編集後記93

【編集後記】 

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◎最近、脱原発に生涯をかけた市民科学者高木仁三郎氏のチエルノブイリ原発事
故当時の日記(『チエルノブイリ原発事故』七つ森書館刊)を読み返し、衝撃を
受けた。25年前の1986年4月29日から5月12日までのものだが、それは2011年3月
11日からのものと見まがうほどフクシマと重なった。現場で何が起き、汚染はど
う拡がり、いかに対処すべきか。そのとき政権は何を隠そうとするのか。そし
て、これは必ず日本でも起こりうると明記されていた。私の受けた衝撃は、それ
があまりにもフクシマと酷似したからではない。

 自分がチエルノブイリを遠い出来事とし、「安全神話」の虜になり、「平和利
用」に幻惑され、この科学者の真摯な発言に心底から向き合ったか。という反省
が深く胸を衝いたのだ。この思いをさらに強めたのは、7月27日の衆議院厚生労
働委員会での東京大学アイソトープ総合センター長児玉龍彦教授の国会証言を
YOU TUBEで見たからだ。彼は「放射線の健康への影響について」を内科の医者と
して放射線の除染に数十年間携わった専門的な立場から証言(オルタ本号【運動
資料】に掲載)した。それは非常に強い説得力を持ったが、同時に一人の国民が
機能停止の国会に体ごと怒りをぶつけたものだ。

 故高木氏は警鐘を発するために行動し、児玉氏は今も除染のため南相馬市に毎
週通われる。国会証言者なのに国会が法律を作らない限り、いま自分が被災地で
やっている行為はすべて違法だと発言した。放射能禍は7万余の人々から生活を
奪い難民化させ、「環境汚染」は「人体汚染」に進む。高木氏など科学者の警鐘
を確り受け止めなかった愚を繰り返えしてはならない。いま、私たちは、脱原発
のためいかに行動するかが問われている。今月の「農業は死の床か再生のとき
か」では農の現場から濱田幸生氏に実践的な『セシウム除去Q&A』をご寄稿下
さった。

◎政権交代の熱気は冷め、国民から遠く離れた永田町で民主党3人目の野田総理
が誕生した。被災地の苦しみをよそに政争に明け暮れた政局劇の本質はなにか。
自民党は長年の失政のツケをどうするのか。「野田内閣に期待できるのか」とし
て元朝日新聞政治部長羽原清雅氏に論じていただいた。野田新総理は早速「日米
同盟強化」を謳うが、20年前で思考が停止していないか。今や誰にも明らかなよ
うに覇権国家米国は衰退しつつある。その大国の軍事・外交戦略にただ追随し補
完するだけが日本外交の「基軸」でよいのだろうか。これを吉田健正氏が隔月掲
載になった【A Voice Of Okinawa】欄で「野田政権誕生と沖縄」として鋭く指摘
された。

◎【運動資料】には児玉龍彦東大教授の「放射線の健康への影響について」とい
う国会証言と生活クラブ横浜顧問横田克己氏の「21世紀社会へ『市民資本セクタ
ーをつくる講座』」を載せた。なお、今月から全国のNPO活動について【NPO紹
介】欄を新設したが、その第1回はかって社会党委員長河上丈太郎氏の秘書を務
めた杉本美樹枝さんが代表の『地の塩食彩くらぶ』を選んだ。しばらくお休み
だった川西玲子さんの映画批評は今号から、改題して【映画を楽しみましょう】
となった期待したい。

◎【北から南から】には躍動するアジア情勢を伝えるため元日刊工業新聞記者で
現在はフリー・ジャーナリストの松田健氏にアジアレポートをお願いした。氏は
バンコクを起点に年間平均300日もアセアン諸国・インド・中国などを取材し、
タイには累計500回以上も出入国した活動的なアジア専門記者だ。現地の息吹を
理屈でなく肌感覚で伝える第一回は最近注目されるタイからの報告である。な
お、目覚ましく発展する上海からは石井行人氏から3回目のレポートを頂いた。

◎8月22日久しぶりにヨコハマ中華街で久保孝雄氏を囲み横浜在住の執筆者など9
人で「暑さしのぎの会」をもった。28日オルタの協力者矢野凱也氏を市川に見舞
う。9月2日篠原令・小島弘氏と中国情勢など懇談。9日大阪から来た西風勲氏と
仲井富・初岡昌一郎氏などと会食。12日全水道会館の第28回社会経済セミナーで
「震災と震災後の社会づくりー復興会議の議論からー」を大西隆東大教授。
「3・11後の社会づくりと協同組合の役割」を河野栄治生活クラブ顧問から聴く。

 15日は岩根邦雄氏などの生活クラブOG・OB会。16日ソシアルアジア研究会で
「中国を離れ再び中国に戻って」という前田宏一氏(味の素役員)の報告。17日
午後明治大学の社会環境学会公開セミナーで坪野和子氏(埼玉大学講師)の
「ブータンのGNHと仏教思想」を勉強する。夜は学士会館で篠原令氏を囲んだ
「最近の中国事情」勉強会を持ち、19日は明治公園で大江健三郎・鶴見俊介氏ら
が呼び掛ける『さようなら原発5万人集会』とパレードに参加した。

                   (加藤宣幸 記)

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