映画「発掘.....」ということ

【コラム】大原雄の『流儀』

映評「発掘……」ということ~私の試写室から~

大原 雄


<トランプと鸚鵡>

 1・20、アメリカの第45代大統領にトランプが就任してしまった。ヘイトな感情をむき出しにして吠える人物が、アメリカの核兵器のボタンを握ってしまった。人種的な憎悪(ヘイト)の言葉も吐き出せば、核弾道も吐き出す権力を持たせてしまった。ロシアのプーチン大統領との仲を「アセット(財産)」と誇示する。マスメディアの報道では、ロシア側に弱みを握られているらしい。権力監視のニュースを報じるアメリカのマスメディアの記者を指差し、記者会見という公的な場で「偽ニュース」だと決めつけた。まさに、最高の公職にある立場の人間が、国民の知る権利に基づいて質問しようとする記者に対するヘイトスピーチをしたのだ。国民へのヘイトスピーチにほかならない。

 アメリカのトランプの憎悪作戦が、ヨーロッパの極右政党にも波及しかねない状況になっている。今年4月には、フランスの大統領選挙がある。人種差別的な発言を繰り返しているフランスの極右政党「国民戦線」の党首マリーヌ・ルペンという女性が大統領選の有力候補として注目されている。

 トランプがアメリカ大統領に就任した翌日、ヨーロッパでは極右勢力のリーダーたちが、ドイツ西部の田園風景の広がる町・コブレンツに集まった。欧州会議の会派「国家と自由の欧州」の主催だ。フランスのほか、3月に総選挙のあるオランダの「自由党」、9月に総選挙のあるドイツの「ドイツのための選択肢」、そしてイタリアの「北部同盟」などの党首や書記長。各国の極右政党は、ヨーロッパ各国で今年行われる重要な選挙を視野に入れ、極右勢力の「連合」設立を目論んでいる、という。
 細かな主張には違いがあるが、「自国第一」(我が国を再び偉大にする)、「反エリート主義(既得権層批判?)」「難民受け入れ反対」など、トランプの就任演説のモノマネだ。

 歌舞伎では、「鸚鵡(おうむ)」という演出がある。芝居の前の場面などの主役らの科白のやり取りをなぞりながら、脇役が真似をする演出で、「鸚鵡」(パロディ)と言われる。ドイツの人口11万の町で行われた会合では、このパロディが演じられた。アメリカの主役の科白をヨーロッパの脇役が真似る。ドイツの公共放送の取材陣が主催者側から取材を拒否された。「嘘を書くのをやめろ。フェアな記事を書け」。批判的な報道は拒絶する。これもトランプの「鸚鵡」と同じだ。記者は事実を「発掘」し、真実に迫るため報道し続けるだけだ。
 3月のオランダの総選挙がヨーロッパの今年の政治地図を占う材料になりそうだ。オルタのリヒテルズ直子さんの「オランダ通信」での報告・分析が待たれる。

1)「発掘する」という行為

 11・30 晴れ。新橋の高速道路の高架下にあるTCC試写室で、ドキュメンタリー映画『抗い 記録作家 林えいだい』を観る。映画のタイトル「抗い」は、「あらがい」というルビが振ってある。だから、「抵抗する」という意味なのだろう。「あらがい」と読む字は、「争い」という字もある。記録作家・林えいだいは、争わない。抗うのだ。

 林えいだいは、映画『抗い 記録作家 林えいだい』のチラシに書かれた経歴を見ると、1933年福岡県香春町生まれ。早稲田大学中退、炭鉱夫、香春町役場、北九州市教育委員会などの職員を経て、記録作家となった、という。父親は神主で、戦時中、出征する兵士を前に「無駄死にせず、故郷の妻子の元に帰ってこい」と挨拶するような人だった、という。炭鉱から脱走して来た朝鮮人を匿い、脱走を助ける活動をし、特高警察に検挙され、拷問を受けて、帰宅後、亡くなった。「殺された」のだ。9歳の時、父親の非業の死を見せつけられ、戦時下、国家権力に「抗う」ことがいかに悲惨な結果を招くか、ということを思い知った、という。

 「ルポルタージュは、主題の選択から始まる。1つのテーマを追い始めると、次から次へと新しい疑問が生まれる。僕は現場に身を置いて考える悪い癖がある」(林えいだい)。

 映画は、福岡県筑豊の産炭地の跡にある「アリラン峠」と俗称される山間部の細い峠を映し出す。この峠は、日本に徴用された朝鮮人たちが飯場から炭鉱に向かう時に歩いた道だという。もちろん、地図には名は載ってはいない。

