揺れるヨーロッパ〜 Brexit をめぐって〜

【オルタの視点】

オランダ通信 揺れるヨーロッパ〜 Brexit をめぐって〜

リヒテルズ直子


◆◆ まさかの Brexit とその後のイギリス政治の茶番劇

 日本でも主要メディアのトップニュースになった通り、去る6月23日に行われた、欧州連合に対する残留または離脱を問う英連邦の国民投票は、僅差で「まさか」の離脱派の勝利に終わった。「まさか」は、驚いたことに、離脱派のリーダーたちの反応でもあったようだ。なぜなら、その後の、まるで茶番劇のような英連邦政治の混乱は、現実に離脱が実現した場合のシナリオが十分に描かれてなかったことを示すものであったし、実際、離脱派リーダーたちが次々に政治の主役の座を後にしていったことからもうかがえる。

 国民投票からわずか3週にも満たぬ間に、離脱派リーダーである、元ロンドン市長のボリス・ジョンソン、彼の側近でありながら最後にジョンソンを裏切って自ら党首に立候補したマイケル・ゴウヴ、英連邦独立党の代表として欧州議会で離脱・独立を訴えてきたナイジェル・ファラージ、そして、離脱派から首相候補になったアンドレア・レッドサムの4人が、いずれも国民投票後の英連邦の政治リーダーの座を降り、消極的とはいえ残留派だったテレーザ・メイが次期首相に確定した。そして、離脱派ではなく残留派、また政治家としての経験も長いメイが首相に決まったことが、英連邦にとっても欧州連合にとっても、現時点では最も安定感のある選択であったらしいことは、国民投票後に暴落していた株価の上昇・回復からもうかがえる(もっとも昨日7月13日にメイ政権下でボリス・ジョンソンが外務大臣に指名されたことについては、早くも欧州諸国の首脳から非難の声が聞かれるが[註1])。

[註1]http://www.theguardian.com/politics/2016/jul/14/french-foreign-minister-boris-johnson-is-a-liar-with-his-back-against-the-wall?CMP=share_btn_link

 興味深いのは、国民投票の投票結果の詳細な分析と、勝利後のプランを具体的に持っていなかった離脱派リーダーたちの茶番劇とにより、英連邦内部における政治の危機的状況と、その背後に浸透していた、複数の意味で分極化されていた社会の実態が明らかになってきたことだ。そして、こうした英連邦国内の社会状況は、程度の差こそあれ、欧州連合の他の国においてもある程度共通点があり、それだけに、国民投票の混乱は、他国のこれからの政治施策を考える上で示唆に富むものだった。
 本稿は、オランダとフランスを行き来しながら暮らしている筆者の、主としてオランダからの視点によるものだが、まずは、英連邦の国民投票結果について、注目される点をまとめておきたい。

◆◆ 国民投票の結果、その中身

 まず、国民投票に対する有権者の関心は、72.2%という投票率からかなり高かったことがうかがえる。これは、英連邦で過去20年間に行われた投票の中で、2014年に実施されたスコットランドの国民投票84.6%を除き、最も高い率だった。オランダの場合、第2院(衆議院)選挙の投票率は毎回80%前後だが、4月に行われたウクライナとの欧州連合「連合協定」締結の是非をめぐる国民投票は32.2%と低く、こうした数字と比べてみても、この問題への英連邦の国民の関心は高いものであったことがわかる。

 次に、英連邦の中でも、スコットランドと北アイルランドでは、残留支持が圧倒的に高かったことだ。スコットランドでは、32の選挙区の全てで残留派が多数を占め、全体としては、残留支持が62%、離脱支持が38%だった。これは、2014年にスコットランドの英連邦からの独立を問うて行われた国民投票で独立反対が多数だったのに比べると対照的な結果だった。スコットランドのニコラ・スタージョン首相が、国民投票の翌日、スコットランドの有権者の欧州連合への残留意思を示して、英連邦からの独立を問う国民投票を再実施する可能性を匂わせたことは周知の通りである。

 英連邦の中でも離脱の支持率が高かったのは、特にイギリスの地方都市で、これとは反対に首都ロンドン市は残留支持が75.3%で、残留支持の選挙区のベスト5だった。ロンドンは、欧州の金融業のメッカで英連邦経済の心臓部であり、もともと、金融業界は英連邦が欧州連合から離脱することについては多くのデメリットを予測していた。英連邦の経済が離脱によって不利な状況に陥ることを最も危惧していたビジネスマン、そして富裕層が集中した都市だ。現に、Brexit が決まった後、株は急激に暴落し、世界経済を震撼させた。

