知の重みが失われるとき

知の重みが失われるとき

阿部 浩己

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 1.北岡伸一−安保法制懇座長代理
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 東京新聞(2014年4月21日)に掲載された北岡伸一氏のインタビュー記事は、日本の政治が「知」の後ろ盾を失って底抜けになってしまった様を浮き彫りにしているようで、ことのほか印象に残った。改めて確認するまでもなく、北岡氏は、安倍首相の私的諮問機関として設けられた「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)の座長代理を務めている。「代理」とはいっても、座長の肩書をもつ元外務事務次官の柳井俊二氏が2011年10月から国連海洋法裁判所所長の職にあるため、実質的には彼が座長といってもよい。

 結局は見つからなかった(し、多くの人がもともとそんなものはないといっていた)大量破壊兵器や、北朝鮮(朝鮮民主主義共和国)情勢を理由にイラクへの軍事侵攻を支持するなど、北岡氏の状況認識には大きな疑問符がつくことが少なくない。とはいえ、東京大学法学部教授や国連大使も歴任し、その研究業績からも同氏が日本を代表する政治学者あるいは歴史学者の1人に数えられてきたこともたしかなところである。そうである以上、その思想や世界観がどうあれ、そしてその立場がどうあろうと、学者として守るべき最低限の矜持というものはもっていてしかるべきと思っていた。

 そうであっただけによけいに驚いてしまったのだが、件のインタビューのなかで北岡氏はこういっている。「憲法は最高規範ではなく、上に道徳律や自然法がある。憲法だけでは何もできず、重要なのは行政法。その意味で憲法学は不要だとの議論もある。(憲法などを)重視しすぎてやるべきことが達成できなくては困る」。

 「憲法学は不要だとの議論もある」と評論家のような言い方ではあるが、この一言が彼の憲法観そのものなのであろう。「憲法不要観」というべきだろうか。やるべきことを邪魔するのなら、憲法などいらない、ということである。やるべきこととは、端的にいって、日米同盟の強化であり、米国との間での集団的自衛権行使にほかならない。それを妨げる憲法には拘束されなくてもよい、といっているにひとしい。権力を制御する近代立憲主義の考え方を否定するこうした想念を、恥じることなく口にする御仁が日本の安全保障政策の立案にかかわっていることを知るにつけ、おぞましさを覚えずにはいられない。

 むろん、現行憲法はやっかいものだ、という意見をもつこと自体は自由である。しかし、「私的」とはいえ、公職中の公職というべき総理大臣の諮問機関を主宰する者は、そもそも総理大臣というポストが憲法を超えられぬものであることをきちんと踏まえた言動をすべきである。北岡氏のような学者であればなおのこと、そのことを所与の前提としてしかるべきではないのか。「憲法はやっかいものだ」という思いを「憲法学など不要だ」という議論に短絡的に結び付けてしまうのでは、浅慮にすぎる。

 北岡氏は同じインタビュー記事のなかで、「基本的人権を守るには『必要最小限度』の軍事力がいる」として、「そこに集団的自衛権が入らないとの判断は初めから間違いで不適切だった」とも述べている。日本政府の公式見解によれば、「必要最小限度」のなかには核兵器の保有も入る。必要最小限度というのは、情勢の変化に応じていくらでも膨らんでいく無辺際なものである。最小限度と最大限度の境界は、ことほどさようにあいまいで、実際には両者の間にはっきりした線を引くことなどできまい。

 基本的人権を守るには憲法や国際条約の人権規定を誠実に履行するほうがはるかに重要であり、一人一人の生活水準を確保することこそ真の安全保障と思うのだが、北岡氏ら安保法制懇につどう人たちは、国家の軍事面での安全保障しか念頭にないようである。それも、中国や北朝鮮といった近隣の国々との緊張をあおり、「必要最小限度」の喫水線を引き上げながら、より大きな軍事力をもってこれに抗する体制を整備することが基本的人権の擁護につながるのだという。倒錯した論理というしかない。人権を守るのは、協調と連帯の論理なのであって、軍事的対立ではけっしてない。

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 2.田中耕太郎−最高裁長官
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 安保法制懇の議論と連動しながら、集団的自衛権の行使容認のために、政権与党の政治家たちによって、1959年の砂川事件最高裁判決が忽然と持ち出された。米軍の日本駐留が憲法に適合するかどうかが争われたこの事件を審理した東京地裁は、同年3月に「違憲」というまっとうな判断(伊達判決)を示した。ところが、翌年に日米安全保障条約改定を控えていたなかで、この判決は高裁を飛び越えて上告されることになり、同年暮れには、最高裁によって破棄され、差し戻されることになってしまった。

