【オルタの視点】

<フランス便り(22)>

新星マクロン大統領の誕生 ―難しい国民議会選挙―

鈴木 宏昌


 重苦しい雰囲気が漂っていた2週間の選挙期間を経て、勝ち残ったマクロン候補と極右のマリーヌ・ルペンとの間の決選投票(5月7日)は、マクロン氏が圧勝(66%対34%)し、39歳の大統領が誕生することになった。信じがたいことの連続だった今回の大統領選挙の結果にふさわしい終末と言えるだろう。しかし、マクロン新大統領のこれからの道は平坦ではないだろう。まず、6月11日及び18日にかけて、任期満了となる国民議会の総選挙が待っている。

 これまでの2大政党の時代では、大統領選挙に勝った方がその余勢で国民議会の絶対多数を獲得していたが、政党政治を超える運動と称される「歩む」(En Marche)の会は既成政党をバックに持っていないので、果たして国民議会の多数を獲得できるのだろうか? マクロン氏は、EU枠内で、市場経済を維持しながら、フランスの経済立て直すという中道の政策を掲げているが、もし国民議会で多数を獲得できないとき、どう政権与党を形成するのか? とくに、共和党(保守系)が国民議会の多数を占めると、大統領は中道、国民議会は保守という「同棲状態」(co-habitation)になりかねない。この場合、国民議会を支配する首相の力が大統領よりも実質的に強くなる。
 現行の制度では、大統領の権限は首相の任免と国民議会の解散権に限られる。次の国民議会選挙の結果次第では、マクロン新大統領は自分の描いた政策を実行できない事態も懸念される。極右のルペン政権の誕生という最悪の事態は避けられたが、安定したマクロン政権が実現する確証もない。選挙の狭間の現時点(5月14日)で、混沌とした現在のフランス政治情勢を報告してみたい。

 今稿では、まず、ハプニングの連続だった今回の大統領選挙のを経緯を振り返る(1)。その後、知られている範囲で、マクロン新大統領の横顔と政策を紹介する(2)。そして国民議会を1ヶ月後に控えた時点でのフランス政治情勢を描きたい(3)。

◆◆ 1.大統領選挙の経緯

 実に想定外のことが多い選挙だった。ことの始まりは、オランド大統領が選挙に出馬するか(出馬することができるか)だった。オランド大統領は、政権担当の年から国家財政の赤字問題をかかえ、EU規制をクリアするために緊縮財政を余儀なくされた。すると、与党社会党の左派がオランドの政治姿勢に反発を強め、その後は、オランドが掲げる様々な改革案(企業に対する減税、非常事態宣言、労働改革)に反対し、国会で抵抗を繰り返す。党内野党をかかえたオランド政権は、その左翼との妥協に追われ、大部分の改革案は実効性のないものになってしまう。このことの繰り返しから、オランド大統領の人気は低下の一歩をたどる。しかも、政権の大きな目標である失業率は5年間を通じて改善せず、オランド大統領の再選は客観的に難しい状況だった。

 大統領選挙まで半年年を切る頃、ヴァルス内閣でもっとも国民的人気のあったマクロン経済大臣は、内閣を辞職し、自分の運動「歩む」の会を立ち上げ、大統領候補として選挙準備に入ることになった。マクロン氏は当時38歳という若さだったが、その柔軟な発想と自由な発言力、その上、容姿端麗なエリートなので、マスコミの寵児となっていた。ヴァルス内閣の中で、市場開放や法定労働時間の延長などを提起し、社会党左派からは敵視されていたが、中道や保守の人からは歓迎されていた。マクロン氏の「歩む」運動は、既成の政党枠を超えた市民運動と位置づけられ、ソーシャル・ネットワークを利用して、有権者の支持拡大に動いてゆく。しかし、多くの人は、マクロン人気を一時的な現象と考えていた。

