【「労働映画」のリアル】

第39回 労働映画のスターたち・邦画編(39)東野英治郎

清水 浩之

《黄門様はマルクスボーイ? 土の匂いがする「オヤジさん」のぬくもり》

《人生楽ありゃ苦もあるさ 涙の後には虹も出る》(「ああ人生に涙あり」作詞:山上路夫)

今から50年前、1969年8月に放送が始まったテレビ時代劇『ナショナル劇場 水戸黄門』(TBS)。松下電器の一社提供で作られたこの番組は、「楽ありゃ苦もある」伝統的な日本の人生観を謳い、従来のチャンバラものとは一線を画した路線を切り拓いていった。

主演は、それまで専ら農民や町人を演じてきた俳優座のベテラン・東野英治郎氏(1907~94)、当時61歳。元水戸藩主・徳川光圀が素性を隠して諸国を行脚する世直し漫遊記は、幕末期の講談に始まり、その後たびたび映画化されてきたが、「ご老公」の役は月形龍之介や大河内傅次郎など、堂々たる「武士」のイメージだった。柔和で穏やか、好々爺然とした東野氏のキャラクターは「じゃがいも黄門」として人気を集め、14年間、通算381回続く大ヒット作となった。以後も様々な俳優が黄門を演じているが、そこには「東野以前・東野以後」に分類できる歴史の転換点があると思う。

庶民の視点に立って社会を眺め、いざという時には「助さん、格さん、懲らしめてやりなさい」と告げて不正を退治する。空前の高度経済成長を遂げた昭和後期、お年寄りから子供まで全ての世代に親しまれたヒーロー像は、戦後に全国を巡幸した「人間天皇」や、農家の出身の田中角栄首相とも繋がっていたのかも知れない。

東野さんは群馬・富岡の生まれ。実家は近江の出の造り酒屋。上京して明治大学商学部に入学すると、当時非合法だった社会科学研究会、マルクス主義研究会に参加し、メーデーでは検挙・拘留もされた。1931年、新築地劇団と左翼劇場が共同で創設したプロレタリア演劇研究所の第一期生となる。

「私は芝居が好きであるというよりは、文化運動の一翼をになう一員であるという気負いのままはいったのである」

と後年語っているように、最初は「運動」の手段として取り組み始めたところ、だんだん芝居の面白さにのめり込んでいったらしい。

劇団では都会のインテリたちに囲まれて愕然としたそうだが、やがて彼本来の持ち味である“垢抜けなさ”が独特の個性となっていく。長塚節の小説を舞台化した『土』や、東京・下町の職人一家を描いた『綴方教室』に主演して注目を集め、衣笠貞之助監督に見出されて映画にも進出。最初は「本庄克二」という芸名だったが、1940年の「新劇弾圧」で劇団が強制解散させられた際に、内務省から本名に戻すよう命令された。

1943年、木下惠介監督のデビュー作『花咲く港』に出演。以後も木下作品に登場し続け、戦中から敗戦までの間、善良な人々がどうやって生き延び、何を考えていたかを体現していく。『花咲く港』では「お国のために」造船所に寄付をする気前の良い網元だったのが、『歓呼の町』(44)では空襲のため疎開を余儀なくされる一家の父親。敗戦直後に作られた『大曾根家の朝』(46)では、自由主義者として弾圧される画家の役。「明日っから百姓ですよ」と笑いながら、時世が変わるのを静かに、したたかに待つ姿が印象深い。

1944年、青山杉作、千田是也、小沢栄太郎、東山千栄子らとともに劇団「俳優座」を結成。彼らは自力で東京・六本木に劇場を建設するが(54年完成)、その費用を捻出するため、映画や放送にも積極的にも出演していく。山村聰と原節子が密輸ギャング団に扮した『颱風圏の女』(48、監督・大庭秀雄)に、アイパッチをつけた怪人として登場するのをはじめ、文芸作も娯楽作も区別せず、毎年10~20本ペースで出演作を増やしていく。

