改革開放30年、今後の中国は?

■ 改革開放30年、今後の中国は?  篠原 令

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  2008年12月18日、北京の人民大会堂では「党の十一期三中全会開催30周年記念
大会」という記念式典が挙行され、胡錦濤国家主席の記念講話が生中継されてい
た。私はたまたま北京にいたのでその一時間余りに渡る演説をテレビの前で視て
いた。現役の党、政、軍の幹部のほかにも、多数の老幹部も出席し、この三十年
間の成果を確認するとともに今後も改革開放路線を堅持していくことが確認され
た。
 
  三十年前のこの日、つまり1978年の12月18日、中国共産党の第十一期第三回全
体会議の席上、三度目の復活を果たした故トウ小平氏は中国が改革開放路線に転
じることを発表した。この年の10月、日中平和友好条約の締結後、トウ小平氏は
日本を訪れ、その経済発展した姿を目の当たりにしている。そして12月、米国と
の国交回復を発表し、華国鋒指導部から権力を奪還したトウ小平氏が中国を救う
道はこれしかないとしたのが改革開放路線であった。 
 
しかし当初、改革開放は一向に進まず、保守派の巻き返しの中で孤立していた
トウ小平氏に朗報がもたらされたのは79年の秋、前年の12月、安徽省鳳陽県小崗
村の農民が誓約書に血判を押して当時は反革命とみられていた生産請負制を実施
した結果、この年、歴史的な大豊作を記録した。これで流れは変わった。80年5
月には深セン、珠海、汕頭、廈門の四地区が「経済特区」として承認された。
 
  しかし八十年代はまだ紆余曲折の時代であった。トウ小平が後継者として指名
した胡耀邦、趙紫陽の二人の総書記が失脚し、天安門事件の後、保守派の台頭の
中で、トウ小平が起死回生の勝負に打って出たのが92年初春、上海での「南巡講
話」であった。これで保守派との対決は勝負がつき、以後、中国は改革開放に全
速力で邁進する。2008年の北京オリンピックの成功は全世界の人々に発展した中
国の姿をまざまざと見せつけた。そうした改革開放の三十年間の総括が述べられ
たのがこの胡錦濤国家主席の講話であった。
 
  その要点は、先ず過去100年の歴史を顧みて、中国はこの100年足らずの間に三
度の革命を成し遂げた。第一回目は1911年の孫文が指導した辛亥革命、二度目は
1949年の中国共産党による新中国の成立、そして三度目はトウ小平が指導した改
革開放路線の成功であった。そして改革開放の三十年間を顧みて、改革開放こそ
が中国を救う唯一の道であったこと、今後も中国は改革開放を堅持していくこと
を宣言している。
 
今後の目標としては、党の成立100周年(2021年)に向けて、十数億の人口を持
った国が、高水準の「小康社会」(まずまず豊かな社会)を実現し、民主的、文明
的(文化的)、和諧的(調和のとれた)な社会主義現代国家を建設することとしてい
る。また、その過程において、効率を高めるとともに社会公平と社会正義を両立
させねばならず、改革発展と社会の安定を両立させねばならないと言っている。
中国共産党の先進性と執政地位は「一労永逸」(一度の苦労で永久に楽をする)で
も「一成不変」(永久に変わらない)でもないのだから気持を引き締めて行かねば
ならないと呼びかけている。
 
  この改革開放30年の総括に当たっては、左右双方というか、保守派と改革派の
双方に強烈な意見の対立があったという。世界人権デーの12月10日に言論界の長
老たちや民主運動家、市民派弁護士らが「〇八憲章」という檄文を発表、三権分
立や党の軍隊である人民解放軍の国軍化などを呼びかけた。政治体制の改革や完
全な民主化を求める人々の声はネット社会ではもはや抑えることはできなくなっ
ている。だが、こうした改革派の要求に対して、胡錦濤の講話は「間違いや欠点
があれば改める」「すぐには体制改革は行わない」という内容であった。
 
