【沖縄の地鳴り】

何が翁長知事を支えているか~自己保存と人類保存の能力
(「沖縄の誇りと自立を愛する皆さまへ」第42・43号より)

国際法市民研究会

 故菅原文太氏は、2014年11月1日那覇で、「沖縄の風土も、本土の風土も、海も山も空気も風も、すべて国家のものではありません。そこに住んでいる人たちのものです。勝手に売り飛ばさないでくれ!」と日本政府を一喝した。沖縄では「そこに住んでいる人たちのもの」が米軍に奪われ、破壊され、汚染され、結果として身の危険や、自然生態系の破壊を感じることが多い。
 あらゆる生物には「自己保存」と「種の保存」の能力が備わっており、それは「本能」の起源とも、核心ともいわれている。新基地建設への抵抗は、その危機感に裏打ちされた「本能」による拒否という一面がある。なぜなら、軍事基地の集中が、①軍拡競争の蟻地獄、②自然の破壊と汚染、③人間関係の分断と希薄化、④伝統文化の衰退――を実感させるからである。

◆ I.軍拡競争の蟻地獄

 「基地の異常なまでの集中[註1]」は、「脅威」に対し「抑止力で備える」という政策による。「備え」に比例して近隣諸国からの「脅威」が増大するため、沖縄の「抑止力」はさらに拡充される。つまり幣原(しではら)喜重郎[註2]のいう「軍拡競争の蟻地獄[註3]」から抜けられず、このままでは、1971年衆議院本会議決議[註4]のいう沖縄米軍基地の「縮小整理」も、96年県民投票[註5]で89%が賛成した「日米地位協定の見直し及び基地の整理縮小」も、進展するはずがない。

[註1]国地方係争処理委員会への沖縄県による「審査申出書」2016年3月22日p185。
[註2]幣原喜重郎(1872~1951):1945年10月~46年5月総理大臣。天皇の「人間宣言」や帝国憲法改正案を作成。46年5月~47年4月第一次吉田内閣の国務大臣。46年4月~47年3月進歩党総裁。49年2月衆議院議員。加藤高明、若槻礼次郎、浜口雄幸各内閣の外相。「軍縮外交」で有名。
[註3]軍拡競争の蟻地獄:幣原が衆議院議長時代の1951年2月下旬、マッカーサーとの会見談とともに、平野三郎衆議院議員に語った―平野の手記「幣原先生から聴取した戦争放棄条項等のうまれた事情について」。手記は『世界』1964年4月号の平野「制憲の真実と思想 幣原首相と憲法第9条」に収録。「軍拡競争の蟻地獄」は、上記『世界』p278。
[註4]1971年11月24日衆院本会議「非核兵器ならびに沖縄米軍基地の縮小に関する決議」:「非核3原則」とともに「沖繩返還時に、適切なる手段をもつて、核が沖繩に存在しないこと、ならびに返還後も核を持ち込ませないことを明らかにする措置をとるべきである。政府は、沖繩米軍基地についてすみやかな将来の縮小整理の措置をとるべきである」とした。
[註5]1996年9月8日。投票率59.53%。その後歴代知事は、地位協定見直しと基地整理縮小を掲げる。

●軍拡競争を断つための第9条

 憲法第9条は、軍拡競争の遮断戦略だった。幣原総理は1946年1月24日、戦力放棄案を密かにマッカーサーに提案([註2]参照)。その事実をマッカーサーは51年5月5日、アメリカ上院軍事外交委員会で証言した。その少し前の同年2月下旬、幣原(当時、衆院議長)は、この提案に思い至った理由について平野三郎衆議院議員に語った([註3]の『世界』p276)。
・有史以来、最大の危機を通過する人類が、いかなる苦悶を経験しなければならないか、その間どんな事態が発生するか、ほとんど予想しえないほどに困難であるが、ただ一つ断言できることは、問題の成否は一に軍縮にかかっているということだ。

 第9条の趣旨については、まず幣原総理が広島・長崎の経験を基礎に、枢密院で次のように説明した(1946年4月22日)。
・他国がこれについてくるかどうかを顧慮することなく、正義の大道を踏み進んで行こうという決意である。諸国はなお武力政策に執着する状況だが、ますます恐るべき破壊力のある武器が発明されてはじめて世界は目を醒まし、戦争の廃止を真剣に考えるようになる。日本はこの大勢を察し、武器使用の機会をなくすことを目標とした[註6]。

