■波紋ひろげる自公民敗北の滋賀県知事選挙  仲井 富

────────────────────────────────────
●3つの「もったいない」を争点 
 
 7月2日投票の任期満了に伴う滋賀県知事選挙は市民派の嘉田由紀子氏(京都
精華大学教授)が現職で自公民三党と連合滋賀などの推薦を受けた現職の国松善
次氏に約3万2000票の差をつけ21万7841票を獲得して当選した。最大
の争点となった、栗東市内で県などが推進する新幹線新駅や県内のダム計画、廃
棄物処分場などの凍結を訴えて勝利した。嘉田氏は三つの「もったいない」を争
点とした。一点目は、税金の無駄遣いは“もったいない”から止めよう。二点目は
琵琶湖などの生態系、自然環境を損なうのは“もったいない”。そして三点目に、
子どもや若者たちの未来を損なう教育は“もったいない”と訴えた。
 
 とりわけ「請願駅」といわれる新幹線新駅は240億円余の建設費のうち県が
約117億円、地元7市が約123億円を負担する。JR東海の負担額は約3億5000
万円にすぎない。いままでに造られた「請願駅」は新尾道駅が最高額で約120億
円、最低額は東広島駅の約58億円である。「南びわ湖駅」の建設費突出と利便性
への疑問が県民の間にひろがり批判を呼んでいた。嘉田氏は県債残高が約9000
億円にも達する財政危機のなかで、京都駅から約10分で着いて、「のぞみ」も通
過する新駅は無駄で「もったいない」と主張。その財源を福祉や教育に活用すべ
きとし徹底的に「新駅もったいない」を訴えた。

 嘉田氏は合言葉になった「税金の無駄遣いや、自然破壊はもったいない、とい
う呼びかけが県民の心につながり、とどいたのが勝因」と語っている。「もったい
ない」は琵琶湖研究のフィールドワークでお年寄りからしばしば聞かされた言葉
だったという。財政難のなかで新幹線新駅の無駄をはじめ琵琶湖が持つ自然の力
や、子どもや若者の能力を、生かしきれていない現状を「もったいない」という
スローガンに表現した。争点をしぼり、県民に明確なメッセージをとどけた。 
 
 5人目の女性知事誕生ということでも、嘉田知事の今後が注目される。いま国
内には潮谷義子(熊本)太田房江(大阪)堂本暁子(千葉)高橋はるみ(北海道)
の4知事がいる。このうち潮谷、太田、高橋の三氏は官僚出身で、いずれも自公、
あるいは自公民・連合の相乗り候補として当選した。唯一、堂本氏は勝手連的な
市民運動派の支持などで当選したが、自力というより、自民、民主の候補者との
三者鼎立のなかでの僅差の勝利だった。しかし当選後は市民派と距離をおきはじ
め、県議会対策のみで目立った実績は残していない。そういう意味で言えば、は
じめて1対1の対決で相乗り候補を破った女性知事は嘉田氏をもって嚆矢とする。
しかも「大型公共事業の凍結」という引くにひかれぬ公約に対して県民の過半数
が負託した。その勝利の意味は大きく責任はきわめて重い。

●住民投票運動と候補者の資質
 
今回の滋賀県知事選挙を「もったいない」というムード的なスローガンで嘉田
氏の当選がなったというのは皮相に過ぎる。ここに到るまでの間に90年代後半
からのびわこ空港反対運動があり、知事選前には、新駅設置に反対する住民団体
が建設の是非を問う住民投票条例制定を求める運動があった。条例制定に必要な
有権者数の三倍を超える約7万5千人の署名を集めたが、条例案は二月の県議会
で否決された。そのほか志賀町の廃棄物焼却施設に対する町長リコール運動、高
島郡6町村が合併した際に合併協議会の決めた新市名を変更させたた住民運動な
ど、無駄な公共事業批判をはじめ県内各地で行政のやりかたに異議を唱える住民
運動が広がっていた。ことごとくが、今回の知事選挙における嘉田氏の「もった
いない」に象徴される政策提言に反映されている。嘉田氏もまた一貫してこれら
の運動に参加し、助言してきた「市民運動家」でもあった。