 反面、離脱支持が高かった地方都市については、その後、英連邦のメディアはもとより、オランダのメディアでも、こうした都市における離脱派支持の背景にある社会状況についての報道や解説が見られた。リーマンショックやユーロ危機に始まる経済危機以降、こうした地方の先住イギリス人たちが厳しい状況に置かれてきたことは明らかだ。イギリス人らが経営してきた小売店や食堂などが次々に潰れ、生活保護を受けなければならないなど、貧困化が進む中、東欧から流入してきた移民たちがエキゾチックなレストランを開いて繁盛していたり、建設業界の下請け労働者としてイギリス人を押しのけて雇用されたりするという状況がそこにはあったようだ。
 英連邦の欧州連合離脱が世界経済に与える悪影響を恐れて、国民投票の前には、IMFなどの国際機関や、高学歴者やビジネス界のリーダーたちが購読するリベラル系雑誌が「残留」を決めるように説得していたが、そういう説得がこうした地方で生活難に苦しむイギリス人らに届かなかったのは、英連邦の経済がどうなろうと「持っているものはすでに何もない」「これ以上失うものはない」という開き直りがあったからだと言われる。

 貧富の格差の拡大は、現在、確かに、欧州諸国に共通の問題だが、細かに見ると、その実態は国によって少々異なる。英連邦の場合、西欧諸国の中では、貧富の格差が最も大きく、しかも、この30年の間の格差拡大の幅もかなり大きい[註2]。そうした事情は、どちらかというと福祉に力を注ぐというよりも、自由競争市場を好み、貧困に対する政策は、北欧のようにユニバーサルな福祉に注ぐというより貧困撲滅策、すなわち、いよいよひどい状況に追い込まれない限りは救済が行われない、という政策に傾く傾向が、これまで強かったことにもよるのではないかと推測される。一言で言えば、欧州域内では、相対的に見て、アメリカに似たアングロサクソン型の自由競争社会であるということだ[註3]。

[註2]https://www.oecd.org/social/Focus-Inequality-and-Growth-2014.pdf
[註3]欧州地域内の福祉の型については、かつて2000年代の末頃、オランダの「経済政策分析局(CPB)」が報告書を作ったことがある。その中で、西欧諸国を、「一人で自立して生活することができない人をどのように救済するか」という観点から福祉の型を国別に4つに類型化(北欧のユニバーサル福祉型、中欧のギルドの伝統に基づく集団的福祉、南欧の庇護主義に基づく家族依存型福祉、そして、イギリスやアイルランドなどのアングロサクソン系の(自由競争市場型経済の)国に見られる貧困撲滅型福祉)している。

 では、本来ならば、そうした貧困層の利害を政治に反映させることを旨としているはずの「労働党」は、なぜ今回の国民投票ではこうした社会の底辺にいる人々の支持を集めて欧州「残留」の票を増やすことができなかったのか。この点もメディア上で議論されている。実は、国民投票後の離脱派の茶番劇の間にも、労働党内部では、党首の退任・不退任をめぐる党内抗争が続いている。二大政党政治を基本としてきた英連邦の政治の一翼を担ってきた労働党の存在意義が改めて問われている。

 7月6日に、英連邦の独立調査委が、元労働党党首で首相だったブレアのイラク参戦の判断をめぐる調査結果を発表したが、それは、ブレアの参戦の判断にはいくつもの誤りがあったことを指摘する厳しいものであった。極めて保守的でタカ派のブッシュ共和党政権時代に、米国主導で始められたイラク戦争にブレアが協力し、イギリス兵士の命を奪う結果になったことについての是非論は、偶然ではあるが、この時期、労働党の一般庶民への姿勢を問う一つの要素にもなっている。

 問題は、こうした労働党の、左翼・野党としての存在意義が薄れれば薄れるほど、大衆は、社会の問題の本質に迫って政治政策の現実的な効果を斟酌するというよりも、罵詈雑言を使って扇動する、今回の離脱派リーダーたちのような「ポピュリズム」に容易に惹きつけられてしまうことだ。そして、ポピュリズムによるこの種の政治は、最終的には、一般民衆の利害を保護するどころか、世界を不安定にさせ、低下層の人々の犠牲をますます生む結果につながる。