農村を舞台にした作品では「土の匂い」のするオヤジさん、都会が舞台だと昔気質のガンコな職人といったキャラクターで、多くの名作・異色作で活躍。『浮草日記』(55、監督・山本薩夫)では、ストライキ中の炭鉱組合員たちと交流する旅芝居の座長。『用心棒』(61、監督・黒澤明)では、浪人=三船敏郎に「これ以上面倒を起こさねぇでくれ!」と罵りながら、対立するやくざ組織の情報を教え、絶体絶命のピンチには救出に駆け付ける居酒屋の親爺。『キューポラのある街』(62、監督・浦山桐郎)では失業した鋳物職人。「ダボハゼの子はダボハゼだ!中学出たら働くんだ!」と叫んで、娘の吉永小百合を絶望させる。『秋刀魚の味』(62、監督・小津安二郎)では、早くに妻を亡くしたため、娘(杉村春子)を働かせ続けて婚期を逃してしまったのを後悔する父親。強がっている態度の裏の「優柔さ」、優しさと弱さを感じさせるのがたまらない魅力となっていた。

参考文献:『俳優修業 改訂版』東野英治郎(1974年 未来社)
『漫遊無限』 東野英治郎(1982年 講談社)

(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)
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●労働映画短信

◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
働く文化ネットでは、毎月第2木曜日に労働映画鑑賞会を開催しています。お気軽にご参加ください。

◇次回のご案内 
第58回《私はここにいたいの、いつまでも》
2019年5月9日(木)18:00~(参加費無料・事前申込不要)
会場:連合会館 201会議室(地下鉄 新御茶ノ水駅 B3出口すぐ)
上映作品:『下町の太陽』
1963年4月18日公開/86分/白黒/製作:松竹大船撮影所/監督:山田洋次 出演:倍賞千恵子、勝呂誉、早川保、石川進、武智豊子、東野英治郎 ほか
◆山田洋次監督の第2作。1962年に発売された倍賞千恵子のデビュー曲「下町の太陽」(作詞:横井弘/作曲:江口浩司)の大ヒットを受けて作られた青春歌謡ドラマ。墨田区曳舟の石鹸工場で働く主人公、工場街から抜け出して郊外の団地暮らしを目指す恋人など、大都会の片隅で暮らす若者たちの夢と現実を描く。
詳しくは、働く文化ネット公式ブログをご確認ください。http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/

◎【上映情報】労働映画列島!4月~5月
※《労働映画列島》で検索! http://shimizu4310.hateblo.jp/

◇新作ロードショー
パパは奮闘中! 《4月27日(土)から 東京 新宿武蔵野館ほかで公開》
ネット通販サイトの倉庫で働く男が、仕事と育児に追われる日々を描く。ある日突然、妻が姿を消したことから、2人の子どもの世話に追われることに。(2018年 ベルギー=フランス 監督/ギョーム・セネズ)
http://www.cetera.co.jp/funto/

山懐に抱かれて 《4月27日(土)から 東京 ポレポレ東中野ほかで公開》
テレビ岩手開局50周年記念作品。田野畑村の山あいで、四季を通じて牛を完全放牧し、草だけを餌に育てる「山地酪農」を実践する9人家族を、24年にわたり記録。(2019年 日本 監督/遠藤隆)
http://www.tvi.jp/yamafutokoro/

ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス 《5月18日(土)から 東京 神保町 岩波ホールほかで公開》
ドキュメンタリーの巨匠・ワイズマン監督最新作。世界中の図書館員の憧れの的である世界屈指の知の殿堂、ニューヨーク公共図書館の舞台裏を捉え、公共とは何か、そしてアメリカ社会を支える民主主義とは何かを浮かび上がらせていく。(2017年 アメリカ 監督/フレデリック・ワイズマン)
http://moviola.jp/nypl/

◇名画座・特集上映
◎全国
【札幌シネマフロンティアほか 全国58館】 5/17~6/13「午前十時の映画祭 アメリカン・エピック」…風と共に去りぬ/ゴッドファーザー(2週替り上映)