 大統領選挙戦が大きく動くのは、共和党の予備選挙とその後に続く社会党の予備選挙である。この予備選挙は、アメリカのものを真似たものだが、党員選挙と言いながら、実際の党員数が少ない共和党や社会党は、1~2ユーロを払えば誰でも投票できるオープンな選挙制を採用した。このような選挙になると、どうしても対決姿勢の候補に票が集中する。共和党の場合、選挙前には、右よりのサルコジ元大統領と中道寄りのジュペ元首相の一騎打ちと思われていたが、伏兵フィヨン候補が大勝利する。フィヨン氏のバックには、カソリックの保守系団体「Sens commun」が投票獲得に積極的に動いたと言われる。フィヨン氏はムスリムに対する厳しい姿勢、大胆な経済制度の改革案、治安優先の政策で、保守層の人気を集めた。
 一方、社会党予備選は、社会民主系のヴァルス元首相と左派のアモン候補との決戦投票になるが、結局、オランド政権に抵抗して来た左派のアモン氏が社会党の候補になる。当選したアモン氏は、社会党をまとめる方向には動かず、影の薄いエコロジストとの協議に時間を費やし、社会党内の穏健派(オランド派とヴァルス派)の反発を招く。
 こうしてみると、共和党は右よりのフィヨン候補を、そして社会党は左派路線の候補を擁立することになったので、中道のところがすっぽり抜けたことになる。そこに、中道を謳うマクロン候補がうまく陣取り、その若さと集客力で支持率を高めてゆく。

 大統領選挙が本格化する本年の春先には、ルペン氏とフィヨン氏が有力で、その後、マクロン氏、左翼のメランション氏、アモン氏が追う展開だった。今年の1月末に、有名な「カナール・アンシェネ」(百年の歴史を持つ風刺の週刊新聞)にフィヨン氏家族の架空雇用という暴露記事が出てしまい、フィヨン氏は追い込まれてゆく。国会議員であったフィヨン氏は、活動・交際費として自由に使える予算範囲であり、家族を雇用することは法律違反ではないと主張したが、司法の調査が始まり、起訴される事態となった。このスキャンダルが致命傷となり、フィヨン候補の人気は落ちてしまう。

 結局、4月末に行なわれた大統領選挙では、4人の候補が20%前後の票を集める大接戦となった。トップがマクロン氏(24%)、2位にルペン氏(21.3%)、3位フィヨン氏(20%)、4位メランション氏(19.6%)というきわどい結果だった。社会党の候補アモン氏はわずか6.4%という惨敗に終った。最左翼のメランション候補は、その雄弁さをテレビ討論などで発揮し、人気を集めた。

 決戦投票では、結局、マクロン候補の圧勝に終ったが、最後まで、あまり予断を許さない状況が続いた。しかし、選挙直前のテレビ討論会で、ルペン候補はマクロン氏の過去の銀行員の経歴をとらえ、富裕層の代表といった個人攻撃のみに終始し、そのあまりに攻撃的な態度は多くの人の反感を買った。調査会社のパネル調査では、このテレビ討論会の結果、約7%の人がマクロン側に回ったとしているので、このルペン氏の失策がなければ、それほどの差はつかなかったと見られている。

 以上が、今回の大統領戦の経緯だが、マクロン氏は幸運に恵まれた感は否めない。まず、共和党の本命と見られていた中道寄りのジュぺ氏が敗退したこと、次に本命にのし上がったはずのフィヨン候補がスキャンダルでつまずいたこと、そして社会党の候補が急進派のアモン氏になったことなどが重なった。とは言え、マクロン氏は、斬新な方法で支持層を拡大するとともに、そのぶれない経済政策、論理的な話し方などは、見事と言うほかはない。

◆◆ 2.マクロン新大統領の横顔とその政策

 マクロン氏は、パリの北、車で約1時間ほどの小都市アミアン(中世の大聖堂が有名)出身で、両親は医者。地元のイエズス会系の高校で学び、その後、ナンテール大学(哲学)と名門パリ政治学院を卒業。エリート養成で知られるENAを経て、財務官になる。この頃から、社会党のサークルで活動し、経済学者のアタリ氏(ミテランの経済参謀)やENAの先輩 Jouyet 氏(オランド大統領の親友で官房長官を長く勤める)から目をかけられる。