 最後に、投票傾向におけるジェネレーション・ギャップ。Lord Ashcroft Polling という世論調査機関が、国民投票の後、異なる属性の有権者別に投票傾向を調査した結果がある[註4]が、その中で最も印象深いのは、年齢による投票傾向の違いだった。残留と離脱の支持率は、英連邦全体では48%対52%だったが、18−24歳人口では73%対27%で、若い世代は、圧倒的に多数の有権者が欧州連合残留を望んでいることがわかった。この傾向は、25−34歳人口でも62%対38%と継続して見られる。しかし、これに反して、45歳以上の人口では、離脱支持と残留支持が逆転し、年齢が上がるにつれて離脱支持が上回っていくのである。なんと、65歳以上人口では、残留40%対離脱60%だ。こうした、高齢者の離脱志向・英連邦独立志向の理由については様々な議論の余地があるものの、少なくともこれから未来にわたり、おそらく60年、70年間生きていかなければならない若年層の残留支持を、今後長くは生きない高齢者層、特に、経済成長期に安定した仕事を持ち貯蓄もできたいわゆるベビーブーマー(日本的には「団塊の世代」)の離脱支持が押し切ったことへの若者たちの不満は大きい。

[註4]http://lordashcroftpolls.com/2016/06/how-the-united-kingdom-voted-and-why/#more-14746

◆◆ 欧州連合の反応

 国民投票の結果が明らかとなった翌24日朝の「まさか」の反応は、欧州連合全体、そしてオランダにも一気に広がった。しかし、一気に株が暴落し、その日のうちに、残留派支持が圧倒的に多かったスコットランドが、独立を問う国民投票を再度実施することを匂わせたり、スコットランドだけで欧州連合に残留する意向を示すなど、英連邦そのものが動揺する中、欧州連合の首脳らは、意図して、パニックを印象付ける反応を避けた。

 国民投票後に記者会見した欧州委員会(欧州連合の執行機関)のジャン・クロード・ユンケル委員長は、「これは欧州連合の終わりの始まりか」というジャーナリストの質問に、むっとした表情で「ノー」と切り返した。
 トゥスク欧州連合大統領も、(英連邦の離脱によって欧州連合内での勢力がさらに増すと予想される)ドイツのメルケル首相も、一言で言えば「英連邦政府の出方待ち」、ただし「長く待つ気はない」という態度で一貫していた。そして、離脱派リーダーの「移民や難民など外国人の流入の制限に関し、欧州連合の意向に左右されることなく英連邦が主導権を持つ」という主要な主張点を意識して、「経済市場への自由参加だけを主張して、人の自由な移動を認めないのは虫が良すぎる」という立場からこうした一面的な主張は受け入れがたいという意思を示して、英連邦に早くも釘を刺した。

 実際、Brexit の意向が国民投票で示され、株が暴落し世界経済が震撼する中、離脱派リーダーたちは、あたかも、残留派の不満と離脱派の不安に応えるかのように「欧州経済市場へのアクセスはこれまでと変わらない」「欧州諸国との交換留学や欧州諸国に住んでいるイギリス人の地位に変化はない」などの言葉を根拠なく口走った。しかし、彼らを最も支持したのは、移民らに仕事を奪われたと思っている低下層のイギリス人たちなのだ。「欧州からやってくる人の流入に制限を設ける」「移民よりもイギリス人を優先する」と言った言葉がこうした有権者の心を引いたのである。
 だが、本当に、イギリス人の仕事を「奪った」のは移民たちなのか?
 現実にそこにいたのは、イギリス人雇用主、イギリス人消費者ではないのか?
 残留を支持する人々は、欧州連合の利点を見ている。離脱派は、欧州連合への参加は、欧州の規則に縛られ英連邦の自治を阻害するかのように言うが、それは真実なのかどうか?

