日本の労働映画に新しい光をあてるために

【記録から未来へ】

日本の労働映画に新しい光をあてるために
― 労働映画百選プロジェクトの紹介 ―

鈴木 不二一


●労働映画への世界的な関心の高まり

 近年になって、仕事と暮らしの過酷な現実や、働くものの連帯を描く映画が世界中で多く制作されるようになった。過去の作品も含む上映イベントも盛んである。2013年のメーデーには、9カ国19箇所の労働映画祭が世界同時開催のグローバル・レーバー・フィルム・フェスティバルを実施した。
 英語圏を中心に世界の労働映画をもっとも包括的にカバーしているレーバー・フィルム・データベース(http://laborfilms.com/)には、20世紀初頭から今日までの約2,000本の労働映画が収録されているが、そのうち600本強は2000年代以降の作品である。

 最近の話題作をいくつかひろうと、まず労働映画祭の中心地アメリカでは、ワーキングプアの世界をリアルに描いた『サンライト・ジュニア』(2013)が、マット・ディロン、ナオミ・ワッツの熱演で注目を浴びた。看板の文字描き職人の実像を追った『サイン・ペインター』(2013年)、1930年代の摩天楼建設に従事した労働者たちの謎に迫る『空中ランチ』(原題:Men at Lunch、2012年、アイルランド映画)など、労働史のひだに分け入る多彩な記録映画も登場した。非合法移民の期待と幻滅を描く『ある母の物語』(2011年、フィリピン映画)をはじめ、グローバル化の現実をテーマとする作品も増えている。
 昨年は、1984年炭鉱ストを背景に、同性愛差別反対運動の活動家たちと炭鉱労働者の連帯を描いたイギリス映画『パレードへようこそ』(原題:Pride、2014年)が話題をさらった。この映画は、丁寧に作られた大道具、小道具、撮影セットが、時代の雰囲気を忠実に再現しているのも見どころのひとつ。とりわけオーラの漂う存在感で俳優たちを圧倒しているのが、古色蒼然とした絵模様で飾られた炭鉱労組の組合旗である。色彩豊かな表象に彩られたイギリス炭鉱労組の組合旗は、ダーラム炭鉱祭りのパレードなどでもよく知られている。映画では、100年以上前から組合旗の中の連帯の表象として伝承されている握手ロゴマークが狂言回しのようにうまく使われていた。

 2000年代の日本の作品としては、『フラガール』(2006)、『トウキョウソナタ』(2008)ほか数作品がデータベースに収録されている。けれども、非正規労働の過酷な現実やブラック企業の不条理を描く最近の労働映画はまったく取り上げられていない。最新作として『ダンダリン 労働基準監督官』(2013)がアップされているのはご愛敬だろうが、総じて日本の労働映画はほとんど世界に知られていないといってよい。
 その原因のひとつは、大規模な労働映画祭のようなイベントがなく、日本からの発信が不十分なことだろう。また、労働映画に対する社会的認知が低く、海外のようにジャンルとして確立していないという事情もある。さらには、労働を描く映画といえば、告発モノや闘争モノのような「構えた」作品に限定してしまいがちな伝統も桎梏になっているのかもしれない。いうまでもなく、労働の世界はもっと広く、かつ深い。その広さと深さに日本の映画はどのように向き合ってきたのか、またこれから向き合おうとしているのか。映画の原点に立ち返って考えてみるべき時期が到来しているように思われる。それは、おそらく日本の働く文化をより豊かに耕していくことにもつながっていくだろう。

●映画の誕生と労働へのまなざし

 19世紀末に誕生した映画は機械工業文明の申し子である。撮影機、映写機、フィルムといったコア技術はいうまでもなく、実は映画製作のプロセスそのものもまた、機械工業文明のモノ創りそのものだ。芝居小屋、見世物小屋と地続きの由来を持ちながらも、映画がそれらとはまったく異なる新しいメディアに発展していった理由のひとつはおそらくここにある。

