【オルタの視点】

欧米政治の変動と日本、そして「日本会議」

羽原 清雅
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 欧米の政治状況は大きく揺らぎ、2017年も続きそうだ。経済の低迷のもと、反イスラム、移民難民拒絶、EU離脱などを志向する勢力が強まろうとしている。また、アメリカ大統領選挙では、国民のあいだにこれまでにない変化が表れてきている。
 こうした傾向についてヨーロッパ各国の選挙の動きを見、さらにアメリカ大統領選挙に見えた潮流を整理していきたい。そのうえで、欧米の動向が日本の政治に、また政権への発言力を強めつつある「日本会議」に、どのような変動をもたらすものか探ってみたい。

◆◆ ヨーロッパの政治動向

 イギリスでは、国民投票でEUの脱退が決まり、キャメロン首相が辞任した(6月)。アメリカでは、リードを伝えられた民主党のクリントンを退け、大方の予想に反して共和党のトランプが次期大統領に選ばれた(11月)。さらにイタリアでは、憲法改正の是非を国民投票に問うたレンツィ首相が、反ユーロ、反緊縮財政を掲げ、ネットを駆使して選挙運動を展開したコメディアンのグリッロ率いる新興の政治団体「五つ星運動」に阻止され、辞任した(12月)。オーストリアでは、リベラル派の「緑の党」のファンダ―ベレン元党首が僅差で当選したが、既成政治批判、移民受け入れ批判の極右「自由党」が僅差で迫ってきた。

 明2017年はどうか。
 3月のオランダ下院の選挙では、ルッテ首相の連立2党に対して、イスラム排撃、EU離脱の国民投票をアピールする極右「自由党」(ウィルダース党首)がかなりの台頭ぶり、と言われる。
 また4、5月のフランス大統領選挙では、支持率の低迷する中道左派「社会党」のオランド大統領が出馬を断念、中道右派「共和党」のフィヨン元首相が、EU脱退の国民投票実施、移民排斥などを主張する極右政党「国民戦線」のルペン党首と争い、ルペンも決選投票にまで進出しそう、とみられている。

 さらに、秋のドイツ連邦議会選挙では、メルケル首相の「キリスト教民主同盟」「キリスト教社会同盟」、さらに「社会民主党」に対して、反イスラム、難民排除の新興政党「ドイツのための選択肢」(ペドリ党首)が支持基盤を広げており、国政進出は必至のようだ。
 その課題は、EUを守るか・離脱するか、膨張する移民、難民を受け入れるか・排除するか、そしてかつて植民地として収奪の対象としてきたイスラム世界の混迷と戦乱にどのように対応するか、である。そこに、それぞれの国の経済不況や就業難、貧富の格差、社会不安などの国民の不満が絡む。

◆◆ アメリカ大統領選挙の新潮流

 アメリカの大統領選挙を、現地で取材してきた新聞社の特派員、アメリカ政治の研究者たちの分析を聞く機会があった。細かな点は除いて、大きな潮流をまず整理しておこう。ヨーロッパの事情とは異なるものもあるが、大筋では共通している点も多い。

1) 反リベラル 従来の政治を動かしてきたエリート層に対する不信が膨張するとともに、この指導層にある進歩派を含めて、その「おごり」への反発が有権者の票に表われた。
2) 反既成権力 政治、経済、社会を動かす従来のエスタブリッシュメントへの不信と反発が表面化、その傾向からクリントンに期待の票が集まらず、デマゴギーな要素を含みながらも現状打破的なトランプへの支持が高まった。いわゆる「隠れトランプ層」である。
3) 自国ファースト グローバル化による国際連携の動きがアメリカをはじめ自国の低迷を招いた、との認識が広まり、まずは自国の立て直しが第一であり、閉鎖的な保護主義の傾向が強まろうとしている。TPPストップに動こうとするトランプの姿勢が典型的なケースだろう。
4) 中産階級の没落 中間層は社会の安定を生み出す重要な存在だが、この階層に一部の富裕化と多数の貧困化という格差を生じ、貧しい階層の不満がトランプによる変化を求めた。
5) ポピュリズムの台頭 社会の従来の指導層の対応に不満が募り、国際的な動向や政策の優先順位などに関わりなく、ただ変化を求め、批判対象を攻撃する、といった流れに同調する階層が増えていった。大衆迎合的な流れは、既成権力による政治効果に不満を持つ階層を巻き込み、トランプ支持の方向に向かわせた。
6) メディア対応の変容 既成の新聞、テレビのマスメディアへの信頼が薄らぎ、フェイスブック、ツイッターなどソーシャルメディアが拡大して依存度が高まり、政治行動に大きな変化をもたらした。前者がクリントン、後者がトランプの支持につながった。成人の62%がSNSを使ってニュースを得た、という調査もあった。ただ、この新メディアによる伝達には意図的な誤りやデマも多く、デマとして流された20件のうち17件までがクリントンについての内容だった、という。