 Brexit が実現することとなった場合、英連邦と欧州連合とに共通の利害は、両者が、何らかの形で健全な経済交流を続けお互いからメリットを得、経済繁栄を続けることだ。しかし、「民主的市民社会の拡大」や「基本的人権の保護」を加盟国の結合原理に据えている欧州連合は、「差別」には断固反対だ。人の移動に制限を設けることは差別につながる。英連邦がこの点で Brexit 後に、欧州からの人の流入に制限をかけるようになり、それが社会の安定につながり一定の成功を示すことになれば、その後に、他の国が続く可能性は充分に予測され、それこそ「欧州連合の終わり」に導くことになりかねないのである。

 オランダの主要紙NRCは6月29日、「欧州連合は今後どのように英連邦と関係を結べるか」と題した記事で、4つの現存するモデルを示している[註5]。すなわち、ノルウェーモデル、スイスモデル、カナダモデル、トルコモデルだ。各モデルにおける欧州連合との関係は以下の通りだ。

[註5]http://www.nrc.nl/nieuws/2016/06/29/hoe-kan-de-eu-verder-met-de-britten-2969093-a1504353

 ノルウェーモデルは、欧州連合加盟国28カ国とノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタインの3カ国が加盟する欧州経済圏(EEA)の取り決めによるもので、欧州連合加盟国でない他の3カ国は欧州連合国の市場にアクセス権(物資・人・サービス・資本の自由な移動)を持ち、住民は圏内の国にビザなしで入国できるが、労働機会・消費者保護・環境・自由競争に関しては欧州連合の規則に従う上、欧州連合の予算に対する負担もある。しかも、欧州連合国以外の国は、欧州連合国と同等の共同の意思決定権を持たない。つまり、英連邦離脱派の主張する、経済自由市場には参加するが欧州連合からの人の流入には制限をつけるというわけにはいかないモデルだ。

 スイスモデルは、スイスが独自に欧州連合と結んでいる二者間協定で、現在120項目に及ぶ取り決めがある。この場合、スイスには、欧州連合市場への自動的なアクセスはないし、欧州連合内での意思決定プロセスに影響を与えることもできない。つまり、ノルウェーモデルに比べても経済的には悪い条件だ。しかも、スイスは、こうした経済面での利点がないにもかかわらず、欧州連合基金に部分的に寄与する上、両者間の人的な交流は自由、つまり、離脱派が最も主張してきた人的移動の制限はこのモデルにはないのである。

 カナダモデルも欧州連合との二者間の自由通商協定で、2013年に制定され来年からの実施が決まっている。この自由通商協定は、市場参加についても、欧州連合の予算負担についても、欧州連合の法規に関しても、それぞれ両者の間で取り決められる。しかし、北米大陸という遠隔かつアメリカ合衆国の規範の影響下にあるカナダと英連邦とでは地理的条件や政治的背景が異なる。例えば、カナダとなら受け入れ可能な、環境保護や自由競争に関わる特例的な取り決めは、英連邦では実質的に可能なのかどうかが疑わしい。食料や環境保護に関わり、これまで欧州連合規則に準じていた生産品が今後そうではなくなるとすれば、欧州連合市場で消費者に忌避される可能性がある。同様のことは、金融機関のサービスについても言える。欧州連合内で享受してきた英連邦の位置を維持するには、欧州連合のスタンダードを無視するわけにはいかないのである。しかも、カナダとの自由通商協定の制定には、制定までに長い時間がかかっており、そうした協定を、欧州連合第50条(離脱に関する条項)が決める、離脱交渉2年以内に行えるのかどうか。

 最後のトルコモデルは、長く欧州連合の加盟を希望してきたトルコが、1995年以来認められている欧州関税連合の規定で、欧州連合とトルコの間の通商には税がかからないというものだが、農産物とサービス産業に関してはこの規定は適用されていない。こちらも、トルコの欧州連合加盟交渉の中で交渉に交渉を重ねてできてきた関係であり、この形式を、英連邦がモデルにするとは考えにくい。

 つまり、現在、既存のモデルから考えられる Brexit 後の欧州連合との関係は、どのモデルを見てみても、離脱派リーダーが意図していたものには合わないものばかりなのである。
 そして、こうしたモデルを見る限り、欧州連合が規定している規則とは、環境保護・消費者の健康保護(食料品についての規則)・公平な自由競争・基本的人権の保護に関するものであり、欧州の住民の権利を「守る」ものであっても、「縛る」ものではない。「縛っている」のだとしたら、それは消費者ではなく生産者や企業の暴走に対する縛りだ。ポピュリズムの扇動的言質を使って低所得の大衆の票を集めた離脱派リーダーが言うように「欧州連合から独立して自由を」というほどに有権者の権利を奪っているものとは言えない。

