【北から南から】中国・吉林便り(25)

眼に見えない世界を感じるということ

今村 隆一


 私の日本滞在冬休みは毎度のように今年も数人の知人友人と再会し、最近の吉林の様子を伝える機会がありましたが、言葉では伝えきれないことが多く、やはり「百聞不如一見(百聞一見に如かず)」の格言を痛感しました。それにつけても多くの中国人と韓国人が日本を訪問しているのに、日本人の両国訪問が少ないのが私には気がかりです。訪問旅行で外国のことが判るわけではないが、関心が薄いから隣国に行くことが少なくなっているようです。個人では反中・反韓でもないのにあまりにも知らなすぎる。

 その原因は各人にもあるのでしょうが、日本政府と日本のマスコミの影響が大きいと私は思っています。私から見てそれは“日本社会の病状”に見えます。西田勝先生(植民地文化学会代表・文芸評論家)は一月末の新年会でご一緒の時“「民」とは目をつぶされた人間、「民」という文字は、語源的には目をつぶされた「氏」という意味”と言われました。

 「氏」というのは、万人が平等だった氏族制社会の基本集団のことで、何々氏というの は万事平等だった氏族制社会の名残だそうです。眠くなるのを、古代中国人の一人が、何者かによって目がつぶされていくものだと解したのに違いなく、「国民」あるいは「市民」と呼ばれて、いい気になってはいけない。現在の日本を見ると、大多数の「民」は依然として「愚かで残酷」としか言いようのない政権を支えている。日本、ひいては地球の破局を防ぐためには、やはり一足先に目覚めたものが、欲か、何かほかのものによってくらんだ「民」の目 を、あの手この手で明けて行く以外にはない、と“非核ネットワーク通信第200号”で述べておられます。

 妹尾河童(舞台美術家)さんは東京新聞(2月6日)紙上で「土砂崩れの起きない山をつくるには、時間をかけて樹を植えないと。国民も目先の餌をうのみにしないで。国がどの方向へ誘導しようとしているか、監視すべき。五十年先を考えて選択しないと、日本は滅びます。」と訴えました。

 私の年始当初の課題は身体機能2つのバージョンアップで、1つは眼の視力アップ。高齢になると様々な機能低下が現れ、私の場合は白内障が進んでいたのですが、いつも行く眼科のお医者さんに「我慢できるようなら手術は不要でしょう」と言われ、何事にも辛抱弱くなった自分としては、医院に行くこと自体、我慢できないからなのに「その返事はないだろう」との思いがつのり、日本帰国後、これまでとは違うトレーニングセンター近くの去年開院したという眼科に行き白内障の治療を受けたのでした。白内障治療の施術は吉林市の病院でも行われていますが、これまで私は眼科や歯科など医療に関しては吉林市の病院で治療することを希望しませんでした。その理由は私が吉林の医療機関の医療水準を知らないので不安なのと、医師との意思疎通が言語上簡単ではない、つまり日本の病院と医者の方が安心できるからです。

 課題の2つは脚力強化です。これは2年前の7月に受けた蛇咬傷とその後の膝関節炎(変形性ひざ関節症)は、MRIなどの診療結果で筋肉強化が一番の治療とはっきり認識したからでした。昨年から既に医者任せではなく、自力更生、脚力強化のための継続的トレーニングが必要でした。足の筋力強化は昨年2月末からの週末以外の日は北華大学の国際教育交流学院の2階にある訓練室(トレーニングルーム)に行き、授業が始まる前の20~30分間はほとんど毎日、レッグプレス利用の訓練と腹筋強化をしておりました。従って今年は日本帰国直後から市のトレーニングセンター通いが日課となりました。体力強化の施設と環境は吉林でもある程度整っていますが、いつどこでトレーニングするかの選択肢は日本の方が多いと言えます。と言うことで眼の治療と脚力強化の他、この間日本で経験したことと感じたことをいくつか中国吉林と比べてご紹介します。

