母と息子のインド・ブータン「コア」な旅(19)

【旅と人と】

母と息子のインド・ブータン「コア」な旅(19)

坪野 和子


◆ブータンの高僧と謁見…智慧のありかた・知恵の働かせかたを知る

 ここのところずっと旅そのものではなく、回想や解説めいた話を続けてきました。
 なぜかというと、日本においてチベット仏教はラマ教と呼ばれ、高僧崇拝の宗教と誤解され続け、日本在住チベット人による日本での啓蒙活動やダライ・ラマ法王猊下のノーベル賞受賞でやっとチベット仏教がおかしな宗教ではないと理解された頃、オウム真理教によってふたたび、誤解を作られて、さらに政治的な反中嫌韓の人たちが中国への憎しみのために利用していて、常に不純物ともいえる誤解要素にさらされている転生上人の存在を私の体感から伝えたかったからです。

 …ではでは…やっと旅行の話しに戻ります。
 その前に…前回、最初に依頼した旅行代理店のブータン人・チベット人のハーフの女性…なんと!! 今パリ。
 例の爆弾テロ事件、現場にかなり近い位置にいたらしく、事件後痛々しい現場跡を翌朝通過したとのことです。
 日本にいるとそういった事件・事故がテレビの向こうの出来事ですが、海外ではわが身です。
 私自身、インドで2回、数時間前にテロリストを捕まえた、30分前に爆弾テロがあった、など時間差で命拾いしたことがありました。
 日本だって明日は我が身だなんて思いたくありません。明日は我が身にならないよう、戦争を遠ざける為政者を選挙で真っ先に当選させたいと思っています。

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1. 謁見!! 人の性格は生まれつきでも民族によるものでもないのかもしれない。
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 上人の冬のお住まいに到着。尼さんがおひとり、チベット出身のお弟子さんがおひとり、ブータン人のお坊さんがおひとり。計4人がそこにいらした。カギュ派という宗派なので尼さんは奥様かもしれない。チベット仏教ではニンマ派・カギュ派は妻帯あり。
 サキャ派・ゲルク派は完全出家のため、結婚する場合は僧衣を脱ぐ、つまり還俗しなくてはならない。またチベット出身のお弟子さん。ああそうか、チベットからブータンはインドのチベット仏教寺院に行く場合は亡命であるけれど、ブータンなので亡命ではない。海外留学ということになるのだ。プンツォリンのようにインドに近い位置であっても、渡航が可能であるということだ。ブータン人のお坊さんは英語通訳兼マネージャーのようだ。それは最後になってわかったことだった。

 チベット仏教の普通で、まず上人に五体投地をし、カター(祝福のマフラー状の布)をささげた。どうもチベット式すぎるらしい。うまく表現できないが、ブータン式とも香港やベトナムのチベット仏教徒とも日本人観光客とも違うようだった。
 チベット人のお弟子さんは気付いてくださったようだ。通訳ガイドさんも。
 どこがどう違うか後で気づいたが、そのときは、あれ?? 忘れているのかな、私、やりかたが違うのかな??と思った。上人の冬のお住まいを去って、しばらく経って気づいた。

 チベット系民族のブータン人は合理的、理系発想。チベット人は文系発想で情緒的。
 その理由も、ブータンでは生物多様性や環境など自然科学的な智慧を必要としているからだろうし、チベットでもその智慧は必要としているが、土地が広いので、どのように自然と共存するのかが大切なため、情緒が安定することを優先するようになるのだろう。

 同じ民族であっても、生活環境で発想が異なってくるのだろうか…と思った。
 世界的な認識として、チベットとブータンは主要産業が同じなのに思われ方が違う。チベットは遊牧民、ブータンは農家、とされている。
 しかし、実は、チベットはモンゴルのような完全遊牧も存在するが、半農半牧が普通で、村によってどちらが優先されるかが異なる。
 一妻多夫の場合、夫が兄弟、長男農業、次男遊牧、三男商業(交易)、四男僧侶といったような家庭がありがちな様子だ。
 ブータンの場合は、「農家」が牧畜農家であるケースが多い。
 つまり、チベットの場合放牧が優先、ブータンの場合農業優先という生活の中心がどこにあるのかが違う。
 したがって、家畜や外敵のような生き物とどう共存するのかが課題のチベット人と、自然と闘いながら農作物を守ることが中心となるブータン人とは環境が異なるのだ。