 加えて嘉田氏の長年にわたる環境社会学者や市民団体代表としての経歴、実績
も上げられる。琵琶湖をフィールドに、暮らしの視点から琵琶湖の保全や環境問
題に取り組んできた。埼玉県本庄市の生まれだが、修学旅行で琵琶湖の景観と関
西の歴史にひかれた。その後、京都大学農学部に進学、米国留学を経て、滋賀県
琵琶湖研究所研究員となった。琵琶湖の水利用について調べるため、県内120河
川、300自治会を歩いて廻った。

2000年から京都精華大環境社会学科教授に就任、国土交通省の諮問機関委員など
も務めた。長年、県内を歩いた「行動学者」としての実績をもとに、各地で「ざ
ぶとん会議」と名づけた車座集会を重ね、きめこまかな対話を繰り広げた。
嘉田氏は知事当選後の7月18日、京都精華大学の最終講義で「なぜ私が知事になろ
うとしたのかー環境政策実践」と題して約一時間講演した。
嘉田氏は「一人一人の思いで社会を変えられるかもしれない、というメッセージ
を出したかった。研究してきたことを実践するには、自分が知事になるしかない
と思った」と語った。
また「立候補に賛成してくれたのは最初は二人だけだった」とも語っている。全
県的にひろがっていた県政などへの広汎な異議申し立てや候補者自身の経歴、資
質など相まって、小さな流れが大河となって知事選挙に結集した。

●ホームページのマニフェスト
 
 嘉田陣営は選挙に際して、ホームページを通じて『もったいないを活かす滋賀県
政を』と具体的な政策展開をおこなった。かだ由紀子後援会のホームページ担当
者の松田馨さんは漢字で入力されなくても「カだ」「カダユキコ」などで検索して
もホームページにたどりつけるよう設定した。松田さんは後援会で唯一の二十代
の選挙対策本部役員、若い世代の支持を得ようとの戦略だった。告示前には、対話
集会の様子を報告する嘉田氏の声をホームページで聞けるるようにするなどパソ
コンを駆使した。ホームページへのアクセス件数は、知事選挙が報道されるたびに
跳ね上がった。立候補表明した4月18日から投票日前日の7月1日までの間に延
べ約20万8000人がホームページを開き、そこでのマニフェスト閲覧も千件を超
えた。嘉田氏の得票数21万7000票とほぼ同数のアクセスがあったことにな
る。
 
 『かだ由紀子マニフェスト “もったいない”を活かす滋賀県政を』のなかで
は、まず第一に「嘉田由紀子の緊急提言」として(1)新幹線栗東新駅、(2)ダム建設、
(3)廃棄物行政の三つの事業凍結と見直しを掲げた。「滋賀県の財政は、1兆100
0億円を超える借金(一般会計9000億円、造林公社1000億円、その他会計
1000億円で県民1人あたり約80万円の借金)、滋賀県が陥っている借金地獄
の中にあって、さらに大きな上乗せを強いる巨大な公共事業について緊急提言す
る」とした。具体的には、まず第1に、240億円(県負担額は120億円)も
のお金をかけて、ほんとうに新幹線新駅は必要なものか。いったん立ち止まり、嘉
田由紀子が知事在任中は、凍結する。凍結中の基本的な代替案として。新幹線整備
基金は、福祉、教育、安全などの一般財源に配分する。

 第2に、ダム建設について、丹生、大戸川、永源寺第二ダムの県支出金合計200
億円以上が、県営の芹谷ダム、北川第一、第二ダム建設について今後数百億円以上
の県支出金が必要。この5つのダム建設計画を凍結。建設を予定されている6つ
のうち、5つは主に治水、1つは利水を目的としている。治水については、ダム以外
の方法(堤防強化、河川改修、森林保全、地域水防強化)、利水については、ダム以外
の方法、水の循環再利用システムを構築する。第3に、旧志賀町に建設が予定され
ている産業廃棄物・一般廃棄物を合わせた焼却施設は、ごみのリサイクルなど資源
化が無視されいる。約150億円の県費が支出されようとしているこの焼却施設計
画は直ちに凍結する。地域循環社会の仕組みを確立すれば、この施設は不要となる。
焼却施設建設の前に「ごみを如何に減量化するか」を最優先に県民との対話を進
め、廃棄物行政のあり方を決定する。

