東京都における表現規制問題と新しい社会運動の萌芽

■【私の視点】

 2.東京都における表現規制問題と新しい社会運動の萌芽   岡田 一郎
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  「オルタ」誌上で度々触れてきた東京都青少年の健全な育成に関する条例の改
定問題は、12月15日の都議会本会議で都が提出した改定案が可決され、一応の決
着がついた。しかし、都が改定案の成立を強行したことで、これまで築かれてき
た行政と出版社の信頼関係は破綻し、それにともなって様々な問題が噴出しはじ
めている。本稿では、改定案の何が問題か、なぜ成立したのか、改定案の成立が
今後、我々にどのような影響を与えるのかについて考察する。


○何が問題か


  東京都は東京都青少年の健全な育成に関する条例の改定案を昨年2月に都議会
に提出し、6月議会で都議会民主党、日本共産党、生活者ネットワーク・みらい
、自治市民'93の4党の反対によって否決された。(以後、この改定案を前改定
案と呼称する) 前改定案には主に次のような問題があった。

・冤罪発生の危険性が高い児童ポルノの単純所持禁止が盛りこまれていた。
・「非実在青少年」なる概念をつくり、未成年者の性行為を描写することを規制
しようとした。
・青少年を性的対象として扱う「青少年性的視覚描写物」のまん延防止が都の責
務とされ、まん延防止の名の下に表現規制団体を支援することを合法化していた

・インターネットを違法に使用した青少年の保護者を監督・調査する権限を知事
に与えていた。
 
  このように前改定案は明らかに日本国憲法が保障する表現の自由を侵害し、さ
らに東京都や都知事が家庭にまで踏み込もうとする稀代の悪法であった。東京都
はこの改定案を出来るだけ一般の目に触れないようにし、スピード審議で可決さ
せようとしたが、内容を知った業界団体・婦人団体・弁護士団体・日本ペンクラ
ブなどが反対に立ち上がり、一般の市民も都議会議員に一斉に請願をおこない、
さらに蓮舫参議院議員(東京選挙区選出)をはじめとする民主党の国会議員も都
議会民主党に働きかけたため、前改定案は3月議会では継続審査となり、前述の
ように6月議会で否決された。
 
  しかし、石原慎太郎都知事は新たな改定案を都議会に提出することを明言し、
東京都青少年課も6月から11月にかけて、81回にもおよぶ「説明会」をPTAなどに
向けておこない、改定案支持の機運を盛り上げていく工作をはじめた。この「説
明会」とはどのような内容であったのだろうか。説明会に参加したあるPTA会長
は日本共産党に「東京都の職員が改正の必要性を訴えるために、見たくないのに
無理矢理雑誌を見せられた。

 ドラえもんなどといっしょに置いてあったと嘘をついてでもごり押ししようと
するのはおかしい」と訴えており(長岡義幸「都条例改定をめぐる最後の攻防全
経緯」『創』452号(2011年2月)、117ページ)、そこから推測すると、PTAの方
々に無理矢理性描写の多い本などを見せ、それが「子どもが買うような本の隣に
置いてあるので条例を改正したい」と訴える内容であったと思われる。

 性描写の多い本などは既に出版社が成人向けに指定して、売り場を他の本と分
けたり、未成年者が中身を見ないようにひもでしばったり、小口シール止めをし
たりしており、性描写の多い本が『ドラえもん』の隣に置いてあって、それを子
どもが立ち読みしたり、買ったりするなどという事態はほとんどあり得ない。万
が一、出版社が成人向けに指定しない本や雑誌で性描写や暴力描写が目に余ると
いうならば、都が不健全図書に指定すればよいだけである。

 東京都青少年の健全な育成に関する条例では、既に不健全図書が「青少年に対
し、性的感情を刺激し、残虐性を助長し、又は自殺若しくは犯罪を誘発し、青少
年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの」(現行条例第7条。新条例第7条の
1)と規定されており、改定の必要性は全く存在しなかったからである。