 離脱派リーダーらの虚言が明らかになる中で、キャメロンに変わり首相になったテレーザ・メイには、今後、欧州連合との離脱交渉という大きな課題が待っている。
 彼女はこれから離脱交渉をどう進めていくであろうか、、、もしや、交渉を進める間に「結果的には欧州連合にいても同じなのではないか、あるいは、欧州連合にいた方が得なのではないか」という結果が出ないとは言い切れない。『Breturn』という造語が早くも見え隠れし始めている。
 メイは確かに「Brexit means Brexit」といい、今後、国内社会の様々な分断を乗り越え、強い英連邦を取り戻すといっている。しかし、それが具体的にどのような政策として展開されるのかは全く未知だ。欧州連合側は、交渉相手として信頼できる相手であることに満足はしただろう。しかし、英連邦の方針はまだ見えてこない。

◆◆ オランダの反応

 国民投票の前、欧州のメディアは、この投票結果で Brexit と出れば、次には、Nexit(オランダ Netherlands の離脱)、Frexit(フランスの離脱)と続き、欧州連合は収拾がつかない分裂となり崩壊が始まるだろう、という悲観的見方をしていた。

 実際、オランダには、ヘールト・ウィルダーズ率いる自由党(PVV)、フランスには、マリーヌ・ルペン率いる国民戦線党(FN)がある。これらは、いずれも、英連邦の離脱派と似て、移民排斥の国粋主義、欧州連合懐疑派、そして、大衆を扇動するポピュリズム政党だ。また、こうした政治勢力は、現在、ドイツ、デンマーク、ギリシャなど、各国に広がりつつある。支持の背景は、英連邦の状況と似ており、移民排斥、(既存の伝統的主流政党の)政治家への不信、不況による苦境などがある。そして、こうした大衆の支持に馬乗りになっている高学歴あるいは富裕者層のリーダーたちには、支持者たちの人権保護とは程遠い、何か、政治的権威や権力を求める別の意図があるように感じられる。少なくとも、彼らが共通に持つ民族的排他性は、世界に他民族排斥の種を蒔き、敵対と紛争のきっかけを世界にばらまくことは明らかだ。

 しかし、Brexit の決定により、まるでパンドラの箱が開いたような混乱を示す英連邦の姿は、今のところ、却って、欧州連合加盟国の欧州連合擁護派には好都合に働いたように見える。
 当然、オランダのウィルダーズは、国民投票の直後に、英連邦の離脱派に祝辞を送り、「オランダでも同じ国民投票を」と呼びかけた。フランスのマリーヌ・ルペンも、欧州議会で自慢そうに同様のスピーチをした。
 しかし、上に示したようなその後の動きは、決して、こうしたポピュリズムの政治家に都合の良いものではなかった。
 オランダでは、マスメディアのインタビューでも、また、国会議論でも、政治家らの大半が、この Brexit の結果に悲観的見解を述べ、ウィルダーズが言う「国民投票をすべき」との意見には反対している。現に、ウィルダーズ率いるPVVの国内における支持率は、確かに、絶対数としては増えており一大勢力をなしつつあるとはいうものの、オランダの政治では、過去に、一党支配ができるほど一つの政党に過半数の支持が集まった例はない。国民投票をしたとしても、離脱派が勝利をする可能性は低いとも言われている。

 それよりも、現政権を労働党とともに連立して支配している自由民主党(VVD)のルッテ首相は、ウィルダーズの人気上昇の中で有権者の意向を気にしてのことか、これまでほとんど「欧州連合」の重要性を主張することがなかったが、Brexit の混乱以後、ことあるごとに欧州連合の意義や重要性を説き始めた。次は Nexit(オランダの離脱)かと言われていたが、オランダでは、Brexit のおかげで、わずかではあるが、風向きは逆に良い方向へと変わりつつある。

◆◆ 顕在してきた4つの問題

 英連邦の国民投票は、その衝撃が大きいものであっただけに、メディア上でも様々な報告と分析が行われ、そのおかげで、欧州住民の間にも欧州連合の存在意義についての意識が覚醒され始めたように見える。
 また、残留ではなく離脱という、これまで経験したことのない事態を迎えることとなり、投票前には想像できなかった様々の反応を見ながら、ヨーロッパ諸国が抱える問題の焦点がどこにあるのかが急速に明らかになってきているようにも思われる。以下は、その観点からの筆者なりの分析だ。

