東京都―― 自治の未来はあるか。

【統一地方選挙前半を振り返る】

■東京都―― 自治の未来はあるか。 

ー東京都知事選挙をめぐる私的雑感       米倉 克良 
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 選挙ごとの強弱や立場の違いはあれ、ここ数回の都知事選挙に多少とも注視あ
るいは関わった(もう知る人は少ないと思うが、最初に関わったのは大田薫の選
挙だった。今回も浅野勝利のために動いた)立場から、今回の選挙をまさしく個
人の立場で振り返ってみたい。
 4月8日に行われた東京都知事選挙は、公示以降の「ダブルスコアの石原優位」
という予測を大方変えることなく、事実上の対決相手である浅野史郎氏と百十万
票以上という大差をつけて石原知事の勝利で終わった。格差社会が深刻で、「あ
れほどの差別発言をし、都政を私物化した知事がなぜ、当選するのか」「市民は
どこにいったか」という気持ちを持つ人間は少なくないとし、さらには、一歩進
んで都民の「民度を疑う」向きもある。しかし、そういう一般的な問いこそ、そ
れこそ己の民度が問われまいか。


 ◇「タマ」の問題


 いわずもがな選挙が終わると必ず「タマ」の問題が出る。「タラ・レバ」であ
る。それには、確かに「雑音」もあるが、そればかりではない。
 筆者の率直な感想でいえば、浅野氏は、ここ数回の知事選挙で都政改革・自治
という観点では、一番の「タマ」であった。結果として、票差とか得票率からの
分析はあるにせよ、対抗馬として、百万票を越えたのは、青島を除いて、美濃部
以来浅野氏の他はない。政治構図として、公明・共産の基礎票がいつも一定の「定
数」として機能するので、この百万の持つ意味はあると思われる。
 しかし、問題にしたいのは都知事選挙の場合、そもそもその「タマ」の出方で
ある。
 
 選挙の「クロウト筋」に言わせると、石原のかつての「後出しジャンケン」
は、今でも話題なのだそうだ。この都知事選挙の特殊性は、世界最大の自治体
選挙で「マスコミ報道」は決定的な要素を示すことだ。だからクロウトから言
わせれば「時間をかけた、地道な選挙」は、「金がかかり」、そうした「労
苦」は、「マスコミ報道」で「一挙に水泡となる」のである。この点で、石原
はマスコミを意識して「反省戦術」を取った。
 一方、民主党は、ずっとゴタゴタ続きであった。党内部に石原を支持する者が
いることもあり難航していた。最大のポイントは、菅直人擁立劇であった。後日
テレビで内情に詳しい田中秀征氏が「立候補しなかった菅直人氏の責任は大き
い」と述べたが、その意見に同調する者は、少なくないと考える。石原に対抗す
る上で、かつてエイズ問題に対する官僚とのたたかいの記憶、労組ばかりでな市
民運動との関係、参議院選挙をにらんだ党のまとまり(筆者としては、強い政党
主導型を望む立場ではなないが、条件をいつも選べるわけではない)という点で、
民主党にとっては「最高」の候補者であったことは事実であろう。氏をとりまく
個々の政治事象を含みつつ、それを越えて(単なる人気だけに還元できない)有
権者に石原に対抗すべき「文脈」というべきものがあった。
 
 しかし、この菅擁立の失敗の中で、現実的な「選択肢の不在」という局面に
おいて、市民運動による「ハートに火をつける」という「浅野擁立」は、俄然
熱を帯びることとなった。このため、浅野氏の「マスコミ報道」は、連日のも
のとなり注目度は高まったのであった。
 数回、浅野集会に参加する機会を得たが、「知事そのものが悪いというより、
政治を変えられないとする空気が怖い」「教育現場から、悲鳴にも似た声が寄せ
られた」とその動機を語ったか語り口は、説得力はあったし、感動的すらあった。
その点で浅野氏の候補者としての「出方」は、十分であったのである。その時点
では、「オヤジ・ギャグ」スレスレの駄洒落も許されていた。しかし、マスコミ
報道が沈静化(不可避的な他候補との間での平準化と公選法上の制約)する中で、
浅野氏にはどのように石原に対抗すべき「文脈」が、どう育てられていったので
あろうか。


◇石原・浅野両氏のマニフェスト


 今回、一応解禁された、初めてのマニフェストの都知事選挙であった。たかだ
か30万枚しか配布が許されず、有権者の3%にも行き届かず、それゆえいまだ
マニフェスト自体に関心も高くないのに、それを軸として「選挙分析」が成立つ
のかという疑問もありえよう。しかし、筆者からすると、このマニフェストにこ
そ、今次の課題が凝縮されていたと考えたい。
 
