梅と桜と槿

■梅と桜と槿                篠原 令

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 ポスト小泉があれこれ取り沙汰されていますが、小泉時代の対米従属外交、靖
国神社参拝によるアジア各国との関係悪化、とりわけ隣国である韓国、中国との
関係悪化に対する反動から、日韓中三国との関係改善、緊密化は次期首相にとっ
て最大の課題になるものと思われます。将来的にはアジア共同体構想や通貨統合
を主張する学者もいます。アジアの一体化、アジアの安定と平和が21世紀の私
たちに託された最大の課題であることは論を待ちません。
 
 しかし先ず自分たちの足下を見てみる必要があります。日、韓、中と三国を取
り上げてみても、その関係は等距離、均質ではなく、政治家のスローガンや学者
の学説を待つまでもなく、現実はどんどん先行しています。日本の一部の経済人
は日本の政治家たちよりもはるかにそうした現実を知っていますし、韓国と中国
の関係は日本人の想像も出来ないような形で進行しています。そこには古代から
の地政学的な要素を濃厚に見て取ることができますし、民族とか国境の壁を止揚
する未来社会の姿を垣間見ることもできます。
 
日露戦争前後、旧満州で諜報活動に従事していた石光真清の「廣野の花」四部作
には当時からすでに満州のあちこちに朝鮮人の集落があったことが述べられて
います。また満州に進駐したロシア軍は中国語や日本語にも堪能な朝鮮人を斥候、
スパイに使っていたことが記されています。日本による朝鮮併合後、満州へ渡る
朝鮮人は更に増加し、かれらの子孫が今日の中国朝鮮族200万人になっていま
す。日中国交正常化直後の東京の中国大使館や在京中国機構には朝鮮族の職員が
何人もいましたし、新中国の朝鮮族の出世頭には人民解放軍の総後勤部部長にな
った趙南起氏などもいます。延辺の朝鮮族自治区はハングル一色であす。彼らは
教育熱心で中学、高校から日本語を学んでいる人たちも多くいます。
 
 私は中国の各地で日本語の通訳をしている朝鮮族の人たちに出会ったことが
あります。たとえば中国の南の端、海南島の洋浦という保税区を訪れた際に、保
税区の日本語通訳として働いていた青年は朝鮮族でしたし、西安の大雁塔の下の
土産物屋で日本人観光客相手に商売をしていたおばさんも朝鮮族でした。九十年
代の初め、1992年、中韓国交正常化が実現すると多くの朝鮮族が山東省の烟台
に向かいました。ここから対岸の韓国の仁川港に定期船が就航したからです。そ
して韓国のソウル駅前は漢方薬の材料を売る朝鮮族のおばさんたちでいっぱい
になったこともありました。現在、韓国には約20万人の朝鮮族が滞在し、バス
の運転手や食堂の皿洗い、清掃業、建設業などに従事しています。
 
 九十年代、中国に進出した韓国企業の多くは、先ず通訳として朝鮮族を採用し、
早くから中国に進出していた日本企業や香港、台湾企業を追撃し始めました。中
東や欧米で外国経験も多い韓国の第一線のビジネスマンたちが中国にやってき
ました。ここまでは日本企業の中国進出とそれほど大差はありませんでした。と
ころがこのわずか十年ほどのうちに韓国人の中国進出は日本人のそれとは全く
異なる形相を示し始めました。
 
 七十年代から八十年代にかけて、ベトナム戦争への参戦の見返りとしてアメリ
カへの移民枠が認められた韓国人はロサンジェルスなどアメリカ各地の大都市
にコリアタウンを作っていきました。コリアタウンと言うだけあって、そこには
韓国人にとって生活に必要なあらゆるものがありました。韓国レストランはもと
より、美容院、レンタルビデオ、碁会所、歯医者、テッコン道道場、そして韓国
人教会です。ヨン様ブームで有名になった東京新宿の職安通りなどとは規模が違
うことはアメリカの各地を旅したことのある人ならよく知っています。在米韓国
人はすでに100万人を超えています。
 
 中国に進出した韓国人たちはこのアメリカ方式を中国にも持ち込んだのです。
北京で1990年アジア大会が開催 開催された後、アジア大会村は一般住宅地と
して開放されました。するとどこからともなく韓国人たちが引っ越してきて、一
時期は「亜運村」がコリアタウン化しつつありました。しかし、その後、首都空
港に近い望京地区の高層アパート群の開発が始まると、いつの間にかここが北京
のコリアタウンになっていました。現在、その数10万人を超しています。私の
親友で元韓国人記者のS氏も、早くからここに拠点を設け、在京韓国人相手の
商売をして成功してます。
 
