生活困窮者支援15年の歳月から見えるもの

                      石上 恵子

 「生活困窮」「貧困」という言葉が日常にあふれる社会になった。
 国は「生活困窮者自立支援法」を2015年4月1日に施行する。あちこちの自治体では、それに向けたモデル事業を準備している。それだけ「生活困窮者」の存在が無視できないほど大きくなったのだ。しかし、この法律における「生活困窮者」の定義は「最低限度の生活を維持することができなくなるおそれのある者」である。私たちがこれまで支援してきた、「最低限度の生活を維持することができなくなった者」は対象ではないようだ(私たちはどちらも「生活困窮者」であると定義している)。「生活保護費削減策」の法律が、生活困窮者を増やすことにならなければよいが…と思う。この心配が杞憂に終わることを願っている。

 私は、社会のひずみにより生み出された「生活困窮者」問題を社会構造の変革なしに解決できるのかと疑問を持っている。「生活困窮者支援」を行ってきた団体は少なく、そのノウハウが共有化されないままでは、「法」をつくったからといって、どれだけの実効力があるのか、はなはだ疑問だ。「生活困窮者」が抱えている複雑な困難さ、一筋縄ではいかない対応、職や住まいを確保できたらハッピイエンドではない、必要とされる継続的な支援などへの理解がシステム構築にも現場にも求められる。それは言葉にできるほど容易ではない。
 国がなにがしかの施策を打ち出すたびに、補助金目当ての団体がロビー活動したり役所に日参したり、「補助金くださいフォーラム」を開催したりする。「それってどうなのよ」と正直思う。補助金もらうとくれるほうを向いて仕事をしてしまいがちだ。ともすると、誰のための仕事なのかが忘れられてしまう。

 私たちは「生活困窮者支援」をはじめて15年目に突入した。障がい者支援以外は補助金に頼らずこつこつとやってきた。そのささやかな活動を紹介することで、「真の生活困窮者支援」を考えるきっかけにしていただけたらありがたい。

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当初めざしたのは多重債務者救済事業
 「多重債務者は路上にもいる!」
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 当法人は、1999年12月、司法書士をはじめとする専門家集団が、多重債務で苦しむ人の救済を目的として、セーフティネット貸付を視野に入れた相談事業をはじめるために設立した。設立後まもなくして、川崎市宮前区にある元会社社員寮を有効活用してほしいとの依頼が舞い込んだ。その頃すでに多重債務者の実態調査を行い、多重債務が原因で路上生活に至った人々が少なからずいることを把握していた。法人の理事の中から、まずは路上で困っている人を救うべきではないかとの意見が出された。自立支援施設についても調べたところ、いわゆる「貧困ビジネス」と呼ばれる生活困窮者をさらに搾取する施設が多いことがわかった。だからこそ、理想の自立支援施設をつくるべきだとの理事会の決定を受けて、自立支援施設開設に向けて動きだした。

 およそ2年の準備期間を経て、2001年、バブル崩壊後の景気低迷が続き、非正規雇用労働者が増えはじめた頃、しかし社会全体として「貧困」の認識をまだ持てていない頃、私たちは、「貧困ビジネス」とひとくくりにされている業界(自立支援施設運営)に、あるべき姿を実現すべく市民代表(のつもり)として、言葉は悪いが「殴り込み」をかけた。初めて触れる「ホームレス」への支援は、手探りの連続だった。

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自立支援事業取り組みの考え方
 「試行錯誤の日々」
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 川崎市宮前区は川崎市の中でも高級住宅地と言われる地域である。そこに路上生活者のための自立支援施設をつくりたいと言って、周囲を驚かせた。法人は地域住民への説明会を何度も開催して必要性について訴えた。地域の自治会長から「明日は我が身だ」との発言があり、最終的に周辺地域の理解を得ることができた。
 とはいえ、理想の自立支援施設の運営には困難が伴った。役所の窓口では生活保護申請を拒否されたりもした。新聞等マスコミで「貧困ビジネス」が取り上げられるたび、同じ扱いを受けたりもした。一方で、「自主運営」「自主規律」の運営方法で挫折したり、家賃支払いを信じて待って、結局裏切られたりもした。それでも入居者に寄り添ってきた。

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縁もゆかりもない人たちとの絆
 「権力、お金もなくシステムをつくってきた」
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 自立支援施設に入居してくる人々は、仕事から排除され、家族から排除され、社会から排除された人々である。幼児期から繰り返し受けてきた親からの暴力が原因で精神的に不安定になっている人、貧しさで満足な教育を受けられなかった人、お腹がいつもすいていて万引きを繰り返してきた人、やくざの世界から逃げ出してきた人、その人々が逃げて行きついた路上生活もさらに過酷な環境であった。孤独と空腹に苦しみ、社会や人間への不信感を募らせた彼らが、施設に入ってすぐに心を開くはずもない。職員からの毎日のやさしい声かけや親身になった支援を受けることによって次第に心を開いていく。職員の労苦が報われるときである。しかし、立ち直ると思われた人がお金を持って逃げ出したり、再びお酒におぼれたりすることもある。いったりきたりの繰り返しの中で、職員は我慢強く寄り添い続ける。そうして入居者との絆を深めてきた。