 裏をかえせば、都の狙いは「性的感情を刺激し、残虐性を助長し、又は自殺若
しくは犯罪を誘発」せず、「青少年の健全な成長を阻害するおそれが」ないもの
を新たに規制の対象と加えることにあったと推測することも出来る。このように
限りなく詐術に近い説明会が頻繁に開催されたことは都議会民主党の議員に対す
る無形の圧力となった。民主党の都議の事務所に「エロ議員」などと罵倒の電話
がかかるようになり(長岡前掲、118ページ)、PTAで保護者から突き上げられた
都議夫人も存在したという。
http://d.hatena.ne.jp/killtheassholes/20101219

 なお、「エロ議員」などという罵倒の電話はなぜか、民主党の都議の事務所に
だけかかってきており、日本共産党や生活者ネットワークの都議のところにはか
かっていない。(長岡前掲、119ページ)10月下旬、東京都は新たな改定案を都
議会民主党執行部の一部の議員に提示した。

 一部議員は都議会民主党内の表現規制反対派議員に改定案の内容を秘匿したま
ま、東京都との交渉で「これで都議会民主党をまとめられる」とこの改定案を了
承し、東京都側も改定案を確定した。都議会民主党執行部にはこれ以上この問題
に関わると、選挙区住民の都議会民主党に対する評判が悪化し、翌年の統一地方
選挙にも悪影響が出るという判断があったようだ。(長岡前掲、118ページ)確
定した改定案は11月22日に都議会議員に公表された。(以後、この改定案を新改
定案と呼ぶ)

 新改定案は児童ポルノ単純所持禁止、青少年性的視覚描写物のまんえん防止、
インターネットを違法に使用した青少年の保護者に対する監督・調査といった前
改定案で問題となった規定を削除したり、穏当な表現に改めており、前改定案と
比べればかなり改善された内容となっている。しかし、漫画・アニメに関しては
前改定案と比べて内容が明らかに悪化していた。特に問題となったのは、新改定
案で追加された不健全図書の規定である。

 新改定案は次の規定にあてはまるものを新たに不健全図書に指定するとした。
「漫画、アニメーションその他の画像(実写を除く。)で、刑罰法規に触れる性
交若しくは性交類似行為又は婚姻を禁止されている近親者間における性交若しく
は性交類似行為を、不当に賛美し又は誇張するように、描写し又は表現すること
により、青少年の性に関する健全な判断能力の形成を妨げ、青少年の健全な成長
を阻害するおそれがあるもの」(第7条の2)刑罰法規には未成年者との淫行を
禁止した東京都青少年の健全な育成に関する条例第18条の6が含まれるので、
「非実在青少年」という言葉はなくなったものの、実際には未成年者との性交に
関する描写が規制の対象となることは前改定案と同様である。

 むしろ、非実在青少年という言葉がなくなったことによって大人同士の性交に
関する描写も規制の対象に含まれてしまい、かえって規制の対象が拡大してい
る。また、倫理的にはタブーではあるものの、法律的には禁止されていない近親
相姦まで規制の対象に含まれているのは、特定の性倫理の押しつけではないのか
という疑いを持たせるものである。

 滑稽なのは、この規定が現代の日本社会を扱った作品にのみ適用されるのでは
なく、あらゆる時代・社会を扱った作品に適用されるということである。古代エ
ジプト王家のように、古代には近親婚が一般的だった王家が少なくないが、そう
いった王家の物語を漫画やアニメで描くと規制の対象となり得るのである。

 また、ヴァンパイアやエルフといった空想上の生き物の世界を描く場合にも都
条例が適用されるという。現代日本人が思いつかないような価値観を持つ世界を
都は漫画やアニメで描くなとでも言いたいのだろうか。まったくナンセンスである。


○反対運動


  東京都の交渉で秘密裏に新改定案を確定させた都議会民主党執行部の一部議員
は、新改定案によって、表現規制反対派の不満はおさまるという見通しがあった
ようだが、実際には新改定案は多くの市民を怒らせることになった。
 
  都議会民主党は11月29日、出版社と漫画家の代表を呼び、「問題点はすべて解
決された」として新改定案に理解を求めたが、出版社や漫画家が納得するはずも
なかった。出版社の代表は記者会見を開き、これまで行政と協力して自主規制を
おこなってきたが、行政との信頼関係が失われたとして、徹底抗戦を宣言した。