  同じ年、香港では15年間の軟禁の末、2005年になくなった趙紫陽元総書記の軟
禁中の発言を収録した宗鳳鳴著「趙紫陽在軟禁中的談話」(邦訳:趙紫陽、中国共
産党への遺言と「軟禁」15年余;ビジネス社2008年)が多くの人々の注目を集めて
いた。経済面での改革開放の実行者であり、政治改革の必要性をも訴えていた故
趙紫陽総書記の思想を余すところなく伝えるこの本がこの時期に出版されたとい
うことは、天安門事件の再評価や趙紫陽の名誉回復にもつながるものかもしれな
いと憶測されたが、胡錦濤は急進的な改革、政治改革に対しては「ノー」と返事
をした。改革派から見れば胡錦濤は保守派であり、世界の流れに目を向けない守
旧派ということになる。
 
  今回の講話の中には「私たちは人類の政治文明の有益な成果を手本とする必要
はあるが、西方の政治制度モデルをそのまま真似る必要はない」という一文もあ
る。つまり中国の特色ある社会政治制度を堅持していくが西欧型の民主化はしな
いと明言している。ここが趙紫陽たち政治改革の必要性を説く人々との大きな相
違点である。改革派は一党独裁こそ不正腐敗の根源だと批判し、自由、民主、人
権、法制を要求し、胡錦濤を守旧派、独裁者として断罪している。
 
  趙紫陽の発言を見るとグローバリズムや国際金融資本のダイナミックな動きに
対して、民主化を行わない中国は取り残されると警告している。また、アメリカ
の民主主義に対しても過度な期待を持ち、西欧型民主主義こそが世界普遍の真理
であるかのような発言が多い。かつて八十年代の民主化運動の思想的指導者であ
った中国科学技術大学教授の方励之氏が理想としていたのは北欧型の高度な福祉
国家であった。だが中国のような大国が北欧型の政策を実行するには無理がある
し、アメリカ社会にも問題は山のようにあるが、中国の反体制運動、民主化運動
にはこのふたつの潮流が大きな影響を与えている。
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だが、北京オリンピックの終了とともに火を吹いた世界金融危機は市場原理主
義の破綻を露呈し、アメリカの民主主義はオバマという黒人大統領を誕生させた
が、米国一極支配の時代は終焉を告げ、戦火はアフガンに中東にと止まることを
知らない。私は胡錦濤の選択は間違ってはいないと思う。アメリカに追随し、規
制緩和こそが進歩発展の道だと踊らされた日本の現状をみれば、闇雲に民主化、
政治改革を行うことが果たして善なのかどうか、中央に権力を集中したうえで、
中国の実情にみあった改革を着実に進めようとする胡錦濤の選択は実は多くの中
国人の共感を得ている。
 
  2009年は中国にとっては節目の年でもある。10月1日の建国60周年、3月のチベ
ット動乱50周年、4月の法輪功中南海包囲10周年、6月4日の天安門事件20周年な
どである。農民や民衆の不満がこれらと関連していつ爆発してもおかしくない、
貧富の差が危険水域に達した中国は崩壊するとまで言う学者もいるが、中国脅威
論、中国崩壊論を展開する人々の意見には絶対多数の中国の生活者たちの感覚が
反映されていない。それは反日デモをした学生たちのポケットにソニーのウォー
クマンや松下の携帯端末が入っているのを見ようとしないのに似ている。
 
  中国のことを考える時にはやはり中国数千年の歴史と対比してみる必要があ
る。中国は秦の始皇帝が中国を統一して以来、一貫して中央集権国家である。
異民族王朝である元や清もこの原則を崩せなかった。民国以来の諸処の軍事勢
力も共産党政権も、中央集権制度、あるいは皇帝制度から抜け出すことはでき
ない。毛沢東が初代皇帝、 小平が二代目、三代目はちと凡庸で日本とも問題
を起こしたが、四代目はよくやっている、とこのように見ればいいのである。