 これに対して滋賀県側も県庁のホームページで、いかに新幹線新駅が将来の滋
賀県の繁栄のため必要かを、Q&A方式で懇切丁寧に反論している。嘉田知事初
登庁の7月20日現在、なお新幹線必要論は県庁のホームページに堂々と掲載さ
れている。新幹線新駅必要論が、いつ県庁ホームページから削除されるか、嘉田
新知事対県議会・役人との力関係を示すものとして注目したい。

●新駅と相乗り批判が投票行動に
 
 今回の滋賀県知事選挙で明らかになったことは、自公あるいは自公民と連合と
いう、地方選挙の勝利の方程式の破綻である。滋賀県知事選挙の投票行動を分析
してみると歴然とする。京都新聞滋賀本社の出口調査によると、新幹線新駅につ
いて、7割近くの有権者が反対であることがわかった。反対した人のうち約6割
が「凍結」を掲げた嘉田氏に投票したとしている。また現職の国松善次氏を推薦
した民主党の支持者のうち、嘉田氏に投票した人が6割を超えた。民主党支持者
のうち64・8%が嘉田氏に投票、国松氏には23・9%が投票しただけである。
自民党支持者では、国松氏が56・4%だったが、嘉田氏も33・9%の支持を
得ている。(京都新聞06年7月3日)。地域的な支持分析では、新人の嘉田氏は
県内26市町のうち、大津市や草津市のほか、東浅井郡2町など14市町で現職
の国松氏を上回った。嘉田氏は、県内最大票田の大津市で約2万票の差をつけ、
市議会の自民党系最大会派が支持した近江八幡市や長浜市でも倍以上の大差をつ
けた。

 滋賀県知事選挙のみならず、争点をしぼった選挙での自公あるいは自公民型の
相乗りは案外とりこぼしが目立つ。先日の沖縄市長選挙や岩国市長選挙のように
米軍基地問題など争点が明確になった首長選挙では、いずれも敗退している。安
倍官房長官の地元の岩国市では必死のテコ入れもむなしく自民候補が完敗した。
また北海道恵庭市長選挙では、「無駄な公共事業よりも、子供や福祉のためにお金
を使おう」と訴えた新人の中島興世氏が自民現職を破った。これはすでに長野県
の「脱ダム」を争点とした知事選挙でも証明されたことである。

 小泉改革の地方の痛みが選挙結果に影響したという指摘もある。敗れた国松前
知事は「新幹線新駅建設の是非だけでなく、税制改正に伴う高齢者の住民税増税
など負担増の実感が底流にあり、有権者の不安が少なからず影響した」と朝日新
聞の単独インタビューで語っている。小泉改革で進んだ「格差社会」への反発が
底流にあると語るのは、龍谷大学教授の富野暉一郎氏だ。「県民は、この反発を覆
すだけの指導力や頼もしさを、現職から感じ取れず、新しい人に期待を託した。
ポスト小泉の下での国政選挙にも少なからず影響を与えるだろう。民主党が相乗
りに加わったのは、非常にまずい判断だった。政権を目指すのなら、新駅問題を
含めて支持者や現場の意見を聞き、嘉田氏を推すことが必要だった」(京都新聞・
06年7月3日)。
 今回の滋賀県知事選挙でも嘉田陣営から選挙前に民主党の支持を得たいとして
小沢代表に会見の申し入れがあったが、滋賀県の民主党から横槍が入って潰され
た、という。来年の地方選挙につづく参院選挙を視野に入れるならば、地方首長
選挙の自公民相乗り体質は有権者の批判にさらされることになろう。