◆◆ 日本政治との距離

 日本は、島国であるところにプラスもマイナスもある。江戸時代の鎖国政策は、日本の統治、教育や文化の独自の体制を発展、維持させる一方、海外でのさまざまな展開に後れを取ることになり、維新期以降急ピッチに追いつく能力を発揮したものの、国際関係が読み切れずに次第に軍事大国に走るようになり、そうした驕りから相手の立場を考えないままに対中、対米などの戦乱の悲劇を引き起こした。

 現代の日本は、米中ロの大国に軍事面でも伍していこうとするかの印象もあるが、本来は小さな領土の島国ながら、平和を希求し、教育と知識水準は高く、国力発揮の源泉はそこにあるのだ、という認識を忘れたくない。そのことは別として本論に戻れば、そのような日本は多民族の対立、宗教上の確執、難民の流入といった大陸での紛糾に巻き込まれないプラス面がある。地球規模の武力的な展開を避ける限り、国内のそのような対立などが持ち込まれる可能性は低い。その意味では、日本の政治に欧米の読みにくい状況の影響はあまりないと言えるだろう。

◆◆ 現状の政治の危惧

 とはいえ、欧米に起きている局面転換の現象が日本には起らない、とは言い切れまい。現実化するかどうかは未知数だが、現行の安倍的政治運営がもたらすであろう危惧としては考えられる。

 先号「オルタ」で取り上げた『日本会議』の項でも触れたので、要点だけ触れておきたい。
 ひとつは小選挙区制の弊害。「政権交代可能な2大政党制の実現」がうたい文句だが、実際は政党の得票率と議席数の配分がアンバランスで、これを許容するために「一強多弱」現象を招き、「数」次第の統治を進める結果になっている。また、1選挙区1候補者、という前提なので、その選定にあたる党執行部に強大な発言力が集中し、議員は異論も出せず、党内権力に追随することになる。

 このことは昨今の国会運営に具体的な事例がみられる。賭博の弊害という問題も論議不十分のまま成立したカジノ法案の扱い、見通しの立たないままのTPP承認の強行、あるいは都合の良い法制局長官の任命に始まり、立憲主義黙殺のままに容認された集団的自衛権問題の経緯、そしてリスクを将来に感じさせる特定秘密保護法の審議と成立状況、などその事例は非常に多い。まさに、民主主義下の専制、である。

 しかも、問題は政権を競う立場を付与された第2党民進党の心もとなさ、だ。例えば改憲問題、原発問題など立党に関わる基本的な課題で党内一致も果たさずに、当面の課題のみに流される。小選挙区制のわずかな恩恵に眼がくらんだか、制度の改革も目指しえない。さらに言えば、民進党が頼りとする、労働者を代表するはずの「連合」組織は、いま結婚、育児など将来の生活像を描けない非正規勤労層に対する視線がきわめて乏しい。
 こうした政治の硬直した状態に、国民有権者がいつまで目をつぶっているか。

 アメリカの選挙の背景からすると、「既成権力」への反発を誘い出すことになるだろう。しかも、投票率低下に見られるように、国民有権者の政治離れがさらに進めば、これは「ポピュリズム」の結束につながる。さらに言えば、「メディアのありよう」も、現実をそのまま許容する状態が続けば、権力沙汰の政治を容認するという方向に向かいかねない。すでに、権力を監視するという本来のメディアの任務に衰えが見えてきてもいる。
 未知数ではあるが、憲法の改定にまで進めば、上記のような懸念が、あるいはその一部がさらに進行して、国民有権者に怒りを誘うことにもなりかねまい。1年交代の6代に及んだ政権の登場は、いまも民進党を許さず、その結果安倍政権の長期化を容認する空気にもなっている。一方では、政治離れの傾向にもなっていよう。このことは、民意の忍耐がどこまで続くか、という危惧を抱かせる。