●高齢者について

 私の身体機能劣化は高齢化に伴って発生したようです。辞典による定義をすると私は「高齢者」で、65~74歳の前期高齢者(ヤング-オールド)に当たります。日本語においては、「シルバー人材センター」や「シルバーシート」に見られるように高齢者のことを「シルバー」とも呼びますが、漢語では銀と高齢を結びつける表現はないようです。色に例えるなら高齢者は漢語では「黄昏(ホァンフン):たそがれの意」で「黄昏恋」は「おいらくの恋」の意味となります。「黄昏旅游(ホァンフンリュウヨウ)」は年配者向け旅行のことを言います。漢語にも高齢という言葉はあります。「高龄(ガオリィン)」と書き「高龄化」そして「高龄化社会」などが使われます。また老人は漢語で「老年(ラオ二ェン)」、「老年人(ラオ二ェンレン)」、「老人(ラオレン)」もよく使われます。

 日本語で使われる「ロートル」の語源は漢語の「老頭児(ラオトオェル)」ですが、日本での老人に対する蔑視の意味はなく、中国では敬称や親しみの意味が込められています。
 特に「老」という語彙には「年とった」や「年寄りである」という意味もありますが、尊称として使われたり歴史や経験が長いことや副詞として「いつも」、「とても」、「非常に」などとして概して良い意味で使われることが多いようです。

 また、中国では老人は敬われている印象が強く、「おじいさん」は「爺爺(イエイエ)」とか「老爺(ラオイエ)」と呼ばれ、バス乗車時に席を譲られる光景を多く見ます。ただ吉林の公共交通機関の中心はバスなので、乗客が多い時に席が譲られないことも多く、特に私が頻繁に利用する北華大学東校付近では乗車学生が多く混雑するせいか高齢者に席を譲る光景は少く感じます。
 また、65歳以上になるとバス料金が免除されます。身分証明書があれば日本のスイカ(Suica)のような非接触型ICカードの「老人卡(ラオレンカァ)」の交付を無料で受けることができます。一般の人は市内公共交通・非接触型ICカードを購入でき、私も使用しています。これも日本のスイカ同様、物品購入時の支払いもできますが、吉林市内だけに限られており、吉林市内では提携商店が未だ少なく、私の家付近では提携店が無いため、私はバス乗車時のみの使用です。ICカードを購入した場合のバス代は10分の1安くなり、お得です。なお公共バスで通学する中学生には「学生卡(シュエシェンカァ)」があり乗車料金は大人の3割引きとなっています。日本のスイカは乗車代金の割引きはあるのでしょうか?

 なお、吉林市での高齢者への健康福祉面の行政サービス制度が私には判りませんので、何とも言えませんが、バス料金の免除は高齢者の外出を経済の面と精神衛生、健康保持上手厚い支援となっています。

●スポーツ・体力強化施設について

 日本ではトレーニング・センター、スポーツクラブ、スポーツジムと呼ばれているようで、公営と民営がありその形態は様々なようです。日本では水泳プールを備えているところもあれば、フィットネスクラブなどもあり、多彩なようです。吉林にもトレーニングジムがありますが押しなべて民営で、私が住む吉林市豊満区には施設数は少ないのが現状です。

 北華大学の学生達が通っているところは、大学からバスに乗って15分ほどの「世紀広場」そばのトレーニングジムで、学生は1年間有効の年票200元(約3,400円)を購入しています。健康志向が高まっている中国ですのでこのような施設は今後増えるでしょう。ただ中国の人もスポーツ好きは多く、ダンス人口も割合も日本よりはるかに多く、広場があれば至る所で踊ります。勿論広場がなくて路上でも踊ります。また、卓球やバドミントンも地域の宅球場や老人大学など至る所で行われています。吉林の小中学校、高校、北華大学にも体育館はありませんが、屋根があろうとなかろうと何処でも運動競技は行われています。

 日本のように体育館とプールを備えた学校施設を私は吉林で見たことはありませんが、中国経済が豊かになるに伴い、マラソン、自転車競技、サイクリング、水泳、バドミントン、サッカー(含サロンフットボール)、バスケットボール等スポーツに親しむ人は老若男女確実に増えています。勿論私の趣味でもある登山は戸外活動クラブの活動が週末以外平日も活発に実施されています。スポーツとトレーニングウェアーについては吉林の人の方が日本の人よりカラフルです。登山ウェアーは男性よりも女性の方が高価なブランド品に身を包んでいる人が多いです。
 北華大学には私が通う東校にも、住まいが近い南校にも全天候型陸上競技場はありますので、サッカー競技の他、体力強化健康保持のため集団ウォーキングに励んでいる光景をよく眼にします。

