気候変動―残り少ないオプションの政治的選択の問題

■ 海外論潮短評(20)

気候変動 ― 残り少ないオプションの政治的選択の問題 初岡 昌一郎

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本誌の昨年12月号で紹介した、米『ハーパーズ』誌上討論「資本主義を救済す
る方法」で、5人の論者の最後に登場したエコロジスト、ビル・マッキベンが、
リベラル系の有力な国際問題専門誌『フォーリン・ポリシー』1-2月号(隔月
刊)で、気候変動に警鐘を乱打している。

彼は、アメリカの代表的なエコロジー理論家として国際的によく知られている。
1989年に発行された彼の代表的著書で、気候変動を考える上で必読文献に挙
げられている『自然の終わり』は日本でも翻訳出版されている。近著には『ディ
ープ・エコノミ‐ ― コミュニティの富と持続的将来』がある。彼は先鋭な理
論家であるだけでなく、実践的な活動方法も提言してきた。たとえば、『フ
ォーリン・ポリシー』2007年5/6月号に発表された「世界を救う21の
回答:グローバルな温暖化を阻止する450の方法を」がある。

取り上げた新論文は、地球を破滅的な気候変動から救うのに時間があまり残され
ていないと力説している。被害はますます大きくなっているのに、対策はあまり
にも遅すぎる。政治的な駆け引きをやめ、残されているオプションが不完全なも
のであっても、それを選択すべきだという。この論文では、一般的な俗説を取り
上げそれに回答するという、平易なスタイルをとって、彼の考え方を分りやすく
展開している。


◇1.「科学者の意見は分かれている」 : 昔の話


地球温暖化論争の初期には、本当に温暖化が進行しているか、それが人為的なも
のかどうか、そして問題を重要なものとみるべきかなどをめぐり大きな論争があ
った。この論争は、現在ではとっくにケリガついている。将来予測の詳細には不
分明なところがあるものの、一般的な予測の方向性には大きな疑問はなくなった
。他のいかなる問題にもまして、地球の温度が上昇をつづけていることには科学
者たちの意見が一致している。1995年以降の国際的な諸報告は、温暖化が危
険なものであり、それは人間が引き起こしたものであると看做している。

北極の氷は毎年次第に溶ける量を増してきたが、2007年夏には、前年9月に
観測した時より25%も失われていた。2008年夏末までに氷がさらに大きく
溶け、北極海では北東と北西の通路が新しく開け、船舶の航行が可能になった.
数年前までのコンピュータ予測では、21世紀後半にこのような状態になるとみ
られていた。もはや懐疑論者もこうした危機的事態に反論できない。


◇2.「時間はまだある」:間違い


北極の氷の溶解は、地球が急速に温暖化しているだけでなく、それが加速的にな
っていることを証明している。白い氷は太陽の輻射の80%を跳ね返すが、青い
海水は日光熱の80%を吸収する。他の要因もある。例えば、寒冷地の凍結が解
けると、氷面下に長い間閉じ込められていた巨大な量のメタンが大気中に放出さ
れる。メタンは、二酸化炭素以上にグリーンハウス・ガスを潜在的に含んでいる

2007年にノーベル平和賞を受賞したアル・ゴアは、2012年までに抜本的
な改革を実行しなければ、気候システムが制御不能になると警告している。19
80年代に初めて気候変動に警笛を鳴らしたNASAの科学者、ジェームス・ハ
ンセンは、2030年までに石炭使用を禁止しなければならないと述べている。

2,3年前に考えられていた以上に、2009年12月に予定されている、気象
変動に関するコペンハーゲン会議が緊急の重要性を帯びてきた。問題の中心は大
気中の二酸化炭素である。許容度をはるかに超えてしまったグローバルな温暖化
が重大な問題であるというだけでなく、突如のっぴきならない緊急問題として登
場した。


◇3.「気候変動で不利になるだけでなく、有利になるところもある」:希望的観
測にすぎない


長い間、勝者あれば敗者ありという計算が幅を利かせてきた。気候変動が地球の
一部では洪水などの害をもたらすが、他のところでは雨の恵みをもたらすと見ら
れた。最近では、度を越えた温暖化は地上の全てのものにとって有害なことが示
されている。

理論的には、ロシアやカナダの極北地で可耕地が増え、資源の探索可能地域が拡
大する。しかし、一定の限度を超えると、すべの面でマイナスに転ずる。数十年
間は可耕地が新たに増えても、温度上昇に伴う旱魃による被害がそれを上回るも
のとなる。

ペンタゴンの委嘱による2003年の報告は、ヨーロッパ全域での暴風激化、南
部アメリカとメキシコにおける深刻な旱魃、予測不可能な大規模降雨に起因する
中国における大規模な飢饉を予測している。