 この記者会見に参加した大手マスコミの記者たちは実際におこなわれている自
主規制に関する知識を全く欠いており、東京都の見解をオウム返しに繰り返すだ
けで、まったく出版社の説明を理解出来ていないのが明らかであった。あまりに
ものマスコミ記者の不勉強ぶりに出版社の幹部や顧問弁護士たちはあきれかえり
ニコニコ動画による実況中継を見た視聴者たちはコメント欄にマスコミ記者たち
に対する侮蔑と怒りの言葉を次々と書き込んだ。

 また、ちばてつや(代表作:あしたのジョー)・秋本治(代表作:こちら葛飾
区亀有公園前派出所)・やまさき十三(代表作:釣りバカ日誌)・本そういち
(代表作:めぐみ)といった国民的作家というべき有名漫画家・漫画原作者も記
者会見をおこない、新改定案を批判した。(他に、藤子不二雄A(代表作:忍者
ハットリくん)・松本零士(代表作:銀河鉄道999)も記者会見に参加予定だっ
たが体調不良のため、参加できず)記者会見をおこなった漫画家・漫画原作者た
ちは、作品中にほとんど性描写を用いていない。

 そうした漫画家までもが反対に立ち上がったということは東京都の「性描写に
あふれた漫画のみを規制する」という説明が何ら漫画家の間で信頼されていない
ことを意味した。ちばは、かつて『太陽の季節』などが俗悪として批判された過
去を持つ石原都知事に対して「初心を思い出して欲しい」と呼びかけたが、記者
から漫画家たちの訴えに関する感想を聞かれた石原は「夫婦の性生活みたいなの
を漫画に描くことが子供たちに無害だっていうなら、バカだね、そいつら。『頭
冷やしてこい』と言っといてくれ」などと漫画家たちを罵倒した。(新改定案で
は夫婦の性生活に関する描写は規制の対象になっていない。この石原都知事の発
言は彼が新改定案の内容を把握していないことを表している)

 11月30日、新改定案に反対する集会が都議会委員会室で「『有害』コミックを
考える会2010」の主催で開催され、市民120名が参加した。この集会では日本共
産党から吉田信夫都議(杉並区選出)が、生活者ネットワーク・みらいからは西
崎光子都議(世田谷区選出)が、さらに1人会派の自治市民'93として活動する福
士敬子都議(杉並区選出)が参加し、3人とも新改定案反対を訴えた。この集会
には私も参加したが、前改定案の際には都議会民主党と行動を共にした生活者ネ
ットワーク・みらいが今回は都議会民主党とは別に明確に反対を表明したのが印
象的であった。

 また、3都議とも、都の「子どものため」という美辞麗句にだまされず、表現
規制よりも実際に虐待などの被害にあっている子どもたちの救済を真剣に訴え、
参加者から熱い拍手で迎えられていた。この集会に参加した元教師の男性が、自
身の経験から性犯罪を犯す青少年は漫画の影響から犯罪を犯すのではなく、むし
ろ漫画すら読めない環境にいる者が犯罪を犯す傾向が強い、表現規制は見当はず
れであると訴えていたのも印象的であった。
 
  12月6日には、前改定案反対運動の先頭に立った藤本由香里明治大学准教授・
山口貴士弁護士らが新改定案反対の集会を開催し、約1200人が参加した。また、
この集会はニコニコ動画で生中継され、約7万人が視聴した。国政からは民主党
の宮崎岳志代議士(群馬1区選出)・無所属の城内実代議士(静岡7区選出)が集
会に参加し、海江田万里経済財政担当大臣(東京1区選出、肩書きは当時のもの
)ら民主党の国会議員が集会の趣旨に賛同するメッセージを寄せた。また、この
集会以前に民主党の有田芳生参議院議員(比例区選出)は民主党の都議に新改定
案に反対するよう訴える活動を始めていた。
 