 林えいだいは、筑豊を拠点に朝鮮人の強制労働、港湾労働、公害問題、戦争の実相、戦争に巻き込まれることの悲惨さなど、歴史に翻弄される民衆の姿を虫の目になって、地面を這い蹲るようにして、当事者たちへの徹底した聞き取りの手法で記録してきた作家である。父親の非業の死、という少年時の体験が、林えいだいの取材活動の原点になっているのだろう。

 映画では、80歳を超えた林えいだいの現在の生活ぶりも映し出す。私設図書館「アリラン文庫」を主宰し、犬の「武蔵」と独居生活をしている。重い癌に侵され抗がん剤の副作用で握力が弱まり、ペンを持てないほどなのだが、ペンを持たせた指にセロファンテープを巻きつけて、文章を書いている。国家権力に捨てられ、歴史の隙間に埋もれ、そのまま忘れ去られようとしている民衆の姿を「発掘」し、記録してゆくことが自分の使命だ、と林えいだいは言う。映画では、病院での入院生活も描き出される。死に向かう老人の残された時間と一人でも多くの民衆を記録するという意思との命をかけた戦いが、そこにはある。

 最近は、旧日本軍特攻隊の問題に取り組んでいる。『実録証言 大刀洗さくら弾機事件 朝鮮人特攻隊員処刑の闇』(新評論刊)。戦前の日本が若い兵士たちに死を強制した特攻隊作戦の中で、事件は起こった。敗戦まで3ヶ月弱の、1945年5月23日早朝。福岡県の大刀洗(たちあらい)陸軍飛行場で、2日後に出撃を控えた特攻機(「さくら弾機」、という)が炎上した。その後、通名が山本辰雄という朝鮮人の青年が逮捕される。敗戦間際に処刑されてしまう。なぜ、処刑を急いだのか。事件の背後に何があったのか。人命軽視と民族差別、冤罪事件という疑いを強めた林えいだいは畢生の力を振り絞って取材(「発掘」するという行為)を続けている。

 林は、映画の中で語る。『実録証言 大刀洗さくら弾機事件 朝鮮人特攻隊員処刑の闇』を私の遺作には、したくない。もう一冊本を書きたい。重いガンにも立ち向かい、右傾化を強める日本にも向き合い、記録作家は、70年間守り続けてきた反戦と平和の日本を次の世代に引き継いでもらうために、抗い続ける。

 「時間とお金の無駄使いだと友人に笑われるが、これが僕の方式であり生き方だ。名もなき民衆の声なき声を、しかと歴史にとどめていくことが、僕自身が生きている証しなのかもしれない」(林えいだい)。

 ドキュメンタリー映画『抗い 記録作家 林えいだい』(100分。2016年、西嶋真司監督作品。西嶋真司はRKB毎日放送でドキュメンタリー番組の制作を担当してきた)は、2月11日、東京・渋谷の「シアター イメージフォーラム」で一般公開された。

2)「発掘された」映画

 12・5(月) 晴れ。夜半過ぎからの雨上がる。午後3時半、渋谷の映画館「ユーロスペース」と同じビルの地下一階にある映画美学校試写室で、映画『ゴンドラ』を観る。伊藤智生監督作品。1986年製作で、1988年にいったん劇場公開されている。これは改めて「発掘」された映画だ。完成より30年を経て、リバイバル上映されたからだ。1985年夏、20代の若者たちによって、映画『ゴンドラ』は、クランクインとなった。1986年春、配給や劇場公開も決まらないまま、映画は完成した。しかし、完成後も映画館のスクリーンにこの映画が映し出されることはなかった。

 1987年、トロント国際映画祭正式招待、ウイーン・シネアジア映画祭正式招待、ハワイ国際映画祭正式招待、香港ジャパン・インディペンデント・フィルムフェスティバル正式招待、1988年、インド国際映画祭正式出品、ニュージーランド現代日本映画祭参加などで評価を受けた映画『ゴンドラ』は、1988年春、テアトル新宿で念願の劇場公開となった。しかし、その後は、公開が続かなかった。

 完成から30年、公開から28年、35ミリフィルムの映画は、デジタル・リマスター版として、このほど蘇った。30年前の出演者たちは、例えば、主役の少女は、当時、中学生だった。共演は20代の演劇青年だった。二人は、現在は会社員になっている、という。少女の母親役は、木内みどり。父親役は、デュエット・コンビ「ヒデとロザンナ」で「愛の軌跡」などの大ヒットを飛ばした歌手の出門英。1990年、47歳で逝去している。脇を固めたのが、いずれも劇団「民芸」出身の佐々木すみ江、佐藤英夫(2006年、81歳で逝去)。デジタル・リマスター版の映像は、美しく、鮮明で、古さを感じさせない。30年の風雪に耐えたのは、映画フィルムの方だった。

