編集後記104

【編集後記】

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ドイツのメルケル政権は3.11直後に脱原発政策を決定し世界が驚いたこと
は記憶に新しい。ただこの決定が衝動的なものではなく、背景に1970年代か
らの激しく根強い反原発運動とそれに応えた社民党政権の政策があったことはあ
まり知られていない。一方、フクシマを引き起こした日本では1年経って、よう
やく「民間」「東電」「国会」「政府」4つの事故調査報告書が出たが、いずれ
も事故の真因が究明されたとは言えず、責任追及もウヤムヤで、明確な脱原発方
針はいまだに策定されていない。

 野田政権は、事故の検証もそこそこに、安全対策も未確立のまま、ひたすら大
飯原発の再稼働を急ぎ国民の猛反発を受けている。7月16日東京・代々木公園
での『サヨナラ原発10万人集会』には主催者発表で17万人が集り、いまや日
常化した金曜日の数万人による官邸包囲デモは毎週静かに膨らみ続けている。政
府は原発維持とガス抜きを狙うかのように「討論型世論調査」なるものを始めた
が全11会場で、ゼロ選択が67%と圧倒的に多く思惑は完全に外れている。

 『こういう運動で原発が止まるとは思えないが、今何か動かなくては・・・』
という思いで静かにデモに参加している市民は多い。母親が抱えた幼児に父親が
団扇で風を送りながら参加する若夫婦もいた。私が50年前に同じ国会前で見た
60年安保反対デモの光景とは全く違う。林立する組合旗や学生自治会の旗の下
に数万の大衆が組織され、安保ハンタイ!のシュプレヒ・コールがこだまし、時
に学生と警官隊との激しいもみ合いは、警察車両を倒し、女子学生樺美智子さん
の死さえ招いた。官邸の岸首相は自衛隊の出動を赤城宗徳防衛庁長官に拒否され
た。

 しかし、当時のデモには、より多くの一般市民が加わりたくても、加わり難く、
わずかに「声なき声の会」の旗の下に小さな集団で参加するか、せいぜい沿道か
ら声援を送るほかなかった。明らかに市民が主役の今回のデモとは違う。ドイツ
のデモは政権に影響を与え、60年安保デモは岸を退陣に追い込んだが条約は成
立させた。今回のデモは静かで緩いが、命と直結するだけに深く広がり底堅い。
次の総選挙には脱原発が争点となり『民意』が決定的な影響を及ぼす筈である。

 編集部では3.11で娘さん家族が南相馬から避難されて同居し、夫人はドイ
ツ出身で、ご自身は原子力の専門家ではないが、ヨーロッパ勤務が長くドイツ事
情にも明るい前島厳東海大学名誉教授に『ドイツ社会民主党(SPD)と脱原発
政策』のご寄稿をお願いし「デモが政治を動かした」ドイツの歩みを検証して頂
いた。なお本稿には図表が載せられないので前島氏は『ドイツは脱原発を選んだ』
ミランダ・A・シュラーズ著・岩波書店刊。『なぜメルケルは「転向」したのか』
熊谷徹著・日経BP社刊。の併読を推奨されている。

◎8月10日復興庁が発足して半年たった。時に復興需要に沸く仙台の模様が伝
えられるが同時に沿岸部復旧の遅れも指摘される。私には昨年訪ねた被災地の光
景が目に焼き付いて離れない。瓦礫の広域処理などに国民の視線を移されたが、
現地の復旧・復興はどう進んでいるのか。『宮城方式』と『岩手方式』の違いは
何か。生活クラブ生協が震災以前から提携生産者として深い関係にある重茂(お
もえ)漁協の実践を中心に参加型システム研究所客員研究員丸山茂樹氏に『協同
の力で漁業と地域を復興させる―宮古市・重茂漁協の実践に学ぶ―』として検証
して戴いた。

◎【米国大統領選挙報告】共和党の副大統領候補に保守派の論客ライアン氏が決
まり大統領選もいよいよ本格化してきたが今月の武田尚子さんによる現地レポー
トはアメリカの原発問題に焦点をあてて頂いた。

◎【行動日誌】7月20日ソシアルアジア研究会で前島厳氏の「ドイツ社民党の
脱原発政策」を聞く。27日稲城で「仏教に親しむ会」に出席。竹中一雄氏に会
う。夜神保町で山口希望・岡田一郎・堀内慎一郎君など社会運動史研究会仲間と
消夏会。8月3日石郷岡建・篠原令氏から中露の動き聞く。7日山田高・山崎正
樹・東京シューレ出版小野氏などと矢野凱也氏を見舞い米寿の会打ち合わせ。8
日横浜・オルタナテーブ生活館で橘川俊忠神奈川大学教授から「戦後の文明史的
転換を問う」を聞く。10日塩尻で農業法人信生のニラ耕作者と交歓会。11日
松本市美術館で草間弥生展観る。15日国際医療福祉大学三田病院に榎彰氏を見
舞う。
                           (加藤宣幸 記)

          目次へ