  3~6月に前改定案に対して反対の声をあげた、日本ペンクラブ・日本弁護士会
・東京都地域婦人団体連盟など作家・弁護士・婦人団体なども続々と反対の声を
あげた。特に新改定案に対する創作者の怒りは凄まじく、日本シナリオ作家協会
は「我々は、自由な創造の現場にあがり込んで、繰り返し汚れた靴で踏み荒らそ
うとする東京都に断固異議を申し立てるとともに、都議会において当改正案が永
遠に葬り去られる事を切望する」
http://www.j-writersguild.org/portal/news_detail.php?id=48
と激烈な調子で、東京都の姿勢を批判した。

 これまで事態を静観していたマスコミもようやく新改定案反対の声をあげ始め
た。全国紙では『朝日新聞』と『毎日新聞』が社説で新改定案に反対し、『日本
経済新聞』も都に対して出版社などともっと話し合うよう求める記事を掲載した。
『北海道新聞』『新潟日報』『信濃毎日新聞』『高知新聞』など地方紙も続々
と新改定案に反対する社説を掲載した、主要紙で明確に新改定案に賛成したのは
『読売新聞』と『産経新聞』のみであった。悪書追放運動や有害コミック騒動な
どにみられるように、新聞は基本的に行政と共に漫画・アニメ叩きにまわる傾向
が強いが、その新聞ですらも新改定案に反対したのである。
 
  このように多くの市民が新改定案反対に立ち上がり、国会議員にも反対運動に
対する賛同が広まっていったにもかかわらず、都議会民主党執行部の態度はかた
くなだった。都議会民主党内では新改定案反対派は次第に勢いを増し、最終的に
は民主党都議の半数程度にまで勢力を盛り返したが、「都議会民主党をまとめ
る」と都に約束したためか、都議会民主党執行部は新改定案のさらなる改定に
も、新改定案を継続審査とすることにも応じなかった。
 
  12月議会本会議では福士都議や日本共産党の畔上三和子都議(江東区選出)、
民主党の吉田康一郎都議(中野区選出)が新改定案の問題点に追及した。特に畔
上都議の追及は厳しく「知事、多くの批判を浴びた問題点を反省していないので
すか。議会が否決したものと実質的に同じ条例案を再び出すのは、都民と議会の
意思を無視するということではないですか」
http://www.gikai.metro.tokyo.jp/record/proceedings/2010-4
/d5240201.html#04)と石原都知事に迫ったが、大勢を覆すことは出来なかった。

 12月13日、都議会総務委員会では小山くにひこ都議(府中市選出)が都議会民
主党を代表して、付帯決議付きで新改定案に賛成することを表明して、民主・自
民・公明3党の賛成で新改定案は可決された。小山都議は同時に不健全図書指定
の可否を決定する青少年健全育成審議会の公開を求めたが、これが都議会民主党
の表現規制反対派議員がとりうる最大の抵抗であった。

 総務委員会で新改定案が可決されるシーンを私はテレビで見たが、都議会民主
党内で最も新改定案に反対した松下玲子都議(武蔵野市選出)は終始うつむいて
おり、小山都議をはじめとする民主党の都議たちも硬い表情で本心から賛成して
いる様子ではないことがうかがえた。実際に総務委員会を傍聴していた方によれ
ば、松下都議は今にも泣きだしそうな表情をしていたという。なお、総務委員会
は一般市民から寄せられた新改定案に反対する請願・陳情332件を不採択とし
た。(日本共産党と生活者ネットワーク・みらいは採択を要求)12月15日の本会
議でも新改定案は付帯決議付きで可決された。
 
  付帯決議は以下のような内容である。
・適用に当たっては、作品を創作した者が当該作品に表現した芸術性、社会性、
学術性、諧謔的批判性等の趣旨を酌み取り、慎重に運用すること。
・青少年健全育成審議会の諮問に当たっては、新たな基準を追加した改正条例の
趣旨に鑑み、検討時間の確保など適正な運用に努めること。


○広がる波紋


  これまで日本の主要出版社は行政からの圧力を自主規制の実施によってかわす
傾向が強く、表現の自由をめぐって行政と争うということがほとんどなかった。
一方で、自分たちの代表を国政などに送り出し、行政に対する影響力を高めると
いった努力もおこなわなかったため、何か問題が発生するたびに、行政やマスコ
ミが、叩きやすくかつ抵抗される恐れの少ない漫画やアニメの影響をとりあげ、
叩いてまわるという構図が繰り返されてきた。