◎北海道・東北
【札幌 シアターキノ】 「KINOフライデー・シネマ」…5/3=いつも月夜に米の飯 5/10=選挙に出たい 5/17=ひかりの歌
【大館 御成座】 4/27~5/12「秋田犬の里オープン記念上映」…ハチ公物語/HACHI 約束の犬(入場無料、秋田犬の里で入場券を配布。各回先着200名)
◎関東・甲信越
【高崎電気館】 4/20~5/10「平成に生まれた映画」…仮面ライダー 平成ジェネレーションズ FOREVER/A/A2 完全版/EUREKA ユリイカ/誰も知らない/ぐるりのこと。/ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌/群馬ニュース 浩宮さま高崎ご訪問 【新百合ヶ丘 川崎市アートセンター】 4/20~26「カンヌ国際映画祭 パルムドール特集」…ビリディアナ/男と女/アンダーグラウンド/木靴の樹/楢山節考(1983年版)/他 【京橋 国立映画アーカイブ】 5/8~7/3「映画の教室 2019 PR映画にみる映画作家たち」…生命の流れ 血液を探る/ある機関助士/アメリカの家庭生活 おかあさんの仕事/ドラムと少年/マヨネーズ物語/青函トンネル/他
◎東海・北陸
【名古屋 シネマスコーレ】 4/29~5/3「カナザワ映画祭 in 名古屋シネマスコーレ 田舎ホラー超大全科」…アメリカン・ゴシック/荒れ狂う河/恐怖の島/八つ墓村(1977年版)/逆徒/他 【岐阜 ロイヤル劇場】 5/4~17「名匠 山本薩夫監督特集」…あゝ野麦峠 新緑篇/スパイ(週替り上映)
◎関西
【大阪 九条 シネ・ヌーヴォ】 5/4~6/7「デビューから65年記念 芦川いづみ映画祭」…春の夜の出来事/風船/乳母車/美しい庵主さん/若い川の流れ/霧笛が俺を呼んでいる/青年の樹/若草物語/日本列島/他
【神戸映画資料館】 5/18~26「収蔵フィルムで辿る組合映画史」…号笛なりやまず/白い機関車/失業—炭鉱合理化との斗い/ドキュメント輪禍 むちうたれる者/鬼ッ子—闘う青年労働者の記録/黄色いゼッケン 闘争1000日の記録/説得―かわち.1974.春/前線―封建制100年との闘い/喜びは鉄拳を越えて/他

◎中国・四国
【広島市映像文化ライブラリー】 5/10~31「佐藤勝の映画音楽」…蜘蛛巣城/俺は待ってるぜ/若い川の流れ/用心棒/われ一粒の麦なれど/湖の琴/若者たち/他 【徳島シビックセンター】 「徳島でみれない映画をみる会」…4/21=禁じられた遊び/バッド・ジーニアス 危険な天才たち 5/12=鈴木家の嘘

◎九州・沖縄
【熊本市民会館/他】 4/19~21「くまもと復興映画祭2019」…おいしい家族/洗骨/多十郎殉愛記/僕はイエス様が嫌い/かぞくいろ/月極オトコトモダチ/岬の兄妹/他 【福岡市総合図書館 シネラ】 5/1~26「増村保造監督特集」…青空娘/巨人と玩具/からっ風野郎/黒の試走車/兵隊やくざ/華岡青洲の妻/曽根崎心中/他
【唐津 オーテホール】 5/1~29「唐津シネマの会」…上を向いて歩こう/母さんがどんなに僕を嫌いでも/ロング、ロングバケーション

◎日本の労働映画百選
働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』記念シンポジウムと映画上映会

  http://hatarakubunka.net/symposium.html

・「日本の労働映画百選」公開記念のイベントを開催 (働く文化ネット公式ブログ)http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160614/1465888612

・「日本の労働映画の一世紀」パネルディスカッション (働く文化ネット公式ブログ)http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160615/1465954077

・『日本の労働映画百選』報告書 (表紙・目次) PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen_index.pdf

・日本の労働映画百選 (一覧・年代別作品概要) PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen.pdf

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