をめざす主体的な戦略構想を確立してリーダー
シップを発揮すべきであった。だがこれも「高望みだった」と言わねばならないの
だろうか。


■時代錯誤の日米共同声明


 日米共同声明は、日本の防衛に加えアジア太平洋地域でも、「平和と安定のた
めに」日米同盟の存在を不可欠とし、沖縄を含む日本における米軍のプレゼンス
が、必要な「抑止力と能力」を提供すると謳っている。つまり狙っているのは、
過去の冷戦時代に引き続いて沖縄の地政学的アドバンテージの軍事利用を恒久化
することであり、それによって沖縄県民60年の辛苦をさらに際限なく持続させ、
日本の将来展望をも時代錯誤の軍事戦略に従属させるということである。

 いわゆる「軍事専門家」たちがその尻馬に乗り、例えば最近の韓国哨戒艦沈没
事件を「脅威」の例証に挙げている。だが冷静に考えれば、北朝鮮の暴発に対す
る「抑止力」はむしろ中国の側にあり、アジア情勢安定のためには中国との「戦略
的互恵関係」(08年5月、日中共同声明)をこそ重視すべきではないか。あの
事件直後、対北強硬策を打ち出した韓国大統領に、地方選挙で厳しい反発の意思
を示した韓国民の冷静で賢明な態度にも学ぶべきものがあるのではないか。
 
沖縄の基地の恒久化は、中東をはじめ世界各地で軍事基地の縮減、撤退を進め
ている米軍戦略の動向から明らかに逆行するものである。それはまた、鳩山首相
も宣言した「東アジア共同体の構築」という壮大な命題とも矛盾する。

 いまや多くの識者が指摘するように、問題の背景である日米同盟そのものの問
い直しこそ根底の課題である。冷戦終結から20年を経た今日、何ゆえ米軍が日
本の国土に居座り続け、沖縄県民に過酷な犠牲を強いなければならないのか。外
交における日本の自主性はどこにあるのかを国民に問いかけ、広範な討論と運動
を呼び起こすべきときである。


■日米の新たな戦略討議を


 代替わりした菅内閣は、グローバリズムの展開に対する深い洞察を踏まえ、沖
縄問題の完全解決を含む平和戦略を国民と共に構築し、貫徹するために奮闘すべ
きである。日米同盟は多面的で緊密な相互協力の関係としてだいじにすべきだが、
同時に、アジア諸国との平和友好と安定的発展を保障する「共同体構想」の推
進が、いまの時代の必然・不可欠の要請となっている。そして沖縄における基地
問題の解決は、そのための第一歩の試金石に他ならないのである。

 菅内閣は、時機を見て、日米同盟の意義とあり方の見直しを絡ませ、グローバ
リズムの時代にふさわしい平和と安定のための新たな戦略討議を、ペンタゴンで
はなくホワイトハウスに顔を向けて求めるべきである。
  そのとき、沖縄に限らず国民的な討議と運動を呼び起こし、米軍基地の海外へ
の撤去を求める国民意思の形成に成功することができれば、菅内閣のリーダーシ
ップは、歴史を画する偉大な結実を遂げるに違いないのである。


■限界だった小沢手法


  もう一つ、鳩山前首相の辞任が、小沢幹事長を道連れにしたことは好評である。
  政界きっての政略家で、選挙を仕切らせたら右に出る者はいないと、その手腕
を高く評価されてきた実力者が、辞めた途端に低落傾向にあった民主党が息を吹
き返し、V字型の支持率回復をとげているのはなぜだろうか。
 
小沢流の政局や党に対する運営手法の特徴は、自民党幹部時代からの流儀を踏
襲したものであり、要するに「古い」のである。
  幹事長としての小沢氏は、徹底した上意下達主義で民意の代表である国会議員
の言論さえ規制し、党の内外で「数は力」の論理を機械的に適用して多数派工作を
進めてきた。そのことで「専制支配」とか「二重権力」といったネガティブな印象が
ひろがり、「政治とカネ」にまつわる疑念とともに民主党への世論の評価をいちじ
るしく低下させた。

