【「労働映画」のリアル】

第36回 労働映画のスターたち・邦画編(36) 左 幸子

清水 浩之

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 《戦後女性のバイタリティを体現する レフトさんの「菩薩の微笑み」》

 「メイド」といえば、今ならアキハバラにいる若い女性をイメージする方も多いと思うが、「家政婦」「女中」と言い換えれば、昭和の頃までは映画やドラマにもよく登場する仕事だった。「家政婦」役を代表する女優が市原悦子さんなら、「女中」役のヒロインで一世を風靡したのが、「レフトさん」の愛称で親しまれた左幸子さん。1955年公開の由起しげ子・原作、田坂具隆監督『女中ッ子』で、秋田から上京した少女「はっちゃん」を演じ、都会のサラリーマン家庭で溌溂と働く姿が人気を集めた。

 田舎とはまるで違う生活習慣に最初は戸惑う「はっちゃん」だが、まじめな仕事ぶりで次第に家族からも信頼され、やんちゃな次男坊・カツミ(伊庭輝夫)とは実の姉弟のように仲良くなっていく。映画の最後、少しだけ成長したカツミの後ろ姿を見送る時の、寂しそうな、そして嬉しそうでもあるアルカイック・スマイル(菩薩のような微笑み)が強く印象に残る。

 当時は東北地方から「集団就職列車」が走り始めた頃で、農村の若者が「労働力」として都市部に駆り出される高度経済成長期が間もなく到来するが、「異文化」を迎え入れる側の都会の「人情」も、この頃はまだ温かかったことがわかる。60年後の日本を眺めると、今度は海外からやってきた若者たちが工場や飲食店、コンビニなどの「現場」を支えているわけだが、彼らが「労働力」ではなく、同じ「人」であることがニュースとなっている現状をどう変えていくか。ペルーからロンドンにやって来たクマの物語が、多文化共生を描いた映画『パディントン』(2014、監督/ポール・キング)に再構築されたように、新たな世代の「はっちゃん」たちとどう付き合っていくかが、私たちの宿題であることに気づかされた。

 戦後社会を生きる女性のたくましさを体現し続けた女優、左幸子さんは1930年生まれ。東京女子体育専門学校(現・東京女子体育大学)を卒業後、中学で体育と音楽の先生に。俳優座で演技を学んでいたところをスカウトされ、1952年に新東宝で映画デビュー。石坂洋次郎・原作の農村青春グラフィティ『思春の泉(草を刈る娘)』(1953、中川信夫)で、全編東北弁のヒロインを明朗に演じて注目される。この作品や『女中ッ子』のような、田舎育ちの純朴な娘と、『大阪の宿』(1954、五所平之助)や『雑居家族』(1956、久松静児)などで演じた、恋愛にも積極的な「アプレ」(戦後派)の娘、その両方がサマになるキャラクターと演技力が持ち味となり、日活、大映、東映など各社を自在に往還しながら、巨匠や鬼才の作品に参加していく。

 赤線廃止直前の世相を織り込んだ『幕末太陽傳』(1957、川島雄三)では、心中騒ぎを巻き起こすエキセントリックな花魁。岸田國士・原作の『暖流』(1957、増村保造)では、病院内の派閥抗争に果敢に飛び込んでいく看護婦。不良少年・小林旭(!)を更生させようとする補導員を演じた『踏みはずした春』(1958、鈴木清順)。郊外の団地に住む主婦の孤独を描いた『彼女と彼』(1963、羽仁進)。今村昌平監督の代表作の一つとなる『にっぽん昆虫記』(1963)は、製糸工場の女工から米軍基地のハウスキーパー、安宿の女中など様々な職を転々とした末に、コールガール組織の元締となる女の半生記。「昆虫のように」本能のまま生きる主人公を、喜怒哀楽の乏しい表情の底に「菩薩の微笑み」を漂わせながら演じ、そのリアルな佇まいが高く評価された。

 水上勉・原作のサスペンス大作『飢餓海峡』(1965、内田吐夢)では、主人公(三國連太郎)の過去を知る唯一の女。男が何気なくかけてくれた恩を忘れず、男の足の爪をお守りのように大事に持ち歩く。「妄執」という言葉を連想させる底無しの愛が、やがて男を追い詰めていく展開に説得力を持たせたのは、やはり彼女の「菩薩の微笑み」だった。

