編集後記26

■編集後記

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◎オルタ25(新春)号での力石定一氏「エコロジカルな成長に向けて」には編
集部に多くの反響が寄せられた。その中から幾つかを披露すると、生活クラブ
河野栄次会長からは「人類が直面する危機は水問題だという問題意識を共有す
るのだが、力石提起の背景をさらに深く探りたいので、同氏の『日本経済の条
件』(読売新聞社刊)『都市環境の条件』(日本評論者刊)は以前に読んだが近
著があれば教えて貰いたいと言われ、早速、2000年5月から4冊刊行された力石・
牧責任編集の季刊雑誌『発想』を届ける。
平凡社下中直也会長からは直々に電話で長い感想を聞かせていただいたし、海外からは上海の有留修氏からメールで
(1)原子力から農業まで、その守備範囲と深さに脱帽した。 
(2)批判のための批判ではなく、しっかりとした代替案を提示されているところに
敬服した。
(3)自分が特に気にしていた「新しい発展モデルの構築の必要性」(これまでのGDP
主義、物理的成長主義に代わるもの)という点で、一つの光明が見えた点が嬉し
かった。
(4)「有機的成長」は言葉としても魅力的だ。などの感想が届いた。

◎暮れのあわただしさのなか、逗子から東京まで、ご足労をかけたうえ、締め切
りギリギリには徹夜での校正を煩わせるなど力石先生には感謝するほかないが、
深い謝意は読者の大きな反応をもって換えさせていただきたいと思う。
ただし、その校正について編集部は一部未校了の原稿を発信してしまうというミ
スをし、改めて「オルタ25号改訂版」を全読者に再発信するという不手際をして
しまう。全読者および力石先生に深くお詫びいたします。

◎2月5日・6日と久しぶりに堺・和歌山に出かける。堺は四国遍路をすでに5回も
達成し徘徊老人を自称する公害研究会代表の旧友仲井富君とともに、毎月「オル
タ」に健筆を振るっていただいている西村徹先生のお宅に伺うためであった。
最寄りの鳳駅への送り迎えは、「オルタ」25号に科学者の立場から「靖国問題の
論考」について寄稿された木村寛氏の車だ。西村先生と木村氏は地元の住民運動で出合い、意気投合してから30年をこえるお付き合いとのことだが、今回は公害
反対闘争で全国を駆け巡った仲井君の取り持ちで、私も関西と東京とに離れてい
ながら、まさに「オルタ」のお陰で、志の似たもの同士として、まるで永年にわ
たる盟友のように気の置けない仲間に入れていただいた。

 

 翌日は和歌山の日高に、かって社会党青年部の運動に青春の情熱を燃やし合った旧友たちが岡山・京都・三重・大阪などから集まり、姫路から駆けつけた初
岡独協大教授(毎月「オルタ」に『回想のライブラリー』を連載)も加わって、
民宿で名物の「クエ鍋」を囲む。それぞれが70歳を過ぎた老童の宴は「クエ」
の味もさることながら、民宿の主人が、かって「日高原発反対闘争のリーダー
として15年間戦い、ついに勝利した物語を格好の肴として、大いに盛り上が
る。この宿を手配したのは、当日は病気のため欠席されたが、当時この闘いを
指導した旧友の貴志八郎君である。鍋と地酒で談論風発、コイズミ政治批判か
らメールマガジン「オルタ」に話が及ぶが、メールをやらない者はとりあえず
同居家族のアドレスを借りて「オルタ」の読者になり、デジタル・デバイドを
縮めることになった。

◎今月は二つの生協シンクタンクでそれぞれ運営の実務を責任者として担われ
ている本阿弥早苗・柏井宏之両氏から21世紀の新たな社会・経済システムを
展望するという視点で、社会的経済(サード・セクター)から「社会的企業」
について論じていただいた。これを契機に「オルタ」でもこのテーマを活発に
取り上げて行きたいと思う。

◎アジアジャーナリスト松田健氏に現地バンコクから汚職にまみれるタクシン
政権に対する民衆の生々しい怒りをルポしていただいた。日本のマスメデ
イアはもっと多くのアジア情報を伝えるべきだと思う。これからも「オルタ」
はマスコミが書かない視点から随時「アジアの鼓動」を載せたい。

◎このところ、国民の多くは、野党の国会論戦ぶりに歯がゆさを感じシラケ気
分だが、偽装建築問題での民主党馬渕澄夫議員の質問だけは評価が高い。その
馬渕議員から「オルタ」が届いたとのメールがきた。どういう活動をされてお
られるのかと議員のホームページを開くと、前号の「オルタ」で前国分寺町長
若林さんが斉藤隆夫の反軍演説の一節を町の施設に公示したことを紹介し、若
い国会議員にも読んで貰いたいものだと書いたのだが、偶然であろうが『聖戦
の美名のもとに』で始まる有名な斉藤演説の冒頭の一節が馬渕議員によって引
用されていた。若林さんの一念が通じたのだと思いたい。

◎「オルタ」も号を重ね、毎号少しずつ読者が増えている。海外からの読者も
今までの韓国・中国・インドに加え、今月からは、パリにまで拡がった。これ
も「デジタル」のお陰というものだろうが地球規模で一瞬のうちにメッセージ
が届くというのには、あらためてその威力を感じている。

◎「オルタ」創刊期からの執筆者で熱心な読者でもあった元NHK政治部長飯島
博氏が昨年12月19日に東京慈恵大病院で亡くなられた。生前「オルタ」に
寄せられたご支援に感謝するとともに心からご冥福をお祈りしたい。
私は1947年ごろ、飯島氏が日本社会党機関紙「社会新聞」記者であった時に知
りあったのだが、氏はその後「社会タイムス」記者からNHKに転じ政治部記者
として長く活躍するという異色の経歴の持ち主であった。晩年は財団法人国際
善隣協会専務理事として東アジア友好運動に心血を注がれていたが、病床に就
く前から「オルタ」にアジア問題の執筆を堅く約束していただいていたのに果
たせなかったのは真に残念である。私としては『人生で一番仕事が楽しかった
のは「社会新聞」「社会タイムス」記者時代だった』と述懐されていた「飯島
スピリッツ」を確りと「オルタ」に繋げていきたいと思う。
                       (加藤 宣幸 記)

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