浅野氏本人は、宮城県知事として「情報公開」の実績、そして厚生省官僚であ
り、福祉施策をめぐる実務経験もあった、浅野氏のマニフェストについては、か
なり高い水準を要求されていた。果たして氏のマニフェストはどうであったか。
 氏のマニフェストは、「日本のための東京 あなたとつくりなおす」というタ
イトルが付けられ、「東京から新しい風を起こす」などの基本姿勢が示され、具
体的には「共生型グループホームを4年以内に200箇所整備」「新銀行の解体
的見直し」というもので、各政策の数値目標や実行期限も一定示されたものであ
った。また、一定焦点とされた、五輪招致問題は、「開催の是非を考える」(途中
から「中止」に変更)といったものであった。このマニフェストについて、「当
初の五輪への態度が曖昧だった」あるいは「福祉政策がマイノリティ向けで、都
民の大多数向けではなかった」という指摘は、少なからず選挙中もあった。
 
 筆者から言えば、当選後の実効性を踏まえ「責任を持てるものであった、誠
実な提案をしている」しかし、逆に言えば「作成する時間や関係性」の問題で
「触れることができない分野が多々ある」ということであった。それは、浅野
氏をとりまく選挙構造の反映に他ならない。
 一方、石原氏のマニフェストは、どうであったか?「東京再起動 8つプログ
ラム」と題したもので、スローガン的なものが多い。
 識者によれば、マニフェストには、三段階あるとするが「(1) 政策を言語化す
る。(2) 政策の根拠やデータを示す、(3) 実行レベルの項目に落とし込む」こと
であるが、「浅野氏は(2)に届くか届かないかの水準。石原氏は(1)でさえ怪しい」
( 曽根慶応大教授、週刊東洋経済4.21)であるという分析も存在する。今後
のマニフェスト選挙の水準向上のために、多様な角度からの検討は必要である。


 ◇巨大自治体の選挙


 しかし、それを踏まえた上でも忘れてはならない前提条件が存在するのである。
それは、身近な政策問題であればあるほど、問題なのである。 
 その第一は、東京都の制度上の「特性」である。東京都は、一般会計だけでな
く特別会計などを含めて、19年度で13兆円を越える財政規模を持つ。複数の
識者が指摘するように、それは国際的に見ても、財政規模として、「一国分」を
持つことになる。それは、規模の大きさだけでなく、実態として、都がその区域
にある、「普通の自治体ではない」「特別区」と「財政調整制度」という深い財政
関係を基礎自体と結んでいるということである。これに伴って、「普通の自治体」
である多摩地域への財政支出も大きいのである。したがって、財政面という点を
切っても、都の支出は、特別区と市の支出と無縁には語りきれないのである。浅
野氏のマニフェストに「大多数の都民への福祉策がない」という指摘は、この点
を無視すると「空論」となろう。そういう福祉策は、財源は都でも、実のところ
「特別区」と「市」の政策として表現されることが多いのである。
 
第二点目は、全国的に自治体で進んだ、分権改革のもとで、で石原都政誕生八
年来の、東京都における「計画行政」の劇的な「後退」ということである。振り
返ってみると石原都政となって都としての自治体の「長期計画」は、石原知事の
「独断」と「裁量」まかせのために、実態として今日「存在していない」。かつ
て、東京都は、美濃部都政のもとで全国の「自治体長期計画」の「模範」を作り
出してきた。しかし、現在ではかつてあった「計画部」という部長をヘッドとし
た、組織事体が存在していないのである。実は、この「長期計画」と「マニフェ
スト」は、密接な関係を持つのである。「政策の目標と期限、根拠財源・・」マ
ニフェストの特徴は、すべて「自治体長計画」と重なるのである。石原知事のマ
ニフェストに関わる政治責任は、歴史的かつ二重であるといわなければならない。
 東京都都知事選挙における こうした、身近な個々の政策課題の背景にある
「構造性」や「時間性」については、とうてい個々の市民団体や政党、政治団体
のみで、成し遂げられることはできない。
 
筆者の「タラレバ」になるが、「勝手連の数や運動」という点でも、前回の樋
口選挙を上回っていた。格差問題にせよ、教育現場の問題にせよ、個々の諸運動
と政党・政治団体が、日常的に横断的な連携を持っていたら、浅野氏の「文脈」
をもう少し豊富化できたように思う。日常的に、都の長期計画のチエックや現職
のマニフェストをチェックを地道に、コラボレーション型で行う仕組みが回り道
に見えて、都政改革の近道ではないか。
                  (筆者は市民セクター政策機構編集長)
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