【オルタの視点】

相模原市「津久井やまゆり園」殺傷事件への一考察

堀 利和


 この原稿は10月18日に書いたものであるが、本事件についての一考察としたのは、私にとっては未だ本事件の分析が中間的であるからだ。というのも、本事件の全体像が今なお十分伝えられていないからであり、社会に与えた影響とその反響があまりにも大きく、しかも、その真相が非常に奥深く多面的で、様々な問題を提起しているからである。
 また、本事件に対する見方・考え方、そしてその対応にもし誤りをきたせば、かえってとんでもない方向に世の中が動き出しかねないという懸念もある。それだけに、本事件をとりまく政治的、社会的状況を慎重かつていねいにしっかり見守っていかなければならないと考える。
 そのため、本考察は未完成のものであり、後半部分では本事件の「検証と今後の取り組み」の論点整理を掲載した。むしろ、この論点整理に則して今後検証し、何をなすべきかを明らかにしていきたい。検証には団体によらず、個人的関係の立場から共に協力していただくことにした。

 前置きはこれくらいにして、一つの私の結論的見解を先に示せば、あたかも精神病・精神障害者が本事件をおこしたかのような冤罪事件にでっちあげたということになろう。
 たしかに容疑者には「措置入院」という経歴はあるが、しかしそれも措置入院の診断には幾分疑義も残り、つまり、あのような異常な事件をおこしたのは「精神病・精神障害者」に他ならないとする、すなわち異常な行為をした者が精神病・精神障害者だとする偏見に基づいた一般的に説得力のあるところに由来しているといえる。
 なるほど、精神状態がきわめて悪化して、発作的に不可解な行為、事件をおこす場合もたしかにあろう。その場合は、限られた状態の下での限られた者だけによるものであって、それゆえ一般的偏見すなわち「精神障害者は恐い」という国民的意識がつくられる。
 本件はそれとは違い、恐い事件をおこした者が「精神病・精神障害者」だとする、いたって誤った、あるいはそれを利用した偏見そのものであるといえるであろう。

 二つめの私の見解は、以上のことをふまえた上で、容疑者がなぜあのような優生思想的差別意識を持つに至ったかである。大学生活、教員採用試験の挫折、それなりに彼個人の人生経験と性格形成は無視できないが、もう少し大局的にみれば、ヒトラーの優生思想、意思疎通も「できない」とする重度重複障害者は生きるに値しない、税金の無駄使い、経済的損失、こうした考えは彼個人のものというよりはむしろ社会的背景、現代社会の病根にあると言えるのではないだろうか。我が国のヘイトスピーチ運動、西洋のネオ・ナチ的民族差別主義、アメリカのトランプのような排外主義、こうした閉塞状況につきものの差別・排外・優生思想が跋扈しているともいえる。容疑者をして、私たちは今日的時代状況を理解しなければならないであろう。
 そして身近なところでは、障害者の作業所やグループホームの新設に対する地域住民の反対運動、つまり隣人としての障害者の存在の抹殺ともいえる事象、あるいは、福島第一原発が事故の際、南相馬市の精神障害者の事業所の人たちが用意されたバスに乗ろうとした時、「障害者は乗せない」と拒否され、やむなく自分たちで車を用意して避難した事態である。厳密には優生思想ではないが、しかしこれは排除の論理である。

 三つめの私の見解は、大規模収容施設がもつ非人間的閉塞環境である。職員としての容疑者がいみじくも言った「親は疲れ、職員は生気のない目をしている」である。家族から、あるいは地域社会から追われ、排除されて、これを手厚い施設処遇だというのだが、収容施設の中で障害者と職員との隔離された固定的人間関係、こうした環境の中で専門職員としての容疑者の歪んだ意識と思想が形成されたといえるのではなかろうか。また、犠牲になった障害者には氏名が公表されず「19人」という数字となってその人生が示された。

 いずれにしても、本事件に対する客観的検証と今後の取り組みが重要である。というのは、私たちには過去苦い経験があるからである。
 1964年の、ライシャワー米大使の傷害事件である。大腿部を包丁で刺した男は「分裂病」患者であった。そのため、当時の政府もマスメディアも、犯人は「精神病者」と、「精神病」を事件の原因にした。しかし、真実は違う。彼は反米右翼思想をもった男である。それが事件の動機、にもかかわらず、日本政府もマスコミもこぞって「精神病」として反米右翼思想をもみ消したのである。外交問題になることを避けた。
 この事件によって、民間の精神病院がどんどん作られ、保安処分的社会防衛の立場から患者は強制入院させられた。先進国ではその頃から精神病院の閉鎖に向かったのだが、日本は今や先進国一の入院患者数33万人となってしまった。だからこそ「やまゆり園」事件の検証が必要であり、今後への取り組みが求められる。

<検証と今後の取り組みについて>

1 「やまゆり園」に就職するまでの経緯
 ・大学生活 ・教員採用の挫折 ・障害者に関わるきっかけと動機(放課後ディ) ・「やまゆり園」就職時

2 「やまゆり園」での職員としての情況
 ・職員及び保護者の評価 ・容疑者の意識の変遷 ・退職時の経緯

3 容疑者の職員としての意識の変化と収容施設の問題点
 ・専門職の評価と意識 ・収容施設がもつ固有の環境 ・職務と社会的役割 ・障害者と職員の関係性

4 衆議院議長公邸に手渡した手紙の分析
 ・手紙の内容の政治的、社会的背景からの分析 ・容疑者個人と社会情況の関係の分析

5 議長公邸から警察、措置入院の経緯
 ・想定される対応としての「偽計業務妨害」から精神保健福祉法(措置入院)に至るまでの経過と分析

6 措置入院の診断と治療
 ・診断の正当性 ・容疑者の言動 ・退院時の経緯

7 退院後から事件当日までの容疑者の行動
 ・時系列的に検証

8 事件の概要
 ・事件の計画性 ・犯罪の遂行状況

9 政府の動き
 ・関係閣僚懇談会 ・厚労省検討会 ・警察庁の見解 ・検討会の「中間まとめ」等の評価

10 容疑者の犯罪は精神病・精神障害によるものなのか?
 ・精神病者の犯罪ではない!? ・優生思想と差別意識の確信犯

11 精神鑑定後に起訴の可能性
 ・起訴された場合は刑法第39条の適用外(心神喪失で罪に問えない、または心身耗弱のための刑の減軽措置) ・責任能力のある犯罪

12 起訴と精神病原因説は自己矛盾
 ・起訴した検察庁は法務省行政機関 ・政府の自己矛盾の立場 ・起訴される本件により「検討会」の存在根拠の消滅

13 何をなすべきか
 ・起訴された時点でも、国民の多くは、本件は精神病者のしわざ、同時に起訴は当然という矛盾した誤解をもつこととなりかねない
 ・政府は、起訴により「精神病者の犯罪ではない」旨の見解を表明すべき
 ・しかるべき時期に、私たちは、記者会見および政府に要望
 ・それによって「検討会」の検討の根拠そのものを否定

<筆者プロフィール>
薬害で小学校就学前に失明。盲学校を経て明治学院大学卒。
参議院議員を2期。「季刊福祉労働」編集長。

 (共同連代表・元参議院議員)


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