 映画を最初に発明したのは誰か、については諸説がある。けれども、スクリーンに映写された動画を鑑賞するという今日の形式の映画を発明したという点では、フランスのリュミエール兄弟による「シネマトグラフ」の発明と、1895年12月28日、パリのグラン・カフェ地階のサロンでの世界初の映画興行(有料一般上映)こそ、映画の誕生を告げるものといえるだろう。
 19世紀末から20世紀初頭にかけて先駆的なファンタジー映画、SF映画を数多く生み出したフランスの映画作家ジョルジュ・メリエスが「夢を紡ぐ人」だったのに対して、リュミエール兄弟は徹底した「記録の人」であった。当時のフランスの人々の日常生活の種々相を様々な角度から映像におさめた。
 シネマトグラフの最初の上映プログラムは10本の短編映画で構成されている。その冒頭に置かれていたのが『工場の出口』(撮影は1894年頃)という作品で、リヨンのリュミエール工場(写真用乾板等を製造)から出てくる労働者の群像を撮影したものである。最初の映画は労働映画だった。
 リュミエール兄弟は、この作品の他にも、造船所、道路舗装工事、精錬所などで働く労働者の群像や鍛冶職人など、19世紀末の働くフランス人の映像をいくつか残している。いずれも、社会史・労働史の貴重な資料だ。

 新しいもの好きの明治の日本人は、当時欧米で競って開発されていた映画技術を、さっそくほぼ同時期に導入した。
 染色技術を学ぶためにリヨン大学に留学した京都西陣出身の稲畑勝太郎は、リュミエール兄弟の兄オーギュストと同窓生だったことから、シネマトグラフ興業の成功を知るとさっそく機材を購入し、日本への導入をはかる。
 稲畑勝太郎による日本ではじめての「シネマトグラフ」興業は、1897年2月15日、大阪南地演舞場で開催された。活動写真時代の幕開けである。
 こうして、世界での映画の開始とほぼ同時に、日本でも映画製作がはじまった。そしてかなり初期のころから、労働映画といえるような作品も作られている。
 例えば、1907年公開の『足尾銅山大暴動』(吉沢商店のカメラマン小西亮撮影)は間違いなく、最初の労働映画にして労働争議映画である。また、同じ年に、『天下の電話交換手』、『月給日の快楽』、『紡績会社内部紊乱』などの作品も公開されている。

 映像記録の特徴のひとつは、製作者の意図を超えて、カメラの前にある現実をすべて記録する、ということである。だから、たとえどのような意図にせよ、労働に向けられたカメラの記録した映像は、過去のものであれば貴重な労働史の資料であり、現代の記録としても、労働をめぐる状況を考える上で、有益な示唆を提供する。
 そこで、働く文化ネットでは、日本映画百年の歴史の中で、映像作品が労働の世界にどのようなまなざしを向けてきたのか、また映像作品に投影された労働世界が現代のわれわれに投げかけているメッセージは何かを明らかにするために、2014年10月から「労働映画百選選考委員会」を組織して検討を開始した。委員会では、日本の労働映画のデータベースを整備し、その中から代表作百本を選んで、労働研究・映画研究・社会労働運動の実践という多角的な視野からの分析を行なうこととしている。ここでは、労働映画を次のふたつの基準を満たす映像作品を、従来の狭い枠にこだわることなく、できるだけ幅広くとらえることとしている。
 ・労働者の仕事と生活の実態を描くもの
 ・労働者の仕事と生活の維持・向上、意識改革をはかる運動や取り組みを描くもの

 現在までに委員会での検討を経て、19世紀末から現在までの日本労働映画としてリストアップされた作品は約1200本に及んでいる(2014年の作品について別記に例示する)。

●大衆文化の中の労働組合イメージ

 かつて日本映画の世界で、労働組合モノ、労働モノといえば、それは「プロレタリア芸術」系のメッセージ映画と相場がきまっていた。例えば、山本薩夫監督の「太陽のない街」(1954)や「ドレイ工場」(1968)といった作品である。その後、左翼メッセージ映画の消滅とともに、労働映画というジャンルも絶えてしまった感がある。