 スポーツ施設は現在の日本が吉林よりはるかに充実しており、子供のスポーツ選手養成も多様ですが、経費面においては日本は吉林より高額と言えるようです。ただ、野球は中国ではメジャーではなく、吉林では野球場はありません。またゴルフ練習場とショートコースは吉林市中を流れる大河である松花江(ソンフア―ジャン)の河川敷きにありますが、約5ケ月間もの長い冬季でのゴルフは流行しようがないと思います。

●健康補助食品(サプリメント)

 今年日本にいて、私は膝関節に関心が高かったせいか新聞紙上でグルコサミンやコンドロイチンと言った薬名広告の多さに驚きました。薬や健康補助食品広告は、以前も多かったようですが。昨年整形外科の病院と整骨院に通い、日本には膝や腰、首などの関節痛に悩んでいる人が多くいることを知りましたが、新聞広告に占める薬と健康補助食品広告の多さはこれまで気が付かなかっただけだったようです。

 一昨年の10月、私は吉林市内の漢方病院に通い、足腰を患って苦しんでいる中高年者は吉林も男女ともに多くいることが判りました。それ以上に以前から感じておりましたことに、吉林の多くの人が健康志向が強く、加えて美容と化粧品については特に女性に偏って多いと感じます。勿論女子大生にも多く見られます。私が男性だからか、これまで関心が薄かったせいか、改めて注視してみるとスマホの画面に健康補助食品と化粧品とエステ施設が多く掲載登場していることに気付きました。この他、朝市では「冬虫夏草」、「霊芝」、「朝鮮(高麗)人参」などは日常的に売られており、伝統的漢方薬でもあるでしょうがサプリメントでもあるのではないでしょうか。

 健康食品やサプリメントの市場が拡大している背景には、中国の伝統的生命観「不老不死」をベースに、中国都市部の中流階級の可処分所得の増加が健康意識を高めたと見られています。2015年の中国における健康食品・サプリメント市場の規模は、1,090億人民元(163億USドル)を越え、2020年までには1,490億人民元(223億USドル)に到達すると見込まれており、この予測によれば、2015年から2020年までの年平均成長率(GAGR)は6.4%となります。今や中国は世界でも最大級のサプリメント市場となっていると言えます。 

●不思議な世界とつながる

 私の自覚として、「自分には人を見る目、世界を見る目がない」があります。白内障の治療をして視力が多少改善し新聞や本が読みやすくなったことを喜んではいるものの、物事を見抜く能力としてのいわゆる眼力には当然変化はありません。新聞が読みやすくなって普通は見ない産経新聞が眼に留まりました。ダウン症の書家・金澤翔子さんの母親・泰子さんへのインタビュ記事「話の肖像画」でした。私は吉林市北華大学で8年間、科目「書法」いわゆる習字の授業を週一度受けてきたことから、大変興味深い記事でありました。

 康子さんは「私たちは、目に見えないものは存在しないと思っている、でも本当は、目に見えない世界というのは存在し、そこからやってくるパワーというのは想像を絶するほど大きい。翔子はその不思議な世界とつながって、私たちが見ている世界とは別の、見えないけれど本物の世界があることを、書を通じて私たちに見せてくれているのだと思います。」とありました。見えないけれど本物の世界がある、と言うのです。

 見えない世界ですから、視力を矯正しても見えないのは仕方がないですが、心の眼が必要だなぁ、と改めて感じています。簡単ではないですが。
 産経新聞については相変わらずあきれるほど嫌中と嫌韓、原子力安全神話、軍事力強化のプロパガンダが旺盛ですが、良い記事が眼に留まることがあります。そんな時産経新聞記者の努力を感じます。

 (中国吉林市北華大学漢語留学生・日本語教師)

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