[註6]枢密院帝国憲法改正案第1回審査委員会。議事録は非公開。アメリカで公開された要点議事録を編纂した村川一郎編著『帝国憲法改正案議事録:枢密院帝国憲法改正案審査委員会議事録』国書刊行会1986年から。

 次いで吉田総理は、同年6月25日、衆院本会議で趣旨説明した。
・かかる思い切った条項は、おおよそ従来の各国憲法中にその類例をみない。かくして日本は永久の平和を希求し、その将来の安全と生存とを挙げて平和を愛する世界諸国民の公正と信義に委ねんとするものである。この高き理想をもって、平和愛好国の先頭に立ち、正義の大道を踏み進んで行こうと思う固き決意を、国の根本法たる憲法に明示せんとするものである[註7]。

[註7]1946年6月25日衆院本会議議事録から抜粋し要約。

 一般に第9条は、天皇制存続のためにやむをえず受容ないし提案したと考えられている。しかし2代にわたる総理発言は、天皇制存続という動機を隠しながら、軍拡競争を断つ非武装戦略を「正義の大道」として提案。背景には「自己保存」と「人類保存」に対する危機感がある。それは国連憲章が、「戦争の惨害から将来の世代を救い」たい、という願いから制定されたのと同じである。

●小さな島国の自己保存

 「琉球処分」の過程で琉球首脳は、大久保内務卿に対し非武装こそ安全策と訴えたが、聞き入れられなかった。1875年、上京した与那原・池城両親方(中心閣僚)らは、大久保との交渉で熊本鎮台分遣隊の琉球常駐を拒否。その理由として主張された次の諸点は[註8]、琉球国の存在を懸けた問題として論じられている。極東の島国日本も、本来はこれと同じことが言える。
 ①琉球は南海の孤島にすぎないから、これまで「寸兵を備えず」「礼儀」をもって国を維持してきた(口語化し要約、以下同じ)。
 ②小国なのに軍備を保有するとかえって困難を招き、国は危機を招く。
 ③外国船来航時にも、すべて「口舌のみ」で応対し、無事に治めてきた。

[註8]松田道之編『琉球処分・上』内務省1879年p385~6。交渉模様は、波平恒男『近代東アジアの中の琉球併合:中華世界秩序から植民地帝国日本へ』岩波書店2014年p230~5に紹介されている。

 米軍車両の下に寝転んで抵抗するのは、沖縄の女性である。彼女たちの軍事力に対する拒否反応は、「自己保存」と「種の保存」の能力に負うところが大きい。しかし、「勝つまでは負けない」を地で行くしぶとさは、このような生得的能力だけでなく、経験則によっても支えられている。薩摩藩と明治政府による侵略と併合、「皇軍」による弾圧と利用、米軍による支配と横暴、東京政府による虚偽と隠蔽などによって、琉球先住者とその子孫は400年以上にわたって、辛酸をなめてきたからである。
 沖縄県が訴えている「異常なまでの軍事基地の集中」は、①軍拡競争の蟻地獄、②自然の破壊と汚染、③人間関係の分断と希薄化、④伝統文化の衰退――を県民に実感させている。ここまでは①を、以下では②~④を取上げる。

◆ II.自然環境の破壊と汚染

 サンゴ礁やヤンバルが示すように、沖縄は世界有数の生物多様性を誇っている。それが米軍によって「太平洋のゴミ棄て場」にされ、「史上最強の毒物」が「ベトナム戦争の遺産」として残された(「沖縄の誇りと自立を愛する皆さまへ」第39~41号参照)。このような“美毒の落差”が、破壊・汚染に対する鋭敏な反応を形成している。
 とくにサンゴ礁は「海の熱帯雨林」ともいわれる生命の宝庫である。地球上で最大のサンゴ棲息地は、インドネシア・フィリピン・ニューギニアに囲まれた海域で、琉球弧はそのすぐ北隣りにある。大浦湾の埋立やヤンバルのヘリパッド建設に抵抗している世代は、サンゴ礁から波打ち際までの浅瀬(リーフまたはイノー)で小魚・貝類・海藻をとり、森でソテツの実や茎をとって、戦中戦後の飢えをしのいだ。このため、自然が生命の母であり、海と土があらゆる生き物の故郷だということを知っている。