 ほんの瞬間の礼を行っただけで、こんなに考えさせられるとは思わなかった。
 いろいろと考えを巡らせていたら、上人は通訳ガイドさんに「オレが話していること、わかっていないんじゃないか」とおっしゃった。
 いや、わかっているけど、考えさせられることが嵐のように押し寄せてきたんで、言葉そのままを受け止めていない私。
 その後、私が院生のころ読んだこの旅行の目的である14世紀のお坊さんの伝記をご高覧いただいた。
 「これは私も持っている。パロの自坊に置いてきた。ネパールで買った」
 チベット出版社発行の書籍。後日、ティンプーの尼寺でコピーが欲しいと言われたほど貴重な書籍だ。
 そして、上人は私が引いたラインマーカーの後を見ながらおっしゃった。
 「この記述の場所は…」
 そして、記述にない民間伝承の井戸と情報の統合で判断した仏塔のルーツを明示してくださった。

 チベット仏教のお坊さんって、なにがどう凄いかというと、ここにある。
 文献研究に専念して、で、それをどうするの、どう活かすの、というのが欠けている日本の「研究者」。
 自分の親切心でボランティアを頑張っているけれど、で、それが助けられた人を幸せにしているの、という日本の「ボランティア」。
 知識ばかりで、で、あなたは自分自身や他人をどう幸せにするの、という日本の「教育者」。
 ヨガをやっているけれど、肉体の効果だけを求めているひとたち。メンタルがなければ哲学がなければ、本当の達成はない。
 「心」「身体」「智」すべてのバランスがあるからこそチベット仏教のお坊さんなのだ。

 お話しを伺った最後にもう一度カターをささげた。…ブータンでは二度目のカターは「柄つき白」なのだそうだ。持ってたきたのは「黄色」…え?? 知らなかった。通訳ガイドさんが「じゃ、白のがいいから同じもの」と言われた。どうせ戻ってくるからいいじゃん…みたいな思いがあった。実は、ガイドさんも上人も同じ。ささげたあと、こちらに渡される。
 …しかしぃ、チベットと違うのは、上人がこちらの首にかけてくださるのだが、
ブータンでは合理的。お渡しして、自分で首にかけるのだった。

 さて、順がかわるが、カターをお渡しする前のこと。私に「先生はいらっしゃるのか」とおっしゃったので、「転生上人ではないけれど師匠がいます」と答え、息子には「私が先生でいいね」とおっしゃった。そして、息子に「何か質問はないか」とおっしゃった。
 「ボクは…特に悩みもないし、問題があったらなんとなく解決しています、このままの生き方でいいのでしょうか」と。

 上人のお応えは…。
 「ここに会いに来てくれたことがその答えだ。大抵の外国人は私を招請して、大勢で説法をきこうとする。そのまま生きていようというのではないからここにいるのだよ」
 で、私が通訳しようとしたら、通訳になっていない。
 「そのまま精進すればよいって」…っておっしゃっていないでしょ、通訳になっていないでしょ。通訳の次を思っちゃった…だってあまりに素晴らしいから…でも、これはいただけません、というおろかさ。通訳ガイドさんが普通に通訳してくださった。
 息子の上人(ラマ)決定!!

 そして、息子が言った。「オレのラマ、松方弘樹だ☆」
 たしかに、そういう強面、だけどジェネレーションギャップで日本の俳優さんに対するイメージの違いを感じた。
 で、気づいた。ああ、上人を日本に招請して、このキレの良い知性を…学術ではなく、思想ではなく、奉仕ではない、呼吸ともいえるお話しをしていただければと。

 後で通訳ガイドさんが補足説明をしてくださった。
 「ブータンに大勢で行くには、ひとりあたりの公定料金が高すぎるんですよ。お請びして、ラマに現地を楽しんでいただき、大勢でためになるお話を伺うほうがよいのです」
 なるほど…信者の知恵だ。

 次回、パロへの道。日本人団体客との遭遇。

 (筆者は高校時間講師)


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