 仕事を探す人には、履歴書の書き方、身なり、挨拶や話し方までアドバイスする。毎日毎日履歴書を書いて面接に行くが30社以上回っても仕事が決まらず、自暴自棄になる人を励ます。仕事をすぐやめてしまう人には、どう対応すればいいか悩みながらとことん話をきく。
 施設に入居したとたん、がまんしていた病気が顔を出す人も多い。自分で説明できない人には病院に同行する。入院時は必要な持ち物を用意し、手術の結果を聞きに行く。医師から「身内でないと、説明できない」と言われても食い下がり話を聞く。

 ギャンブルやアルコールなどに依存する人も少なくない。満足な教育を受けないまま、自律を身につけないまま社会に出され、覚えたたばこやお酒、パチンコ・・・そのような彼らに対して、私たちは「意志が弱い」「だらしない」と責めることはできない。つらさを受け止めながら、金銭管理で対応する。一人一人異なった複雑な困難さを抱えた人への支援の多様さは限りがない。毎日何かしら事件が起きる日々を、地べたを這いつくばり、時には泥をかぶり、寄り添い型の支援をしてきた。

 利用者の多くは貧困家庭で育ち、低学歴だ。「自己責任」では片づけられない格差社会にあって、つらい思いをするのはいつも貧しいものたちだ。だから、私たちはたとえ裏切られても彼らを信じて手を差し延べ続けたいと思っている。

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想定外の障がい者の存在
 「セーフティネットからこぼれ落ちてきた」
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 自立支援施設の入居者の中で、どことなく他の入居者となじめない人が増えてきた。部屋に閉じこもりがちで人と話をしない、字を書いてもらうと名前は上手にかけるが、他の字はうまくかけない、話も筋道立てて話せない、何度説明しても理解できない等・・・。職員はもしかして障がいがあるのではないかと推察したが、そのほとんどが福祉手帳を持っていなかった。当法人では本人が福祉サービスを受けられるよう、1年以上の歳月をかけて手帳取得に労力を割いた。宮前福祉事務所に相談し、成育歴など過去にさかのぼって調査したり、遠い親戚をたずねて聞いたり、その上で受診を促し検査を受けてもらい、ようやく知的障がいや精神障がいが認められた。

 障がいがあると就職は難しい。自立支援施設では支援に限度がある。福祉事務所に相談しても受け入れ先が見つからない。そうこうしているうちにも、次々と同じような人が入居してくる。幼少期から障がいがあるにもかかわらず、周りのサポートがなく、福祉サービスを受けずに生き抜いてきた人たちに、暖かな「家庭」をつくってあげたい。そこで、一念発起して開設したのが知的障がい者グループホーム「ハーバー野毛」である。グループホームでは、ハーバー宮前で部屋に閉じこもったままだった人が笑うようになり、うつむいて自分の手を傷つけていた人が話をするようになり、いきいきと暮らしはじめた。
 現在では障がい者グループホームは4か所となった。

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就労継続支援B型事業所キッチンたいむ開設
 「差別される障がい者の中でさらに差別を受ける実態」
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 障がい者グループホームは「家」であるため、日中活動場所として就労先や作業所通所先が必要となる。しかし、ハーバー横浜の利用者の中には、せっかく通うことが決まった通所先から、直前になって「保護者からクレームがあって申し訳ないが・・・」と断られるケースがあった。理由は「元路上生活者だから」。「路上にいた」ことで差別される現実に、職員は言葉を失った。

 なんとかして、利用者を全員日中活動場所に通わせたい。受け入れ先がないなら自分たちでつくろう。これまでもそうしてきたじゃないか。そう考えてつくったのが、就労継続支援B型事業所キッチンたいむ、仕出し弁当を中心にした事業所である。運営は別法人を立ち上げ、名前を一般社団法人ラヴィ・アシスタンスにした。フランス語で人生を支援するという意味である。通い始めた利用者たちは、たちまちのうちにスキルをあげ、職員を驚かせ、喜ばせた。「おいしい楽しい」がキャッチフレーズのキッチンたいむは利用者の心の居場所にもなっている。