 東京の高層ビルの上階。ビルの屋上から吊るされたゴンドラに乗って、青年・良が窓の外側を拭いている。窓の内側は、オフィース。青年には縁のない世界。青年・良は青森から上京してきて、危険な現場で働いている。眼下は渋滞気味の道路。地上から車の騒音が聞こえてくる。窓拭き作業を続けていると騒音はいつか大海原の波の音に聞こえてくる。下を見ると、都会と思っていた光景が、青い海原に見えてくる。蜃気楼のような、幻の海。このシーンは、この映画のテーマを象徴しているように見受けられるが、今は、画面を見続けよう。

 夏の小学校のプール。主役の少女・かがりが登場。めまいで体調不調。初潮。保健室へ。いつも持ち歩いている音叉の音を聞くと、気持ちが落ち着く。少女は離婚した母親と暮らしている。別居している父親は、音楽家。初潮を迎えたことを母親にも言いにくい。夜、一人でいると、また、めまいに襲われる。

 いつも不機嫌な表情をしている少女・かがりは学校でも孤立している。自閉的な態度なので、クラスの連中からも無視(シカト)されている。無視という虐め。夜の仕事をしている母親は不在がち。自宅では、二羽の文鳥が遊び相手だが、鳥かごの中で争う文鳥たち。一羽が傷つく。チーコだ。立ち尽くす少女の住むマンションの窓の外に、青年・良が清掃用のブランコに乗って降りてくる。青年と少女の初めての出会い。少女は青年に助けられながら、チーコを動物病院に連れて行く。世話になっても、少女は青年に心を開こうとはしない。

 チーコを病院に預けて帰る途中で、少女と別れた青年は古ぼけた木造アパートの自室へ帰って行く。下北半島の母親から小包が届いていた。青年は下北半島の出身だ。

 翌朝、少女が病院へ行くと、文鳥はすでに死んでいた。チーコの死骸を受け取った少女は線路を通って、廃ビルの中へ入って行く。隠してあった小箱を開けて、ハーモニカを取り出す。ハーモニカを吹いていると、再び、めまいに襲われる。

 少女・かがりは、チーコの治療代を立て替えてくれた青年・良にお金を返すために会いに行く。青年と別れた後、少女は家族が仲良く暮らしていた時代の団地の公園に行く。そこに、チーコを埋めるつもりだ。青年は少女の後を尾けてきた。

 少女は青年に尋ねる。「ねえ、死んじゃうと、生きてたことってどこに行っちゃうのかな」。少女と青年の孤独な魂は、この時、触れ合っただろう。音叉のように共振する魂。二人は魂の色も似ているかもしれない。少女は、チーコの死骸を自宅へ持ち帰る。

 少女は、チーコの死骸を子供用のブリキの弁当箱に入れて自宅の冷蔵庫の奥にしまい込む。数日後、少女は青年が言っていた「幻の海」の絵を描いている。海を塗るブルーの絵の具が切れたので、買いに行く。母親が、冷蔵庫の奥にある自分の少女時代からのお気に入りの弁当箱の中にある文鳥の死骸を見つけて、パニックになる。死骸をごみ置き場に捨てる。

 帰ってきて少女も取り乱す。ゴミ置場でチーコの死骸を見つけた少女は、そのまま家を出る。雨の降る夜、駅の改札口で青年を待っていた少女は、青年の部屋に行く。少女のリュックに入っていた「幻の海」の絵を見た青年は、少女を連れて故郷の下北半島に帰ろう、と思う。

 列車に乗って、二人は北へ向かう。青年の故郷には老いた両親が二人だけで暮らしている。父親は脳卒中で半身不随だ。母親が面倒を見ている。

 翌朝からは、神話のような世界が展開する。下北半島のエメラルド色の海。青年と少女は、海辺を岩場伝いに歩く。目の前に広がる青い海と貧しい過疎の村。昆布干し。朽ちた船小屋。獲れた小魚を仕分けする老婆たち。耀く鰯の鱗。青い空に浮かぶ入道雲。廃校になった校舎。廃校を出ると海辺の岩場を渡る。

 青年と少女の間に性的なシーンはないが、二人の歩き続ける光景は、なんと、エロチックなことか。道がなくなると着衣のまま向こう岸まで泳いで渡る。辿り着いた洞窟。その向こうには朽ちた和船が捨てられている。青年は、朽ちた舟を修理して少女と二人で乗りたい、と思う。浜まで舟を引き出して、廃材を使って修理を始める。少女も、その傍らでチーコのための小さな棺を作り始める。