そして中国史の法則に従えば、この王朝は少なくとも三百年は続くのであり、
その絶頂期は建国百年を過ぎたあたりにやって来るのである。それが2011年な
のか2049年なのかは別にして、民主化をすればすべてが解決するというのは規
制緩和をすればすべてがうまくいくと騙した小泉純一郎のようなものではない
だろうか。
 
  私は中国が独自の道を見つけるのはまだこれからだと思う。パックスアメリカ
ーナの時代が終わって、世界は新しい哲学、新しい政治学、新しい経済学を必要
としている。日本は政治の混迷が続いているが、この混迷を抜け出すにはやはり
新しい時代の哲学が必要なのではないだろうか。その意味では中国が求めるもの
も、日本が求めるものも同じである。互いに既成の価値観にとらわれることな
く、人間性に基づいたアジア的なひとつの価値観を見出し、それをともに世界
に広めていく役割があるのではないだろうか。
  私はデカルト以来の近代哲学、ダーウィン以来の進化論に異論を唱えるとこ
ろから始めようと思っている。個人主義、弱肉強食の世界観を改め、東洋の理
想を具現化していきたいと思っている。中国はその最も良きパートナーだと
思っている。
 
  ところで金融危機に対する中国の動きだが、世界を驚かせた四兆元(約56兆
円)の景気刺激策が発表された直後に私は中国の金融担当者たちと会食する機
会があったが「もう山は越した」と晴れ晴れとした顔で上海蟹を食べるのを見
て微笑ましく思った。「来年(2009年)中頃には株価も上向くだろう」とも話し
ていた。そこには一片の不安も陰りもなかった。数ヶ月後、春節前の北京や上
海のレストランはどこも満員であったし、自動車の販売台数も全く落ちていな
いとのことであった。

 内需を中心とした中央政府の刺激策の中身は社会インフラの整備、交通網の強
化、環境改善、技術力強化支援、低価格公共住宅整備など、どれも長期的に取り
組まなければならない対策をこの機会に一気に進めようとする意気込みが感じら
れる。この中央政府の四兆元財政出動の他に、地方政府である省、直轄市も別枠
で景気対策を用意しており、この総額が二十九兆元(約四百兆円)という。資金の
出所は改革開放の中で地方政府に蓄えられたいわゆる埋蔵金である。これを地下
鉄建設や環境対策など大都市の整備事業に用いることによって景気を刺激すると
ともに生活面での向上が図られるという。
 
  北京オリンピックを成功させた中国の底力がここでも発揮されるとすれば、中
国が世界金融危機から最も早く立ち直るのではないか。沿海部に出稼ぎに出てい
た農民たちが故郷に戻ってもすでに耕す土地もなく、再び出稼ぎに 出ていっ
ても仕事がない、さあ暴動かと新聞や雑誌は騒ぎたてるが、日本では一億総中流
と言われた中産階級が二極分離して貧富の格差が問題になっているのに対して、
中国ではいま、かつての高度経済成長期のように中産階級が大量に産み出されて
いる。この階層は暴動を望まないし、安定を求める。農民たちの中にも中産層が
形成され、貧困層といっても中国には板バネのようにそれを吸収して和らげる何
層もの構造がある。日本のように太平洋岸からちょっと走ったら日本海側に出て
しまう国とは違って底が深いことに留意しておく必要がある。
 
  中国ではここ数年、春節の前には馮小剛という映画監督と葛優という男優のコ
ンビの作品が上映されて大人気を博している。「手機」という携帯電話をテーマ
にした作品、「天下無賊」という長距離列車の盗賊団をテーマにした作品などま
だ記憶に新しいが、今年の作品は「非誠勿憂」といい、舞台は北海道である。こ
の映画を観た人は口々に「北海道へ行ってみたい~」と言っている。今年の北海
道はきっとどこへ行っても中国人ということになるだろう。そして少しでも多く
の人に日本をより多く理解してもらえればこれにこしたことはない。     
           
          (筆者は中国ビジネスコンサルタント) 

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