【オルタの視点】

日本はアメリカのために火中の栗を拾うのか

朱 建栄


◆◆ 暴露された「日本が前線に立つ」日米作戦案

 9月16日付共同通信の配信記事によると、前陸上幕僚長岩田清文氏(昨年7月退職)が9月15日、ワシントンのシンポジウムで次のように披露したそうだ。
 「米国が南シナ海や東シナ海で中国と軍事衝突した場合に米軍が米領グアムまで一時移動し、沖縄から台湾、フィリピンを結ぶ軍事戦略上の海上ライン『第一列島線』の防衛を同盟国の日本などに委ねる案が検討されている」。

 これが事実なら、日本が単独で中国と軍事衝突する第一線に立ち、第二次大戦後以来の極めて重大な防衛戦略の転換を意味する。どういうわけか、日本国内ではこの記事は全国紙では『毎日新聞』の転載にとどまり、これに関する議論が広まっていない。
 むしろ、台湾紙はこの件を大きく取り上げている。民進党系『自由時報』は「米軍が中国と開戦する場合、『第一列島線』は日本に守備を委ねる」との見出し、国民党系『中国時報』は「日本メディアが米国の日本に第一列島線を防衛させるとの研究を暴露」の見出しで大きく伝えた。

 日本政府は、最大の貿易相手国であり、周辺地域では米軍と拮抗する軍事力を有する中国と、本当に国民の命を懸けて戦争するつもりなのだろうか。少なくとも、米軍側が日本と、そのような計画を着々と進めていることについて、日本国民は知らされ、納得・覚悟しているのだろうか。

◆◆ 「列島線」の概念は中国封じ込めのために提起された

 そもそも「第一列島線」「第二列島線」たるものは、日本では「中国が拡張するために考え出したもの」との解釈が定着している。
 ① 日本語版ウィキペディアの定義:
 第一列島線および第二列島線は、中華人民共和国の軍事戦略上の概念のことであり、戦力展開の目標ラインであり、対米防衛線である。もともとは1982年に、当時の最高指導者である鄧小平の意向を受けて、中国人民解放軍海軍司令員(司令官)・劉華清が打ち出した中国人民解放軍近代化計画のなかの概念だが、最近外交事情変化によって殊更に重視される様になった。

 しかし、この定義は間違っている。「第一列島線」たる概念と戦略は中国が考え出したものではない。米国が朝鮮戦争中に中国を封じ込めるために打ちだしたもので、言ってみれば、太平洋を米国の「内海」にし、他の強国に入り込まれないようにするための覇権主義的な発想によるものだった。
 中国人学者が執筆したウィキペディアの中国語説明によると、それは朝鮮戦争中の1951年、ダレス(後の米国務長官)が提起し、アジアの東海岸に位置するソ連、中国などの共産主義国家を封じ込めるためのもの、との意味で定義されている。
 その項目に以下の日本人研究者による形成過程の検証論文が引用されている。
 Hiroyuki Umetsu. Communist China’s entry into the Korean hostilities and a U.S. proposal for a collective security arrangement in the Pacific offshore island chain. Journal of Northeast Asian Studies. June 1996, 15 (2): 98–118.

 中国語のウィキペディアに、さらに次のような説明が加えられている。
 1、日本では防衛白書を含め、「中国海軍の脅威を強調するため、中国の海軍の動向に関する報道や分析で列島線の概念が強調されている」。
 2、第一列島線は実際に日本が釣魚島に対する支配を強化し、中国に対する軍事的封じ込めのラインになっている。
 3、それは「米日同盟の体制下で中国が太平洋に進出するのを封じ込めるための戦略的構想」だと中国社会科学院日本研究所副所長が分析している。

 中国の海軍が長年、第一列島線を突破して太平洋に行くのを悲願としているのは事実だ。広い太平洋に、中国が行ってはならない理由はどこにもない。しかし、これは中国軍が「第一列島線」以内を「内海」にし、海上覇権を敷くとの野望をずっと持っていると解釈するのは飛躍だ。

◆◆ 「劉華清が『列島線』戦略を制定した」は憶測

 中国軍は国力の立ち遅れと、旧ソ連の影響を受けることもあって、近海までしか守らない海軍力しか持たなかった。1990年代に入って、軍側は旧ソ連崩壊後のウクライナから建造途中だった「ワリヤーグ」空母を買って研究しようと模索したが、中国首脳部はその考えに消極的で、反対もしていた。
 以下の、「ワリヤーグ」号の購入の一部始終をスクープしたこの記事によると、当時の中国指導部は、「年間軍事費(当時)はわずか100億ドルなのに、どうして90億ドルもかかる空母を購入もしくは建造できるのか、まして1985年、100万人大軍縮の決定が出された直後だった」との認識を持っていた。
 ② 新浪博客150502 朱镕基震怒:買瓦良格號者“膽大妄為”,要“嚴肅查處,以鎮国法!”
  http://blog.sina.com.cn/s/blog_adc79dc50102xdvz.html
  http://www.aihuau.com/a/25101013/180221.html

