日本は法治国家といえるだろうか

■ 日本は法治国家といえるだろうか。       保坂 展人

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  2010年8月から10月にかけて、いまだかつて例のないほどに法務・検察には激
震が続いた。戦前、治安維持法を楯に強大な権限を握ってきた検察官は、戦後も
「公訴権」を幅広い裁量権の中で独占し(起訴便宜主義)、被疑者を生かすも殺
すも検察官の腹ひとつという状態が続いてきた。起訴された事件の有罪判決は
「99%」を超えて、検察官の言うなりに追認機関と化してきた裁判所にも大きな
責任がある。私は、数日に一度『保坂展人のどこどこ日記』で、刑事司法につい
て調査・分析・報告を続けている。この間の記事をふりかえりながら、何が問わ
れてきたのかを考えてみたいと思う。

◆【「刑場の公開」は記者クラブ限定の「半公開」に】
                     死刑制度 / 2010年08月27日

 さすがに「密行主義」と言われるだけの法務省である。今日の午前、東京拘置
所の刑場が「一部公開」された。何度問い合わせても回答のないフリーランスや
海外メディアには黙って、「縛り」のきく記者クラブだけを対象として、「抜き
打ち記者クラブ限定取材」をさせたのだ。スチールとムービーカメラは1台づつ
の代表取材だったようで、撮影は法務省の許可する範囲で行なわれた。

 外の見えない黒テープで窓を覆われたマイクロバスで刑場に案内された21人の
記者たちは、まず「教誨室」に通されたという。私たち、衆議院法務委員会は03
年、07年と2回にわたって東京拘置所の「刑場」を見ているが、一度も案内され
たことのない場所だ。そして、死刑囚が拘置所長から「死刑執行命令」を宣告さ
れる控室(前室と呼ぶらしい)から、刑壇(下に落下していく踏み板がある)の
部屋にも入り、ボタン3つの写真も撮影されている。少し前まで法務省は、ガラ
スで隔てられた立合席のみ許可するという姿勢だったようだが、ぎりぎりで取材
を認める範囲を広げたということだ。

 ただし、壁伝いのロープを通す輪と、天井の滑車は写真にあるが、肝心のロー
プ(絞縄と呼ぶ)はない。死刑執行には不可欠な道具だが、「通常の管理状態で
は備えられていない」という理由を述べたというが、その状態では「刑場」とは
呼べない「刑場準備室」だろう。何人かの人に写真を見せたが、「ピンとこない。
意外ときれいな部屋」「言われないと何の写真かさっぱり判らない」というも
のだった。ここにロープの輪が天井から降りていれば、誰にでもわかる。

 また、報道陣は立合席から地下室へ降りることも禁じられた。「死刑囚が生命
を絶つきわめて厳粛な場で、死刑囚やその家族、刑務官などに与える影響を考慮
した」ことが、法務省の立ち入り禁止理由のようだ。私は以前から「刑場の公開
」と呼べるかどうかは、この地下室に入ることが出来るかどうかによって決まる
と述べてきた。上層階がジュウタンがしきつめられた部屋であるのに対し、コン
クリート打ちっぱなしの地下室は「死の空間」だ。

 2回の視察で、地下室に入り、ここから上の踏み板が頑丈で堅牢な部品に支え
られて、何百回でも開閉し続けるたびに人が死んでいくのだという実感を持って、
背筋が凍った。立合室(上層)から見下ろすように移した写真が読売新聞(夕
刊)に掲載されている。その下部には「排水口」があって、間近で見ると生々し
い。「刑場の露と消える」という言葉がぴったりの黒い鉄格子が不気味だった。

 死刑執行の場となる刑場は、「法と正義」の名の下で「厳粛性」を保つように
設計されている。だが、死刑執行は生命断絶のプロセスで、どのように糊塗しよ
うとも「残虐性」を消すことは出来ない。ロープも地下室も、「死刑囚の死」と
いう生々しい現実を物語る。その「残虐性」を出来るだけ消して、「厳粛性」を
強調するというのが法務省の方針だった。記者たちは、刑場取材の間、拘置所職
員の説明に対して、記者の側から質問することも禁止されたという。

 口も開くな、勝手に撮影するなと制約だらけの「半公開」ではあったが、ツイ
ッターには「日本の死刑執行は絞首刑だったとは知らなかった」などの書き込み
もあり、情報開示へ一歩であることも事実だ。千葉大臣は、任期終了までに「国
民的議論」を喚起したいのなら、東京拘置所で死刑執行を待つ確定死刑囚の処遇
もぜひ見てほしいし、40年以上、冤罪を訴えて獄につながれている袴田巌さんに
も面会してほしい。これも、死刑制度をめぐる情報開示としては重要だ。 〔引
用終了〕

