田んぼの底は焼かない陶器

■農業は死の床か。再生の時か。         濱田 幸生


◇◇田んぼの底は焼かない陶器


 コメを考え始めると単なる穀物の域を超えて、生きものとの曼陀羅、そして日
本という不思議な島の文化の作られ方にも及んでいってしまいます。こうなると
本一冊書けそうな気さえしてきます。それほどまでにコメというのは奥ゆきと拡
がりが深いのです。
さて、ある友人がバケツ栽培のコメ作りに挑戦されたことを書いています。
私からみれば、本職の農家のやっている田んぼのほうがよほど簡単なんです。
規模がまったく違うだけです。
私はバケツ栽培をやったことはないのですが、たぶん水管理が大変だろうなとは
容易に想像がつきます。本物の田んぼの床は粘土です。それに対してバケツは鉄
板です。この違いがわかりますか?そう、鉄板は水を吸わない。より正確に言え
ば、吸収したり、吐き出したりしないのです。天然の粘土は、顕微鏡でみると、
多孔質といって無数の微小な孔があります。そこから空気や水を吐いたり、出し
たりしている天然のフィルターや弁の役割をします。過剰ならば吸収し、少ない
と吐き出します。

大雨の後などは、田んぼの堰を切って放流すればいいわけですし、渇水の時には
堰を開けて水を取り込みます。ですから、水管理は馴れれば楽な仕事で、むしろ
田んぼの状態や稲の観察することが農家の仕事だといえます。
 ただ、このように練り込まれた床土になるまで、大分手間がかかっています
。先祖代々、毎年春には水を入れ、代かき(しろかき)といって床土を練っていく
作業をします。これによって、言ってみれば、毎年陶土をこねている状態になっ
ていくわけです。
陶芸家がなぜいい田んぼの粘土を珍重するのか、その理由がお分かりになりまし
たでしょう。田んぼの底は焼いていない陶器のようなものなのです。だから水が
こぼれず、しかも空気と水が行き来出来ます。
では、この水がどこからくるのでしょう。実は、若い農家はここが分かりにくく
なってきています。初めから基盤整備されて、汲み上げポンプ場から地域の田ん
ぼ全体にパイプラインで水が送られるようになってしまったからです。確かにこ
れで、農家の朝と夕の日課だった水の見回り作業から解放されたことはたしかで
す。

しかし、同時に「うちのコメを作る水がどこから来るのか?」、「どこの湧き水
や川の水が自分のコメを育てているのか」ということが理解できなくなってきて
います。かつてはきれいな水でコメを育てるためにした冬の裏山(里山)の手入れ
や河川のメンテナンスがどんどんと忘れ去られていくのは悲しいことです。
ところで、私は帰農した最初の年からえんえん数年間も「田んぼ作り」をしたこ
とがあります。え、珍しくないだろうって?う~んとね、私の「田んぼ作り」は
文字どおり何もない原っぱを耕して、水を川から引いて田んぼにしたのです。
私が最初に借りた昔「田んぼ」だった原っぱは棚状の段々畑の上5枚でした。だ
いたい20アール(2反)くらいだったかな。ここは地主さんも手を焼いていて放り
出してあったところで、ここなら年貢(賃貸料)はいらなかっぺというご好意で貸
して頂きました(後から考えるとアタリマエだ)。
 
しかし、すぐに後悔しましたね。だって、腰まで野草が伸びているただの原っ
ぱだもん。桑の木さえはえています。これを刈るだけで一大事。しかもトラクタ
ーなどなかったのですべて人力です。刈り払ってから、一本一本根を抜くのです
が、春といっても今思い出しても大変な重労働でした。抜根しようとして、マン
ノウという鍬が1本柄の根本からバキッと折れたこともあります。金属部分など
毎日のようにグニャと曲がって、うちへ帰って玄翁(トンカチのこと)でたたき
戻すのが日課となりました。