 これは、近年の労働映画ブームの中心地のひとつであるアメリカの状況と決定的に異なっている。例えば、アメリカでは労働組合の組織率後退が日本以上に進行してきたにもかかわらず、労働組合を描く映像作品がフェイド・アウトすることはなかった。「ノーマ・レイ」(1979)、「ナイン・トゥ・ファイブ」(1980)という女性映画の傑作は、同時に労働組合の姿を活き活きと描く作品でもあった。
 近年では、鉄鋼産業の黒人労働者を描く『鉄鋼の闘い』(1996)、ウォールマートの低賃金労働を告発する『ウォールマート:低価格の高い代償』(2005)のようなドキュメンタリーも作られている。コーネル大学出版からは、戦前から現在までの約350本の労働映画を解説したガイドブックまで出版されている(Tom Zaniello <2003>. Working Stiffs, Union Maids, Reds, and Riffraff: An Expanded Guide to Films about Labor, ILR Press Books)。この本の著者ザニエロ氏は、AFL-CIO が設立した高等教育機関 National Labor College で、労働映画についての講座を長年担当し、社会労働運動の「記憶の組織化」の一環としての映画研究・教育を探求してきた第一人者の一人なのである。

 なぜ、このような日米の違いが生まれるのだろうか。おそらく、そこには労使関係や労働組合の社会的性格の差異にとどまらず、労働文化、あるいは広く一般に大衆文化のあり方の違いなど、さまざまな要因が作用していることだろう。とはいえ、日本で労働文化は終焉に向かっているとか、労働組合は大衆の眼前から消え失せつつあるとか決めつけるのは早計だ。映画、演劇、テレビ・ドラマなどに、ごく何気なく登場する労働組合の姿に、これまでわれわれはほとんど関心をはらってこなかったのだ。
 気をつけて探してみると、娯楽作品の中に登場する労働組合が皆無なわけではない。古くはマドロス・アクションに登場する海員組合(1957、「鷲と鷹」、井上梅次監督)や、戦後初期の風景の中に、ワンショットで描かれる工場内の集会の様子(1964、「馬鹿が戦車でやってくる」、山田洋次監督)などなど、いくつかの例が思い浮かぶ。最近の映画では、第30回日本アカデミー賞最優秀作品賞を獲得した「フラガール」(2006、李相日監督)の中で、常磐炭坑の炭労の組合が登場していた。これらを連ねてみると、どのような労働組合のイメージができあがるだろうか。

 大上段に構えたメッセージ映画という内側からの発信ではなく、外の目から見た日本の労働組合の姿、とりわけ日常生活の風景に登場する労働組合のイメージが時代とともにどのように変遷し、現在どのような地点にたどり着いているのかは、実はあまりよく分かっていない。この分野の研究は、早稲田大学の篠田徹教授の先駆的研究(「戦後の労働映画」、1999、『生活経済政策』26号;「戦後日本のポップ・カルチャーと労働政治」、1999、同左31号など)によって、すでに先鞭がつけられているが、まだ緒についたばかりという感は否めない。未踏の領域が大きく広がっている魅力的な研究フロンティアといえるだろう。今後の研究の発展が大いに期待される。
 労働組合の「衰退か再生か」が厳しく問われている危機の時代にあって、悠長に趣味的なことをいうなと叱責されるかもしれない。けれども、労働組合の存在が普通の人々の目にどのように映っているかを多角的に明らかにすることは、労働組合の自己認識を深め、社会的浸透度、存在感を確かめることにもつながるだろう。そのことは、「未組織の8割に顔を向けた」運動の再構築という組織活性化の重点課題とも、あながち無縁ではなかろうと考える。

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※下記の特設サイトで労働映画アンケートを実施しています。どうかご協力ください。