 2009年からは3年間ほど名門ロスチャイルド銀行で、大型の企業買収などを担当する。オランド政権が誕生すると、大統領府官房の経済担当補佐官に抜擢される。フランスは、官房政治と言われるほど、大統領、大臣官房が力を持っているので、その重要ポストに30代半ばのマクロン氏が抜擢されたことは異例である。しかも、その後は、オランド氏の側近参謀として重要案件に深くかかわったようだ。左翼陣営の強い反発の中で実現した企業に対する大幅減税も、マクロン氏の入れ知恵と言われる。そして、ヴァルス内閣では、経済大臣に36歳で抜擢され、市場開放や労働時間の延長などを提案した。しかし、社会党の左派をまとめようとするオランド大統領の下では、市場改革の提案は実効性のあるものにならなかった。

 マクロン氏の経歴の中で、国際メディアの注目を集めているのは、ブリジット夫人との大恋愛ロマンである。ブリジットさんは、24歳年上で、高校のときの教師であったと言う。ブリジットさんは当時3人の子供を持ち、その娘の1人はマクロン少年と同級生であった。サークル活動の演劇部でマクロン少年と教師ブリジットさんは親しくなるが、マクロン氏の家族の反対で、マクロン青年はパリに行かされる。にもかかわらず、2人の関係は変らず、ついに2007年には結婚にこぎつける(ブリジットさんは再婚)。約20年に及ぶこの恋愛には驚かされる。

 さて、本題に戻り、マクロン氏の政策提言をみると、経済政策の面では、共和党のフィヨン候補の提言と方向性は変らない。フランスが自由経済圏の中に組み込まれていることを認め、フランスの対外的な競争力を強化することが経済政策の柱となっている。同じ方向性ながら、フィヨン氏がショック療法の立場をとったのに対し、マクロン氏の提言は緩やかな改革を訴える。
 たとえば、フィヨン氏が5年間で、公務員を50万人減らすことを明言したのに対し、控えめの10万人の削減に絞っている。労働時間に関しては、フィヨン氏が法定時間の週35時間をすぐに廃止するとしたのに対し、現体制を維持しつつも、企業レベルの交渉で、労働時間の枠を変えることができるとした。年金改革に関してもマクロン氏の提言は慎重で、受給年齢の大幅延長などを提起していない(年金改革には、労働組合や左翼陣営の強い反発が予想される)。

 対EUの関係は、今回の大統領選挙の大きなポイントだった。極右のルペン氏と極左のメランション候補がユーロ離脱、EU脱退の提言をしたのに対し、フィヨン候補はEU統合よりは、国の主権回復を主張した。多くの国民の不満がEUとブラッセルの官僚機構に集まっているが、マクロン氏は勇敢にもEU擁護の立場を鮮明にし、フランスはEUの中でしか生き残れず、むしろEU組織の活性化を目指すとした。

 治安問題は、イスラム過激派のテロが連続して発生したこともあり、今選挙の焦点の一つだった。ルペン・フィヨン両候補が強硬な立場でイスラム活動家を取り締まることを掲げたのに対し、マクロン氏は冷静に世俗分離の立場を強化すると言うのにとどめている。教育に関しては、各学校により大きな自由を認め、教員採用やカリキュラムを選択する権利を与えるとしている。また、貧しい地域の学校では、少人数の学級を設け、学校からのおちこぼれを食い止めるとした。

 このようにマクロン新大統領の政策提言を眺めてみると、市場経済を肯定し、競争原理を導入しながら、フランス経済の活性化を図ろうとする姿勢が読める。保守の政策と異なるところは、所得再分配により貧しい層の生活を保障する点にある。もっとも、この所得再分配の政策はオランド政権の継続の部分が大きく、とくに目新しいものはない。