●フリーマーケットか人権か(欧州連合の存在意義をどこに認めるか)
 まず、欧州連合の存在意義はなんなのか、という根本的な点だ。欧州連合は、単なる経済共同体なのか、それとも、平和共存を目指した民主主義連合なのか?
 欧州連合の発端は、欧州石炭鉄鋼共同体にさかのぼる。武器生産に必要な資源を共有することで平和共存を目指したという側面と、経済発展を市場の共有によって独占したという両側面は、この共同体の発端時から今日まで続いている。
 しかし、平和共存が実現し、第二次世界大戦終了から70年余を経て、欧州全体が、世界の中でも高繁栄・民主化・高福祉を達成した今、共同体の目的に関する人々の意識は、自由市場の共有という面だけに傾くきらいがある。
 Brexit の衝撃は、こうした傾向に対して、もう一度欧州連合の存在意義を問い直させるきっかけになったのではないか。今後、英連邦と欧州連合の間の交渉が展開される中で、英連邦の欧州市場への自由なアクセスと人の自由な移動とは、まさに、欧州連合のこの両側面に呼応している。

●西欧と東欧?
 ただ、英連邦離脱派やオランダのPVV、フランスのFNなどの論争点の一つである難民受け入れに関しては、実は、西欧諸国と東欧諸国との間に大きなギャップがあることも確かだ。
 欧州連合の中でも新参である東欧諸国は、何よりも労働機会の拡大や欧州連合の予算援助による経済発展、住民の生活水準の向上を目指して欧州連合に加盟している。また、西欧で戦後60年代〜70年代に起きた市民意識の変革を、旧共産圏の東欧諸国は共有しておらず、当時、西欧諸国の市民が展開した、反権威主義に基づく機会均等、女性解放運動、同性愛者の権利運動、高福祉、インクルージョン(弱者への包括的な思考)などの議論を自らの社会からの内的発展として経験していない。

 イギリスの地方都市の大衆らが移民に対してもつ排斥感情とそれが欧州連合離脱に結びつく背景には、欧州連合への財政的な貢献が、東欧諸国の住民の利益になるばかりで、自分たちの貧困や生活苦の改善には使われていない、英連邦はこれだけ貢献しているのに、これらの諸国は難民受け入れにも消極的で身勝手だ、という不満があることは確かだ。
 他方、Brexit の結果、東欧が最も危惧しているのは、ロシアからの種々の圧力に対し、後ろ盾になってくれる欧州連合が危機に陥り支援を受けられなくなることである。このように、欧州連合は、地理的な範囲を広げた結果、内部で、西欧と東欧の間に存在する利害の相違を包み込んでこざるを得なかった。
 こうした東西欧州諸国の利害関係が、今回の Brexit によって、欧州連合諸国の住民、特に東欧諸国の住民に意識され、特に、人の移動をめぐって人権議論が改めて深まっていくのであれば、欧州連合の存在意義を、東欧も含みこむ欧州連合全体で再確認することにつながっていくのかもしれない。

●エリート政治家への不信(リーダーシップ教育の問題)
 しかし、欧州連合の地域が広がり、経済発展と人権保護、東欧と西欧、世界平和と自国の安全など、様々な要素が絡み合い、システマチックに複雑な因果関係ができればできるほど、政治議論は複雑化し、政治家の専門性が高く問われ、政治家らが高学歴エリートに占められるという傾向があることも事実だ。その結果、大衆の痛みを知らないエリート政治家が増え、政治家と有権者の間に乖離が生まれているという論調は、英連邦だけではなく、オランダでもこの10年ほどしばしば言及されてきた。エリート政治家の国会討論は、細かい統計の数字などエビデンスを使って論議され、間に織り込まれる気の利いたユーモアにもエリート文化が見え隠れする。

 特に、ネット文化が広がる中で、今日、オランダ社会を分断しているのは、民族などの文化背景ではなく、階層文化だと指摘する向きもある。つまり、上層エリートと下層大衆とは、読んでいるネット情報も見ているテレビ番組もまるで異なり、笑えるユーモアの種類も違うというのだ。
 そうした、目に止まりにくいところで潜在的に広がっている社会の分断が、結果的に、大衆政治家の舞台を広げてきたという側面は否めない。

