母と息子のインド・ブータン「コア」な旅(8)

【旅と人と】

母と息子のインド・ブータン「コア」な旅(その8)

坪野 和子


■美しい土地ダージリンで知った「国境線」の悲しさ(後編の2)
 〔番外編2〕ダージリン観光案内

 遅まきながら新年あけましておめでとうございます。拙文をご高覧くださり、ありがとうございます。打ち始めると止まらない性質なので、長くなっておりますこと、ご容赦願います。論文でも思いついたことを削りながら、というタイプで、よく削り間違ってしまうことがあるんです。このような私の文章をご覧いただいているみなさまには心から感謝。

 先日、「世界舞踊祭」のプレイベント「シルクロード=アジアの舞踊」でパネラーとして久しぶりにトーク&パフォーマンスをした。私はチベットの宮廷音楽がユーラシア大陸の中間地点にあるという話をし、歌った。文化の終点駅日本からの視点で語られた方々から呼吸・雅楽・民間仏教舞踊などのお話しを伺い、比較文化の時代からグローバルな視点で自分の専門分野・地域は世界のどのような地点にあるのかという認識をする時代に動いていると感じた。

 さきほど、新松戸の駅を歩いていた。この駅から出勤しているのだが、その朝時間帯にはベトナム人の男女が集団で乗り込んできている。そして、退勤時間には水商売の中国人女子たちがお得意さん(中国人)をお誘いするためにスマホで電話している姿を見る。外国人をみつけたり、外国語が聞こえたりするのは日常茶飯事となっている。今日は出勤日ではないので午後時間帯に母の見舞いに出かけたのだが、4人くらいのネパール語を話す男の子たちが目の前を通り過ぎていった。帰りの夕方にはベンガル語を話す男性ふたりがベンチで話し込んでいた。ダージリンに滞在しなければ…あ、ネパール人、バングラデシュ人/コルカタあたりのインド人…と単純に線引きしていたのではないかと思う。日本語教育の勉強をすると「〇〇人ではなく〇〇語話者」と母語もしくは主に話している言語を中心に学習者をとらえることが必須である。その観点は言語だけでなく、「国」という概念で「人」は識別することができない、当たり前のことだが、無意識に識別しがちになっていたのだ。

 さて、今回は日本であまり伝わっていない隠れスポットも含めたダージリン観光案内を中心に綴らせていただきたい。読者さまからご意見いただいた横浜中華街との比較については、この旅行記が一段落してから、お伝えしたいと考えております。

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 ダージリン ---お寺詣り---
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 連載をはじめて随分経ってしまった。以前書いた場所のおさらい的な内容に観光するかたのための情報を加えてお伝えしたいと思う。
 ダージリンのメイン地点に到着する観光インフォメーションのような場所がある。そこはインフォメーションではなく、貸切タクシーの予約…というか交渉オフィスである。今回は息子が即断で交渉に応じたため、そのままお寺詣りの半日コースを予約して翌日使った。しかし、できることならリーフレットだけもらってホテルで検討してから予約するのも悪くないだろうと思う。また、このコースはタクシーを使わずに、トイ・トレインでグム駅まで行き、グム寺から時間をかけてゆっくり上がってメイン地点まで一日かけてもまわれるコースである。運転手がガイドと同じようにお寺と馴染みがあればという期待もあって、息子の即断に反論せずにそのままタクシーでまわった。リーフレットは金額が書かれていない。つまり、言い値でなく必ず値切るべきものだとも言えよう。到着翌日にタクシーでお寺詣りをした。

▼グム寺(イガ・チョェリン)[ゲルク派]
 19世紀にモンゴル人の高僧が建立した寺院である。とても小さいお寺だった。訪れる人も少なく、瞑想するお堂と本堂とお坊さんたちの「宿舎」だけだった。お堂の中側に大きなマニ車があり、中で普通に参拝をして戻っただけだった。夫が若いころ撮った写真よりは大きくキレイになっていたが、ラサの町中の裏通りにあるお寺と同じくらい小さいことに驚いた。ダージリンはゲルク派の檀家が少ないとはわれていたが、寄進があつまらないわけではなさそうだった。よくわからなかったが、さすがに「なんでこのお寺は小さいのですか?」なんて質問はできなかった。それでも観光コースなのだ。この後のお寺詣が不安になった。