 たとえば、1980年代後半に発生した連続幼女誘拐殺人事件の犯人が暴力描写・
性描写の激しい漫画・アニメを好んでいる点がマスコミによって強調されたこと
で、漫画・アニメ愛好家に対する偏見が醸成され、某新興宗教団体が始めた有害
コミック排除運動が引き金となって、行政・保守政治家による大規模な漫画弾圧
がおこなわれた。

 しかし、実際には犯人は人並みに漫画・アニメを見ていたに過ぎず、犯人宅を
取材したマスコミ記者が犯人宅にあったエロ漫画やホラービデオなどをことさら
にクローズアップして映したに過ぎなかったことが今日では明らかとなってい
る。(長岡義幸『マンガはなぜ規制されるのか』平凡社新書、2010年参照)
 
  さらに最近では出版社が自主的におこなっている規制を東京都などが条例に盛
り込んで、義務化する傾向が強く、出版社はこれ以上規制しようもないところま
で追い込まれていた。そこへ東京都がさらなる規制をもくろんできたため、出版
社の怒りが爆発した。

 12月8日、角川書店の井上伸一郎社長が「マンガ家やアニメ関係者に対して
の、都の姿勢に納得がいかない」として、東京都が主催する東京国際アニメフェ
ア(TAF)2011(一般公開日:2011年3月26~27日 会場:東京ビッグサイト)の
ボイコットを表明した。集英社・講談社・小学館といった主要出版社からなるコ
ミック十社会も角川書店に続き、TAFへのボイコットを表明した。

 石原都知事は「来なきゃいいんだよ、アニメフェアに。来年、ほえ面かいて
来るよ。ずっと来なくてもいいよ。来る連中だけでやります」とうそぶいたが、
コミック十社会のボイコットによってTAFへの出展を見合わせる企業が相次ぎ、
前回に比べて出展企業は91社も減り、約6400万円の赤字となる見通しとなった。
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201101/2011012500944

 今や、TAFは漫画・アニメの弾圧を推し進める東京都や石原都知事の象徴とし
て漫画家から捉えられ忌避されている。都はTAFにおいて漫画家の川崎のぼる
(代表作:巨人の星)に功労賞を贈ることを打診したが、川崎はこれを拒
否。(長岡義幸「まだ終わっていないぞ!都条例改定問題のその後」『創』453
号(2011年3月)、113ページ)また、石黒正数(代表作:それでも町は廻ってい
る)は、TAFのサイトにTBSが自分の作品の画像や名前を掲載したことに抗議し、
削除させた。
http://www5.plala.or.jp/okan/ 2011年2月9日の日記

 一方、角川書店はTAFの一般公開日と同じ2011年3月26~27日に、アニメ制作会
社などとともに幕張メッセでアニメコンテンツエキスポ(ACE)を開催すること
を発表している。 TAFボイコットの先鞭をつけた井上の戦いは今も続いてい
る。井上は今も新聞や雑誌のインタビューに精力的に答え、新改定案に反対し、
表現の自由を守ることが子どもたちのためであると訴えている。井上は言う。
「不自由な世の中というのは、今回のような目立たないところから始まるんで
す。後の社会に生きた人たちは、『どうしてあの時点で反対の声を上げなかった
んだ』と疑問に思う。
 
  今、我々は未来の人々にそう思われる時間平面にいる。そう思われたくない。
子どもがのびのびと育ち、自由に本を読み、映画を観る世界にしたい。子どもの
ために、そう思います」(井上伸一郎「『子どもたちのために』私は都条例改定
に反対します」『ダ・ヴィンチ』203号(2011年3月)、61ページ)
 
  井上の「子どものために」表現の自由を守るという思いは一般の表現規制反対
派も共有するものである。東京都は二言目には「子どものため」というが、実際
には漫画・アニメの規制に血道をあげ、福祉予算をカットして、児童養護施設な
どを廃止し、実際に虐待などで苦しんでいる多くの子どもたちをさらにおいつめ
るような施策ばかりおこなっている。
http://www.jcptogidan.gr.jp/html/menu5/2010/20100922210422.html

