理不尽な押しつけ〜辺野古は「唯一の解決策」ではない

【沖縄の地鳴り】

理不尽な押しつけ〜辺野古は「唯一の解決策」ではない

大山 哲


 辺野古基地の建設をめぐり騒然とする沖縄本島北部の大浦湾のつけ根に、民謡の『二見情話』で名高い小さな集落がある。歌詞の一節に「海山の眺め他所に優ていよ」と詠まれ、典型的な山原(ヤンバル)の、のどかで美しい景観を誇っていた。後背地の開発などで昔日の面影は失われつつあるが、眼前の大海原は、今も変わらず、太陽の反射でさん然と輝いている。
 世界各国の珊瑚礁の生態系を研究しているキャサリン・ミュージック博士(ハワイ在住)は「辺野古の珊瑚礁は世界の宝」と絶賛し、埋め立ての断念をケネディ駐日米大使に直訴した。大浦湾に回遊する絶滅危惧種のジュゴンや豊富な珊瑚の群生、魚群など生物多様性が危機にさらされていることから、国内外の環境・自然保護団体・機関は、こぞって警鐘を鳴らし続ける。

 また、辺野古基地反対運動の過程で、にわかに着目されたのが、観光リゾートとしての辺野古の優れた立地条件だ。沖縄県は近年、観光地としての呼び声が高く、国内、海外からの観光客が増え続ける。年間七百万人を突破し、一千万人さえうかがう勢い。平和産業として、国際リゾート地に変貌しつつある。本島では、ホテル、ビーチなど施設の殆どが、中、北部の西海岸(東支那海側)に集中する。それに引きかえ東海岸(太平洋側)には、カヌチャリゾートを除いて、目ぼしい観光施設がない。
 この未開発の地域に、広大な白い砂浜、コバルトブルーの美しい海、青い空、なだらかな緑の丘陵とロケーション、リゾートとしての全ての要素と可能性を秘めた唯一の自然環境が辺野古周辺であることは、一度現地を訪れて見れば納得がいく。自然条件を生かし、環境を保全しながらのリゾートの形成。この可能性に挑戦するには、現存の米海兵隊キャンプ・シュワーブ基地の開放と、埋め立てを伴う新飛行場建設の断念が大前提である。

 なぜ、翁長県知事や稲嶺名護市長が、口すっぱく「辺野古に基地は造らせない」と繰り返すのか。なぜ一年余にわたって連日、多くの老若男女がキャンプ・シュワーブゲート前にはせ参じ、抗議の叫びを絶やさないのか。この思いの深さが為政者には届かないようだ。このところ「基地は沖縄振興の阻害要因」と、一部の保守政治家や経済人さえもが唱えるようになった。その典型を辺野古に見出したからに違いない。
 「辺野古NO」の圧倒的な沖縄県民の民意が示されたにも拘わらず、安倍政権は「辺野古が唯一の解決策」の方針を譲る気配がない。関係閣僚や官僚などを動員し、アメとムチの常套手段で、懐柔策や世論の分断を図ろうとうごめく姿が見てとれる。
 行きつくところ安倍政権は、一強多弱の政治勢力に乗って伝家の宝刀を抜き、絶対少数の沖縄の総意を無視する手段に出るのだろうか。それは筋道の通らない、矛盾に満ちた理不尽の押しつけそのものである。「民主主義とは何か」が根本から問われる。
 政府を代表して菅義偉官房長官は、辺野古移設の原点は、一九九六年の橋本首相・モンデール駐日米国大使の会談に基づくSACO合意にある、と表明した。金科玉条のはずのこの合意は、沖縄県が関与する機会もなく日米政府間で決定されたもので、十九年間の混迷の原因がその時点に発していることを無視しようとする。

 辺野古移設を正当化するため、さまざまな後付け理論を駆使してきた。(1)日米政府の合意事項(2)外交・防衛は国の専権事項(3)沖縄の負担軽減(4)本土には受け入れるところがない(5)仲井真県知事が承認した(6)海兵隊の一体的運用のため(7)抑止力の維持と地理的優位性……など。さらに「辺野古基地は普天間の三分の一で騒音被害は縮小」「すでに巨額の先行投資をしている」が加わるであろう。
 これらの理由付けは、時が経つにつれ、ことごとく破綻しつつあり、理不尽な押し付けが浮き彫りにされてきた。