▼ヨガ・チョーリン寺[ニンマ派]
 さきほどのお寺から歩いてでも行ける距離にあった。到着した途端に見えた光景は、お土産売りの数台の自動車だ。手編みのショールやマフラーや毛糸の帽子などインド人のお客向けとわかる衣類系のお土産だった。冷やかしで声をかける気すらしなかったのはなぜだろう。そして寺院もまたお土産屋さんだった。寺院に入ってすぐの場所で数々のお土産物。売っているのはお坊さんだった。お土産をよく見ると日本の観光寺院がお手本ではないかと思うほど、どうしようもないものばかりが売られていた。明らかに「チベット」から持ってきたものと「ネパール」から持ってきたものなのだ。チベットから持ってきたものは、現地の外国人ホテルやお土産屋さんの…書いていなくてもわかる「上海製造」の布仏画や飾り物。飾り物に至っては中国寺院の小僧さんの置物さえあった。そして、ネパール製の仏具やアクセサリー。これらはカトマンドゥ盆地のネワール人仏教徒職人によるものだ。さらに外国人は、ネパールのものなのに「チベッタン・シンギング・ボウル」と呼ばれる鈴(りん)もいい値段で売られていた。インド人や外国人にはわからないだろうが、なんでもありあり、というのがあからさますぎて思考停止してしまった。この話は次回詳細に。

▼サキャ・グル寺院[サキャ派]
 今回のお寺詣りで、もっとも長い時間境内の中にいた。とてもいい寺院だった。これから若い僧侶を育てていきたいという方向性が見えていて、とても落ち着いていた環境だった。管長が良いのだろうと理解できた。参拝に来ていたチベット人たちにとっても居心地が良いお寺であるということが感じられた。マニ車管理のおばぁちゃんは70代でありながら現役として楽しみながら仕事をしていた。知性的な若いお坊さんに話しかけられた。チベット語でかえしたらずっとチベット語で話しをしてくれた。「日本人なの? 日本人ってチベット語を話す人は本当にみんな上手だね。顔も似ているし、外国人だと思えないや」参拝が終わってから、休憩室に連れて行ってくださった。懐かしいチベットのバター茶、とても美味しかった。これこれ、お寺ではこれをいただきながらお話しするのが楽しい。
 小僧さんにお茶を入れてもらった。こちらはお菓子をあげた。とてもシャイなチベット人の小僧さんも懐かしかった。「いつ出家したの?」「8歳」「故郷はどこ」「兄弟は何人」「お坊さんは楽しい?」「宗教の勉強は好き?」「もうすぐお正月(チベット暦)だけど帰らないの?」…しきりに照れているので基本的な話ししかできないなぁ。
 恥ずかしがり屋の小僧さんと話しが続かなかったところで、さきほどのお坊さんが出てきた。「これからブータンに行くの。いいなぁ、ブータンで(チベット暦の)お正月を過ごすなんて、楽しいぞ。きっとチャム(仏教仮面舞踊劇)も見られるだろうね。あちらは僧侶が多いからね。…ウチの寺?? できないよ。僧侶が子どももあわせて60人しかいない、200名は必要だから。今に寺が大きくなったら、上演できるからね、その頃また来てね」…お寺を大きくしよう、学問所として定着させようという…情熱のようなものが伝わってきた。1988年に訪ずれたチベット・デルゲ(四川省)で40名の若い僧侶が亡命先から一時帰国(?国?…チベットという国はないが)したベテランの僧からチャム(仏教仮面舞踊劇)を習っていた場面に遭遇したが、文化大革命で途絶えた伝承を戻すためには人数が足りなくてもやれるだけやらなくてはならなかったのだと振り返って気づいた。