 結局、千葉法相は法務省に弁護士会や民間団体などを招いて一度話を聞いたの
みで、無実を訴えた死刑囚袴田巌氏に会うこともなく退任した。菅直人対小沢一
郎で、民主党代表選挙に突入してまもなく、最高裁の決定を受けて、鈴木宗男衆
議院議員の失職・収監が決まり、さらに郵便不正事件で大阪地方裁判所での「村
木さん無罪判決」が出て確定する。この点は、裁判所が大阪地検の提出した供述
調書をほとんど証拠採用していないなどの公判の行方から予想された。しかし、
9月21日の朝日新聞は、予想外の大きなスクープを放つ。

◆【特捜検事逮捕、検察の暴走はなぜ起きたか。】  
                        政治 / 2010年09月23日

 9月21日の朝日新聞は、村木元厚生労働省局長事件で「検察側が重要な証拠と
なるFDの更新日時データを改竄していた」の極めて重大なスクープを掲載して
いた。その日のうちに、最高検は異例のスピードで、大阪地検特捜部で事件を担
当した前田主任検事を逮捕し捜査に乗り出した。トカゲの尻尾切りで終わるのか、
強引で無理筋な捜査にブレーキをかけることのない検察組織の徹底検証がされ
るのか。それにしても、上級官庁である最高検が「検察組織の闇」に迫れるはず
もない。

 村木元局長の公判が始まると、証拠請求された「捜査報告書」に記されている
「2004年6月1日」という更新日時と、FDの更新日時が「6月8日」と違うことを
弁護側から指摘を受けていた。今年の1~2月、前田主任検事は東京地検特捜部に
応援に来ていたとのことだが、電話で「FDの更新日時を書き換えた可能性があ
る」ことを上層部に伝えていたという。

 無理が通れば、道理が引っ込む。かつて「最強の捜査機関」などと神格化され
た特捜部捜査は、「国策捜査」と呼ばれるほどに不偏不党どころか「自民党と一
心同体」で「政敵」を倒すという荒技を躊躇しなくなっていた。今年1月、「F
D改竄」を電話で告白した前田検事は、東京で「小沢一郎・陸山会事件」で小沢
氏の秘書だった大久保被告の取り調べにあたっていたという。

 「見込み捜査・出たとこ勝負」でも、派手な政界・官界捜査では許されるとい
う過信。その「見込み」「見立て」が事実と背反した時に、非を詫びて撤収する
ことの出来ないバックギアが装填されていない組織のあり方が、厳しく問われて
いる。今回の村木元局長無罪判決でも、「証拠改竄」が明るみにでなければ、前
田主任検事の「犯罪」は問われることなく、また出世していった可能性もある。

 2002年4月22日。三井環大阪高検公安部長は、鳥越俊太郎氏のテレビインタビ
ューを予定していた日に、「口封じ逮捕」された。三井氏によれば、長年にわた
って公私混同のはなはだしい無駄遣いの温床だった「調査活動費」の実態をテレ
ビカメラの前で暴露し、これを受けて当時の菅直人氏が国会で追及するという計
画だったという。三井氏は、微罪で別件逮捕され勾留され、テレビ放送も国会の
追及も沙汰止みとなった。

 今回の「前田検事逮捕」の新聞紙面で「過去の検察官不祥事」の一覧表には「
三井環大阪高検公安部長」の名前も出てくる。今回の大阪地検特捜部の「事件捏
造・証拠改竄」の根は、この「三井環内部告発と口封じ逮捕」にあると私は見て
いる。無理筋・手荒な事件捏造をしても組織防衛のためには、「調活費の内部告
発」はやらせない――その手本を検事総長以下が示したのが、この事件の本質だ
った。

 2002年4月といえば、「9・11事件」から半年が経過し、小泉内閣の政敵が「国
策捜査」によって狙われ、逮捕、あるいは議員辞職に追い詰められたりした「異
常な季節」である。この時から、官邸と法務・検察が呼吸と歩調をあわせてい
き、結果として政治権力の中枢に捜査のメスが向けられるようなことはなくなっ
ていった。「検察改革」を議論するなら、2002年の三井環事件を検証することが
必要だ。〔引用終了〕
 
  そして、10月に入ると大阪地検特捜部の前部長と副部長という2名の検事が逮
捕されるという事態が起きた。まさに「特捜神話の崩壊」のシンボルのような事
件の背景に何があるのか。「検察の暴走」をチェック出来なかったのはなぜなの
か。