 そこで、表現規制反対派は「非実在の子どもの前に実際に苦しんでいる子ども
を救うべきである」という理念の下に「実在児童の人権擁護基金」を創設し、虐
待児童などの救済に乗り出した。
http://jitsuzai-jinken.cocolog-nifty.com/

 また、日頃から都議など政治家と触れあわなかったことが、都議会民主党を行
政側に追いやってしまったという反省から、地域活動などに参加したり、政治家
と触れあったりして、表現の自由がこれ以上侵害されないようにしようという呼
びかけもおこなわれている。表現規制反対運動の中心人物の一人、翻訳家の兼光
ダニエル真は次のように訴えている。「民主主義は不完全で、面倒で、いっぱい
矛盾あるし、いつもいつもうまく行くわけじゃない。でも歴史はおしえてくれる。

 他よりはそれが遥かにマシってことを。なら民主主義をもっとマシにしちゃお
う。あなたの夢とあなたの好きなものを大事にしてくれる民主主義。そんな民主
主義を普通にするにはあなたが歩みださないと始まらないぞ」兼光ダニエル真
「サルでも判る都条例対策 実践編」野上武志ほか『サルでも判る都条例対
策』(同人誌(2010年12月)、35ページ)
 
  新改定案に対する反発は、漫画・アニメなどサブカルチャーを世界に売り出
し、コンテンツ産業の振興を日本経済回復の起爆剤にしようと考えている日本政
府内にも広がっている。首相官邸に設置されている知的財産戦略本部コンテンツ
専門調査会の第6回会議(2011年2月10日)では委員から「クールジャパンの定義
強みを明確にしないと議論が進まないと思うが。…(中略)…日本の自由に支え
られている部分は大きい。

 しかし、東京都青少年育成条例のように規制を強化する動き、他の自治体にも
波及しうる。そのような規制について議論すべき。ここでクールといっているも
のを東京都は下品なものと言っている」「学生(デジタルハリウッド大学)は不
安を感じている。日本の源泉を潰してどうするのか、これからのクリエーターの
心に刺さってしまった」という反発の声があがっている。    
http://togetter.com/li/99187
 
  都議会では、共産党都議団が1月26日に日本共産党の国会議員や出版業界・漫
画家などと懇談会を持ち、都の規制に歯止めをかけることや都のPTAへの働きか
けについて調査することを約束した。(長岡前掲「まだ終わっていないぞ!都条
例改定問題のその後」、113~114ページ)また、2月16日の都議会本会議では、
民主党の栗下善行都議(千代田区選出)が、コミック10社会のボイコットによっ
てTAF実行委員会は今まで積み立ててきたお金を取り崩す結果となり、TAF開催
後、実行委員会にはほとんどお金が残らず、来年以降の開催が危ぶまれている現
状を紹介し、このような危機的な状況を招いた原因は、漫画家や出版業者・アニ
メ制作会社に対する石原都知事の度重なる暴言が原因であると追及した。

 これに対して、石原知事は栗下都議の質問中から栗下都議に野次を飛ばし続
け、さらに答弁の最中に突然激昂して、栗下都議のスタッフがかつて身分を偽っ
てオリンピック誘致に関する資料を集めたという、質問とは関係ない過去の出来
事を持ち出して、栗下都議を誹謗中傷し始めるという醜態をさらした。
http://www.gikai.metro.tokyo.jp/record/proceedings/2011-1/03.html#07 
  http://twitter.com/zkurishi/status/37925186674106368

 翌日の本会議では、民主党の松下都議が登壇し、不健全図書指定システムの運
用改善を要求したが、これに対して倉田潤青少年治安・対策本部長は運用改善を
前向きに検討する旨答弁したが、実際に改善がおこなわれるかどうかは未だ不透
明である。
http://www.gikai.metro.tokyo.jp/record/proceedings/2011-1/04.html#01