 これに対し、翁長県知事は即座に「辺野古の原点は米軍の占領に起因する」と反論した。とりわけ現在の沖縄の基地過重負担が、一九五〇年代の銃剣とブルドーザーによる強制収用で形成されたものであることを強調した。問答無用で開始された辺野古新基地の建設工事が、米軍時代の強制収用を想起させる強権発動に見えたからである。
 全県に配置された米軍基地は、殆どが陸上部にあり、海を埋め立てての基地建設はなかった。日本政府が初めて辺野古を埋め立て、思いやり予算で数千億円にも及ぶ国民の血税を投じて飛行場を建設し、米軍に提供しようというのだ。

 安倍政権の辺野古へのこだわりは異常である。強引に米国を辺野古に引き込もうとの意図さえ見え隠れする。リチャード・アーミテージ元米国務副長官は、かねてから辺野古は唯一ではないとし「日本政府が別のアイデアを持ってくれば、間違いなく米国は耳を傾ける」と述べている。日本通の元政府関係者や識者から、同様の見解はよく聞かれるが、オバマ大統領の耳には届いていないようで、日米合意が既成事実化された。安倍政権は日米同盟の緊密化をアピールするため、ことさらに米海兵隊の抑止力の役割と沖縄の地理的優位性を強調する。辺野古問題は、安倍政権が憲法を無視して押し通そうとする集団的自衛権や安倍法制とも密接に絡み合ってきた。

 「抑止力と沖縄の地理的優位性」は、尖閣諸島への中国の進攻から「領土を守る」ことを強く意識したフレーズ。米海兵隊に共同行動を求め、辺野古を「唯一」とすることで日米同盟を盤石にしようとの狙いだ。むしろこれを隠れみのに、自衛隊が着々と装備の増強を進めていることを見逃してはならない。辺野古基地は、米海兵隊と自衛隊の共同使用が想定されるし、オスプレイの導入をはじめ部隊再編による海兵隊化が進められている。
 中期防衛計画や「防衛白書」で、尖閣諸島を対象とした「島嶼防衛」体制の強化が明記された。その主舞台は琉球列島であり、与那国島、石垣島、宮古島に沿岸監視部隊やミサイル部隊が新たに配備され、那覇空港(共用)の早期警戒部隊も倍増される。七二年復帰時点の自衛隊の沖縄配備は、陸・海・空の合計三千二百人だったが、二〇一一年には七千百九十人に倍増した。さらに「島嶼防衛」が展開されると約一万人に達する。
 過重な米軍基地に加え、自衛隊が新たな火種として頭上にのしかかる。県民が最も恐れる「軍事の要塞」の再来が目前に迫っていることが実感される。もし尖閣で武力衝突が起り、沖縄がミサイル攻撃を受けたら、どう対応するかを問われた中谷防衛大臣は「迎撃ミサイルで撃ち落す」と答えた。島嶼防衛が、こんな想定で展開されるなら、自ら最悪の事態を招くことになりかねない。

 そのことを懸念した翁長知事は「政府は沖縄をただの領土としてしか見ていないのか。百四十万県民が生活していることを忘れないでほしい」とクギを刺した。かつて沖縄戦で「軍隊は住民を守らなかった」事実に重ね合わせ、教訓とせよ、との意味にも取れた。
 政府が工事を一時中断し、県側との協議に入った期間中も、キャンプ・シュワーブ前の「辺野古NO」のテント小屋には、絶えることなく、あらゆる世代の支援者が出入りしている。とりわけ目立ったのは中、高年層の男女で、明らかに沖縄戦を体験し、長い米軍の植民地的支配と、今なお基地の重圧に悩まされ続ける人々の戦後七十年の深い思いがにじみ出ている。
 それでもなお政府は「辺野古が唯一の解決策」にこだわるのか。あえて最後に次の発言を引用したい。
 「どんな合意(日本)でも、県民の支持がなければならない。反対意見が出ていることは、我々にとって立ち止まり、考えさせる状況だ」(クリントン政権の国防次官補カート・キャンベル、2015・6・20 朝日新聞インタビュー)。

 (筆者は元沖縄タイムス常務、編集局長)


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