 二人は、その夜、洞窟の中で蝋燭の灯を点し、チーコの通夜をする。エロスとタナトスが、画面の中で交錯する。神話のような儀式。

 翌日の夕方、朽ちた舟の修理を終えた青年と少女は、黄昏色に染まり始めた海へと舟に乗って漕ぎ出す。沖に出て、少女は舟からチーコの棺となった小箱を海に流す。それを見ながら、静かにハーモニカを吹く青年。画面はオレンジ色に輝く大海原を映し出す。落陽の下、キラキラ光る水平線に舟はゴンドラのようなシルエットで浮かんでいる。

 この神話の世界は、また、つげ義春の漫画の世界を連想させるだろう。「チーコ」(1966年3月、月刊『ガロ』青林堂刊・掲載)という文鳥のほか、線路を歩く少女のシーンなど。

 幻の海。窓ガラスを拭くための作業台・ゴンドラは、和船となり、黄昏の海に浮かぶゴンドラになって、青年と少女を神話の世界へと連れて行く。30年前の映画は、改めて、「発掘」されて、今、私たちの前に神話を伝えに来た。かつて、詩人の谷川俊太郎は、この映画を観て、少女の「不機嫌な顔が素晴らしかったね、そうなんだよ、あれは不機嫌て言うべきなんだよ、自閉症的なんて言うとなんか違うものになっちゃって、かがりっていうひとりの少女がどっかへいっちゃうんだよ。いやあ不機嫌な少女ってのはすごいもんだな」と、書いた。

この映画は、1月28日から東京・渋谷の「ユーロスペース」、2月11日から東京・東中野の「ポレポレ東中野」でそれぞれ公開された。

3)己の中に井戸を「発掘」すべし

 11・15(火) 曇り。午前10時、TCCの試写室で、河邑厚徳監督作品『笑う101歳×2 笹本恒子 むのたけじ』を観る。むのたけじについては、「オルタ」では、河邑厚徳さんが連載を書いているので、こちらでは、コンパクトに紹介する。

 この映画は、チラシによれば、元NHKディレクターの河邑厚徳監督が、100歳を超えた「日本初の女性報道写真家 笹本恒子」と「伝説となった孤高の新聞記者 むのたけじ」の二人を「一世紀を超えた時代の目撃者」として位置付けて製作したドキュメンタリー映画だ。二人の偉大なる100歳を、むのたけじのペン、笹本恒子のカメラを交錯させながら、丹念なインタビューで描いて行く。長い人生を笑いながら終えようとしている(むのたけじは亡くなった)人生の先達の姿を密着しながら描いて行く。被写体となった笹本、むのと河邑監督の間にガッチリとした信頼関係が構築されてこそ、観客の我々にも見せてもらえる映像だと思った。

 特に、むのたけじは2016年8月に101歳で亡くなった。死んで行くむのたけじを映し取った映像は凄い。人間、いかに行き、いかに死ぬるか、を私に突きつけてくる。食事も困難になった状況で、息子の大策さんが父親の口に食べ物を差し入れる。目をつぶり無言のまま、口を開けようとしないシーンには、ここまで見せるのか、映像として残すのか、と思った。まさに、むのたけじは、全身ジャーナリストだ、と同業の後輩として、改めて敬意を感じた。

 「私どもは従軍記者として出かけたから武器を一つも持っていません。それでも両軍が戦闘している場所で取材活動をやれば兵隊と全く同じ心境になります。じゃあ何か、相手を殺さなければこちらが死んでしまう。死にたくなければ相手を殺せ。戦場の第一線で立てばもう神経が狂い始めます。これに耐えうるのはせいぜい三日ぐらいですね。あとはもうどうとでもなれ、本能に導かれるようにして道徳観がつぶれます。だからどこの場所でも戦争があると女性に乱暴したり、ものを盗んだり、証拠を消すために火をつけたりする。これが戦場で戦う兵士の姿です」(むのたけじ)という体験をしたむのは、戦後、朝日新聞社を辞めて、故郷の秋田県横手市に戻り、「たいまつ」という新聞を発刊し、戦争で己が体験したことを同時代の証言者として、戦後日本史の中で検証し続けた。

 それは、己の身内に井戸を「発掘」し、そこから水を汲み出し続けるような作業だったのではないか。井戸という定点にこだわり、水を汲み出す。時代や歴史の深層を発掘し続ける。井戸の水は、枯れることなく、地中ながら四方につながる大海原のように芳醇な水量・水流を誇り、むのに汲み出し続けさせたのではないか。そのむのたけじのライフスタイルをこの映画は、見事に描きだした。

 むのの最後の映像を観た後、私は次の短歌を思い出した。死に逝くむのの、死とは逆のベクトルとなるような生への意欲である。

 「手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が」(河野裕子)

 この映画は、2017年6月3日から東京都写真美術館ほかで公開される。

 (ジャーナリスト/元NHK社会部記者。日本ペンクラブ理事、オルタ編集委員)


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