新法王にカトリック教会の刷新を期待できるのか

宗教・民族から見た同時代世界              荒木 重雄

新法王にカトリック教会の刷新を期待できるのか

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 新ローマ法王フランシスコは、初の中南米出身に加え、枢機卿時代の、自ら食
事を作りバスや地下鉄でひょいと出かける庶民的な暮らしぶりや、気さくな物言
いが伝えられて、人気が高い。また、「改革を忘れれば教会は哀れな慈善団体に
過ぎない」とか、「すべての宗教者や無神論者とも力を合わせて貧者を救い平和
を築こう」などの、法王としての開明的な発言も好感で迎えられている。

 だが、新法王が取り組まなければならない問題は、バチカン銀行の不透明な構
造、聖職者による児童性的虐待とその隠蔽、法王庁内の権力闘争と、あまりに底
が深い。そのカトリックの宿年の課題を、前々代の法王にまで遡って片鱗を探っ
てみよう。

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 ◆ 世界的視野の活動の陰に
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 1978年に即位したヨハネ・パウロ2世は、「空飛ぶ聖座」とよばれるほど世界
各地を訪れ、他宗教とも交流しながら貧困問題や難民、人権問題などに向き合い、
平和の実現にも熱心で、核兵器の廃絶を訴え、米国のブッシュ大統領がイラク戦
争を神を引いて正当化したのにたいしては「神の名を用いて殺すな」と不快感を
示した。

 このように現代社会の諸課題へのカトリック教会としての対応を積極的に模索
し進めた法王として記憶に残るが、一方、強い反共思想から、故国ポーランドの
独立自主管理労組「連帯」に肩入れし、法王自身が直接関与したかどうかは不明
だが、バチカン銀行からの資金がCIAと結んだ枢機卿を通じて「連帯」へ流れ
た噂などもうまれた。バチカン銀行の闇の構造が現在まで温存された背景にはこ
のような経緯があるとの指摘もある。

 では、バチカン銀行(宗教事業協会)の不透明構造とはいかなるものだろうか。

 米国出身のポール・マルチンクス大司教が71年、バチカン銀行総裁に就任する
と、かねて不明朗な関係が噂されていたフリーメイソン崩れのイタリアの秘密結
社「ロッジP2」に巣食う極右主義者やマフィアとの結びつきを深くする。ロッ
ジ代表リーチオ・ジェッリ、同メンバーのロベルト・カルヴィ、ミケーレ・シン
ドーナなどの人物である。

 とりわけジェッリは、元ファシスト党員で極右政党イタリア社会運動(MSI)
幹部。ナチス戦犯容疑者の南米逃亡幇助に携わったことからアルゼンチンのペロ
ン大統領など南米諸国の軍事独裁政権と深い繋がりをもち、イタリア右派政財界
やCIAと組んでこれら軍事政権の資金・武器調達に役割をはたす一方、イタリ
ア国内では、共産主義者に罪をかぶせてその脅威を煽るため、ボローニャ駅を爆
破して多数の死傷者を出した事件(80年)や政府転覆謀議などに関与した。

 一方、イタリア・米国のマフィアと繋がりの深いカルヴィは75年、バチカン銀
行の資金調達と運用を一手に請け負うアンブロシアーノ銀行の頭取に就任する。
 先に名前を挙げた残る一人のシンドーナは、ミラノの私設銀行の頭取である。

 こうした人脈を軸に、アンブロシアーノ銀行とバチカン銀行が連係して、マフ
ィア絡みのマネーロンダリングや不正融資、政治工作に関わる不透明な出資など
が頻繁に行われたのである。

 ところが、アンブロシアーノ銀行は82年、巨額の使途不明金を抱えて破綻する。
逃亡したカルヴィ頭取は、ロンドンのテムズ川にかかる橋の下で首吊り死体で発
見された。当初、自殺とされたが、ジェッリの関与が疑われる他殺であった。
 さらに86年には、バチカン銀行を調査中のイタリア警察金融犯罪調査官の暗殺
に関与した罪で投獄されていたシンドーナが、刑務所内で青酸カリ入りのコーヒ
ーを飲んで死亡した。これも他殺が疑われている。

 こうした一連の経緯はヨハネ・パウロ2世の在位中のことであったが、精力的
な活動が謳われた法王はなぜかバチカン銀行の改革には消極的であった。
 これには、先の「連帯」支援など政治工作資金の調達の他、バチカン銀行の改
革を表明したその前の法王ヨハネ・パウロ1世が就任後僅か33日で逝去し、暗殺
を噂されたこととの関連を指摘する声もある。

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 ◆ 保守派法王を襲った醜聞
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 ヨハネ・パウロ2世を継いで2005年に即位したベネディクト16世は、避妊、中
絶、同性愛や多元主義・相対主義などには断固反対の超保守派で、そこを見込ま
れて前法王から教義の番人・教理省(古くは異端審問を担当した組織)の長官に
充てられた人物である。

 即位早々、イスラムの「ジハード」批判やHIV感染予防のコンドーム使用反
対発言などで物議をかもすが、この厳格な超保守主義者を悩ませたのが、ことも
あろうに、欧米各国で次々明らかにされた聖職者による児童性的虐待と、その隠
蔽に教理省長官あるいは法王として彼自身が関わった疑惑の暴露であった。
 凄まじくもおぞましい事実が語られたが、これらはマスコミでも伝えられたこ
となので省略する。

 バチカン銀行のマネーロンダリングや違法取引も相変わらず後を絶たず、09年
と10年に司法当局の捜査を受ける。さらには、法王宛ての告発文書がリークされ
た事件で法王庁内の権力闘争まで白日の下に曝された失態から、法王は、教会統
御の自信を失って、極めて異例な存命中の退位を自ら選ぶこととなったのであろ
う。

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 ◆ 新法王への期待と懸念
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 さて、これらの課題の解決を託された新法王フランシスコであるが、その選出
は、「官僚派」と「改革派」の妥協の産物であり、また、彼がバチカンに足場の
ないことがむしろ歓迎されてとの見方もある。

 さらに気になるのは、北イタリアからの移民2世の彼が聖職者としてのキャリ
アを積んだのは、あの「ロッジP2」グループが暗躍したアルゼンチンであり、
数万人に及ぶ死者・行方不明者をうんだ1970年代の軍事独裁政権との不透明な関
係が噂され、軍事政権に批判的であった二人の聖職者を彼が軍事政権に差し出し
たと告発されていることである。

 これらのネガティブイメージを跳ね除けてどこまで教会の刷新ができるのか、
カトリック信徒ならずとも、期待し注目するところである。

 (筆者は社会環境学会会長・元桜美林大学教授)
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