 日本人、日本企業の中国進出はほとんどが賃貸住宅に住み、単身赴任、駐在員
ベースであるのに対して、韓国人は韓国国内に比べると遙かに割安な住宅を先ず
購入します。そして家族を呼び寄せ、子供たちも中国の学校に入れて中国語をマ
スターさせています。中国の大学への留学生の数も韓国人が一番多く、韓国では
外国語学習といえば中国語を学ぶことが常識になっています。韓国政府も中国政
府もかれらを移民とは呼んでいませんが、実質的には移民そのものです。アメリ
カ各地にコリアタウンができたように、中国各地にコリアタウンが出来ようとし
ています。驚くなかれ、青島にはすでに30万人の韓国人が暮らしています。上
海も10万人を超え、大連、沈陽など東北各地も例外ではありません。
 
 国土が狭く、人口が多く、物価の高い韓国に早々と見切りをつけ、中国に基盤
を築こうとする韓国人のバイタリティには脱帽します。また、それを受け入れて
いる中国の懐の深さにも驚かされます。北朝鮮の政治体制が替わり、韓国と中国
が地続きになれば中韓の一体化は更に進むでしょう。最近、北京を訪れたことの
ある人なら誰でも目にしている光景ですが、北京のタクシーはほとんどすべてが
北京の現代自動車製のものになりつつあります。テレビの連続ドラマも韓国のも
のが日本を抜いて久しく、韓流はここでも歓迎されています。
 
 古代、漢字(367年)も仏教(538年)も中国から朝鮮半島を経由して日本に入っ
てきました。大陸文化の輸入に向かう遣唐使の一行には通訳として新羅人が乗船
していたことが円仁の「入唐求法巡礼行記」に書かれています。また遣唐使たち
はしばしば造船技術の進んだ新羅船の世話になっていました。日本人がことさら
日韓中の連帯を叫ばなくても、韓中は昔も今も遙かに強い絆で結ばれていたとい
うことです。「アジアの時代」をあちらはすでに先取りしていることに日本人は
もっと目を向けるべきではないでしょうか。
 
 幸い日本の大学でも第二外国語の選択ではもう何年も前から中国語がフラン
ス語を抜いて第一位にあるといいます。八十年代以後来日して定住した在日新華
僑の数はすでに50万人を超えて在日韓国人の総数を抜くのも時間の問題といわ
れています。そうした下部構造のダイナミックな変化に比べて政治家たちのアジ
ア認識は極めて遅れているとしか言いようがありません。小泉首相は先の京都会
談でブッシュ大統領に「日米関係さえ良ければ中国やアジア諸国との関係も良く
なる」と述べていましたが、この国際感覚の幼稚さには聞いているこちらまでが
恥ずかしくなります。第一、現在の「日米関係が良い」と錯覚しているのは小泉
首相とその一部追随者にすぎません。
 
 21世紀は中国の時代になることはすでにアメリカもユダヤ資本も認めていま
す。1972年のニクソン訪中を思い出すなら、アメリカがいつまた梯子を外すか
は時間の問題です。「脱亜入欧」が「脱亜入米」になっただけの戦後60年はやは
り日本人自らの手で方向転換しなければなりません。アジア共同体はできつつあ
ります。ただ日本だけがその現実を知らないのです。それでも時期がくれば中国
や韓国は「遅れてきた日本」を優しく迎えてくれると思います。そのためには在
日新華僑子弟の教育問題、不法滞在外国人の救済など日本人としてまだまだでき
ることがたくさんあります。
 
 アメリカの軍事基地のために7000億円とか数兆円の金を使う余裕があるのなら、
せめて数億円か数十億円でもいいから在日新華僑や在日アジア人のために使う気
持ちがあれば日中関係、日韓関係など瞬時に解決の方向を見出すことができます。
沖縄問題もまた然りです。日本の政治はすべてアメリカ一辺倒で本末転倒です。
民意を天意として政治を行う政治家が出てくれば日本もまだ救われます。梅も桜
も木槿の花もそれぞれ美しく特徴があります。互いを認めあい尊重しあうこと、
これなくして近隣諸国との友好は成り立ちません。ドイツとフランスが共同で歴
史教科書を作成したような努力が必要です。「いつか後悔するぞ」という小泉首
相の捨て科白に対していま中国は本当に怒っています。最後に中国の諺をひとつ
紹介します。「山中無老虎 猴子称大王」山の中に虎がいなくなったから猿が大
王だと威張っているという意味です。誰のことかは言わなくてもわかると思います。
                   (筆者は日中問題コンサルタント)

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