経産省の一角に脱原発テントは存続している(1)

■【特別報告】

経産省の一角に脱原発テントは存続している(1)     三上 治

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(1)「将来を想うハンガーストライキ」に触発されて

空梅雨かと見られていた今年の気候だが、それでもお湿りはあって梅雨らしく
なっている。経産省前に、といっても当省の管理地の一角に脱原発のテントは立
っている。

テントの入り口にぶら下げてある日付表を見ると643日とある(6月14日現
在)。このテントは2011年の9月11日に立てられた。9月11日はその原発政策に抗
議する人々の群れが経産省を人間の鎖で包囲した日であった。この日から若者4
人が経産省前で10日間のハンガーストライキを開始した日だった。彼らは「将
来を想うハンガ―ストライキ」を経産省に原発政策転換の要求を掲げて行ったの
である。

この若者たちを見守らなければならない、ということも契機になって、これま
で国会の周辺で座り込み闘争などをやってきた「9条改憲阻止の会」の面々がテ
ントを立てた。もちろん、これには福島第一原発の事故が解決の目途さえ立たな
いのに、ひそかに原発再稼働→原発保存のシナリオを画策してきた経産省や「原
子力ムラ」への抗議とそれを監視する目的があった。若者たちと行動に応えよう
というのは脱原発運動を展開する人たちへの連帯の意識であったから、大きな動
機だったのだが、その背後にはこうした目的もあったのだ。

若者たちのハンガーストライキは10日間の期限付きのものだったが、我々のテ
ントはそんな期限は設定してはいなかった。権力との攻防で何処まで続くかの判
断は立たなかったが、政府が原発再稼働やめるまでは続けると言うのが確認され
たことだった。

気がつけば643日を経たのであるが、テントは現在、経産省側からの『土地明
け渡し訴訟』を起こされ、その攻防戦の中にある。テントには全国、全世界から
人々が訪れ、脱原発のテントひろばとして交流し、討議し、発信をしている。原
発再稼働→原発保持を目指す政府・官僚・電力独占体等との持久戦点な拠点とし
て在る。毎週金曜日の官邸前抗議行動とともにこれはある。この経過をふりかえ
り、展望を示して置きたい。

(2)初期のころ―福島の女性たちの登場まで

◇◇経産省前のハンガ―ストライキと座り込み闘争の開始!◇◇

■野田新政権では発足の早々に経産大臣が失言で辞任した。野田政権にとっては
痛手であろうが、そのことより僕らが注目するのは経産省の動きである。経産省
は原発再稼働に向けて密かに動き出す準備をしてきたと言われてきたが、野田内
閣は鳩山・菅政権とは違って「脱官僚」ではなく官僚とも協力体制を敷くことを
公言しているのだから大臣の交代によって、それが一層加速するのか、どうかで
ある。

脱原発のために経産省の動向を注視し、僕らはそれに対決しなければならない。
9月11日の経産省包囲行動や新宿行動は原発再稼働→原発保持を目論む経産省
に対する闘いの宣言であり、これは9月19日全国的集会(東京は明治公園)や行
動につながっていくものである。9月11日からは経産省前でハンガ―ストライキ
と座り込みが始まっている。

■経産省の正面では上関から上京したメンバー含む4人の若者が「将来を想うハ
ンガ―ストライキ」に入っている。朝8時から17時30分の間である。19日まで。
これは文字通り将来を想い「原発の廃止」を願っての行動である。中国電力によ
る上関原発建設の廃止や原発再稼働阻止→原発廃炉を要求してのことである。

福島の現地では子供たちを放射能汚染からどう守るかが切実な課題になっている
ように、原発との闘いは世代的な闘いでもある。ある意味では若い世代の方がよ
り切実な闘いといえる。ハンガーストライキに入った若者の行動は世代的な要求
を象徴するものと言える。

この現場から少し離れた経産省の一角では9条改憲阻止の会の面々による座り込
み闘争が開始されている。「原発再稼働を絶対に許さない」という宣言を掲げ、
テントを張りながらの9月19日(祝)までの行動だ。夜はテントの内に寝泊まり
しての24時間行動である。