○今回の騒動を通して我々は何を考えるべきか


 
  「オルタ」2010年3月号の記事でも述べたが、今回の都条例をめぐる騒動の最
大の特徴は、「これまで政治に無関心」と言われていた多くの若者が立ちあがっ
たことであった。現在の若者の多くはバブル崩壊後の失われた20年の間に進んだ
労働者の非正規化などによって不安定な生活を余儀なくされ、低賃金と過酷な労
働条件の下であえいでいる。それに加えてさらに彼らの娯楽まで奪おうとする行
政に多くの若者が反発したのである。
 
  東京都など行政側の人間や一部の都議は「性描写などが激しいものを不健全図
書に指定するだけだ」とうそぶく。しかし、既に厳しい自主規制がおこなわれて
いるところに、さらに厳しい規制を課すということは、現在、一般向けに販売さ
れている、性描写などが激しくないものも行政が不健全図書に指定していくとい
うことではないのか。

 不健全図書指定されれば、扱う書店は激減し、今まで普通に書店で購入できて
いた漫画などが入手困難になってしまう怖れがある。たとえば、日本漫画の傑作
の一つと言われる竹宮惠子の『風と木の詩』は同性愛をテーマとしており、近親
相姦のシーンも存在する。当然、『風と木の詩』は現在、誰でも購入することが
可能であるが、こうしたかつての日本漫画の傑作が新改定案によって不健全図書
指定され、一部の書店でしか購入できなくなるのではないか、そして不健全図書
指定をおそれて、漫画家たちが委縮し、竹宮惠子のようにタブーに挑戦する作家
が生まれなくなり、漫画産業が衰退していくのではないかという危惧を多くの人
々が抱いたのである。

 「たかが漫画・アニメではないか」と言う人がいるかもしれない。しかし、今
や海外の人々はクルマや家電ではなく、漫画・アニメを通じて日本という国を認
識し、漫画・アニメが日本文化理解のとっかかりとなっている。そして、漫画・
アニメのキャラクターグッズの輸出は日本に莫大な利益を与えており、日本経済
復活の起爆剤と期待されている。新改定案はそんな漫画・アニメ産業の発展を阻
害するおそれがあり、国益を大きく毀損すると言わざるを得ない。

 また、戦前の日本政府による国民統制が「エログロナンセンス」の取り締まり
から始まったという歴史が物語るように、新改定案による漫画・アニメ規制が日
本を監視社会化する第一歩となる可能性もある。現に各地の青少年育成条例で漫
画・アニメ規制に加えて、携帯電話・インターネットの規制をも盛り込む動きが
始まっており、日本の監視社会化の進行が危惧されている。
 
  だからこそ、日本が誇る文化・産業を守るためにも、そして日本国憲法が保障
する自由権を守るためにも、「たかが漫画・アニメ」などと言わず、我々は行政
が進める表現規制の動きに抵抗を続けていかなくてはならない。その意味で今
回、多くの人々が表現規制阻止のために立ち上がった意義は大きい。

 立ち上がった人々の多くは新改定案成立で関心をいったん失ってしまうかもし
れないが、新たに表現規制問題に関心を持った人々の中から少数でも行政の動き
に監視の目を光らせ、自分たちが住んでいる地域の人々や政治家に問題を訴える
人々が現れていけば、行政も日本の監視社会化をおいそれとすすめることはでき
なくなるであろう。

 しかし、自分も含めて多くの人々が、日々の糧を得るための仕事を抱えている
以上、表現規制問題ばかりにかかわっているわけにはいかない。表現規制問題を
政治家などに訴えるロビー活動を専門におこなう人物が必要である、現在、コン
テンツ文化研究会など一部の有志がそのようなロビー活動をおこなっているが、
ロビー活動で収入が得られるわけではなく、有志の多くは自己の生活を犠牲にし
ておこなっている。

 このような自己犠牲に支えられた運動が長続きするはずはない。ロビー活動を
自分たちの代わりにおこなってくださる有志を一般市民が支える何らかのシステ
ムが今後、必要となってくるであろう。そして、このようなシステムの構築に
は、表現規制問題によって直接的な打撃を受ける出版社やアニメ制作会社などが
積極的に関わっていくべきである。また、出版社やアニメ制作会社は自主規制の
実態などを一般の市民に広く喧伝し、漫画・アニメに対する誤解を払しょくして
いく必要がある。