◆◆ 3.先が読めない国民議会選挙

 さて、このようなマクロン氏の政策提言だが、法案を通し、予算処置を行なうためには国民議会の承認が必要となる。6月に予定されている次の国民議会選挙が、新大統領にとって最大の難関となる。新大統領に就任すると、すぐに首相任命の仕事が待っている。与党がない状態なので、誰を首相に任命するのかは難しい選択となるだろう。旧社会党の要人を任命すれば、不人気なオランド政権の継続と評価されるし、無名な政治家では政権運営ができない。中道に近いジュぺ派から選ぶ可能性が強いが、それが共和党の切り崩しにつながるとは限らない。

 これまでの国民議会の選挙では、小選挙区制のこともあり、保革の一騎打ちがほとんどの選挙区で展開された。共産党やエコロジストは、社会党と選挙協定を結び、一定の議席を確保してきた。今回は、大統領選挙の延長戦として、様々な候補が乱立して議席を争うことになりそうである。
 前回、前々回と大きく異なるところは、①中間選挙や世論調査の動向を見ると、全体的に有権者は社会党離れ、保守色が強くなっている、②ルペン氏のFNが一大勢力となり、一部の地域では、小選挙区制の下でも見逃せない存在になっている、③今回の大統領選挙で20%近くを獲得したメランション候補は多くの選挙区で社会党あるいは「歩む」の会に対抗して候補者を擁立する模様、④社会党左派や共産党もかなりの選挙区で候補者を擁立する、⑤「歩む」の会の候補者の大多数は、政治経験がなく、未知数の要素が多い。このように、今回の選挙は不確定な要素が多く、これからどう展開してゆくのか見通しがきかない。

 マクロン氏の「歩む」の会は、大統領戦の余勢で相当数の議席は獲得すると考えられる。しかし、決戦投票でマクロン氏に入れた票の4割は、反ルペンだったので、マクロン氏を熱狂的に支持する人はそれほど多いと思われない。保守の共和党は、中道寄りのジュぺ派とサルコジ派に分かれているが、支持基盤は根強い。結局、「歩む」の会と共和党が大勢力となり、社会党とFNが少数の議席を獲得するのではなかろうか? どちらにしても、不安定な連立政権の時代になりそうな気配がある。その昔、不安定な政権が続き、安定政権を樹立するために大統領制の第5共和国に移行したが、時代の逆転が始まるのだろうか?

◆◆ 終わりに:心配なフランス社会の分断

 今稿は、大統領選挙直後のことでもあり、細かな説明が多くなった。そこで、少し大局的なポイントで締めくくりたい。大統領選挙で明らかになったことは、まず有権者の半分近くが極右と極左という反体制派、あるいはポピュリスムに投票した事実である。これは、明らかに、30年以上続いた保革の政権と既成政党に対する政治不信の表れだろう。
 また、持てる者と失うものの少ない層との対立の構図も顕著である。ルペン氏が、産業が衰退している北部や東部地域そして農村部で票を獲得したのに対し、マクロン氏は、大都市に住む比較的所得の高い人から支持を得ていた。経済活動の中心のパリ地域では、実に9割の人がマクロン氏に投票した。その一方、若年失業者の多くがルペン氏に投票した。教育レベル、年齢階層、都市と農村で、明らかに違った投票パターンだった。一次選挙の結果をみると、体制支持者と反体制派が半分ずつという現状を、新大統領はどう打破するのだろうか?

 幸いなことには、新大統領は若くしかも明るい性格と言われる。最近は、悲観的になり易いフランス人が多いので、明るい大統領の出現は救いである。しかも、5年前と異なり、フランス経済は回復基調にあり、失業率も下がる見込みである。雇用情勢が大幅に改善されれば、マクロン大統領の思惑通り、EUの活性化とフランス経済の改革への道が見えてくる。  2017年5月14日、パリ郊外にて

 (在パリ・早稲田大学名誉教授)

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