■気がつけばいつの間にか既成事実(原発再稼働→原発保持)の積み重ねになっ
ていたというような原発再稼働を許してはならない。日本の権力と社会は「成り
成りて」というように事が進んで行く特質がある。古代からの社会のありようと
言われる。

成るように成っている結末が原発再稼働→原発保持であるということになっては
ならない。権力はそれを狙った動きをしているのであろうが、僕らはこの日本社
会のありようを根底から変えなければならない。脱原発には原発の存在を許して
きた日本社会との深い射程を持った闘いであり、そこにまた日本社会の未来もか
かっているのだ。

自己や他者を励ましめげることなく歩まなければならぬ。経産省前に駆け付け共
に闘い9月19日に向かおう。昼夜いずれの時間でも良いから参加を訴える。

これは9月11日の行動を示したニュース版をとりだしたものである。僕のか
いたものであるが、続けて二、三とりあげさせていただく。

◇◇10日間のハンガ―ストライキをやり抜いた若者たちに◇◇

■人は自分の年齢や世代のことをどこから意識するのだろうか。確かに衰えゆく
体力や健康への不安がそれを意識させることがある。自分の内からやってくる身
体や内在感覚がその一つとしてある。また、鬼籍に入った友人の報や病に伏す同
年代の人々にことを聞くにつれてである。

それならば、自分たちとは違う世代の人々の存在や行動はどうなのだろうか。若
い人たちの行動や存在が自分の年齢や世代を意識させるはずである(?)そうい
う契機であるはずだ。これはある意味で間違いのないことだ。

ヘーゲルは子が親に滅びゆく存在の、親は子に自立してゆく存在の感動を得てい
ると述べている。この家族を通じた自然な感情は現在もあるが、若い世代の意識
や行動はどうなのであろうか。多分、僕らは現在の若い世代の意識や存在が自分
の年齢や世代を意識させる存在としては強くはないのではないか。これは考えて
みれば驚くべきことなのかも知れないが、自分の若いころを想起することはあっ
ても、彼らの行動や存在によって自己の存在を考え直すというようにはなかなか
なれないのである。これが現在ということなのであろう。

「将来を想うハンガ―ストライキ」を10日間やり抜いた若者たち、あるいはその
支援に訪れた同年代とおぼしき人たちを見ながら僕の中に繰り返し浮かんだこと
だ。ただ、彼等の行動は一般的な世代意識を超えたものをもたらさした。これは
希有であり今後に長く残ることと思われる。

■このハンガ―ストライキは山口県の上関町祝島から上京した岡本直也さ(20歳)
はじめ米原幹太さん(21歳)、山本雅昭さん(22歳)、関口詩織さん(19歳)の
4人で敢行された。「私たち若い世代は、原発の負の遺産をこれ以上背負いたく
ありません。そして最も放射能の影響を受ける子供たち、その子たちに繋がって
いく命に、これ以上の負の遺産を残したくありません」(声明文から)と表明し
ている。

淡々とした声明文だが、10日間を塩と水だけでやり抜いた行動はなかなかのもの
だ。日本社会は間違いなく一つの岐路にある。しかもその判断の難しい岐路にで
ある。原発の存在はそれを決定する要因になるといえるものだ。内に大震災や原
発震災、外に金融恐慌不安を抱えた日本社会は何処へ行くのか。僕らは指南力の
ある航海図を持ち合わせてはいない。僕らの一人ひとりが行動し、発言していく
ことでこれを織り込んでいくしかない。

この若者たちと何時の日かあれがこの辺だったと語りあえるようなめぐりあいが
あるといいと思う。君たちの未来に苦難とともに輝ける時があることを心から祈
る。

◇◇世界に発信された政府と国民の声
―国連前での佐藤さん等の活動から◇◇

■テレビでは野田首相の国連演説の場面が紹介され解説も流れている。また新聞
等には発言が詳かく報じられている。あるテレビを見ていたら各国のメディアは
異常と言っていいほど関心を示さなかったと解説していた。要するに無視された
というのである。