 とりわけ際立ったのはその「選挙至上主義」である。参議院選挙を目前にして
いる今日、一議席でも多くの獲得を目指すのは当然だが、小沢氏の手法は、各種
業界団体の利権を餌に自民党との支持基盤争奪戦を展開し、また、大企業労組や
連合への依存を深める工作が目立っていた。勿論その多少の効果はあったかもし
れないが、しかし相手にした団体・労組などでは内実の空洞化が顕著に進んでい
る。この現実の傾向を重視すべきではないか。

 いまの社会では、さまざまなNGOやNPOをはじめ、市民の自立的な団体、
ボランティアの運動体が無数に現われ、地域を動かし社会を動かす大きな力に育
っている。だがこれまでのところ、民主党がそれらと連携し、協力・協働する姿
はあまり見られなかった。小沢流の組織工作には、いささか時代錯誤の印象があ
ったことを否めないのである。そのうえ、かつて70年代に革新自治体の興隆を
導く旗印であった「対話と参加」のキーワードも、すっかり忘れ去られてきた。


■菅内閣への期待と課題


 菅直人首相は、初めての市民運動出身の総理大臣として、市民社会から大きな
期待を寄せられて登場した。そのことだけで民主党に対する巷の評判も一挙に好
転した。
  これは単純な「選挙目当ての表紙の取替え」ではない。ふつうの市民の中からさ
んざん苦労を重ね、庶民の生活感覚に密着した人物がトップリーダーに選ばれた
こと、それじたいを人びとは熱く歓迎したのである。

 菅首相は民主党代表として、この期待に応えなければならない。まずは目前の
参議院選挙に圧勝して政権基盤の安定を図ることが喫緊の課題であるのは当然だ
が、そのうえ民主党の旧来の行動様式を改め、市民社会における連帯の絆を特段
に強める努力が肝要である。
  市民運動の体験を身につけた菅首相のリーダーシップのもと、民主党のすべて
の議員・党員が中央・地方各段階の議会活動と市民のニーズや運動との連携強化
をめざし、自らもオルガナイザーとなって働くことが今日的な課題となっている
である。

 それは必ずしも市民の運動を神話化することではない。市民のニーズや運動に
はしばしばエゴの要素が含まれている。だが、だからこそ「対話と参加」の課題
が大切なのである。市民生活の現実に身を寄せて話し合い、知恵を出し合い、エ
ゴを抑え矛盾を止揚して問題解決のために行動する。それが市民運動であり、政
治的リーダーシップへの要請はそこから生じてくる。

 民主党のマニフェストも、たんに選挙目当てに「上から目線」で押し付けるもの
であってはなるまい。それは「生活が第一」の基調を踏まえると同時に、むしろ叩
き台として市民の前に提示され、市民と共に仕上げていくという現実性と柔軟性
を持つべきであろう。
 
菅首相はその最初の施政方針演説で「強い経済、強い財政、強い社会保障」とい
う三つの政策目標を一体的に実現する課題を打ち出している。これも「強いリー
ダーシップ」で、市民、国民の参加と協力を必須の実現条件として、確かな実を
結ぶように期待したい。

 菅首相はまた「現実主義の外交」を唱えている。それはいかなる現実重視を意味
するのか。最初に問われるのは前述した沖縄の基地問題であろう。その「現実主
義」がもしも米軍基地の恒久化につながるのであれば、いっそうの混迷は避けら
れまい。そうではなく、基地の完全撤去をめざすが、米国との緊密な関係を損な
わないよう配慮して温歩前進の課題とし、不断の外交努力を重ねるというのなら、
広範な支持も期待できるのではないか。
  いずれにせよ、現代世界の歴史的潮流に対する菅首相の洞察と対応の姿に、国
境を越えた諸国民の熱い視線が注がれていることは、確かな事実である。

             (筆者は横浜市在住・元社会党中央執行委員)

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