 ただ、欧米的な激動を阻む材料が、その可否は別として、日本にはある。

1) 日本の政治風土は、極端な変動を好まない。与えられた環境への順応性も高い。強者を希求する性向もある。ものわかりの良さ、概して温厚な国民性も挙げられるだろう。
2) 一部に貧窮状態が進行していることも否定できないが、総体としては物的な豊かさを享受しているし、まあ仕方ないか、という、現実を受け入れる納得の雰囲気もある。
3) 戦前の軍事国家の抑圧、戦時戦後の親族の死や飢餓など「戦争」の実体験や記憶の薄れ、そして世代の若返りのなかでの「近現代」についての構造的な歴史教育の不徹底、などが現状容認の土壌を作り上げている。
4) 抵抗や批判勢力の弱まりもある。先に触れた「連合」しかりだし、一時的に燃えて消えるSEALDs、あるいは各地に散在するが結束には力不足の9条の会など、個々人の信念や充足感はあっても、行動を起こすものとしてはどこか心もとない。
5) 政治的無関心層の存在は、結果的に現状維持勢力に数えられる。政治への不信、無期待、無理解など、その事情はさまざまだろうが、政治を動かす側にとっては有効な「現状おまかせ」「信頼」の階層ということになる。

◆◆ 「日本会議」の存在

 先号「オルタ」で述べた『日本会議』は、上記のような日本の政治風土をよく把握して、安倍政権に食い込み、かつ比較的保守的な層を中心に時間をかけつつ着実に浸透してきている。その意味では、右翼政党の台頭するヨーロッパとは異なり、すでに政権接近の座を占めている、と言えよう。

 ただ、懸念されるのは、その主張が政権に直結し過ぎていることである。温厚で、現状肯定的で政治の関心が乏しく、強者を待望する性向の政治的風土は、日本会議の、地方や各界の知名人や公職者らの「権威」をバックアップに活用し、国政面では同調する多数の議員を擁しつつ、その先鋒隊を政治権力内に潜入させるという手口はこれまでにない影響力を発揮する。長期戦の思想改革をめざす教育への進出、皇室と靖国護持、改憲の推進と明治憲法への回帰など、時間をかけて浸透していき、現実の政治を動かしていく。一方で、経済政策や、中産階層や貧困層などについては、ほとんど提言などの対応は見せていない。

 これらは、欧米のドラスチックな変容とは大きく異なる手法である。
 ただ、アメリカ大統領選挙に見えた現象に照らしてみると、似る、似ないのふたつの面が見えてくる。

・反リベラル」という点では、この組織は基本的に個人の尊重よりも、国家中心の統制のとれた社会をめざしているので、似ているようにも見える。
・「反既成権力」という点は、この組織はすでに現状の安倍政権に大きな路線を敷いて、既成権力を活用する立場なので、一致はしない。ただ、自民党に対抗する権力が登場すれば、話は別になる。
・「自国ファースト」という点は、きわめて類似している。愛国心を強くアピールし、仕掛けた戦争までも正当化し、不快な歴史的事実は修正したい立場にある。グローバルな外交政策よりも保護主義的な「唯我日本」に向かいそうである。
・「中産階級の没落」という点では、経済問題への発言は少ないので、なんとも言えない。ただ、彼らの取り込みたい相手は政治的な発言の乏しい、既成政治の受け入れに抵抗の少ない保守層や、「現状おまかせ」的な無関心層などなので、むしろ没落部分は取り込みやすいのかもしれない。
・「ポピュリズムの台頭」という点では、欧米政治に合致するだろう。地方や中央の政治家、知名士、そして多数党による決定を(従順な大衆が十分考えることなく、時流や多数意見に流されて)受け入れることは、日本人の体質に通底するところだ。日本会議のすごさというか、手慣れたやり口でもあり、ある意味ですでにポピュリズムの傾向は始まっている、と言えよう。ただ、反抗勢力としてではなく、現政権を維持する側において、である。
・「メディア対応」については、日本会議はもともと既成のメディアの関心を引かず、着々とおのれの道を切り拓いてきた。最近のメディア取材にも、あまり手の内は明かそうとはしていない。SNSなどの活用ぶりはわからないが、少なくとも既成のメディアに対しては警戒的で、どちらかと言えばリベラルな立場からの取材は歓迎していない。

 このような状況からすると、権力の内側への影響力と、権力との方向の一致性が続く限り、欧米的な反乱要素や立ち上がりはなさそうだ。むしろひそかな権力対応のありようが気がかり、というべきだろう。
 一般の国民有権者の現状の政治への批判や反発は今のところ、その世論調査の高い支持率などから見ても、表面化してこない。ただ、日本会議的主張の台頭、憲法改定論議、そして「数」で押し切る政治運営が具体化するたびに、怒りを誘うことになるだろう。
 少なくとも、日本の政治動向は直ちに欧米的激動につながることはないにしても、独断的な方向決定がなされたり、多様な意見の慎重な選択や調整が黙殺されたりすれば、油に火をつけることにもなりかねまい。
 すでに批判の油は満ちつつあり、火の接近は混迷を招くことになるだろう。

 (元朝日新聞政治部長)


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