 その判決文中にある一節が、本来の文脈から切りはがされて、集団的自衛権を正当化する根拠に祭り上げられている。「わが国が、存立を全うするために必要な自衛のための措置をとり得ることは国家固有の権能として当然」というくだりである。憲法の専門家であれば誰しもが喫驚する、奇妙奇天烈な「論理」である。それを示唆した輩には法匪という言葉を授けたいほどだが、他方にあってそれを受け入れた高村正彦氏らの振る舞いも、文字通りの妄動にほかならない。法の現実と向き合う作法がまったく欠けている。政治家として、そのことを恥じ入らないのだろうか。

 いまでは広く知られるところとなったが、砂川事件最高裁判決は、日本の司法の歴史に残る巨大な汚点を刻んでもいる。末浪靖司氏や新原昭治氏、布川玲子氏らの尽力もあって、当時の最高裁長官・田中耕太郎が伊達判決を覆すために米国の大使・公使らと密談を重ねていたことが明るみに出ている。田中氏は、東京大学法学部長、日本法哲学学会初代会長、最高裁長官などを務めるだけでなく、私のような国際法の研究者にとってとりわけて重要なことに、国際司法裁判所の判事も歴任している。国際司法裁判所時代には、1966年の南西アフリカ事件において歴史に残る反対意見を表明するなど、国際法の世界にあっておそらく最も高く評価される日本の学者・法律家の1人といってよい。

 その田中氏が、法律家としてなにより大切にすべき法曹倫理を根底から損なう愚行を自ら手がけ、伊達判決のまっとうな憲法判断を覆す判決を導いたという事実は、知れば知るほどに衝撃的である。日本の英知といっても過言でないほどの定評を得た田中耕太郎長官は、法令上の守秘義務に背を向けて、いったいどのような面持ちでマッカーサー二世大使やレンハート公使らに最高裁の評議の内情を語っていたのだろう。想像の域を出ないものの、いかなる事情があれ、裁判官として失格としかいいようがない。最高裁がいかに政治的な役割をもつ機関だとしても、司法権の独立を損ねることへの警戒心があまりにも稀薄であった。

 こうした物言いは、歴史の後知恵をもってなす糾弾にも響くかもしれない。仮に私自身が当時の田中氏の立場にあったなら—そんなことは万が一にもありえないことではあるが—、同じように行動しなかったという保証はない。だが、そうした可能性の存在は、同氏のとった行動への批判をいささかでも緩める理由にはなりえない。それほどまでに、その行いは罪深い。あまりにも悲しきスキャンダルにまみれたその判決を持ちださざるをえないところに、集団的自衛権をめぐる議論の貧相が浮き上がってくるようである。

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 3.政治の矩
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 安倍首相にとってはすでに収束ずみかもしれないものの、福島第一原子力発電所で大規模な事故が勃発して以来3年の時を閲して、いまだ郷里を追われたままにある人たち(原発避難者)は13万人にのぼる。収束にはほど遠いなかにあって、重大事などなにも起きていないかのような物言いに終始する原子力関係の専門家への信頼は大元で揺らいでしまっているが、政治や法律の世界でも、文脈こそ異なれ、専門家あるいは専門的知見の重みが大きく揺れ動いていることは紛れもない。

 なにより、砂川事件最高裁判決(法廷意見と田中耕太郎の補足意見)を利用して集団的自衛権行使が正面から容認されるのであれば、憲法や法制度を長きにわたって支えてきた原理や論理がそれこそ吹き飛んでしまいかねない。さすがにそこまで露骨でなくとも、過去の政府見解なりを歴史修正主義よろしく牽強付会に読み直して憲法解釈の変更を断行するようなことがあれば、それこそ、蓄積された知に対する敵意あふれる暴戻にほかならない。法や政治に対する信頼を根本から揺るがし、社会をますますささくれだたせるだけである。

 集団的自衛権による軍事力行使を容認することは、ただでさえ不安定な東アジアにおける緊張をあおり、私たちの自由や日常生活への脅威を増幅することになっていこう。憲法の<矩>がかくのごとく為政者の思い一つで易々と越えられてしまうのでは、まるでファシズムそのものである。そうした為政者にかしずく「定評ある」学者の一群を見るにつけ、学問や研究者の存在意義を改めて考えずにはおられない。媚びず、怖じず、自由に、そして批判的に思考する態度を、いまのような時代状況だからこそ、いっそう大切にしていかなくてはなるまい。  (2014年5月13日)

 (筆者は神奈川大学法科大学院教授)


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