 1990年代半ばごろ、朱鎔基総理は軍側が「ワリヤーグ」号を購入し、空母建造の考えを持っていることに激怒し、「大胆で常識外れの考えであり、法律に基づいて厳しく取り調べ、懲罰せよ」と指示したとのエピソードも残っている。(以下の記事もご参照)
 ③ 微信170819 此人因購買遼寧號遭重罰,看最大騙局騙來的中国航母!
  https://mp.weixin.qq.com/s/L-mt9YhmDcA6ZfceMwWMWA

 その後、一進一退を経て、国力の急速な台頭を背景に、空母建設が数年後許可されることになるが、中国は陸上国境すら十分に確保できない時代に、あらかじめ「第一列島線」以内を「内海」に、続いて海洋覇権を求める発想を持っていたことは、「陰謀論」的想像力でしか考えられないものだった。
 近年の空母建造戦略も、海洋戦略も、南シナ海戦略も、いずれも試行錯誤をしながら推進しているように見える。言いたいのは、中国の経済も軍事も「走りながら考える」スタイルで、中国は覇権国家だと決めつけて硬直な対応をするより、その動向をもっと観察・研究し、中国がもっと国際法、海の付き合い方を理解するように協力し、ともに海を保護・利用する共存の道を模索すべきだ、という点である。

 さて、そもそも中国語では「第一列島線」はどう呼ばれているのだろうか。多くの中国人友人(学者を含めて)に聞いてみたが、意外と大半はそれを知らないと答えた。中国のネット検索エンジン「百度」で調べてみて、「東亜花彩列島」と呼ぶことが分かった。以下の中国語サイトをご覧ください。
 ④ 東亜花彩列島
  http://baike.baidu.com/view/614903.htm

◆◆ 日米は「第一列島線」で中国と戦うことを早くから想定

 話が戻るが、世界一の覇権国家米国はその国力低下が否めず、中国の急速な台頭に焦りをあらわにしている。太平洋を内海にしてきた既得権益(日本も既得権益者)を手放そうとしたくないので、日本を盾にする軍事戦略を制定するに至った。安倍政権は米側の要望に応える形でここ数年、集団的自衛権を持ち、新安保法を制定し、戦後の束縛を解くに米側の要求をうまく利用したが、もっと大きな枠組みでは米国に容赦なく利用される羽目にもなった。日本国民が知らないまま、かつてない危険の局面に自らを追い込んだことに気づかないのだろうか。
 一連の関連記事を紹介する。
 ⑤ 今日頭條170206 第一島鏈現在是鐵打的還是紙糊的?美上將敢於說真話
  https://www.toutiao.com/i6383875371976098306/?tt_from=android_share&utm_campaign=client_share&app=news_article&utm_source=email&iid=7790396924&utm_medium=toutiao_android
 米国将軍は「第一列島線」で中国と戦うのにもはや勝算がないことを認めた、との内容。

 ⑥ Record China 170607 日本が第一列島線を封鎖?宮古島への自衛隊配備は「政治的な意味合いが強い」―中国軍事評論家
  http://www.recordchina.co.jp/b180409-s0-c10.html
 その分析を下記のように引用する。

 日本は第一列島線を封鎖しようとしているが、軍事専門家は宮古島への自衛隊配備は「政治的な意味合いが強い」と指摘した。
 中国の軍事専門家の宋暁軍氏は、日本が宮古島に監視部隊と射程200キロメートルの12式地対艦誘導弾を配備することは、宮古海峡を通過する中国海軍の艦艇にとって一定の脅威にはなると指摘。しかし、宮古島の地理的位置や戦場環境から言えば、12式地対艦誘導弾の配備には密度的に限界があり、防御力や破壊力にも限界があると主張した。
 その上で、戦争時には地対艦誘導弾がミサイルや航空兵等の攻撃対象となり、遠距離からの攻撃の正確さが増している今日においては、容易に破壊されるため生き残ることはできないと指摘。しかし、最新の「日米防衛協力のための指針」では、離島防衛と奪還の任務は主に日本が担うとなっているので、こうした処置をとるのは理解できるとした。
 そして、日本は米国というアジア・太平洋地域における軍事戦車に乗っかるため、「改憲」という大きな政治目標があるので、このような軍事上の動向は必要だったと分析。従って今回の宮古島への配備は、軍事的な意味よりも米国への忠誠を示すという政治的な意味合いの方が大きいと論じた。