福島の原発事故や大震災に注目が集まるはずなのにこれはどうしたことだったの
だろうと頭を傾げざるを得ない。野田の発言は「原子力安全ハイレベル会合」
「一般討論演説」の2回に渡ってなされた。詳細は省くが「原発輸出を継続し、
原発の安全性を高め存続する」等の官僚的な作文を読み上げただけと言える。

官邸かわら版では自画自賛しているが、原発震災に対するリアルな報告もなけれ
ば、今後をめぐる苦悩も伝わっては来ない。野田首相の生のというか、内心の声
は何処にも見えないのである。自分で感じ考え抜いたところは見えないのだか
ら、各国のメディアといえ失望し、無視したのは当然である。これが日本国政府
の声というのは恥ずかしい限りである。

野田発言とは違って「放射能から子供を守る福島ネットワーク」の佐藤幸子さん
らは国連前等で福島現地の状況を伝える活動を行ってきた。これは政府の声では
なく国民の声であるが、野田発言とは違ってメディアも含め多くの人たちが耳を
傾け発言に関心を示したという。政府の声より国民の声である。

■9月25日の夕方から佐藤さんたちの帰国第一報の記者会見が経産省テント前で
なされた。彼女らは9月18日~24日まで国連前を中心に福島の現状を訴えてきた。

福島第一原発の未だ収束に至らない現状や放射能汚染の実情はよく伝わっていな
いというのが最初に感じたことだと佐藤さんは述べていた。福島の原発事故は終
息しているようにすら受け取っているのではという印象だったらしい。その意味
で佐藤さん達の報告は原発震災の現状を伝える生々しいものとして驚きを持って
迎えられた。特に放射能汚染をめぐる子供たちの現状と守る会の活動などは衝撃
を持って受け止められたようである。

報道管制というのはいろいろの形態があるが故意に伝えないというのはアメリカ
でも浸透しているようだ。民主党政権は反原発の声を抑え込み推進のために、電
力会社の安全パンフレットを党員に対して三回にわたり配布している。これがパ
ンフを示して紹介された。アメリカでは最近の原発事故の発生などもあり、反原
発の運動の高まりが見えているとのことであり、反原発運動家たちとの交流も出
来たと語っていた。佐藤さんたちは今後、この経産省前での活動も展開すると述
べてもいたが、とてもいい話である。

◇◇久保田千秋さんしばらくのお別れだね。
君のやり残したことを少しでもかたづけてそちらに行ければと思うよ。◇◇

■「暑さ寒さも彼岸まで」って使い古された言葉だけど本当にぴったりだと実感
する時もある。不思議だけれど急に寒くなると何か心細さも一緒に連れてくるか
ら余計にそうなのかも知れない。そんなことをなにげなく思っていたのだけれ
ど、久保田さん、君の訃報はそれを一層募らせたよ。言葉なんて出てこないのだ
けれど、どうにも落ち着かずに家の周りを歩き回っていた。君のことをいろいろ
思い出してね。

君と初めてあったのは「9条改憲阻止の会」の会合かあの国会前座り込み闘争だ
ったと思う。今となっては記憶も定かではないのだけれど。君はまた僕のやって
いる講座に参加してくれた。憲法の講座をやっている時からだから何年間もとい
うことになるのだろうが、君は熱心な参加者だった。次回はレポートをやってく
れるはずだったね。

いつも終わって近所の居酒屋で杯を重ねたのだけれど、君には無理を強いたのか
もしれないね。僕は君が腎臓疾患で透析治療を受けていたのを知っていたけれ
ど、誘う時はそんなことを忘れていたからね。悔みもあるけど、今は君に感謝し
いつもの居酒屋でそっと杯を重ねさせてもらうね。