 現在、角川書店の井上社長が一手に引き受けている感があるが、業界が総力を
あげて、誤解の払しょくにつとめなければ、行政にだまされて規制に賛同する
PTA関係者や政治家は後を絶たないであろう。
 
  最後に新改定案が日本政治に与える影響について考察して本稿を終わりにした
い。6月議会で前改定案が否決されたとき、前改定案否決にまわった都議会民主
党の英断は、政権交代後も具体的な成果をあげることができない鳩山由紀夫内閣
にフラストレーションを覚えていた多くの人々に希望を与えた。「政権交代によ
って政治のあり方は変わる」「市民が声をあげれば、政治家はそれに応えてくれ
る」ことを多くの人々が確信した。

 しかし、今回、都議会民主党執行部の一部の議員が出版社や漫画家、一般市民
に諮ることなく、新改定案を党内の反対派の声をおさえてまで可決させたこと
で、多くの市民は「裏切られた」という思いを抱くに至った。確かに都議会民主
党内に若手議員を中心に新改定案に反対した多くの議員が存在したことを市民は
知っているし、そうした議員に敬意も抱いている。しかし、結果として新改定案
に都議会民主党が賛成したことで、多くの市民は「それでは民主党は石原知事や
自民・公明党と何が違うのか。

 民主党に議会の多数を与えても何も変わらないではないか」という思いを強く
した。もしかしたら、都議会民主党の議員たちは「いや、新改定案以外の問題で
我々は石原都政と対立している」と反論するかもしれない。そのような反論に対
して私はこう問い返したい。「あなた方は前改定案以外で石原都知事の提案に
真っ向から対決したことがあるのか」と。もしかしたら、都議会民主党の議員は
こう反論するかもしれない。「PTAが新改定案に賛成する以上、我々も賛成せざ
るを得なかった」と。

 そのような反論に対して私は次のように問い返したい。「あなたは自分の支持
者に対して十分な説明をおこなったのか。都議会民主党は前改定案のときに、プ
ロジェクト・チームを作って実態を調査し、現状に問題はないと結論したはず
だ。なぜそれを支持者に伝えないのか。日本共産党と生活者ネットワークの議員
そして福士議員は胸をはって、自分たちの信念を支持者に伝えた。同じことがな
ぜ、あなたは出来ないのか。それから、『エロ議員』と罵倒してきた方はあなた
の本当の支持者だったのだろうか」
 
  都議会民主党の「裏切り」は、民主党の国会議員や他の地方議員に対する信頼
も失墜させた。昨年6月に前改定案反対派の集会で、あるいは多くの民主党都議
の都政報告会で、都議会民主党の英断を称賛し、新しく発足した菅直人内閣に一
縷の望みを託した市民の熱狂は今やどこにも存在しない。表現規制に反対すると
いう一点において民主党を支持し続けてきた表現規制反対派も今や民主党という
党自体を覚めた目で見ている。

 自分たちに期待を寄せてくれた人々の信頼を裏切り、自分たちを「エロ議員」
と罵倒した人々の意見に同調したことがどのような効果を生むのか、東京都の民
主党所属の地方議員の方々は来る統一地方選挙で身を以て知ることになるであろう。
 
  私自身は都議会民主党の一部の議員に対しては相変わらず敬意を持つものの、
都議会に限らず民主党全般に対する期待はほとんど消えかかっている。

 都議会で奮闘し、今なお表現規制への反対を訴えておられる日本共産党・生活
者ネットワークの議員および福士議員に対する支持が広がること・いかなる政権
においても行政が表現規制に乗り出さないよう、業界団体が漫画やアニメなどに
対する誤解を払しょくする活動をおこなってくださること・非実在の児童ではな
く、虐待などに苦しむ実在の児童が救済されることを期待しつつ、自分の出来る
範囲で表現規制に反対する活動を続けていこうと思っている。

       (筆者は小山高専・日本大学・東京成徳大学非常勤講師)

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