 ⑦ 小西誠『オキナワ島嶼戦争――自衛隊の海峡封鎖作戦』(社会批評社、2016年12月出版)
 この本の中で著者である元自衛官小西誠氏は、自衛隊の南西諸島配備は「尖閣戦争」に備えると合理化しているが、実際は「米軍のエアシーバトル(軍事戦略)に合わせた対中抑止戦略の本格的発動態勢づくり」であり(104頁)、「米中経済の緊密化の中で、(中略)日本・自衛隊を中心にした『東中国海戦争』となりつつある」(173頁)と指摘している。

 ⑧ 矢部宏治『知ってはいけない──隠された日本支配の構造』(講談新書、2017年8月)
 この本のショッキングな内容について、「自由なラジオ」という民間のサイトによる著者インタビューが行われており、以下のリンクを是非読んでいただきたい。
  http://book-sp.kodansha.co.jp/topics/japan-taboo

◆◆ アメリカに利用されて戦争に行っていいのか

 米国は自分の覇権を維持するため、どんな手段も使う。第二次大戦直後、「日本の軍国主義の土壌をなくすため」としてあんなに日本へ徹底した取り締まりをしたのに、ソ連が新しい敵だと決めた瞬間、手のひらを変えるかのように戦犯を釈放し、日本を利用する方向に転換した。朝鮮戦争が始まるや、出兵せよと日本に迫った。実際に日本の掃海艇が半島北部の沿海に駆り出されていた。これから、北朝鮮問題への対応でも日本の自衛隊が最前線に送られる可能性があると指摘する記事がある。
 ⑨ まぐまぐニュース!170904 北朝鮮有事で、自衛隊が最前線に送られる「日米指揮権密約」の内容
  http://www.mag2.com/p/news/262714?l=kuf03b6478
 「日米指揮権密約」が米国公文書で明らかになっており、それによれば「有事には、自衛隊は米軍の指揮のもとで戦う」ことになっており、2015年の安保関連法の制定によって、「自衛隊の活動は国内だけ」の制限もなくなっていることから、前線に送られることも想定されます。

 日本社会でここ数年、「中国脅威論」が醸し出されるもっとも重要なきっかけの一つである2010年の「漁船衝突事件」の背景と経緯について、最近、それを検証したすばらしい記事が出ている。
 ⑩ メールマガジン「オルタ」170820 岡田充「偶発事件をこじらせた処理~全ては中国漁船衝突に始まる」
  http://www.alter-magazine.jp/index.php?go=hJdvuI

 中国は軍事力を使って釣魚島を奪いに来る。尖閣で譲歩したらその次は沖縄を狙ってくる。このような説がまかり通り、国民に「中国脅威論」と恐怖感を植え付けている。しかし常識的に考えても、釣魚島(尖閣)で棚上げという歴史的合意・約束を再確認すれば、これ以上「沖縄がやられる」という論理が成立しないし、そもそも中国はなぜ軍事力であのちっぽけな釣魚島を奪取しなければならないのか。
 自分は講演の中で、釣魚島紛争で進んで軍事力を使うのは中国にとって「下の策」だと話した。理由として、1、米国に「中国包囲網」を作る口実を自ら与えること、2、それによって受ける経済制裁に中国は堪えられないこと、3、台湾との平和統一は逆に阻害されること、の三つを挙げている。もちろん日本がこの紛争に軍事力を使おうとしても下の策であり、米国からも支持されないと思う。高野孟氏は最近、次のような検証記事を書いている。
 ⑪ まぐまぐニュース!170705 中国は尖閣を狙わない。安倍官邸が捏造した「島嶼防衛論」の大嘘
  http://www.mag2.com/p/news/255653?utm_medium=email&utm_source=mag_news_9999&utm_campaign=mag_news_0705

 北朝鮮をめぐる緊張が高まり、米国による中国封じ込め戦略がいよいよ実施に付される中、日本は果たして火中のクリを拾っていいのか。今こそ、考えるべきであろう。
 日本の旧軍部や政治家、官僚ないし企業は個々の問題で精密な計算、対策を練り、成功させる優れたノーハウを持っているが、「戦術で勝ち、戦略で負ける」前例を数えきれないほど作っている。今こそ、大局に立って日本のアジア戦略をもう一度考えるべきではないか。

 日本も中国もアジアの一員であり、両国間は経済、人的交流など各分野において強く結ばれている。両国指導者と両国民はもう一度、平和共存、協力以外に道がないことを確認すること、同時にアジアの両大国として東アジアの平和と安定を守るのに重大な責任があることの認識共有を改めて進めるべきではなかろうか。

 (東洋学園大学教授)

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