◆働く文化ネット・労働映画特設サイト http://hatarakubunka.net/

【別記】「労働映画百選選考委員会」による「日本労働映画目録」(清水浩之作成)の具体例<2014年の作品>

『家路』(監督 久保田直 出演 松山ケンイチ、田中裕子)原発事故後、立入禁止区域となった故郷に戻って田畑を耕す青年を軸にバラバラだった家族が、再び絆を取り戻していく。
『WOOD JOB!(ウッジョブ) 神去なあなあ日常』(監督 矢口史靖 出演 染谷将太)都会育ちの若者が、林業の現場で悪戦苦闘しながら成長していく姿を描く。
『紙の月』(監督 吉田大八 出演 宮沢りえ、小林聡美)銀行で働く女性が、若い男との出会いをきっかけに巨額の横領事件を起こすまで。
『救いたい』(監督 神山征二郎 出演 鈴木京香、三浦友和)麻酔科医として患者を懸命に守る女性を通して、東日本大震災からの復興に向けてひたむきに生きる人々を描く。
『リトル・フォレスト 夏・秋/冬・春』(監督 森淳一 出演 橋本愛)東北の山間部で、自給自足の生活を送る女子高生の生活を描く。
『0.5ミリ』(監督 安藤桃子 出演 安藤サクラ、津川雅彦)介護ヘルパーの職を失った女性が、生活のために「押しかけヘルパー」となってワケありの老人たちの家に住み込む。
『三里塚に生きる』(監督 大津幸四郎、代島治彦)1960年代に始まった成田空港建設反対闘争を、かつての映像と、現在も闘争を続けている人々を交錯させて映し出す。
『鳥の道を越えて』(監督 今井友樹)岐阜県東濃地方で盛んだった、渡り鳥を捕獲する「カスミ網猟」の歴史を、文化社会学的な視点とともに明らかにしていく。
『日本一幸せな従業員をつくる! ホテルアソシア名古屋ターミナルの挑戦』(監督 岩崎靖子)倒産寸前の老舗ホテルに就任した総支配人が、従業員とともに経営再建を図る姿を追う。
『ホームレス理事長 退学球児再生計画』(監督 圡方宏史)高校を退学した少年たちに野球を続けさせたいと、NPO組織を立ち上げた男。資金繰りに悪戦苦闘する日々の姿を追う。
『夢は牛のお医者さん』(監督 時田美昭)1987年、クラスで牛を飼うことになった小学3年生の少女が、成長して獣医となるまでを記録したテレビ番組の映画版。
『TV 足尾から来た女』(演出 田中正 脚本 池端俊策 出演 尾野真千子、柄本明)明治末期の足尾鉱毒事件をモチーフとしたドラマ。鉱毒被害に遭った村の娘が、故郷を失いながらもたくましく生きていく。
『TV NHKスペシャル 調査報告 女性たちの貧困』(演出 宮崎亮希ほか)10~20代の女性の間で深刻化する貧困。親の世代の貧困が、子の世代へと引き継がれていく実態を報告する。
『TV BS1スペシャル Brakeless(ブレーキなき社会) JR福知山線脱線事故9年』(演出 三宅響子)107人が死亡した脱線事故は、効率を極めようとした日本社会が生んだのでは? 事故を誘発する社会の背景に迫る。
『TV ガイアの夜明け もう泣き寝入りはしない! 立ち上がった“働く若者たち” 』(演出 岡部統行、山田貴光)「最低賃金割れ」「賃金未払い」「長時間労働」などに対し、労働条件の改善を目指す若者たちの活動を紹介。
『TV ETV特集 ルポ 原発作業員2 事故から3年 それぞれの選択』(演出 池座雅之)福島第一原発「廃炉」の現場を支える原発作業員の実態を報告。日増しに厳しくなる待遇、多重下請けの構造を探る。

 (筆者はNPO法人・働く文化ネット理事 http://hatarakubunka.net/


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