【北から南から】ミャンマー通信(17)

総選挙に向けた「せめぎあい」

中嶋 滋

 ご存知のように、「民政移管」後初めての総選挙が来年秋に行なわれます。あと1年半足らずに迫ってきました。これに向けた様々な政治的な動きが目立ってきています。そのなかで平服の下にある「軍服」が透けて見えることがしばしばあります。選挙結果によっては権力移行がありうるわけですから、50年以上に亘った軍政の下で、権力を恣に行使してきた国軍や、それと結びつき利権を確保し続けてきた特権層にとっては、その存在が脅かされかねない重大事です。あらゆる権力的手段を弄して、現行体制の変革を迫る勢力の台頭を防ごうとするのは、当たり前の対応なのでしょう。それにしても「民主化推進」の看板を自ら汚すような政権側による露骨な妨害活動が行なわれています。

 2015年10月に予定されている次回選挙は、現行の「2008年憲法」の下での第2回選挙ですが、初回の2010年選挙はNLD(国民民主連盟)がボイコットするなかで実施されたので、初めて民主化推進勢力が全面的に参加する選挙となります。2012年4月に実施されNLDが圧勝しアウンサンスーチー氏が議席を得た補欠選挙がありましたが、あれはあくまで補欠で部分的なものでした。NLDがほぼ全勝した結果でしたが、下院440議席のうち37議席を占めることに止まっていることがそれを示しています。NLD全面参加の次回選挙の結果が、民主化の進展と国のあり方を左右するわけですから、日を追うに従って「せめぎあい」が激しくなることは当然なのでしょう。しかし、かつての軍政による弾圧を彷彿させるやり方は到底許容できるものではありません。

●NLD・スーチー氏への脅迫

 憲法の改正がないかぎり次回選挙でNLDが圧勝してもスーチー氏の大統領就任はあり得ないことは周知のとおりです。第59条f項で、外国籍の家族がいる場合、大統領に就任できないことが規定されていて、これはスーチー氏を排除するために設けた規定であると言われています。彼女にはイギリス国籍の2人の息子がいるからです。憲法改正の焦点は、この規定と、憲法改正に必要な国会議員(上下院とも)の4分の3を超える賛成を事実上不可能にするためと言われている国軍最高司令官任命の4分の1を占める軍人議席に関する第436条の規定です。

 NLDと「平和と開かれた社会を求める88世代」は、共同してこの2点に重点を置いた憲法改正を求めるキャンペーンを展開しています。このキャンペーンには、国会内に設けられた憲法改正に関する委員会(NLDメンバーを含めた国会議員109名で構成)の議論が進まず、肝心な点について一向に結論が出そうもない状況から、院外の行動をも展開するに至ったという経過があります。もともと両党には2008年憲法に対して、偽りの国民投票によって成立したもので民意は反映しておらず改正されるべきだという主張がありました。

 キャンペーンの一環としてスーチー氏が5月18日にマンダレーで行なった演説が、連邦選挙委員会によって「不法かつ憲法違反である」と警告されるという事態が起りました。5月22日に出された警告は、スーチー氏の「国軍は民主改革に向けた憲法改正を恐れるべきではない」という発言に対するもので、選挙委員会は「こうした発言は2014年後半の補欠選挙(国会で19議席、地方議会で12議席)および2015年の総選挙でのNLDの政党再登録を危うくするものだ」と露骨な脅しとなっています。これに対してNLDは、スーチー氏の発言は憲法にも政党法にも則ったもので何ら問題は無いと、コメントを発表しています。

 連邦選挙委員会の委員長は元国軍幹部のティンエイ氏ですが、憲法が国会の4分の1の議席を国軍の現役将校に割当てていることに関して、彼は、「国軍によるクーデターを防止するため」と正当化する見解を明らかにしていて、国軍寄りの立場を露骨に示しています。また、選挙委員長の立場上「2015年の選挙は自由で公正に行う」と約束しているものの、「統制された民主主義のスタイル」で実施するといい、かつての軍事政権と同様な姿勢であることを顕示しています。委員会は、4月に選挙運動への規制案を発表していますが、その内容は選挙活動の自由、表現の自由、移動の自由などを大幅に規制する非民主的なものです。例えば、政党指導者や党員が自分の選挙区以外で演説することを禁止しています。これは明らかにスーチー氏に全国遊説をさせないための妨害策です。政党にも、演説会場、参加予定者、デモ行進ルートなどについて事前に詳しく地方選挙委員会に届け出ることを、義務づけています。これもNLDの活動抑止を狙ったものといえます。

●署名収集キャンペーン

 このような動きには、「衣の下の鎧」がチラチラから「衣」を脱ぎ捨てようとする変化の兆しなのかとの危惧を感じています。この動向に対して最近、街頭でNLDの党旗を立て記載台を置いて署名を集める活動をしている若者たちの姿を見かけるようになりました。これは先に触れた「88世代」との共同の取り組みで、憲法改正とりわけ第59条f項と第436条の2つの重点条項の改正を求めるものです。スーチー氏は、主都ネピドーでキャンペーンを展開するにあたって、千人を超える支持者を前に、「この間に起っている改革に対する干渉はすべて、真の民主主義に反するものである」と指摘し、「私は平和に暮らすことを望んでいるが、状況の求めに応じ闘っている。私たちは議会の外にいる人々の要求をできるだけ多く探し出し、その上にたって議会の中で憲法改正を達成しようとしているのだ」と、選挙委員会からの警告に屈せず活動を続ける決意を述べています。また地元英字紙の報道によれば、カヤン族の軍事組織も「2008年憲法があるかぎり独裁は生き続ける」として、このキャンペーンを支持することを公表しています。いくつかの少数民族政党も憲法改正に賛成する立場を表明しており、キャンペーンは広がりを見せつつあります。キャンペーンは7月12日まで続けられ、集約される署名は国会提出が予定されています。この活動の進展に期待しつつ国軍・与党・政府側の対応を注視していかねばと思っています。

 (筆者はヤンゴン駐在・ITUC代表)


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