経済格差という「毒」

風と土のカルテ

経済格差という「毒」

色平 哲郎


 国民皆保険制度の最後の砦といわれる「国民健康保険」(国保)の運営が厳しい状況だ。厚生労働省の発表では実質収支で3000億円以上の赤字が続いている。増える保険給付費や拠出金に対し、保険料は思うように集まらない。

 国保の加入主体は、退職者を含む無職の人、そして非正規雇用労働者などである。現状でこのまま推移すれば、財政状況はますます悪化する。そこで厚労省は、国保財政立て直しのため、運営を市町村から都道府県に移管する方針を打ち出した。

 国保の都道府県移管は、もう何年も前から言われていたことで、2013年には社会保障制度改革国民会議が提案している。国は大企業の社員が加入する健康保険組合などの負担を増やして、国保への拠出金を確保するという。くれぐれも憲法25条の「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という生存権規定を守り抜いてほしい。

 国保の危機は経済格差が生んだ危機といえるだろう。日本人の平均寿命が長く、世界で有数の健康国である要因として、互いを信じ、集団に献身し、忠誠的な社会を形づくっていることが社会疫学の専門家からしばしば指摘されてきた。それらの要因が経済的格差を比較的小さく抑え、国民皆保険制度を維持してきたともいえるのではなかろうか。

 だが、今後、格差が拡大すれば、どのような事態が訪れるのか。

 ロンドン大学疫学・公衆衛生学教授、マイケル・マーモット氏の『ステータス症候群—社会格差という病』(日本評論社)の記述が興味深い。この本の中で、各国の15歳の少年が60歳を迎える前に亡くなる可能性を比較している。

 社会の安定感と国民の健康度を推し量るには有効な指標だ。ちなみにアメリカは15%、オランダ10%、スウェーデン9%……。EU諸国は10%前後で日本も9%だ。日本では高校1年の同級生のうち、1割弱が60歳前に亡くなる計算になる。

 この数値が飛び抜けて高い北半球の国がある。ロシアだ。ロシアの15歳の少年が60歳を迎える前に死ぬ確率は、なんと43%。旧ソビエト連邦の崩壊による共産主義体制から資本主義体制への急激な転換、その後も続く不安定な社会情勢などが背景にある。押しなべて東ヨーロッパは西ヨーロッパより早死の傾向が強い。

 モーマット教授は記す。

 「東側と西側ヨーロッパ諸国の間でみられる寿命の違いのおよそ半分は心血管系疾患によるものであるが、20%は事故や暴力によるものである。(略)もし自律性の低さと社会的サポートの欠如が、国内における死因の社会的格差の重要な原因であるならば、それらは東西の格差にとっても重要な要因になりうるはずである」(『ステータス症候群』p.230‐231)
 格差は、いまや社会を内側から壊す「毒」といえよう。

 (筆者は佐久総合病院・医師)

※ この記事は日経メディカル2015年1月30日号から著者の許諾を得て加筆転載したものです。


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