【コラム】酔生夢死

準戦時態勢? やめておくれ

岡田 充


 「北の核は中国にとっても深刻な脅威。習近平指導部は明らかなシグナルを発している。前にこんなことを言ったら、売国奴とののしられたものです」。こう語るのは、旧知の朱鋒・南京大学国際関係研究院長。中国の安全保障研究の第一人者である。北朝鮮の核・ミサイル開発をめぐる米朝緊張が極度に高まった4月下旬、来日中の彼に会った。

 彼は「北のメンツを立てながら、核を放棄させられる可能性はゼロ」とも言った。中朝関係と言えば、中国軍が朝鮮戦争に参戦したため、血と血で結ばれた「血盟関係」と表現されてきた。しかし北朝鮮が初の核実験を行った2006年ごろから、北京の外交関係者は「北は言うことを聞かない。影響力を行使しろというがそんな力はない」と言い始めた。

 学者という「民間の立場」ながら、「友好国」指導者への遠慮のない発言。それは中朝関係が想像以上に冷え込み、トランプ米大統領から北説得を期待される北京も、実は成す術のない「お手上げ状態」にあることを物語っている。

 朱鋒は「政治は社会主義、経済は資本主義」という中国的な改革開放政策に賛同した張成沢(金正恩の叔父)を「北朝鮮の鄧小平になれた人物」と評し、KLで殺された金正男を「半分の鄧小平になれた人物だ」と持ち上げた。しかし、そんな期待は、張成沢の処刑と金正男暗殺で一気にしぼんだ。

 中朝関係は、国益がむき出しでぶつかり合う「普通の国と国」の関係になったというのが朱鋒の主張。北朝鮮の労働党機関紙が最近、「中朝関係を害している」と中国を初めて名指し批判。これに対し、中国側も「舌戦を展開する気はなく、核実験をすれば前代未聞の懲罰がある」と反論するなど、非難合戦を初めて展開しているのもそれを物語る。

 さて米朝の「チキンゲーム」。米原子力空母カールビンソンが朝鮮半島に接近し、朝鮮人民軍の建軍節を迎えた4月末、「緊張」は最高度に達した。北が核実験かICBMの発射を強行。これに米国が北へのピンポイント攻撃で制裁、北は韓国へ軍事報復する。日本の米軍基地ももちろん標的だ―。「国際政治専門家」を自称する人々がテレビで毎日、こんな話をすれば、視聴者が不安感と恐怖感を募らせるのは当たり前。

 そんな折北朝鮮は4月29日早朝、ミサイル実験(失敗)をした。なんと、東京メトロはこの情報で地下鉄を全線で停止させたのだ。安部首相が毎日、北朝鮮と中国の脅威を煽り立てた「成果」であろう。悪乗りの「準戦時態勢ゴッコ」はやめるべきだ。在韓米軍にアラートや家族への退避命令など全く出ていなかった。仮にミサイルが日本向けなら約10分で着弾する。地下鉄停止は発射から40分後でしかも「実験失敗」の報道の後―。いい加減にしておくれ。(一部敬称略)

 (共同通信客員論説委員)

画像の説明
  (メトロ運行停止を伝えるTV朝日の画面)

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