【コラム】風と土のカルテ(34)

看護界の重鎮たちを突き動かした「危機感」

色平 哲郎


 今年の医療界を振り返り、「希望」を感じた出来事を挙げるとすれば、9月の「看護未来塾」の発足を推したい。

 今この国で起こっている様々な事象をしっかりと見据え、声を上げ、アクティブに行動する――。設立趣意書には、そんな活動方針が示されている(関連サイト http://www.kangomirai.com/about-us )。

 日本赤十字看護大学で開かれた設立記念フォーラムには、発起人代表の南裕子氏(高知県立大学学長)ら、看護の各分野で実績を上げてこられた二十数名の発起人の呼びかけで、200人を超える参加者が集まった。

 フォーラム冒頭のあいさつで南氏は、「看護未来塾」を設立したのは、以下の「4つの危機感」に突き動かされたからだ、と語った。
(1)戦後70年を経て戦争体験が風化し、平和のよりどころとなる憲法を変え、表現・言論の自由を制限し、軍事偏重の政策、軍事・防衛研究の拡大に向かう恐れ。
(2)国民の誰もが健康で文化的な最低限度の生活を営む権利が社会保障制度改革でなし崩しにされかねない恐れ。
(3)医療機関においても経済性、効率性が重視されすぎて、過密な業務で疲弊した状況下、「看護の心」を失いかねない危機的状況。
(4)160万人の看護師が体制に無批判、職務を従順に遂行するだけの物言わぬ集団になっている危機感。

 南氏は、「納得できないことには主体性をもって声を上げる」「人が人をケアする仕事が大事にされる社会となるよう声を上げる」と述べた。看護未来塾は、あらゆる人びとのいのちと暮らしの安全を守り、国のあり方の根幹を問い、どのような状況でもひとり一人が自由と可能性を実現できる、生き甲斐のある平和な社会を目指してアクティブに活動する、と宣言した。「もの言う看護師」たちが一斉に声を上げたのは壮観だった。

 発起人の一人に名を連ねているのが、健和会臨床看護研究所長で日本赤十字看護大学名誉教授の川嶋みどり氏だ。川嶋氏は、患者の安全と安楽という看護の原点を追求し、長く現場での実践や指導に当たってこられた方で、1月21日にはここ信州の地で「ケアの文化と看護の力」と題した講演を予定されている(主催・清泉女学院大学[長野市]http://www.seisen-jc.ac.jp/info/2016/12/121.php )。

 川嶋氏は設立記念フォーラムでの印象をこう記している。「私は、1948年に保健婦助産婦看護婦法公布による新制度が誕生したのを、『日本の看護史上の一大レボリューション』であるとの金子みつの言葉を思い出していた。あれから、70年近く経って、まさに今、看護史上に特筆すべき革新的な出来事が起きていると思った」(『看護教育』2016年12月号 Vol.57)。

 創設記念フォーラムでは「平和と人道の実現を看護から」と題して、「従軍看護婦の体験を風化させてはならない」との発表が行われた。医療の現場で日々、生起していることが、実は国のあり方と密接につながっている。そういう問題意識を持ち、発信し続けることが国を動かし、現場にフィードバックされて、医療の質を変えていく。看護未来塾のこれからに注目したい。

 (長野県・佐久病院・医師)

※この記事は日経メディカル2016年12月28日号から著者の許諾を得て転載したものですが文責はオルタ編集部にあります。
 http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/201612/549553.html


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