◆【60年の眠りからさめよ、検察官適格審査会】  
                      ニュース / 2010年10月02日

 昨夜は、大坪弘道前大阪地検特捜部長と佐賀前副部長が最高検に逮捕されると
いう異例の事態となった。「証拠改竄」を知りながら、これを隠そうとしていた
「犯人隠避」の容疑での逮捕は、衝撃を与えた。くしくも、昨日(2010年10月1
日)に、三井環元大阪高検公安部長ら1058名が検察官適格審査会にあてた「審査
申立書」を提出した。

 私は、昨日まで『週刊朝日』に原稿執筆するために、検察官適格審査会につい
ての資料を集めて、取材を進めてきた。そして「検察官適格審査会がなぜ機能し
ないのか」「機能させるには、どのツボを刺激すればいいのか」が、おぼろげな
がら見えてきたのである。

 検察官適格審査会は、60年間熟睡してきたと言っていいだろう。
  「不適格検察官の罷免」という強い権限を持ちながら、そのナタを降り下ろし
たのはただの1回。しかも、1年以上所在不明となった副検事を罷免するのに使わ
れただけだった。強引な捜査や、デッチあげ、証拠改竄・隠蔽など、強大な権限
を下に「白を黒と言いくるめることが出来る」検察官の暴走は、野放しになって
きた。

 ところが、60年の間、審査会は1度だけ眠りからさめた時期があった。1970年
代半ば、審査会が活発に開かれた時期があった。この頃、国民からの申出があっ
ても、3~4年たなざらしにして累積している状態だった。集中した審査会では、
国民からの申出があった件について何度も事務局に再調査を求めている。

 「臨月の女性を取り調べ、腹痛を訴えるのを無視した副検事」「公害問題は反
体制運動に利用されていると記者会見で発言した名古屋高検検事長」「宅地を不
正入手した検察官」などが頻繁に開かれた審査会で問題となり、継続して「審査
に入るか否か」を議論していた。だが、記者会見をした検事長と宅地不正入手の
疑いがあった検事は、審査会の結論が出る前に辞任している。審査会に罷免され
ると6年間は弁護士にもなれないから、直前に依願退職の形をとったと言われて
いる。

 この時代も、「随時審査」を開始したのではなくて、その手前の予備調査を審
査会が事務局に指示して議論したというものだ。これは、審査そのものと呼んで
いいが、法務省では「国民の申出」を随時審査させないために事務局を握ってい
ると言っていい。

 国民に公表されていない「検察官適格審査会運営細則」を法務省から入手して
読んでみると、制度的な不備があることが判った。審査会の審査は、全検察官を
対象とした定時審査と、国民からの申出を審査する随時審査に分けられる。

 定時審査にあたっては、「不適格の疑いのある検察官」に対して、関係者から
の事情聴取、関係機関からの資料提出を求めることが出来るとある。さらに、調
査の必要がある時には弁護士その他の専門家に調査専門員を依頼することが出来
て、また審査会を代表して1人以上の委員が調査を進めることも出来る。   

また、調査対象の検察官から弁明や反論の機会を設けることも出来るなどの手
続きが書かれている。国民からの申出があった随時審査の場合でも、この細則は
準用されると書いてある。つまり、検察官適格審査会は、国民からの申出を受け
て外部の第三者である弁護士や専門家を入れて「調査チーム」を編成して独自調
査にあたることが可能だったのである。

 しかし、細則を読んでいくと、これは「随時審査」が決定した時だということ
が判る。まず、国民からの申出のケースは、法務省大臣官房人事課長が「審査会
が審査するか否かを判断する材料をそろえて、調査内容を添えて審査会に提出す
べしとなっている。審査会委員は、法務省の事務局の調査を踏まえて「審査開始
か否か」を決定する仕組みになっている。 

 そして、すべての案件で「随時審査をしない」という結論を60年間出してきた
のだから、この細則が描いている「委員1人以上の審査会の調査」「外部の弁護
士・専門家を調査専門員に委嘱しての調査」は一度も行なわれていない。ただし
、検察官適格審査会が有効に稼働するためには、「随時審査するか否か」の予備
調査の段階から、この外部の第三者も含めた調査チームを編成して独自調査をす
ることが必要ではないか。本来なら「随時審査」を始めてしまえばいいのだが、
「随時審査」のハードルが高いなら、実質的には国民の代表による検察官監督の
職責を果たすべきだと思う。

 この審査会が案件によって動き出すことに対しては、「刑事司法への政治介
入」などという批判はおよそあたらない。なぜなら、これこそ60年間放棄されて
きた審査会の本来の職責であり、役割であるからだ。〔引用終了〕