●待ち受ける議会対策という難関
 
 公共事業の新駅、ダム、廃棄物処理場などいずれも利権につながる大型公共事
業の「凍結」を正面から掲げて当選した嘉田新知事の今後は大きな難関が待ち受
けている。県議会議員47人のうち選挙で嘉田知事を支援したのは3人。圧倒的
なオール野党のなかでの県政運営となる。市民団体や勝手連を中心に誕生した知
事が、県議会と対立し潰された事例はいくつかある。東京都の青島幸男知事は
1995年に、臨海副都心の世界万博中止を公約して、当時の自民、新進、社会、さ
きがけ、公明などの相乗り候補、石原信雄元官房副長官を破って当選した。しか
し万博中止以外には目立った功績もなく一期で退陣した。栃木県の福田昭夫知事
は2000年に県庁舎建て替え計画や、ダム計画の見直しなどを訴えて当選したが、
これまたた自民多数の県議会に抑えれれ、次の選挙で自民候補に敗退した。

 2000年に当選した「脱ダム宣言」の田中康夫長野県知事は、県営ダムの中止を
めぐり県議会や市町村長と対立した。就任から1年8ヶ月後、県議会で不信任案
が可決され失職したが、一貫してダム中止を崩さず、出直し知事選挙で圧勝して
再任を果たした。最悪のケースは徳島県の大田知事である。2002年に総事業費
890億円の徳島空港拡張工事凍結を訴え当選した大田正徳島県知事は、人事案件
などで県議会と衝突、就任2ケ月で公約を破棄した。おまけに不信任を突きつけ
られ、在任一年余りで敗退した。田中知事は公約を死守し、大田知事は妥協の連
続でなすすべもなかった。単一の争点で勝利しても、知事の資質や能力がお粗末
であれば継続的な改革にはつながらないことを示している。

●嘉田知事の「凍結政策」潰しへ
 
 嘉田新知事に対して、県議会最大会派の自民党など新駅やダム推進派は長野、
徳島のやり方を参考にして、「新駅予算執行停止」を明言した嘉田知事に対して、
不信任も視野に「凍結政策潰し」を展開していくだろう。あえなく大田徳島県知
事は消え去り、田中長野県知事もいまなお自民、公明、民主、社民と連合長野の
包囲網のなかで苦闘している。行政職員としての経験もあり、政策的にもきちん
とした対案を持つ嘉田知事は、両者とは異なる手法で乗り切っていくことが期待
されるが、前途はきびしい。
 
 だが、来年の地方選挙、参院選挙を控えているだけに自公民相乗り派も悩まし
い。県民の圧倒的な支持を得た「無駄な公共事業凍結」をただちに否定するとい
うわけにもゆかぬ。民主党滋賀県連は早々と路線転換に踏み切った。都市部を中
心に嘉田知事が圧勝し、民主党支持層の6割が嘉田知事に投票した事実に衝撃を
受けた。6月8日の幹事会では、新幹線新駅の「推進支持」から「凍結支持」の
方向に転換することを決めた。代表の川端達夫代議士は「報道関係の調査で民主
党支持者の多くが嘉田氏に投票したとされる。県民の期待を裏切ったことを反省
し再出発する。凍結に向けた嘉田知事の具体的な提案を待って一緒に議論したい」
(京都新聞・06年7月9日)と述べた。民主と連合系の会派「民主ネットワー
ク」(所属県議13名)も同様の方針を確認した。このような民主党の方向転換は
8月6日投票の長野県知事選挙にも波及した。

 小沢代表は滋賀県知事選挙後改めて「民主党の主張を体現できる候補者を」と
自公民相乗りに釘を刺した。自民、公明、社民、連合などが田中県政打倒の切り
札として推そうとしていた自民党の村井仁前代議士について民主党県連、社民党
が相次いで自主投票を決めた。公明党も本部推薦はなく地元推薦にとどめた。自
民党自身も党本部の推薦を求めず自民県連の推薦とすることを決めた。実態はと
もかく表面的には自社公社民の相乗り体制を隠蔽する作戦だ。嘉田知事の誕生は、
長野県知事選や、さらに来年の一名区(29選挙区)を中心とした各党の参院選挙
戦略に多大の示唆と影響を与えるものとなった。
               (筆者は公害研究会代表)

                                                 目次へ