■君を最後に見かけたのは何時だったろう。あの「さよなら脱原発5万人集会」
で君のいつもの姿をみたし、あいさつを交わしたのは確かだった。そのあとテン
トの周辺であったのだろう。そんな記憶を探るのも空しいのだけれど、君の元気
な姿を近々まで見ていたのだから未だ信じられない気持なんだね。

久保田さん、僕は君の学生時代などのことは知らない。それは「9条改憲阻止の
会」で多くの人たちと出会ったのと同じだ。むかしからの顔みしりも何人かいる
けれど、初めてであったという人も多いのだね。

僕らの多くはかつて権力に闘いを挑み敗北し、今再びそれをやろうとしてきた。
若い人たちが権力や体制に挑むのはいいことだけど、社会生活を経てというのも
いいことだと思う。「権力に確執しそれを醸し続けること」は日本の社会が一番
大事なことだし、僕らが一番後の世代に伝えなければならない事だと思う。

久保田君、君が疾患を抱えていても街頭で元気に訴え、いつも行動の先頭にあっ
たのもこのこころがあったからだと思う。僕らはどこまでやり続けられるかはわ
からない。しばらくお別れだけれど、僕らはこちらで君も気がかりだったと思う
原発再稼働を許さないために闘うよ。いずれまた…

◇◇「恕」
あなたはこの字から何を思い浮かべましたか◇◇

■別に漢字のテストをしているのではない。子供や孫との遊びにいたずら心をふ
りまいているのでもない。「福島隊」と鮮やかな文字の上、なお鮮やかに染め抜
かれたこの文字を見て思わずうなったのだ。また、「福島県民は告ぐ」と書かれ
たビラにはこの文字と共に次のような文言もあった。「福島県民は『怒り』と、
さらに『孔子の教え』を提げて参りました。今の状態は全てに於いて耐え難いも
のであります。放射能の汚染は野に満ちて、すべての物を疎ましくしています。
子供達は、休み無く放射能の攻撃に晒されています。」

「…子曰く、『それ恕か、おのれの欲せざるところは、人に施すなかれ』…と説
いています」。怒りも通りこした状態というのがある。すべての物を疎ましくし
ています、という言葉はそれを物語るが、根源からの怒り、満腔の声がここには
こめられてある。恕は「原発いらない福島の女たち」の行動を端的に表わしてい
る。

■経産省前路上には人が満ち溢れていた。女性を中心に老人から子供まで含めた
多くの人たちが集まったが、どこかお祭り風の匂いもあってこれは良かった。マ
イクからは話の合間に歌声も流れ、毛糸で編み物をする人々は愉しそうだった。

小さなグループの談笑に思わず足が止まった。集会と言う意味では大きな声が飛
び交うこともなく、穏やかに終始したかも知れないが、これは表面的なことで一
人ひとりの内心の声の集まりというところに目をやれば別の力のこもったものだ
った。数百の人々の見えない声のつながりや集まりは一つの意志の空間を形成し
ていたのである。

この力(意思の空間)は意志表示の言葉がない。だから、言葉ならざる言葉とし
て渦巻いている。その集まりはだからまだ見えないとしても一人ひとりの内に反
響しあってある。これが、いつ、どのように形のある言葉として出現するかは分
からないが出発点をなすものだ。

「脱原発・原発再稼働に反対する」これはここに集まった人々の共通のものであ
る。だが、人々の内心の声、あるいはこころはこれにとどまらないもっと深いも
のである。現在の世界を変えたい、自分の存在を変えたい、もっと人とのつなが
りを感じられ世界にということである。原発のおぞましさは改めていうまでもな
いことだが、それもふくめ現在の社会のやり切れなさを僕らは感じている。それ
を超えていくビジョンは混沌としているが無意識も含めそこへの歩みをはじめて
いるのだ。

■10月29日は午前中の座り込みに引き続き12時から日比谷公園での集会があり、
銀座デモが行われる。日比谷公園→銀座→水谷橋公園というコースである。

これらは脱原発テントの状況を取り上げたものです。(以下続きます)

                          (2013.06.14記)

(筆者は政治評論家)

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