 では、そういう社会の間隙に入り込んで支持を広げる大衆政治家とはどこから来るのか、。これについては、最近 Foreign Policy というオピニオン誌に面白い記事があった[註6]。この記事は、英連邦の欧州連合離脱を導いた政治リーダーたち、そして、今、米大統領選の候補になっているドナルド・トランプなど、早く家庭を離れ、いじめや競争の激しい寄宿制の学校で育てられた大衆扇動型の政治家に共通する人格形成上の問題を指摘したものだ。筆者自身にとって関心の深い「教育」との関連で、興味深いので、一部引用しておく。

[註6]https://www.yahoo.com/news/boarding-schools-national-security-threat-220740078.html?soc_src=social-sh&soc_trk=ma

Prematurely separated from home and family, from love and touch, boarding children are obliged to speedily reinvent themselves as self-reliant pseudo-adults − think Trump’s neurotic insistence that he is a self-made business genius, or the blustering reinvention of Nigel Farage, a stockbroker’s son, as an anti-establishment man of the people. In rule-bound institutions with rigid timetables, children must also be ever alert to staying out of trouble. Crucially, they must not look unhappy, childish, or foolish − in any way vulnerable − or their peers will bully them. So they dissociate from all these qualities and project them out onto others, developing duplicitous personalities that are on the run − which is why ex-boarders make the best spies.

<筆者試訳>
十分に成熟しないうちに、家庭や家族、愛情や結合感情から引き離されて寄宿生活を送る子どもたちは、自らを自助的な偽りの成人として急いで作り直すことを余儀なくされる。例えば、自らを自製のビジネスの天才であると神経質なまでに主張するトランプ、大衆の反体制者として喝破して見せるナイジェル・ファラージを見るといい。校則で縛られ、厳密な時間割で日課が送られる教育機関の中で、子ども達は、常に、余計なトラブルに巻き込まれることのないように目覚めてもいなければならない。また、重要なことに、彼らは、不幸な様相であったり、子供っぽかったり、馬鹿にされるなどといったことがないように、つまり、どんな意味においても人からつけ込まれることがないようにしておかなければならないのである。そうでなければ、周りの仲間にいついじめられるかわからないのだから。そこで、彼らは、こうした性質は一つも持たないように自らを隔離し、そういう性質は他人のことであるかのふりをし、まさに二枚舌の人格を形成していているのである。だから、寄宿制学校の出身者くらいスパイに向いているものはない。

●ポピュリズム拡散の責任は誰に?(マスメディアの責任)
 それにしても、英連邦の国民投票後のパニック政治家たちの様相はどう考えても茶番劇だ。大衆政治を批判する声が、マスメディア上でこれだけ論議されていたにもかかわらず、彼らが主張してきた離脱が実際に実現するとき、そこで何が起きるかを誰も予想していなかったのだろうか。異なるイデオロギーを持つ政治家らが、自らの立場の主張を展開し、お互いに論拠をあげてディベートし合うときに、それを中立的な立場から分析して、一つ一つの政策案について、幾つかのシナリオを描いて検証し、読者にシミュレーションをして見せるのはマスメディアの役割なのではないか。少なくとも、大衆扇動型の政治家の人気に乗じて、彼らの言質を繰り返し、必要以上に視聴者の目に触れるように拡大して見せるのがマスメディアの役割ではないはずだ。

 また、エリート政治家の論調が大衆に届いていないのであれば、一般の有権者が理解できる言葉に置き換えたり、政治家に、一般有権者に成り代わって質問を投げかけていくのがジャーナリストらの仕事なのではないか。
 国民投票の前の、保守党・労働党両方の内部対立、国民投票後の離脱派リーダーらの茶番劇は、マスメディアの力で避けられなかったのか。それとも、今日、世界中のマスメディアが置かれているスポンサーの圧力が、「言論の自由」を封じ込めている結果なのだろうか。
 この観点から、イギリスの進歩的なオピニオン誌 New Statesman の6月24−30日号の「パンドラの箱は開けられた」と題する巻頭言の最後の言葉が強く響く[註7]。

[註7]https://reader.exacteditions.com/issues/52187/page/3

The death of Jo Cox brought an abrupt halt to the campaign. Suddenly there was world enough and time for pause, reflection and even re-evaluation. It did not last. Nor should it have. However, the way we do our politics must change. A new spirit of realism and honesty should take hold after the referendum, which must mean no more net migration caps or false promises. We must aspire to move on from what Peter Oborne has called “post-truth” politics, and this can only happen if our media - the way we report on and write about politics - changes as well.