▼ドゥク・トゥプテン・サンガク・チョェリン[カギュ派ドゥク派]
 ブータン人が多い宗派。ブルーのベレー帽風の僧帽がとてもオシャレな感じがある。そさして、ブータン人・チベット人の小僧さんたちが被るととてもかわいい。以前書いたエリア的にブータン領というよりチベット領≒中国領から来たと思われる小僧さんもこのお寺だ。お寺そのものも、チベット本土のお寺と変わらない荘厳さと活発さを感じさせられるお寺だった。地元の檀家さんも多いのか、親しげにお坊さんとお話ししている人たちも少なくなかった。
 この宗派の管長はチベット系インド人で、本山は現在、ラダック。現代的な環境問題に取り組み、宗派主催のエコツアーやごみ拾い活動安行など宗教に関心がない人であっても共感できるであろうと思われる活動を続けている。宗派管長の説法も英語・チベット語・ゾンカ語(ブータン語)…有能な通訳による台湾中国語など、くったくない表情による非常にスマートな語り口が素晴らしいと感じている。そういう宗派の寺院だから、やはり僧侶たちは活気溢れる動きをしている。チベット暦正月の準備で忙しそうにしていたので、話しかけのタイミングが難しかった。息子が「もっときかなくていいの?」と私の遠慮を感じ取ってくれたのだが、準備の様子で充分理解できた。
 お寺の休憩所で、英語の仏教本(初歩的な非仏教徒向け入門書)が売られているショーケースに、宗派の高僧の写真があった。宗派の管長と寺院の前住職と生まれ変わりの子どもの現住職のお三人が1枚に。あ、ブータンでのお土産に…そして、私自身のために…ほしいな…。で、値段訊いたら「Take free」と英語で返事が返ってきたので、チベット語で「本当に無料?」と聞き直したら、やはり好きなだけ持ち帰れるようだった。私にとってダージリンでの最高の自分へのお土産・ご褒美だったと思う。
 お坊さんのブロマイド?のどこがいいのかと思う人のほうが普通の感覚だろうと思う。「輪廻転生」のチベット仏教における哲学ではない、しかし実は哲学と智慧なのだ。チベット仏教が転生聖人(トゥルク・ラマ)を必要としている意味のひとつとして、「尊敬する」という感性を持つ心の美しさも必要な生きる智慧だから。ささいなことでも誰かを尊敬するということを知らない今の日本の若者たち…年齢が下だからという理由で理があることを言っても受け入れない米の日本の年輩者たち…若い世代の意見を受け入れるためにも転生ラマは必要なのである。やみくもに菩薩の生まれ変わりだという理由で拝んでいる宗教であるというイメージがあるのかもしれないが、そうではなく、アイドルスターがファンとともに成長していく、あるいは応援しているアイドルが本格的な歌手や俳優になっていくことを楽しむ、チベット仏教ではお坊さんが経典や師匠の言葉を自分なりに消化して昇華して活動につなげていくかという信者=ファンクラブのようなスタンスで宗教をも楽しんでいる。宗派管長は私にとって同年代・少し年下のおばさんキムタク、ちょっと年上のヨン様に近い存在なのだ。これは後日ブータン編でさらに述べさせていただく。

 で、私はチベット語で会話していたが、読者のみなさまが現地で英会話をしても、楽しく過ごせるだろうと思える。相手が亡命して日が経っていなければ、中国語もOKだろう。

 この日の午後3時。出発地点に戻った。明日はどこを周るかと言われ、「検討します」と息子。で、ホテルで協議して値切って行きたくない場所をカットして周ってもらおうとしたら、運転手はすでに他のお客をみつけていたようだ。そして、お仲間も向こうから断ってきた。たぶん、運転手としては午前中くらいで全部周れるつもりだったのかもしれない。行った先々でチベット式の参拝をし、おしゃべりを楽しみ、ただ参観しているお客ではないので、面倒くさいお客だったのかもしれない。明日は、まぁ歩いていくかぁ〜☆

 …もっと書くつもりでいたのだが、またまた字数が多くなりそうなので、次回…残念。
 次回もダージリン観光案内。お土産屋さんのお土産の正体…そう正体…いえ、怪しいものという意味でなく、一体どこからきたのか、そして、地元向けショッピングモールでの地元っぽい買い物について。予告的に申し上げると、「ラダック、ネパール、チベット、ブータンのお土産とどこが違うの?」「あ、元英領、香港の裏路地みたい」

 (筆者は公立高校日本語教師)


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