◇◇湧き水の教え


参って、地主さんに酒一本を手土産に相談すると「あそこはオレもてを焼い
たんだぁ。じゃあ井戸でも一本掘ったらいかっぺよ」、ご冗談でしょう。井戸
一本掘ったら60万円はしますよ、まったく~。私がムッとしたのを見て、「な
らば、新宅のジイ様に相談すりゃいかっぺ。あのジィ様はあのあたりの湧き水
にくわしいぞぉ」。
そしてこの新宅のジィ様に酒2本を手土産に(本数が増えた)教えを乞いに行きま
した。このジィ様とひと晩飲んだあげく快諾。そして翌早朝、さっそく現地に行
くと、ジィ様田んぼはさっと見た後でいきなり、山に入っていくのです。足拵え
は地下足袋、軽快そのもの。とてもジイ様とは思えません。おたおたしていると
私が遅れます。

腰には鉈(なた)を吊るし、手には厚手の鎌を持ち、バサバサとかき分けながら
見て回ります。なにを聞いても、「う~」とか「あ~」しかいいません。そし
て正午ちかくかれこれ数時間も山を歩いたあたりで、見つけました最初の湧き
水です。それから面白いように数か所の湧き水を発見しました。
湧き水というのを見たことがおありですか。もちろん蛇口がついているなんと
かの名水ではありません。まったくの人が触ったこともない天然水です。
沖縄でも源河(ゲンガ)という河の源流まで行ったことがあるのですが、森の湧
き水はもっと小さくたよやかです。わずか30cmくらいの大きさの砂まじりの窪地
の底からふっふっと透き通った水が湧き出しているのです。
ジィ様は塩を白い小皿に供えて、手を合わせました。ジィ様に言わせると、この
湧き水は水神様なのだそうです。そして、田んぼは水神様にお願いして作るもの
なのだそうです。ひと昔前には、早春の田作りの開始の時には、皆、湧き水の水
神様に来て祈りを捧げたのが風習だったそうです。人によっては祠(ほこら)も
作ったといいます。今でもその跡は残っていました。このような湧き水が私が借
りた谷津田の両脇に数か所にあることを発見しました。ジィ様は至極満足げでし
た。

そして夕方になろうとする時間になって、私にこの水を田んぼに引く技術的な方
法を教えて頂きました。え、どんな方法かって。現物を見ないで説明するのは難
しいのですが、やや湧き水がある場所からの勾配を工夫し、水の道を用意するこ
と、そしてもっと田んぼをたがやして柔らかくしたら、呼び水として下の小川か
らボンプで毎日水を引いてやること、ただし、あまりやりすぎぬこと。
田への水の引き方もただ角からパイプで水を流してもまんべんなく行き渡らない
ので、あるていど耕して平らになったら縦横に溝を1尺(約33cm)幅に切って、
そこに順次流し込んでいく。そしてあとはひたすら「待つ」ことだそうです。
「ここは昔は湧き水だけで田んぼさ作った場所だ。ぜったいにできる!」
毎日のようにジィ様は見に来てくれて、時には湧き水を点検に山に入っていきま
した。「大丈夫、まだ水神様はあのあたりにいる」と森から田へと伸びる斜面の
中程を指さします。ほんとかいなと思いながら、ひたすら呼び水をして、待ちま
す。

そして1週間ほどたつと水が確かに増えているのがわかりました!そして思い
切ってポンプの呼び水を切ってもさほど減らないのです。涙がでるほど嬉し
かった記憶があります。コメと水との関係、更には湧き水を頂いている森林と
の関わりが肌身でわかった瞬間です。
コメは水でできています。水は森林で蓄えられます。そして腐葉土と土中微
生物により各種ミネラル、栄養素を与えられ、磨き上げられた水となり、田ん
ぼに注いでいくのです。コメは田んぼの中だけで見ていてもわかりません。そ
の水がどこから来るのか、何が源なのかが分かってくるとコメが、日本の生態
系の中心に位置していることがおわかりになるでしょう。

そしてその後に「田んぼ」に水を呼び込むのですが、その田んぼもどきの土地
には近くに川や農業用水がないのです。たしかにこりゃ、貸してくれるはずだ、
とため息が出ました。方法としては50mほど遠くにある小川から水路を作るか、
そこからポンプで汲み上げて、大きなホースで送るかだと初めは思いました。し
かし、高低差があって高い所に低い所から水を送るのはそうとうに大変なようで
す。しかたなしに断念。ああ、水がなければ田んぼは出来ぬ、田んぼが出来ねば
、コメは食えぬ。

       (筆者は茨城県有機農業推進フオーラム代表)

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