日本核武装を煽るピエロの「タモちやん」

■ 日本核武装を煽るピエロの「タモちやん」       深津 真澄

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  タモちゃんとは、去年11月「日本が侵略国家だったというのは濡れ衣」という
軍国日本美化の歴史観を発表して、自衛隊航空幕僚長のポストを解任された田母
神俊雄氏のことである。実は田母神氏は解任以後、全国各地での講演にひっぱり
凧で、自伝風の『自衛隊風雲録』や『真・国防論』などの出版でも大もてで、い
まや関係者の間では「タモちゃん現象」と呼ばれるブーム状態だそうだ。
 
タモちゃんなる愛称は、退役空将といういかめしい肩書とはうらはらの、ソフ
トで笑いをとるのが巧みな語り口のせいだろう。講演会では162センチと小柄な
自分を指さし「私に足りないのは『慎重』じゃなく『身長』です」と笑わせたり
する。自著の中では「あの大騒動のお蔭で、今まで以上に外に向かって発言でき
るようになった。女房などは『前よりも収入が増えたんじゃないの』とノー天気
なことを言ってる」といった調子だ。
 
『自衛隊風雲録』を読んでなるほどと思った。防衛大学校二年生のころから、
渋谷の「東急文化寄席」に一、二カ月に一度行くのが何よりの楽しみで「漫才と
か落語とか、特に牧伸二の『あーあ、やんなっちゃった』というギャグが大好き
で、一生懸命覚えようとした」という。笑いをとるのは寄席仕込みだったのだ。
政治家や防衛庁内局、マスコミを敵役に仕立て、笑いと断言調でこきおろす田母
神節が受けるのは、テレビでもてはやされる人気者の手口と似通っている。


◇◇いち早く「北朝鮮には核で対抗せよ」◇◇


  精神論にこり固まり合理主義を欠いた旧日本軍指導者にくらべ、ユーモア感覚
があるのは悪いことではない。しかし「バブル崩壊後国民の国家に対する信頼が
揺らぎ始めた。一方では東京裁判史観すなわち日本悪玉論を信奉するグループな
どは、これを機会に日本弱体化の動きを加速させつつあるような気がする。例え
ば、男女共同参画社会、夫婦別姓、情報公開、公務員倫理法等は日本弱体化のた
めに利用されているのではないか」といった思い込みを抱えたユーモアは、道化
師の不気味な笑顔を思い起こさせる。
 
道化師の役回りは、サーカスや演劇の幕間で観客を退屈させないようおかしな
演技やせりふを口にして笑いをとることにあるが、あくまでも本筋の舞台の添え
物、ないし引き立て役であろう。しかし田母神氏はその役割を超えて、先陣役に
なりたがる傾向がある。つまり「タモちゃん」現象は、主張が同じ右派勢力の攻
勢と連動して危険性を増す可能性を孕んでいるのだ。4月に北朝鮮が人工衛星と
称して長距離ミサイルを打ち上げると、田母神氏はいちはやく超右寄り雑誌で「
北朝鮮には核で対抗せよ」と論じている。
 
最近の右派勢力の動向をみると、向かい風と追い風が入り交じって「一進一退
」といった状況だろう。アゲンストの第一は、40年間にわたり彼らの最大の拠点
だった月刊誌『諸君!』(文藝春秋)が今年5月発売の6月号で休刊したことだ
。発行部数が大きく落ち込んだわけではないというが、文藝春秋の幹部は「厳し
い経済環境の下、会社の体力が落ちる前にいわば先手を打った」と説明する。同
誌と並ぶ右派オピニオン誌『正論』を発行してきた産経新聞社も、広告の落ち込
みで経営がきわめて苦しく、40代の社員を対象に約100人の希望退職を募るとい
う。
  退潮の第二は、彼らの運動体だった「新しい歴史教科書をつくる会」が内紛を
繰り返したあげく分裂したことだ。『諸君!』最終号の「諸君!これだけは言っ
ておく」という座談会で、西尾幹二氏(元電気通信大学教授)は憲法改正も新し
い歴史教科書採択もうまく進まず、「結局、大勢我に利あらずして、現実を動か
し得なかった」「保守言論の無力というものを露呈した」と告白している。西尾
氏と袂を分かった八木秀次高崎経済大学教授も「保守の役割は・・・マイナーな
『反進歩主義』だった」と神妙である。
 
