■編集後記

────────────────────────────────────
◎今月は憲法月間として、私たち一人一人が憲法と向き合い、そして深く考える
ために「日本国憲法」のなかった時代の斎藤隆夫演説全文資料を軸に、日々厳し
くなる戦時体制の下で窮乏化する農民の先頭に立つ農民運動家三宅正一の思想と
行動を飯田洋氏に、そしてキリスト者藤田若雄の戦中から戦後直後にかけての実
像を木村寛氏にそれぞれ描いていただいた。

 この号の斎藤演説は昭和15年2月2日の第75議会における「支那事変処理に
関する質問演説」(俗に反軍演説)であるが、護憲政治家として著名な斎藤隆夫
代議士には他に名演説として2・26事件直後の昭和11年5月7日第69議会で軍
部の政治介入を糾す「粛軍に関する質問演説」(粛軍演説)と昭和13年2月24
日第73議会で「法の支配より命令の支配」を実現しようとする悪法であると糾
弾した「国家総動員法案に関する質問演説」の二つがある。そのいずれも時代を
画す重要演説であるが、これらの演説は「昭和史の決定的瞬間」が1936年(昭
和11年)であるという板野潤治教授の説を裏付けている。私たちは歴史の過ち
を繰り返さないためにも、この三つの斎藤演説を徹底的に検証し日本現代史を総
括する必要があるように思う。
 
 わけても、政党政治幕引の契機にされたこの「反軍演説」は、「支那事変処理」
について、近衛内閣の『国民政府(=蒋介石)相手にせず』という「近衛声明」
に縛られた日本政府が、依然として日本の何倍もの広大な大陸の土地・人口を支
配し、いわゆる援蒋ルートによって補給を受け続ける蒋介石軍との和平の途を自
ら閉ざしたうえ、日本が武力占拠した同じく広大な土地・人口に汪兆銘傀儡政権
を育て支配させるというおよそ実現の可能性がない無責任政策を質したものであ
る。
 そして、現在の私たちには、歴代の日本政府が中国大陸で何をしてきたかを教
え、『話し合おうとしない相手のほうが悪い』『心の問題だ』『アメリカと良け
れば大丈夫』などと詭弁を弄して靖国参拝にこだわり、中韓首脳と会談もできな
いコイズミ政権の無責任外交を質すことにも通ずる。

◎古来、高麗兵を先頭に押し寄せた「蒙古襲来」に見るまでもなく、戦争の勝者
は敗者の軍隊を再編し次の戦争の前線に駆り出すのは鉄則である。もし、「日本国
憲法」に「九条」がなかったとしたら朝鮮戦争・ベトナム戦争・第一次湾岸戦争
とつづく「アメリカの戦争」に敗戦国日本の「軍隊」は確実に駆りだされ、徴兵
制の韓国軍と同じように最前線で「勇猛」に戦わされたに違いない。
 朝日新聞によれば日本の若者は憲法意識が薄く改憲指向(男性の20代30代で
62%が憲法を殆ど知らないといい、20代の66%、30代の58%が改憲は必要と
答えている)が多数だというが「九条」がなくなるとき何が彼らを待っているの
か。その時、徴兵制は夢物語ではない筈である。彼らはこれを「想定外」として
いるのだろうか。

 若者の意識を示すこれらの数字は、戦争体験をもつ世代がその経験を確実に次
世代に伝えることに失敗したことを示している。これを取り戻すには市民の草の
根パワーが重要となるが、その一つに「九条の会」運動がある。 
 いま「九条の会」は、この1年で4倍と急速に全国で広まり、約4700グル
ープになったと言う。「オルタ」の共同代表者冨田昌宏や以前「オルタ」で紹介
した元国分寺町長若林英二氏らも「大平山麓九条の会」で活動している。今号で
は「オルタ」が新しい広がりの一翼を担えればと願い、その生々しい運動の記録
を「大平山麓九条の会」メンバーの大原悦子さんにまとめていただいた。

◎さらに仲井富氏からは改憲が徴兵制に連なる一里塚であるとの主張を逆説徴兵
制論として提起をうけ、西村徹先生には完全な軍隊である自衛隊を軍隊と呼ばな
い矛盾を「偽善のすすめ」という切り口で論じていただき、今井正敏氏からは
「新憲法」との数奇な個人体験を頂戴した。

◎前号での木下真志氏の論考に読者の立場として帝京大学の羽原教授から具体的
なご指摘を受けたのは嬉しい反響として「オルタのこだま」に掲載した。

◎この号に寄稿されている飯田洋氏が、この4月、『農民運動家としての三宅正
一―その思想と行動―』(新風舎・¥1400)を上梓されたが、予想以上の売れ行
きという嬉しいニュースが届いた。飯田氏は東大在学中から三宅正一に私淑し、
何回もの選挙を献身的に戦いながら、三宅氏の自伝『幾山河を越えて』をまとめ
られた。現在は有名なパラマウントベッド(株)の専務を定年退職し、立教大学大
学院博士課程で「三宅正一」研究に取り組むユニークな政治学者である。さらに
精進され、是非、戦前の無産政党史に新たな光をあて、昭和史の見直しを進めて
いただきたいと思う。

◎メデイアを完全に支配し、派手に対米追随外交を展開して、わが世の春を謳歌
しているかに見えたベルススコーニ内閣が中道左派に敗れ、イタリア政界は
久しぶりに熱い。そのイタリアから初岡昌一郎氏が4月末に帰国されたので急遽、
連載中の「回想のライブラリー」をホットな「イタリア紀行」に切り替えていた
だいたが、憲法特集で頁数が大幅に増えたため残念ながら次号に譲ることになっ
た。なお、力石定一先生からも日本の参議院制度が機能していないことについて
の提言があったがこれも次号に載せることになり、お二人にお詫びしたい。
                       (加藤宣幸記)