武者小路公秀先生のこと

≪新年のメッセージ≫

■武者小路公秀先生のこと  初岡 昌一郎

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 1990年代初頭に、神奈川県が当時の長洲一二知事が提唱した“民際外交”
や“地方の時代”を具体化するプロジェクトとして、「アジア太平洋ローカル・
ネットワーク・イニシアティブ」がたちあげられた。3年間継続されたこの神奈
川県プロジェクトの主査が、武者小路先生だった。

姫路独協大学で教鞭をとり始めたばかりであったが、横浜に長くに居住していた
こともあって、同プロジェクト労働部会担当責任が私に回ってきた。国際政治学
者として早くから令名が高かった先生の声該に、このプロジェクトを通じて初め
て親しく接する機会がこうして生まれた。

 その頃に往年の厳しい制約が次第に解除され、自由な労働運動が活発化しつつ
あった韓国と台湾からプロジェクト労働部会に3年連続して参加があり、私たち
は新しい息吹に触れて感動し、お互いに社会的な新しいネットワークを求めた。

1993年春に最後の部会が、横田克己さんのご厚意により、新横浜駅前の神奈
川生活クラブ生協会館で行われた。この会合の結論として、プロジェクトの趣旨
を継承、発展させて「ソーシャル・アジア・フォーラム」を東アジア・レベルに
おいて毎年回り持ちで続けることが合意された。

 このプロジェクトに触発されて国内で我々がすでに初めていた研究会もソーシ
ャル・アジアを名乗ることになった。上海で2003年に開催した同フォーラム
で特別講演をお願いした時には、海外出張注中にもかかわらず、武者小路先生は
出先から寸暇を割いて直接来てくださった。本号所載論文の基礎となった、昨年
の国内研究会20周年総会で記念講演を先生がされたのにはこうような背景があ
った。

 私事に戻るが、武者小路先生との御縁は続き、先生のご指導を受ける機会をそ
の後も得たのはまことに幸運であった。先生が主催されていた東京国際問題研究
会にも参加させていただいた。また、先生が名古屋の中部大学で今世紀になって
から始められた「人間安全保障研究プロジェクト」にも加えていただいた。

 先生の超多忙さは、失礼を顧みずにいうと、オーバー・コミットメントから来
ている。依頼の趣旨が納得できるものならば、日程に真正面から衝突しない限り、
先生は即座に引き受けてしまわれる。特に、社会的弱者や国内外で差別を受けて
いる人々の問題について先生は敏感である。主催者の政治的な傾向や、まして謝
礼についてなどを先生が尋ねられたことを見うけたことも、耳にしたこともない。

こうした社会的に積極的貢献を行う姿勢を持つ大学者は、今や絶滅危惧種となっ
ている。ノブレス・オブリージュ(高貴な人が負うべき重い義務)を体現してい
るのが武者小路先生だ。不肖かつ自称の弟子としては、ご高齢の域に入られてい
る先生のペースダウンされたご活躍とご自愛を祈るのみである。

(筆者は姫路獨協大学名誉教授・ソシアルアジア研究会代表)

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