彼らにとってもっとも痛いのは、A級戦犯を合祀した靖国神社を不快に思った
昭和天皇が、75年を最後に参拝を取りやめた事実が日本経済新聞のスクープで広
く世間に知れ渡ったことである。この問題については深入りは避けるが、靖国神
社の英霊を拠り所として近代日本の無謀な歩みを美化し、軍国日本の記憶を抹殺
して憲法改正に持ち込もうとする彼らの運動は、「タモちゃん」現象はあるもの
の、実はほとんど破産状態に近いといった方がよいかもしれない。


◇◇右派勢力を元気づける北朝鮮の脅威◇◇


  しかし、日本をめぐる内外の情勢は再び彼らを勢いづかせる可能性大である。
最大の要因は北朝鮮の核実験やミサイル発射で、5月の核実験直後、タカ派的活
動を再開していた安倍晋三元首相は講演で「敵基地攻撃能力を持つかどうかとい
う議論があるが、私は当然持つべきだと思う」と発言した。また、民主党の「次
の内閣」防衛相の浅尾慶一郎参院議員は朝日紙上で「確実なのは先に叩くという
こと。巡航ミサイルのトマホークを持つのも一つの選択肢として考える」と述べ
た。
  自民党国防部会の防衛政策検討小委員会は6月3日、憲法改正の実現、集団的
自衛権行使に関する解釈の見直しと並んで「我が国自身による策源地(敵根拠地
)攻撃能力の保有」を、年内に政府が策定する新しい防衛計画に盛り込むよう提
言した。防衛省や外務省はまともに取り合う様子はないが、キッシンジャー元米
国務長官をはじめ国際的に「日本や韓国の核武装を引き起こしかねない」という
懸念は強まっている。核武装論や自民党タカ派の動きは国際的疑念をかきたてそ
うだ。
  田母神氏の核武装論は、「現在の国際社会の中で核戦争は絶対に起きない」と
言いつつ核兵器を持てば(1)他国から軍事攻撃を受けることがない(2)核保有国の意
思に従属させられずにすむ、として「日本も核兵器を持つことを本気で追求すべ
きだ」という。いわば核兵器の抑止力を絶対の前提として、外交上の駆け引きの
道具とするようだが、原爆投下に対する責任を認め「核兵器のない世界」をめざ
すと述べたオバマ米大統領の声明を歓迎した世界の潮流に逆行することは明らか
だ。


◇◇総選挙がカギにぎる憲法問題の行方◇◇


  もう一つの問題は、遅くとも9月には実施される次の総選挙以後の国会で、憲
法改正問題がどのような展開をみせるかである。自民党と公明党は6月11日の衆
院本会議で、すでに設置が決まっている「憲法審査会」の委員を50人とする同審
査会規程を野党の反対を押し切って可決した。これは来年5月に国民投票法と国
会が発議する改正案の審査凍結が解除されることをにらみ、与党が多数の衆院だ
け審査会規程を制定したもので、委員の選任は、野党側が多数の参院での規程制
定まで再度凍結すると及び腰の「攻勢」だ。
 
つまり、安倍内閣当時に国民投票法は制定したものの、07年の参院選の歴史的
大敗で身動きつかなくなった自民党が、改憲発議の格好をつける一歩を踏み出し
てみせた、というものだ。発議には「衆参両院の三分の二」の賛成が必要だから
、自民党としては民主党を引き込むことが絶対条件である。民主党内は改憲に賛
否両論があって確たる方針を示していないが、自公両党が規程可決に動いたのは
民主党の鳩山由紀夫代表が、就任直後に「議論は初めて結構だ」と述べたためだ

  民主党は次の総選挙で政権獲得に成功した場合は、新政権の足場固めに忙しく
改憲論議はおそらく棚上げにするだろう。しかし、北朝鮮に対する国連安保理事
会の制裁決議による船舶の積み荷検査などの実施をめぐって、憲法論議が持ち上
がることも予想される。また、総選挙で自民党政権の延命を許した場合は、その
責任問題ともからんで民主党内の改憲論が勢い付くこともあり得る。次の総選挙
は麻生内閣の命運ばかりでなく、憲法問題の行方も大きく左右するに違いない。

      (元朝日新聞政治部・元朝日ジャーナル副編集長)
    

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