 40代以降も数々の野心作に参加。結城昌治・原作の『軍旗はためく下に』(1972、深作欣二)では、「お国のために死んだ」はずの夫の名誉回復のため、かつての戦友たちを歴訪する未亡人。中沢啓治の漫画を実写映画化した『はだしのゲン』(1975、山田典吾)では、原爆により夫が死んでいくのを見届けるゲンの母。NHKのドラマ『野のきよら 山のきよらに光さす』(1983、作・中島丈博)では、夫殺しの罪で服役後、娘とともに四国八十八か所の遍路旅に出る母親。いずれの作品も、彼女の茫然とした、そしてどこか陶然としたような表情が記憶に残る。2001年に世を去るまで、およそ200本の作品に出演した。

 1977年、国労が製作した映画『遠い一本の道』では自ら監督も務め、長年保線に携わってきた鉄道員の一家が合理化の波に翻弄される様子をセミドキュメンタリーとして描いた。現場の国鉄職員のリアルな言葉を聞き取り、それを映画の中に織り込もうと努めていて、その証言は「組合の映画」という枠を乗り越えて、後世の観客にも迫ってくる魅力がある。

(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)
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●労働映画短信

◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
 働く文化ネットでは、毎月第2木曜日に労働映画鑑賞会を開催しています。お気軽にご参加ください。

◇次回のご案内
第54回 労働映画鑑賞会 《こどもたちの夢と雪と機関車》
・018年12月13日(木)18:00~(参加費無料・事前申込不要)
・会場:連合会館 201会議室(地下鉄 新御茶ノ水駅 B3出口すぐ)
・上映予定作品:『白い機関車』(1955年・35分)
 機関車労働組合(後の「動労」)が自主製作した児童劇映画。幻の名作を発掘上映。
 監督:野村企鋒 出演:原保美、城実穂(新東宝)、林孝一、ほか
 撮影協力:長岡市立前川小学校・新保小学校・坂上小学校、須原村立須原小学校
※上映後、働く文化ネット・鈴木不二一理事からの報告と、共立女子大学講師・佐藤洋さんによる解説を予定しています。
 詳しくは、働く文化ネット公式ブログをご確認ください。 http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/

◎【上映情報】労働映画列島! 11~12月
※《労働映画列島》で検索! http://d.hatena.ne.jp/shimizu4310/00181203

◇新作ロードショー
『彼が愛したケーキ職人』《12月1日(土)から 東京 恵比寿ガーデンシネマほかで公開》
 エルサレムからベルリンに出張していた夫が事故で亡くなる。遺された妻が経営するカフェに雇われた青年は、かつての夫の恋人だった。(2017年 イスラエル=ドイツ 監督:オフィル・ラウル・グレイザー) http://cakemaker.espace-sarou.com/
『百年の蔵』《12月1日(土)から 東京 ポレポレ東中野ほかで公開》
 1918年、米価高騰に伴い全国各地で発生した騒擾事件「米騒動」。最初に声を上げた富山県魚津の漁師の妻たちの実像を探るドキュメンタリー。(2018年 日本 監督:神央) http://100nennokura.com/
『パッドマン 5億人の女性を救った男』《12月7日(金)から 東京 日比谷 TOHOシネマズシャンテほかで公開》
 妻のために清潔で安価な生理用品を作ろうと一念発起した夫の実話を映画化。ナプキンを低コストで大量生産できる機械を発明し、さらには社会の偏見にも立ち向かっていくことになる。(2018年 インド 監督:R・バールキ) http://www.padman.jp/

◇名画座・特集上映
◎全国
【札幌シネマフロンティアほか全国58館】 11/23~12/20「午前十時の映画祭 この土地で生きていく」…ジャイアンツ/裸の島(2週間ずつ上映)

◎北海道・東北
【苫小牧 シネマ・トーラス】 11/17~12/7「樹木希林と生きる 追悼特集」…あん/モリのいる場所/日日是好日/万引き家族
【函館山クレモナホール/他】 12/7~9「函館港イルミナシオン映画祭2018」…止められるか、俺たちを/志乃ちゃんは自分の名前が言えない/四月の永い夢/スモーキング・エイリアンズ/他
【鶴岡まちなかキネマ】 11/16~25「第3回 鶴岡おいしい食の映画祭」…ラーメンヘッズ/0円キッチン/パパのお弁当は世界一/カレーライスを一から作る
【会津若松市文化センター】 12/7~9「会津シネマウィーク2018」…名もなく貧しく美しく/この広い空のどこかに/嘘八百/僕のワンダフル・ライフ/ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書/他