さらに他面では、軍拡競争などの否定的な要因を伴うかもしれない。アメリカ国
防省が考えたシナリオでは、地球の許容力が縮小すると、伝統的な争奪戦が食糧
、水、エネルギーなどの供給をめぐって勃発する。急激な気候変動は、戦争が再
び人間生活を左右する方向に追いやりかねない。"パキスタン、インド、中国、
これら全ての国が核武装し、殺到する難民、不足する食糧、水資源の河川をめ
ぐって争う悪夢"が現実化しかねない。


◇4.「中国のせいだ」:それより大きな要因が存在


中国が気候変動責任論の安易なターゲットになっている。中国は進行する産業革
命の中でアメリカを追い越し、世界最大の二酸化炭素排出国となった。しかし、
中国はアメリカの4倍の人口を抱えている。一人当たりの排出量こそが一番の問
題だ。さらに、二酸化炭素は過去一世紀に渡って空中に排出されてきた。中国が
大きな排出国になったのはここ20年のことで、それ以前、アメリカが最大の排
出国であった。

さらに、経済不況の最中にもかかわらず、排出削減に中国は一致して取り組み始
めた。今や、中国は再生可能エネルギー利用で世界をリードしているのに、アメ
リカは中国の燃料節約基準に相応する自動車の生産すら怠ってきた。

中国やインドなどでの急速な工業化や、富裕国の怠慢にもかかわらず、気候変動
をある国だけの責任と片付ける訳にはゆかない。全ての人に犠牲が求められてい
る。中国にも更なる努力を期待するが、アメリカも新技術まかせにせず、より大
きな対価を払うべきだ。省エネルギーは国の成熟度を示す最大のテストである。


◇5.「解決には苦痛が伴う」:やり方しだい


問題は苦痛の定義に左右される。世界の産業・消費システムの転換という面では
、もちろん費用がかかる。他面で、燃料の多くをソーラーや風力に転換する点か
らみると、経済性が向上する。しかし、このような巨大な転換の具体的なコスト
は誰にも分らないのが本当のところだ。

現下の経済的窮境から脱出するのに、省エネルギー以外に多くの可能性がないこ
とがますます認識されだした。グリーン・エネルギーの経済的潜在力は、ITや
バイオテクノロジーを合せたよりも大きい。

最低線として、向こう10年間にエネルギー利用の成長率を世界的に半減させる
ことだ。この措置は、相殺効果で見ると節約が費用を上回るだろう。科学的見通
しはますます暗いものになっており、より大幅かつ迅速なエネルギー削減が余儀
なくされている。

これまでシステム的改革のコストが論じられてきたが、何もしないことのコスト
はどうだろうか。イギリス政府が著名な経済学者に委嘱した研究では、気候変動
のコストが両次世界大戦と大恐慌のコストを合算したものに究極的には達すると
の結論を下した。世界最大のスイス再保険会社やハーバード大学医学部も、コス
トは巨額のもだとしている。防潮堤などのインフラコストだけではなく、自然災
害の被災者対策費を急増させるからだ。

アメリカのメキシコ湾岸を襲った大嵐などの自然災害は、長い間、開発途上国が
経験してきた苦難を先進国にも負わせた。こうした自然災害との時間的競争とな
っている。結論として、われわれは既にあまりにも大きなダメージを地球に与え
てきたし、また安易なオプションをあまりにも長い間待望して、解決のための行
動を回避してきた。


◇6.「気候変動を食い止めうる」:ただし、以下の条件が充たされれば


この危機を解決するのは、もはやオプションではない。人間は既に華氏一度地上
の温度を引き上げている。グローバルな温暖化が関心の的になったのは僅か20
年前からに過ぎない。それまで、科学者は地球の物理的システムがいかに弱いも
のかを過小評価していた。

現在、温暖化は予想を超えて加速化しており、その結果がより広範かつ深刻に懸
念すべきものとなってきた。僅か一度の上昇だけでも、水の循環を著しく阻害し
てきた。より温暖化された空気がより多くの水蒸気を生みだし、洪水と旱魃の両
方を劇的に増加させた。例えば、保険料支払額を見ただけでも明白だ。蚊が生息
できる場所が拡大して、マラリアとデング熱が広がっている。海では珊瑚が死滅
し、陸では森林が急激に失われた。

これらいずれも被害の勢いが止められる気配がない。炭素排出とヒートアップの
時差を考慮すれば、既にもう一度の上昇が確実視されている。

今や唯一の問題は、われわれが究極的な破滅を回避できるかどうかに絞られる。
それは容易でない。科学的に一致している所見では、われわれが今正しい方向で
全力を尽くさなければ、今世紀中にさらに5度上昇することになる。今までのよ
うなわれわれの行動では、変動は阻止されないだろう。


◇コメント


地球環境の破壊が危機的に進行していること、特に温暖化を食い止めなければ遠
からず破局が訪れることを疑う人はなくなった。しかし、その速度の予測には異
論がある。そして、破局を回避し、地球環境を守るための政策と行動に関しては
極めて大きな食い違いがある。この点こそが深刻な問題だ。

