第二次中東ブーム?

■【コラム】槿と桜(13)

第二次中東ブーム?

延 恩株


 今年3月、韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領がクウェート、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、カタールの「中東4カ国」を訪問しました。
 今回の訪問にはサムスン電子、現代自動車などの民間企業からも100人以上が同行しました。これだけでも韓国が「経済」面での4カ国との関係強化と、それに裏付けられた貿易の活発化が狙いであることが明らかです。なんでも中東の建設市場だけでなく、保健医療や金融、製造業、それにIT関係、住宅などでの市場開拓と拡大を目的としていたとのことです。

 この中東4カ国歴訪が成功であったかどうかは、もう少し時間が必要かもしれませんが、韓国政府は今年5月、「第2次中東ブーム」と名付けた戦略を発表したほどですから、中東ビジネスにかける意気込みがうかがえます。

 なぜ「第2次中東ブーム」なのかといいますと、朴槿恵大統領の父親の朴正熙(パク・ジョンヒ)大統領が、40年前の1975年、中東の建設市場への進出を推進したことで、1973年に起きたオイルショックから立ち直ることができ、一躍、韓国人の目が中東に注がれた時期があったからです。ちなみに現在、韓国と中東との関係は良好で、アラブ首長国連邦のドバイに建設された162階建ての世界一の高層ビル「ブルジュ・ハリファ」は、韓国のサムソンが建設したものです。

 韓国では2009年頃を境にして、中東地域からの観光客が増加し始めているのは確かです。その裏には韓国文化への関心が高まっていたことがあると思います。たとえばアラブ首長国連邦では10年ほど前から「私の名前はキム・サムスン」「チャングムの誓い」「ごめん、愛してる」などの韓国ドラマが放送され、高い視聴率を上げていました。イランでは「チャングムの誓い」が大人気で、韓国語ブームを引き起こしたほどでした。

 一方、今から20年ほど前の1993年にスタートした、日本で言えば、ちょうど大学入試センター試験にあたる「大学修学能力試験(修能)」では、2000年実施の試験からは英語以外の「第二外国語」が導入され、ドイツ語、フランス語、スペイン語、中国語、日本語、ロシア語の6科目での試験が始まり、日本語選択者が圧倒的に多数を占めていました。
 ところが、2005年からアラビア語と漢文が追加されると、アラビア語受験者が次第に増え始め、2009年には日本語受験者を抜いてしまいました。これには日本語に比べるとアラビア語の問題が易しいという理由もあるようですが。

 現在は2013年から加わった基礎ベトナム語とアラビア語が、1、2位を占め、3位に日本語、4位中国語の順になっています。
 このように韓国の学生にとってアラビア語が遠い国の言語ではなくなっているのはまちがいなく、このあたりは日本とはかなり様子が異なっているように思います。

 また韓国を訪れる中東からの観光客も次第に増えてきています。
 韓国文化観光研究院が面白い調査結果を発表しています。それは昨年、韓国を訪問した外国人12,002人を対象に、韓国で使った1人当たりの金額を調査したもので、最も多くお金を使ったのが中東地域からの観光客で、3,056ドル(約376,000円)だったというのです。彼らの人気商品は衣類で購入物品全体の62.9%を占めていました。もっともこれは複数回答のようですが。

 ちなみに昨年、韓国訪問の観光客として全体の約43%に昇って観光客数第1位だった中国人は、2094.5ドル(約251,000円)で2位、日本は観光客数としては全体の16.1%に激減し、しかも使ったお金も999.1ドル(約120,000円)で最も少額だったそうです。外国人観光客が韓国で使った1人当たりの金額が1605.5ドル(約192,600円)だそうですから、日本人観光客の財布のひもは相当固かったということでしょうか。