<筆者試訳>
ジョー・コックスの死はキャンペーンを突如として中断させた。急に、一休止し、振り返り、再評価するための十分なゆとりと時間が生じた。それは長くは続かなかったし、また、長く続けなければならないものでもなかったかもしれない。しかし、私たちが政治を行う方法は変わらなければならない。リアリズムと正直さの精神が、国民投票の後に取って代わるべきで、移民制限がどうのとか、嘘の約束が政治であるべきではないのだ。我々は、ピーター・オズボーンが呼んだ「ポスト真実」の政治から、それを乗り越えて次へと進んでいかなければならない。そして、それは、我々のメディアが、つまり、私たちが政治について報じ、また、それについて書くやり方もが変わる時にこそ、起き得るものだ。

◆◆ 日本は大丈夫か

 さて、翻って日本。参院選で改憲勢力が、改憲に必要な3分の2に、わずかに1議席不足した議席数を獲得したばかり。英連邦の国民投票は日本でも大手の新聞のトップ紙面を飾ったが、果たして、こうした記事は、今回の国民投票とその前後の動きが現在の日本政治に示す教訓をどこまで伝える内容のものだっただろうか。

 日本でよくある論調の一つに、「移民を受け入れたことがヨーロッパ政治の失敗だった。欧州で起きている混乱に日本が巻き込まれないでいられるのは移民流入が少ないからだ。今後も移民はできるだけ入れないようにすべき」というものがある。果たしてそうなのか?

 地球上の人類社会には、様々な問題が山積している。そして日本は、自分の国だけその問題から顔を背けていれば、誰か他国の人が解決してくれるだろう、と言えるほど、世界の状況から独立しているわけではない。日本人の富、日本人の生活水準を支えているのは、日本企業が市場を持つ世界との関係の中で実現していることだ。このようなことに対する、日本市民の責任意識は果たして十分と言えるのか。
 移民や難民の問題は、放っておいたら誰かよその国の政治家が解決してくれるものなのだろうか。国外で起きている紛争や貧困に、日本人は責任がないと言い切れるのだろうか。

 オランダでは、すでに、シリアからきた難民たちが、徐々に滞在許可を得てオランダでの暮らしを始めている。この人たちは、家族規模に合わせて国から十分な広さのある住居を提供され、オランダ人と同様に生活保護の対象となる。生活保護は、成人一人当たり月に約900ユーロだ。配偶者や子どもなどの家族を外国に残してきた場合には、呼び寄せて一緒に暮らす権利もある。就職のためにオランダ語を学ぶことができ、子ども達には、オランダの子どもたちと全く同様の、あるいは追加の教育費が支給され、教室でオランダ人と同等の権利を認められて、人間としての健全な発達を可能な限り保障される。

 これが、「人権を尊重する」ということなのだ。欧州連合は、こうした形で難民を受け入れることを前提に、難民対策を議論している。英連邦での離脱議論は、こうして外国人達を受け入れてきたという前提の上での議論だ。

 新首相に就任したメイ首相は、就任演説で、国内におけるありとあらゆる分断を解消し、統一を図ることを強調した。そこには、離脱派リーダーが排除しようとし国民投票以後各地で差別待遇を受け始めている外国人の存在を意識し、敢えて述べられた「どこで生まれた人であろうとも」という言葉が含まれていた。ほとんど労働党の党首の言葉かと見紛うほど、このメイ首相の言葉は低下層の住民や外国人の不満を意識していた。これらの人々を包み込むインクルーシブで結合性の高い英連邦を目指すというメイ首相の言葉は、逆に、英連邦内の社会の分断が一筋縄ではいかない厳しいものであることを示しているとも受け取れる。

 Brexit 交渉はまだこれからだ。その行方も方針もまだわからない。しかし、それでも希望が感じられるのは、欧州諸国の強さが、失敗と成功、保守と革新が常に左右に揺れながら、その度に新しい視野を取り込み、政治を前へ前へと自分たちの力で進めていけるシステム(=民主的市民社会)を持っていることにあるからだ。

 (筆者はオランダ在住、教育・社会研究家)


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