マッキベン論文を掲載した『フォーリン・ポリシー』と同月に発行された『フォ
ーリン・アフェアーズ』誌に、5人の著名なアメリカ人科学者が連名で「地球工
学(ジオエンジニアリング)のオプション」という論文を発表している。代表的
国際問題二誌の異なる政治的立場を反映していると見られるが、そこでは対極的
な温暖化対策が提起されている。

両論文共に、地球温暖化が危険な限界点を超える恐れがあるという認識では一致
している。 しかし、そこからまったく異なる対策の道が将来に向けて提起され
ている。後者が提起しているのは、環境保護的な規制やエコロジカルな行動では
なく、科学技術に依拠した解決である。それは、地球工学は遺伝子組み換えと同
じような技術論で、シビル・エンジニアリング(土木工学)的な発想で問題の解
決を図かろうとする。

科学者たちの提案は、火山の噴火によって大気中に大量にまかれた灰や粉塵が気
候を冷却する作用が観察されていることを基に、このような状態を人工的に生み
出し、温暖化を食い止めることである。これは、人工降雨の技術に似ている。こ
のような対策は、大規模な研究費を要するだけでなく、副作用が予測できない実
験を要するものとなるだろう。また、仮にこのような対策で温暖化が食い止めら
れても、他にどのような予測されない否定的な影響をもたらすかもしれない。

こうしたアプローチは地震対策の経験を想起させる。これまで、日本は多年にわ
たり膨大な地震研究費を注ぎ込んできた。その結果、数秒前に予測ができるよう
になったといわれるが、実際にはまったく役にたっていない。これだけの支出が
、耐震対策や被災対策に支出されていれば、はるかに大きな効果をあげていたと
いう批判はもっともだ。

サミットに集まる首脳も、経済的に不人気な環境規制よりも科学技術的な対策に
熱意を示している。これには、経済効果を期待する経済界と莫大な研究実験費を
狙う学者の後押しがある。国連などの国際機関の多くは、エコロジーを重視する
立場をこれまでとってきたが、環境規制強化を嫌う経済界の意向を強く受けた多
数の政府の意向を無視できず、折衷的な態度をとるようになっている。グリーン
技術の開発とか、グリーン雇用という時流に乗って、こうしたモンスター的技術
に国際的な巨額資金が注ぎ込まれる恐れが現実化しないとは限らない。

日本などが中心になって推進している'排出権取引'による温暖化抑制策には、目
くらまし的な誤魔化しに過ぎないという批判が高まっている。このスキームでは
、企業が自主的に二酸化炭素抑制目標を設定し、それを達成した後の枠は他に売
却できるとしている。これは、猫に魚の番を任せるよりも悪い。少なくとも、猫
は残った肴を他の猫には売らない。

マッキベンのようなエコロジー派は、クリーン・エネルギーへの転換と省エネル
ギーは重要かつ緊急ではあっても、それにとどまらない根本的な変革を人々の生
活や価値観に求めている。既に膾炙している'スモール・イズ・ビューティフル'
  '生活の質' 'もったいない'などの言葉がその方向をしめしている。政府の政
策や経済的な対策のレベルと同時に、市民個人の生活に則したアプローチが不可
欠だ。巨額な費用を浪費し、地球環境に予測不能かつ回復不可能な打撃をあたえ
かねない危険な技術主義に陥ることなく、エコロジカルなオルタナーティブを選
択しなければならない。

ネオ・リベラリズムに依拠した政策が深刻な打撃を諸国民に与えたので、新しい
政治的社会的な経済学が求められる時代に入っている。何よりも学ぶべき教訓は
、あらゆる理論を誰がどのような動機と目的でいるかを唱導しているか、という
視点で見なければならいことだ。

理論は分析よりも動機と意図によって作られる。そして、政策は市民に役立つか
どうか、あるいは社会的に必要性と有効性があるかよりも、政府に加えられるロ
ビー集団の働きかけと政官業エリートの利害から作成されている。地球環境保護
には、科学的知見だけではなく、むしろそれ以上に、情報公開、政策決定の透明
化、市民参加など、民主主義的なプロセスの拡大が必要だ。市民一人ひとりが自
らエコロジカルな生き方を追求し、生活の質と労動の質を再考することが必要だ
、政策は極めて重要だが、政府と政治家、官僚に問題を委ねることで解決できる
ような問題ではない。

地球環境は全ての人の存在と意識を左右するようになったし、同時に市民各個人
の意識と存在をかけた行動によって左右される問題だ。専門家の技術論に任せる
のは最悪の選択である。生活と価値観の転換を受容する犠牲を払うのを納得でき
るような、分りやすい説明と、公平かつ公正な負担がカギだ。
               (評者はソシアルアジア研究会代表)

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