◆ III.人間関係の分断と希薄化

 “イチャリバ、チョウデー”は受容・寛容の精神文化を象徴し、伝統的コミュニティには相互扶助が生きている。いくつかの原因によって、これらは衰退に向かっているが、その根っこには軍事基地による“分断”がある。物理的分断だけではなく、社会的・経済的・政治的な亀裂を生み、そのすべてが住民相互の信頼関係を損なっている。
 分断の原因は、むろん軍事基地だけではない。現代社会は個人を重視し、他者との違いや批判を先行させ、競争を煽る。たとえば数年前から沖縄県教委は、文科省統一学力テストに本気でとりくみ始めた。つまり“テーゲー(大概)文化”“チョウデー(兄弟)文化”から、全国統一基準による“競争文化”への転換である。格差・排除・困窮・孤立……。人間という文字に該当しなくなるという危機感は、コミュニティ機能が残っているだけに、強くなるのかもしれない。

◆ IV.伝統文化の衰退

 沖縄の人々が伝統文化の継承に熱心なのは、琉球以来のアイデンティティー(自己認識)と誇りがそこにあるからである。その背後には“グローバリゼーション”によって文化の多様性が失われている危機感や、琉球または琉球民族としての自己保存の本能が働いていることも、否定できない。
 1966年国際人権規約(自由権規約)第27条は、少数者集団固有の文化享有権を保護し、2007年先住人民の権利宣言[註9]は、多くの条文を伝統文化に割いている。たとえば共同体に所属する権利(第9条)、文化的財産権(11)、伝統儀礼を行う権利(12)、伝統の維持についての権利(13)、固有の言語・文化による教育権(14)など、きめ細かく規定している。

[註9]UN Declaration on the rights of indigenous peoples

 これらは、先住者の集団的アイデンティティーを尊重することが「人間の尊厳」からみても「平和と人権」にとっても、必要不可欠と考えられているからである。権利宣言(前文)は、「すべての人民が、人類の共同財産を構成する文明および文化の多様性および豊潤性に貢献する」。国際社会は、植民地主義と大量殺戮の反省から、このような考えに到達した。
 「軍事活動」については、「先住人民の土地または領域においては行われてはならない」とされている(権利宣言第30条)。これは、先住者の文化とアイデンティティーが軍事力によって破壊されてきたからである。政府は、この宣言をあえて「先住民族の権利宣言」と訳し、沖縄の人々は独自の「民族」ではないので、宣言の対象ではないと主張。しかし「民族」かどうかは、当事者の自己決定権に委ねるべきである。そして、政府に「琉球の先住者」の子孫であることを認めさなければならない。それによって、県民の大多数と県土のすべてが「先住人民の権利宣言」の対象になる。

●見失ってはならない民意の本質

 要するに、翁長知事を支えているのは「自己保存」と「種の保存」の能力である。知事も与党も「民意」の本質がここにあることを見失ってはならない。
 なお、先に大久保利通内務卿の示した熊本鎮台分遣隊駐留の方針(駐留軍基地の建設方針)について、琉球側が拒否した理由を紹介した([註8]参照)。読者の関心が高いので、原文を紹介する[註10]。編者・松田道之は内務省の「大書記官」で、1979年琉球併合時の「処分官」だった(句読点は筆者が加筆)。

[註10]松田道之編『琉球処分・上』内務省1879年p385~6。此程御内諭ノ趣評議致シ候處、琉球ハ南海ニ僻在シタル僅カニ周回百餘里ノ小島ニテ、従来寸兵ヲ備ヘス、礼儀ヲ以テ維持ノ道ヲ立、外国船来航ノ節モ全ク口舌而巳ヲ以テ應待シ、今日マテ無異ニ治マリ来候。新タニ兵営ヲ御設立相候成ハゝ、夫丈外国ヨリモ手強ク押掛リ、却テ困難ヲ生シ可申。外国船来着ノ折ハ、御出張ノ官員モ候ヘハ、一々御相談ヲ遂ケ處置致シ、重大ノ事件ハ、時々伺越候ハゝ、不都合ノ事ハ有之間敷、且愚昧ノ下民兵士ニ對シ如何成失敬ヲ生シ混雑ヲ醸シ出スモ難計候間、支営御取立ノ儀ハ、御用捨被下度。

 (文責:河野道夫)


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