 そして、この検察官部逮捕の衝撃もさめやらぬ10月4日に東京大5検察審査会が
2度目の「小沢一郎氏の起訴相当議決」をしたという衝撃的なニュースが伝えら
れた。しかし、冷静に考えれば、一連の事態は連鎖しているのであって、ここを
冷静に受け止める必要がある。

◆【検察審査会の小沢一郎氏「強制起訴」について】  
                       ニュース / 2010年10月05日

 昨日の午後、岩波書店で今度フォーラムをやる岡本厚さん(『世界』編集長)
と話している時、東京第5検察審査会が「起訴相当」の議決をしたというニュー
スが流れた。小沢氏の「強制起訴」が決まったのだ。その直後、この「起訴相当
」の議決があったのは、9月14日民主党代表選挙の当日だということが判明し、
従って9月21日以降の「大阪地検特捜部・証拠改竄事件」で激震が続いている検
察不祥事の情報は加味されていないことがわかった。

 不思議な話だ。昨日の昼まで「検察組織の危機」「証拠改竄・調書捏造」が大
々的に議論されていて、「陸山会事件」の取り調べをした前田検事は、小沢前幹
事長の「陸山会事件」で大久保元秘書の取り調べにあたり供述調書を作成してい
る。郵便不正事件同様に「検察のストーリー」を描こうとしていた捜査中につく
られた「供述調書の信用性」が根底から揺らいでいる時に、「供述調書」をもと
にして「怪しいから起訴すべきだ」という結論が出る。本来なら、正当で歪曲の
ない証拠に従って、検察審査会でも、ただちに再検証されてしかるべきだろう。

 9月14日に検察審査会が二度目の「起訴相当」の議決をした。その後、9月21日
の朝日新聞が前田検事の「証拠改竄」事件がスクープされ同日逮捕。さらに10月
1日には大阪地検前特捜部長・副部長が逮捕されている。「特捜部捜査の信頼瓦
解」がこの2週間、嵐となって吹き荒れたのだ。そんなことは、まるでなかった
ことであるかのように、「怪しいものは裁判でシロ・クロつけるのが市民感覚」
などという無責任なコメントをテレビは垂れ流している。

 刑事裁判は「有罪を立証しえたかどうか」で、有罪・無罪が決定するのであっ
て、たとえグレーであっても「証明できない」と判断されれば無罪である。  
  しかも、郷原信郎さんが指摘している点が気になる。不起訴処分の対象となっ
ていない「虚偽記入」が起訴相当の犯罪事実に挙げられていたという。

〔引用開始〕
  昨日の段階では、議決書の冒頭の被疑事実(不動産取得時期、代金支払時期の
期ズレだけ)が、当然、そのまま起訴すべき犯罪事実になっていると思っていた
が、よく見ると、添付されている別紙犯罪事実には、検察の不起訴処分の対象に
なっていない収入面の虚偽記入の事実が含まれている。検察の公訴権独占の例外
として検察審査会議決による起訴強制が認められている趣旨に照らして、不起訴
処分の対象事実を逸脱した被疑事実で起訴相当議決を行うことは許されない。今
回の起訴相当議決は無効であり、強制起訴手続をとることはできない。(郷原信
郎さんツイッター)〔引用終了〕

 村木厚子さんは大阪地検に虚偽のストーリーの下で起訴された。その後、あま
りに稚拙な検察側の立証に対して裁判所が厳しい判断を下して「無罪判決」を出
した。この裁判でも、村木有罪を固めようとした前田検事の「証拠改竄」が問わ
れ、検察存亡の危機を迎えている。両者をつないで冷静に判断すべきだと思う。

 「有罪の可能性があるのに検察だけの判断で起訴しないのは不当。国民は裁判
所によって、本当に無罪なのか、それとも有罪なのかを判断してもらう権利があ
る」「嫌疑不十分として検察が起訴を躊躇した場合に、いわば国民の責任におい
て公正な刑事裁判の法廷で黒白をつけようとする制度だ」と検察審査会・議決用
紙の末尾には記されていた。

 「有罪かもしれないから起訴すべき」「黒白つける」という記述には、私は違
和感を覚える。「明らかに有罪と証明出来るから起訴する」「有罪は黒の証明さ
れた時に、シロは証明が不十分だった時に」というのが刑事裁判の原則ではない
のだろうか。〔引用終了〕
  こうして、ふりかえるだけで実に多くの事件が語りかけている。現在は、まさ
に戦後60年、手がついてこなかった「検察の民主化」の入口にいる。
  ひきつづき、足かけ15年衆議院法務委員会にいた体験をもとに発信を続けたい。

               (筆者は社民党前衆議院議員)

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