 自立支援施設で増えてきた障がい者の存在は、私たちの事業を拡大することになった。刑罰法令に触れて刑務所や少年院に入所した経験のある障がい者も受け入れてきた。最近、役所のケースワーカーや訓練施設から受け入れを打診する問い合わせも急増している。現実社会は厳しい。数百円の万引き3回という軽微な犯罪で実刑となった障がい者、幻聴や幻覚により人を傷つけてしまった障がい者・・・皆、どこにも行き場がない。本来、福祉サービスを受けるべき人が路上で放置されている。この事実は私たちに衝撃をもたらした。その人らしく生きることができるように何とかしたい。その思いが私たち法人の、職員の原動力だ。

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ネットカフェ難民の出現
 「新しいスタイルの自立支援 シェアハウス」
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 2008年、社会経済状況の悪化に伴い、「ネットカフェ難民」と呼ばれる新しい形の路上生活者が増えてきた。当法人の事務所が野毛にあった頃、突然若者が助けてほしいと来るようになった。事務所の前は、寿町(ドヤ)からネットカフェが多くある伊勢佐木町をぬけて桜木町駅へとつながる裏通り。事務所前の掲示を見て飛び込んできた若者は、解雇され、社員寮から出されて、ネットカフェで過ごしながら日雇いの仕事をしていた。自立度の高い彼には自立支援施設よりもアパートの方がふさわしい、入居者同士が助け合いながら暮らせる場所が良いのではないかと考え、これまでの経験からシェアハウスというスタイルにたどりついた。シェアハウスはグループホームと同様の仕様で、キッチン、ダイニング、風呂、トイレなどが共有になっており、個室は十分な広さを確保している。

 利点は孤独にならないことである。過去に、自立支援施設からやっとアパート自立できたにもかかわらず、孤独に耐えきれず自殺したケースがあった。それからはアパート自立後も時々連絡するなど、「卒業生」も支援しているが、そんな苦い経験からシェアハウスが生まれた。
 協力関係の不動産会社と相談し、連帯保証人、管理者という形で法人がかかわるシェアハウスを生活困難者に提供している。現在このような自立度の高い人たちが住む部屋は1Kのアパート7室含めて20室あるが、ほぼ満室状況が続いている。

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念願の生活再生相談事業開始
 「生活保護の手前で踏みとどまるために」
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 2011年1月、法人設立当初の事業目的であった「生活再生相談事業」を、一歩先に自治体との事業提携を果たした生活サポート基金の神奈川事務所として開始した。運営主体は2007年に設立した一般社団法人神奈川県生活サポート基金である。こちらも非営利活動法人神奈川県生活サポートが生み出した団体で、ラヴィ・アシスタンスと共に神奈川県生活サポートグループとして連携して事業を展開している。

 ホームページ以外では特に宣伝はしていないが、ひっきりなしに電話の問い合わせがある。最近の傾向は、債務整理したものの、収入が増えない(下がっている)なか、子どもの学費や入院などの突発的費用の工面ができないというような相談が多く、その多くが税金や公共料金を延滞している。家族そろって行き場がなくなる一歩手前で助かるケースが少なくない。多重債務相談ではあるが、実際には生活総合相談という様を呈しており、金融以外の問題解決策として神奈川県生活サポートグループの資源がおおいに役に立っている。

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発見の歴史であり、発明の歴史
 「利用者のために何が必要か」
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 神奈川県生活サポートグループは、こうしてみると、実にさまざまな事業を行っている。最初からこうしようと思って拡げてきたわけではなく、目の前の困っている人に「何をしてあげたらよいのか」と考えてやっていたらこうなった。手探りでやりつつ経験を踏んできた。支援した人数は1000人を超え、常時寄り添って支援している人は100人を超えている。しかし、私たちは数では片づけたくない。一人一人異なるAさん、Bさんの支援をしてきた(いる)と思っている。生活困窮者を「発見」してしまい、その支援を「発明」してきた。

 最前線にいる私たちには、混迷の続く社会状況が悪化の一途をたどっているように見える。

 (筆者は特定非営利活動法人 神奈川県生活サポート専務)
* 現在、15年の活動をまとめた「市民福祉白書―生活困窮者15年の実践―」を
作成中です。冊子発行費用のカンパ、編集作業のご協力などいただけたらありが
たいです。

≪ホームページアドレス≫ http://ks-support.org

≪カンパ振込先≫
 横浜銀行 本店営業部 普通口座 1771943
 特定非営利活動法人 神奈川県生活サポート 理事長 益野 弘喜

≪カンパ金額≫
 1口 1000円単位でお願いします。
(白書発行費用100万円を予定しています。5000円以上ご寄附いただいた方に
は、白書完成のあかつきには1冊進呈いたしますので、FAX(045-311-1611)に
て、住所、氏名をお知らせください。)

≪注≫
今回のオルタ原稿は、白書の中から一部を抜き出し、リライトしています。


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