◎関東・甲信越
【東京 京橋 国立映画アーカイブ】 11/27~12/23「スウェーデン映画への招待」…カール=フレードリク 統治す/女の顔/見知らぬ港/母というだけ/貧民街/ここにあなたの人生がある/俺たちはモッズと呼ばれる/他
【東京 神保町シアター】 12/1~28「生誕115年記念 清水宏と小津安二郎」…信子/按摩と女/小原庄助さん/もぐら横丁/父ありき/東京の宿/お早よう/長屋紳士録/他
【東京 新宿 ケイズシネマ】 12/1~14「東京ドキュメンタリー映画祭」…破天荒ボクサー/辺野古抄/山河の子/非正規に尊厳を!メトロレディーブルース総集編/KATSUO-BUSHI/三里塚 岩山に鉄塔が出来た/オリンピックを運ぶ/他
【東京 渋谷 ユーロスペース】 12/8~14「日芸映画祭 朝鮮半島と私たち」…有りがたうさん/授業料/にあんちゃん/キューポラのある街/伽倻子のために/GO/血と骨/パッチギ!/他
【鎌倉市川喜多映画記念館】 12/12~16「脚本家・橋本忍」…張込み/悪い奴ほどよく眠る/黒い画集 あるサラリーマンの証言/白い巨塔 【新潟県胎内市産業文化会館】 11/30・12/1「名作映画上映会」…めぐりあい/八月の濡れた砂/約束/忍ぶ川

◎東海・北陸
【名古屋 シネマスコーレ】 11/24~12/7「ベトナム映画祭」…ベトナムを懐(おも)う/モン族の少女 パオの物語/仕立て屋サイゴンを生きる/草原に黄色い花を見つける/超人X/他
【福井 メトロ劇場】 12/1・2「福井映画祭12TH」…僕の帰る場所/ひかりのたび/ドブ川番外地/にんげんにうまれてしまった/ナマハゲのお盆帰り/他
【金沢21世紀美術館】 12/8・9「成瀬巳喜男特集~日常はあなたを離さない」…おかあさん/めし/流れる/乱れ雲/成瀬巳喜男 記憶の現場

◎関西
【神戸映画資料館】 11/23・24・12/15・16「ロシア・ソヴィエト映画連続上映 グリゴーリィ・チュフライ特集」…誓いの休暇/君たちのことは忘れない/女狙撃兵マリュートカ/人生は素晴らしい
【大阪 九条 シネ・ヌーヴォ】 12/1~21「市川準映画祭」…BU・SU/会社物語/病院で死ぬということ/東京兄妹/大阪物語/東京マリーゴールド/あしたの私のつくりかた/他
【神戸 元町映画館/大阪 九条 シネ・ヌーヴォ】 12/8~21「世界人権宣言70周年企画 池谷薫監督特集」…延安の娘/蟻の兵隊/先祖になる/ルンタ

◎中国・四国
【広島市映像文化ライブラリー】 12/1~12「バリアフリー映画特集」…パンク・シンドローム/ぼくと魔法の言葉たち/奇跡のひと マリーとマルグリット/六月燈の三姉妹/夜間もやってる保育園/他
【シネマ尾道】 12/8~11「溝口健二監督特集」…雨月物語/山椒大夫/浪華悲歌/西鶴一代女
【山口情報芸術センター】 12/1~9「カイエ・デュ・シネマが選ぶフランス映画の現在」…レット・ザ・サンシャイン・イン/プティ・カンカン/パーク/ヴィクトリア/ジャングルの掟/他
【高知 喫茶メフィストフェレス】 12/15・16「ゴトゴトシネマ #36」…あまねき旋律(しらべ)(2017年 インド)

◎九州・沖縄
【湯布院公民館】 11/23・24「ゆふいん文化・記録映画祭2018」…ヴィヴィアン・マイヤーを探して/SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬/ニッポンの嘘 報道写真家福島菊次郎90歳/柄本家のゴドー/他
【福岡市総合図書館 シネラ】 12/1~24「インド映画特集」…大地のうた/紙の花/サーカス/ぼくの家出/神の戯れ/へだたり/ようこそサッジャンプルへ/他

◎日本の労働映画百選
 働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』記念シンポジウムと映画上映会

・「日本の労働映画百選」公開記念のイベントを開催(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160614/1465888612

・「日本の労働映画の一世紀」パネルディスカッション(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160615/1465954077

・『日本の労働映画百選』報告書 (表紙・目次)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen_index.pdf

・日本の労働映画百選 (一覧・年代別作品概要)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen.pdf

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