 中東諸国の観光客がこれほどお金を使ってくれるとなると、こうした国々の観光客に目が向けられていきます。そして、表現としては決していいとは言えませんが、いかに中東諸国の観光客にお金を使わせるかに関心が向くのも当然でしょう。
 ですから文化観光研究院関係者が、中東からの観光客は整形や美容、健康、治療などの目的が多いのだから、中東地域を対象にした医療観光博覧会の開催や観光客誘致のマーケティングを行う必要があると言うのも頷けます。

 ただし、中国人や日本人のように、同じ「箸文化」を持つ人びとを迎えるのとは大きく異なってきます。それは彼らがイスラム教徒だということです。経済効果だけに目を向け、韓国政府は「第2次中東ブーム」などといって経済面での活性化だけを狙っているように見えるのですが、果たしてそれだけでいいのかとついつい思ってしまいます。イスラム教徒を迎えるホスト国・韓国としては、アルコール禁止、豚肉禁食、一日に複数回の礼拝という厳しい戒律を守るムスリムへの真摯で、適切な対応が求められているのです。

 異なる宗教、異なる文化や習慣を持った人間同士の交流や、文化の違いを乗り越えた融和を作り出すのは、そう簡単ではありません。お互いが相手をより正しく理解しようとする努力が求められるからです。ただお金儲けだけを優先するかぎり、息の長いおつき合いは難しいだろうと思います。ですから観光客や留学生を迎え入れ、しかも韓国へ来てよかったと思ってもらえるようになるのは、実はそう簡単ではないのです。しかも厄介なのは、ムスリムにとってハラールは共通の事柄ですが、世界のムスリム国間で、ハラール認証に関する見解が一様でないことです。

 つまり一つの国のハラールマークのついた商品が他のムスリム国で受け入れられるとは限らないのです。これまで何度かハラールの世界統一基準を作ろうとしましたが、すべてうまくいかなかったのはそのためです。結局はムスリム一人ひとりの判断に任せるしかないのではないでしょうか。

 私には日本に住むエジプト人の友人がいますが、彼女との食事では少なくともハラールについてはかなり緩やかだと感じています。一方、日本のマーケットで缶詰のラベルを真剣に繰り返し見ているムスリムの人を目にしたこともあります。つまりハラールの認証を受けたからといって、すべてのムスリムに適合することではないという認識すら、韓国ではまだまだ薄いように感じられます。

 現在、世界のムスリム人口は約19億人と言われていますが、韓国を訪れたムスリム観光客は昨年までで約75万人となり、この5年間では、約19%ずつ増えているそうです。でもこれまで述べてきたように、中東を含めたイスラム教国からの観光客が増加していることを単純に喜んでいいものか、気になります。

 というのも、韓国に留学中のアラブ人留学生のほとんどが、韓国にはハラールフードが少なく、外食ができないだけでなく、豚肉以外の肉でも食べてよいか表示がないため食べられず、結果的に不本意な食事制限をせざるを得なくなっているからです。またメッカに向かっての礼拝は生活の一部であり、一日に何度も行わなければならないのに、決定的にモスクが少ないといった不満の声もあがっています。

 でも私はこうした批判より、韓国の少なくない若い世代に誤解や差別意識があるということこそ、大きな問題だろうと考えています。イスラム教やイスラム文化、習慣への認識不足があるのはやむを得ませんが、伝統や文化の違いがあり、だからこそ理解を深めていこうという意識を持たないかぎり、たとえ中東やその他のムスリム国からの観光客や留学生が増えても、結局はブームはブームとして終わってしまうのではないでしょうか。

 韓国政府が「第2次中東ブーム」を起こそうとしていることに反対するつもりはありません。でも経済的活性化を狙うなら、なおさらイスラム教やイスラム教徒の生活、習慣、伝統について(多様で単純ではないはずですが)、韓国人に対する「啓蒙」活動こそ真っ先に実践されなければならないと思います。
 「急いては事をし損じる」こんな言葉が日本にはありますが、朴槿恵大統領にそっとこの言葉を耳打ちしたくなりました。

 (筆者は大妻女子大学准教授)


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