■ 海外論潮短評【番外編】            初岡 昌一郎

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  ロンドンの週刊誌『エコノミスト』10月25日号に、見逃せない二つの小さ
な記事があったので骨子を紹介しよう。一つは、OECD が10月21日に発表し
た所得格差に関する最新の報告をイギリス国別欄で取り上げたもの、二つめは現
在の深刻な金融危機の犯人追及がアメリカで始まったことをビジネス欄で取り上
げたものである。いずれも日本であまり問題にされず、報じられていない問題だ


◇◇平等 ― 経済的後退期における公正の重要性


 「イギリスの税制による所得再分配は北欧諸国より小さく、北米より大きい。
再分配の目的は、誰でもが同じように向上するチャンスを保障することだが、現
実には豊かな人々が成功への近道を持っている。

 OECDの所得格差に関する最新の報告は、この機構に加盟する先進世界30カ国
すべてを対象とした包括的なものであるが、悲しむべき現実を明らかにしている
。イギリス人は結果の平等も機会の平等も手にしていない。ジニ係数で測定した
イギリスの平等度は、アメリカとイタリアを除く他のすべての国よりも劣る。OE
CDのデータによると、他のどのOECD諸国よりも息子の所得は父親の資産に大きく
左右されている。

 先進世界全体を通じて、過去20年間に貧富格差が拡大してきた。これは特に
イギリスの開放経済に当てはまる。富裕な金融関係者の増加と東欧からの未熟練
労働者の流入が、所得格差を両極に広げた。

 各国とも最上位層がますます所得のシェアを経済成長の結果として拡大してお
り、イギリスでは最上位の10%の所得は、次の上位10%層の倍以上にひらい
た。その反対に、最下位層の所得割合は低下し、家庭崩壊や片親家庭が急増して
いる。」

 この記事と一緒に掲載されている図表は、OECD 報告に基づいて同誌が作成し
たもので、ヨーロッパ諸国と北米の比較に限られている。したがって、日本はカ
バーされていない。イギリス、アメリカ、イタリアの3ヶ国が不平等の最も大き
く、北欧諸国が最も平等と評価されている。このOECD報告は300ページを超え
る長大なものであるが、概要を読んだ連合総研の鈴木不二一副所長によると、日
本はアメリカとイギリスのすぐ下に位置しているという。

 この報告が、日本で光りを当てられるかどうかは疑問だ。こうした報告は、政
府が記者クラブに発表しない限り、日本のマスコミで取り上げられることがない
からだ。かつて、OECDが不当な取引慣行(賄賂など)を理由に国連諸機関の入札
から排除された企業のリストをネット上で公開したことがあった。このなかには
、名だたる超有名日本企業十数社が含まれていたが、政府が発表しなかったため
か、どのマスコミも取り上げなかった。独自の取材や分析がないという、マスコ
ミ批判は故無しとしない。

 OECDは先進諸国のシンクタンク的政策調整機関として国際的に広く認められて
おり、日本は通産と外務を中心に、多くの現役公務員がこの機関の役職員となっ
て出向している。日本は国連諸機関やこうした政府系国際機関を官僚の研修所で
あるかのように、上級職公務員を在職のままローテーションで送り込んでいる。
これが本来の国際公務員として活躍しようとする人材の登用を阻害している。短
期の出向者は常に出身母体を向いて仕事をするので、出向先での貢献度は低く、
日本人の国際的存在感を薄くしている。

 閑話休題して、本論に戻る。イギリスにおけるこの格差拡大は、労働党ブレア
政権の鳴り物入り"第三の道"路線が、サッチャー政権の敷いた格差拡大に通ずる
規制緩和、競争拡大政策を推進したことの帰結といえるだろう。いま労働党支持
が大きく後退している原因の一つがこの辺にある。

 また、日本もアメリカとイギリスのネオリベラリズムに追随してきた結果、こ
れらの国に次ぐ格差社会を生み出している。日本はまれに見る社会主義的平等国
家だという、俗説が国際的に通用しないことをこの報告がはっきりと示している


◇◇裁判にかけられるウオール街 - 首狩の始まり


 「現在の混乱を招いた元凶と国民がみている金融街のボスたちを逮捕し、裁判
に引き出さねば納まらない気配が充満している。金融界トップを裁判に引き出す
べきだという世論の圧力を政府は無視できなくなっている。

 FBI だけでも20以上の会社を捜査しており、司法省、市場監視機関、州司法
局も不正行為を暴こうと押し合いへし合いで競合している。彼らはEメールをチェッ
クし、内部告発者を探している。

 ディック・フルド社長をはじめ、少なくとも17名のリーマン・ブラザーズ元
執行役員が司法喚問を受けるだろう。捜査官たちは、情報公開と資産査定に焦点
を絞っている。
以前に破産したエネルギー大企業、エンロン社長ケン・レイは、トラブルを隠し
ての
強気な発言で国民を欺いたとして有罪となった。

 金融不安が拡大するにつれて、一社だけの責任追及にとどめるのは困難になる
だろう。」

 日本のバブル崩壊時の司法追及は尻つぼみとなり、結局誰も法的責任を問われ
ることがなかった。小さい犯罪は徹底追及の対象になるが、巨悪は追及されない
。金融危機は自然現象のように外から来るものではなく、内なる作為や判断ミス
によってもたらされたものだ。自然災害の救援のように、責任と原因を究明せず
に、公的資金を注入してよいはずはない。マネーゲームを演出し、その過程で巨
利を不当に稼いだものたちの罪と罰を不問に付すのは、かつて中心的戦争犯罪者
にも甘かったように、日本人の寛容度を示す"美徳"なのだろうか。
              (筆者はソ-シアル・アジア研究会代表)

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