社会的病理をえぐり出す報道の力

【コラム】風と土のカルテ(22)

社会的病理をえぐり出す報道の力

                               色平 哲郎


 現代では誰もが携帯端末で目の前の出来事を撮影し、インターネットで世界に発信するようになった。それとともに、ネットにはマスメディア批判が急増している。

 しかし、個人がいくら自由に発信できるようになったとはいえ、情報の確かさや重さの点で、マスメディアが果たしている役割は大きい。医療界で生きる私たちにとってもマスメディア、たとえば新聞との関わりは重要だ。新聞記事が医療を変えることもある。

●救命士による挿管に接した記者の判断

 2001年11月28日付の朝日新聞朝刊の社会面に「違法覚悟で救われる命」という見出しの記事が載った。秋田県では、救急搬送時に救急救命士が、心肺停止に陥った患者に気管内挿管をしていた。過去5年半の間に1500件を超える挿管を救命士が実施していたことがわかった。

 当初、この事実はテレビが全国ニュースで報じた。救急救命士が医師法に違反して気管内挿管を行っており、彼らは逮捕されるかもしれないというショッキングな内容だった。

 だが、朝日新聞の秋田市担当記者は、上司からの問い合わせに「彼らは人助けをしようとしていたんです。制度違反というだけで批判したくはありません」と主張したという。これを受けて、記事のリードは「医師法に違反する処置ではあるが、助かる患者がいることも事実。救命士に挿管を認めるかどうか。議論はまだ進んでいない」と問題提起をした。

 ここから国の制度が議論され、所定の講習・実習を受けた救急救命士にも気道の確保術が認められるようになったのである。

●「無保険の子」救済キャンペーンの成果

 毎日新聞大阪社会部の「無保険の子」救済キャンペーンも国民健康保険の盲点をえぐり、国政を動かした。

 2008年6月28日付の毎日新聞大阪夕刊に「無保険の子628人 大阪17市町 国保料滞納で 民間団体調べ」「府全体、推計2000人に」という見出しの記事が掲載された。データは民間団体の大阪社会保障推進協議会(大阪社保協)が府内の43市町村に質問状を送り、回答を集計したものだった。親が国保の保険料を滞納したために保険給付を止められ、子どもの医療費も全額自己負担というのは理不尽だ。無保険状態になって発熱しても病院へ行けない子、検診で虫歯が見つかっても歯科にかかれない子……実態をあぶりだす。

 毎日新聞の調べで、全国の自治体で国保料の格差は「3.6倍」にも達していることが判明。厚生労働省は調査に乗り出し、全国で3万2903人の「無保険の子」がいると確認でき、大反響が起きる。2008年の暮れ、ついに国会で改正国民健康保険法が全会一致で成立。中学生以下の無保険の子は救済されることになった。2010年7月からは、救済対象が約1万人の高校生にまで広げられたのである。

 報道は社会的病理を治す力をも備えている。

 (筆者は佐久総合病院医師)

※この記事は著者の許諾を得て日経メディカル2015・10・29日号から転載したものです。


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